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トオル号一話 失踪  作者: 伊藤むねお
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帰ったきたよ

 消息を絶ってから十日目だった。

 空也がひとり物悲しく床掃除をしていると、PCから緊急音が鳴った。急いでキーを打って画面を見るとふたつの入信があった。ひとつは妻から、もうひとつはセンターからである。

「ヒロ。センターからも緊急が入ってるから先にそれを聞くよ。一緒に聞いていて」

 スクリーンに小野の顔が現れた。

 ――内山さん。トオル君、つながりました。エネルギー残が五%を切ったためのようです。今から五分ほど前ですが、今頃、そちらに到着したんじゃないですか。

 ピピピピピという玄関の暗唱コードを叩く機械音がした。

「あ! ちょ、ちょっと待って」

 その正確なリズムは紛れもなくトオルのものである。カメが首を上げていそいそと玄関に向かうのがみえる。内山は椅子から滑り落ちそうになり慌てて机につかまった。

「お父さん。ただいま。カメちゃん、ただいま」

「ああ、ああ、帰ってきたよ」

 空也はずるずると椅子から滑り落ちそうになった。

 ――よかったですね。こちらにもトオル君の声が聞こえました。リハビリはすでに始めてますのであと二分ほどで終わります。詳細はあとでまた報告させてもらいますがネギのことは当分は聞かないでください。それから余り叱らないでやってくださいね。

 小野が、叱らないでといった意味はすぐにわかった。今、どこから来たという返事にトオルはあっさりと(当然だが)答えた。

「シズ姉さんの部屋からきました」

「シズの? ・・・トオル。センターとの連絡を切断したのはだれの指示だ」

 空也は聞いてはいけないことを聞いてしまったかと慌てて足下のカメをみたがカメはひっくりかえらなかった。

「だれでもありません」

「じゃ、やっぱりおまえか。どうしてだ」

「だれかも、どうしてかもわかりません」


 センター会議室に集まったメンバーの顔には安堵と困惑が入り交じっていた。

「ネギ十束でこの騒ぎか。保険会社と揉めそうだな。オトミ、どういうことなんだ」

「徳さん。店で買い物をして、オマケって言葉、最近、使わないでしょ? そういうときはロボは辞書を照会するんだけど、どういう漢字で広辞苑にどう記載されているか、いえる?」

「え? わからん」

「これみて」

 小野がパンとキーを叩くと、全員のパソコンに表示された。

 ◇御負け=値引きしたり品物を添えたりすること。または、その品。

「ふうん。なんか、もったりしてイマイチぴったりこないな。添えるという言葉などはロジックに馴染みにくいのじゃないか」

「そう、結構厄介。もっともロボの頭はこれでループするほどヤワにはできてない。保険会社の調査によれば、トオル号にオマケをくれたのはいつもの人じゃなくて岩手から出てきていたお祖母さんだったらしいの。もう帰ってしまってて本人の話は聞けなかったんだけど、息子さんの話では、マゲッカラマゲッカラモッテゲ、といったらしい」

 会議室にどっと笑い声があがった。

「オトミ。うまいじゃないか」

「石巻生まれよ。古典的地域語はかなり浚ったはずだったんだけど、またポテンヒットを打たれてしまったというわけ。でもね、買い物ってのは結構大変なの。物が不足ならマスターの不利益、多ければ公共の福祉違反だから」

「じゃ、計り売りはどうなる。ロボの目からみれば全部がまちがいだろう」

「マスターからの指示がなければ、マイナスは五%。多い場合は三十五%までは許容。この場合は十倍だったからロボは当然返却しようとする。けど、マゲッカラモッテゲと売り主から押しつけられればロボは物は捨てられない。負けるからといわれても、ようわからんが相手を負かすわけにもいかん。たまたまマスターはお昼寝。呼んでみたけど起きない。バイブで無理やり起こすか。カメにつつかせるか。しかし、この人、一度寝たら一時間は寝ないと苦しい人のようなのね。ロボはそれをよく知っているから迷った」

「そこでループして道を逸れたってか」

「地域語と遠慮斟酌の複合障害。今わかっていることはそう。どうしてお墓のところにいったかは不明。ただ、ループすると環境保全のフェイルセーフが働くからどうしても周囲に人とか物とかの壊れ物がない環境を選ぶ。それだけのことだったのだと思う。しかし、そこにたまたまマスターの娘さん、サブマスターがとおりかかった。この人の記憶は法科大学院の学生らしく正確だったわ。『そんなにたくさんネギなんか、どうするの。あら、どうしたのかしら黙っちゃって。いいわ。ネギはお姉さんがもらってあげる。お父さんなんかほっといてうちにいらっしゃい』。そういって自分の部屋に連れこんだ。そうよね。小野君」

「そうです。サブがマスター否定をしたんです」

 小野が応じた。

「あ、マスターが老衰したりして、マスター権を家族に移行させた時によく起きるやつ。あれか? あれが起きたのか」

「多分、それね。それで三重苦になったというわけだと思う」

「あれはロボもしんどいやろな。なんでわしのいうことをきけへんのや、といって頭からみそ汁をかけられたロボがいたんだろう? 可哀想にな」

「徳さん。それはタブー。いわないで欲しい。これは機械なんだと、製作じゃ、みんなそう自分に言い聞かせながらやってる」

「あ、そやったな。すまん。で? あれやこれやでヒートアップし、挙げ句、センターと自己切断をしてしまった、か」

「そ。今はそこに絞ってシミュレーションをかけてる」

「小野。ロボは娘さんのところで十日もなにをやっていたんだ」

「論文書きの手伝です。トオル号もセンターのデータベースを使えませんから、娘さん、意外とたいしたことがないな、と思ったそうです。しかし、最後まで切断には気がつかず、マスターは黙認してくれているのだと思っていたそうです」

「ようし。わかった」

 徳島はテーブルを軽く叩いた。

「あとはサポートでフォローすること。製作も山積みで大変だろうが頑張って。オトミ。わが社のエースにこういってはなんだが、あほなやつらにモグラ叩きといわれても、もう引き返すわけにはいかん」

 誰も何もいわなかった。そのとおりだからである。富田も小さく肯いた。

「それじゃ、トオル号失踪に関する合同会議はこれで散会だ。小野。レポをチェックしてすぐ配布すること。ただしロボ重役ウンヌンの箇所は削除だ。まずいよ。いえてるだけにな。各位、おつかれ」


「富田さん」

 小野が富田に追いついて言った。富田はスマホで言葉鋭くなにかを伝えながら早足で歩いていたが、呼ばれてくるりと振り返った。手から放れたスマホが開いた白衣の間でぶらりと揺れた。

「実は、まだ・・・」

「わかってる。ロボが帰ったとき、ただいまカメちゃん、といったというやつだろう」

「気がついていたんですね」

「このわたしをなめるんじゃないよ。カメは自分の体の一部だからロボがそんなことをいうわけはない。マスターの周辺の誰かがそう指示しない限りはね。内山さんと家族にはもう聞いてみたんだろう」

「はい。教えてないそうです」

「だろうね。おまえの様子でわかってたよ。今、リハビリのプログラムのチェックを指示したとこだ。これは石巻の老いた漁師が自分のぼろぼろになった掌を見て、ご苦労だったっちゃナヤ、というのとはわけがちがう。ロボが、そう言えばマスターから可愛いく思われると考えたのならこれはほおってはおけない。それよりシンジ。どうして会議のときにそれをいわなかった?」

 富田は額に掛かっていた髪を掻き上げると腕を組み、口を噤んでいる小野の回りを一周した。

「ほう、そのポーズよし。一緒にトオルに会ってみるか・・・そろそろという時期だし」

      了


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