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トオル号一話 失踪  作者: 伊藤むねお
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合同会議

 事例A500010号失踪についての製作・営業・サポート三部門の合同会議が開かれた。ロボをサポートするセンターサーバーとの交信切断、そして失踪というケースは昨今では珍しく現在この一例だけだった。

「交信が途絶える直前の状況は、今ごらんいただいたとおりです。P波が切断された際の拡大波形を出します」

 小野がプロジェクタのスイッチを操作すると、あれ? という声が数人からあがった。

「そうなんです。車両との衝突などで破損しても、あるいはシールドネットなどをいきなり被せても、このような落ちかたはしません。ロボ自身が断ったと考えるべきです」

「なら、ループヒートか。うちの常務がまたヒートアップするぞ」

 小野の正面にいるリーダーの徳島がメンバーを見回しながらそういった。

 ロボ重役に替えるなら、まずあの人だな。

 だれかが小声でそう呟いた。発売元とあって会議には秘書と記録をかねて何体かのロボも加わっているが、発言主がロボでないことはあきらかだ。徳島はそれを聞くとにやりとした。

「誰やね。今のは記録に入ったよ。知らんで。小野。マスターの狂言ということは」

「メリットがありません。ただの不具合や瑕疵でしたらまだ無償保証期間ですし、喪失保険となれば全額は出ませんから」

「中途半端なインテリがよくやるブレーン・アタックは?」

「いえ。やってませんね。これはマスターの証言を信じるしかないのですが、少なくても意図的なアタックはやってません。これは信じていいです」

「マスターのグレードは」

「内山空也さん、五十八才、元地方公務員、現在は実名で作家、主に江戸時代捕物帖です。マスターグレードはAⅡですから優秀です。話をした感じですが論理的に物事を考えることの出来る人とみました。さっきもいいましたが、つまらないブレーンアタックなどはしない人だというのも、そこからの推測です」

「そうか。オトミ。ループして自己切断なんてまだあったんか」

 徳島は製作部の方をみた。

 まだといわれてもねえ、と、長い髪を後ろで縛った女性が答えた。疲労のためか顔色が少し悪いが保養をすればモデルがつとまる美形である。

「あるってことか。しかし、通常、切断というのはマスターの指示による場合だけだろう」

「それとセンターからの時限付き指令」

「いっそ。センターから以外は不可ということにすればどうなんだ」

「いや。徳島さん。それはだめです。売れません」

 営業の男が手を振った。

「売れない? ははあ、あれか」

「そうです。超プライバシーというアレ。カメが警報を出さないのも同じ理由です。気が散るそうで」

 気が散るだって? 

 数人が隠微に笑った。

「まったく、うちの可愛いロボにおかしなことをしないで欲しいよな。でもま、その話は置こか。小野。ルート逸脱と自己切断は関係があるの」

「さっき富田さんとも話したんですが、あると考えるべきです」

 小野が答えた。

「そうか。それじゃリストに従って順番にいこか。アタックはナシと・・・次ぎに墓石。あれは結構あったろう? 介護していたマスターが死んでループしたり、お墓参りをしてフリーズしてしまったというのが」

「あれはごく初期の話よ。今はすっかり刈りこまれていて、ここ半年は墓とか死に起因する哲学系の障害例はゼロ」

「すっかりだって? オトミ、いいのか。製作総括がそう言い切って」

「言葉の綾よ。落ち穂はどうしても残る」

「落ち穂ねえ・・・小野。再接続は?」

「生きてさえいれば百%きます。マイクロウエーブ充電を受けなければガス欠になりますから。独立した別回路が稼働を始めます。稼働条件にもよりますが、MAXで二週間、早ければ二日です」

「事前の兆候の感じは」

「マスターはそれは全く感じられなかったそうです」

「それで」

「それで、といいますと?」

「マスターがわが社にどうして欲しいといってるかだ」

「探して是非つれもどして欲しい。そういってます」

「やっぱりな。けどね、これ、そろそろ考え直さんといかんのとちゃうか。え?」

 徳島はそういい、小さなペットボトルを口にあてながら会議室の顔を見渡した。

「レプリカを買い直してもらう。保険差額は営業努力でなんとかしてやってやね。その方向じゃないの? 捜索や非稼働補償のコストがでかすぎるよ。さっきの明細みたろう」

「でもですね。徳島さん」

 小野が外した眼鏡を吹きながらいった。

「だめなんですよ、レプリカは。どうしても同じにはならないんです」

 そのとおりである。


 二〇一九年、今から六年前、今では誰もがその名前と顔を知っている藤節雄というソミック社の研究員が、人間の皮膚組織同様に圧覚、痛覚、触覚、熱覚をセンスするバイオ樹脂(フジ樹脂)の開発に成功した。これを皮膚や関節などの要部に使うことにより、全く実用的なヒトガタロボットが完成したのである。藤氏はこの功績により二年の間に十指に余る勲章や賞を国内外から受けた。

 フジ樹脂が発表される前、すでに聴覚、視覚、嗅覚、味覚については完全なセンサーが開発されており、それを処理する頭脳部も実用に耐えうるものがほぼできていた。また骨格、関節、筋肉、腱にあたる運動部についてもおよその完成をみており、基本ソフトであるBOS(Body Operating System)も産学が競って開発し、のこりは皮膚部と触覚センサーだけだったのである。そこをフジ樹脂がどんぴしゃりと埋めたのだが、まさに世紀の大発明であった。

 しかし、フジ樹脂はバイオ産物だけに生産ロットごとに「個性」を持つ。そのために、それで製作したロボを同じように教練しても個体によって浸透が異なり、顕著な例が立ち居振る舞いのちがいに現れた。実はフジロボの最高機密に属するのだが、体の動きはロボの頭脳育成に大きな差異を生じさせる。そのためにレプリカを与えられたマスターは決まってこういうのである。

(なんかちがうなあ。前のはどうした?)

 前のに対する気遣いが抜けずレプリカにどうしても馴染めない。そこが従来の、いわゆる石器ロボとの大きなちがいであった。

 フジロボの発表の半年前、政府主導による有識者協議会で共生型ロボに必須とされる十項目が提示された。

 この協議会は、その時点での主流で現在、石器ロボと呼ばれるものの標準規格を定めたり、今後の目指すべき方向についての意見を交換しあうために設けられたもので、席上、座談として語られたものを十項目にまとめあげた。


一、床に落ちている、または置いてあるものを踏まない。仮に踏んでしまってもすぐに足をひっこめられること。

二、衣類の折り畳み及び収納庫からの出し入れができること。他人に着替えさせる、また自分自身も着替えをできること。またボタンやジッパー、フックなどの着脱ができること。また、箸、ナイフ、フォーク、スプーンを人と同等にできること。

三、すべての種類の食器の出し入れ、持ち運び、使用、洗浄、乾燥ができること。

四、書籍(紙一枚から厚さが二十センチまでのすべて)の収納庫からの出し入れができること。本のページを紙を傷つけることなく、通常人と同等の速度でめくれること。

五、マスター(人間)はもちろん、ハムスターなどの小型のペットとの接触に際しても、いかなる傷をも負わせないこと。

六、生卵を割れること。ゆで卵を剥けること。納豆をかき混ぜられること。

七、紐結びができる。また並み程度の堅さであれば解くことができること。

八、すべての種類のスイッチ、ダイアル、スライダーを操作できること。

九、いかなる種類の扉の開閉もできること。静電気、磁気、電波、超音波、レーザーなどの受動感応も人間同様であること。

十、人間と外見上の差異がないこと。ただし、必要であれば、人間はその区別を明確に知りうること。

 第十の前段は普及初期の段階ではとりわけ必要であるとされた。なぜならば普及個体数が少ない時期は、ロボと分かると、人に、もの珍しさからくる過剰な好奇心を起こさせ、甚だしい場合は盗まれ、悪戯をされる恐れがあると考えられた。


 石器ロボはその稼働に一定条件の環境が必要であった。

 最大の理由はロボが人間のような歩行が出来ないことだった。直立二足歩行という人間のみに付与された機能は、最高水準にあるロボでさえも一定環境下でしか発揮できなかった。地面にデコボコがあったり不規則な斜面があったりすればその応対速度は極端に遅くなり、一歩を踏み出すのに五秒も要した。これはひとえに圧触覚センサーが未開発であることに理由があった。

 人間なら五歳にもなれば目をつぶっても歩ける。足の裏の感覚はむろん膝や足首など、ありとあらゆる関節部に張り巡らされている圧触覚神経がそこで得た情報を脳に送り、脳は直ちに現在と直後のバランスを予測して補正の指示を出す。とりわけ足の裏と足首の精緻なセンシングが極めて重要なポイントであった。

 仮に、ウズラの卵ほどの石が不規則に転がっている地面を歩くとする。人の足裏はその凹凸を察知するや、加わるであろう荷重に対して、直立を保つためにどのように足首を使うかを瞬時に判断する。足首のみで補正が困難な場合は膝、腰などを用いて全身の重心を補正し、それでも危うい場合には踏み出した足をわずかながらも移動し、補正が可能な位置を殆ど無意識のうちに足裏と足首で探すのである。

 研究機関は競ってその開発に取り組んでいたのだが、必定構造が大きくなるのを免れず、その荷重の増加が全身のバランシングを一層困難にした。

(人間の体というものは本当によくできている)

 研究の進行についての報道や解説記事に接するごとに、国民のひとりひとりがこの言葉を一回はいい、現場の研究者たちはその倍も呟いた。

 そのような状勢だったから、先の第十前段は、座談、ユーモア、慰め、または現実に立ち返って「夢」として語られたものであり、そのように社会も受け取っていた。それがまさか現実に日の目を見ようとは。

 フジ樹脂が出てきた。

 さらに驚くべきことに、フジ樹脂の発表からわずか半年の後、ソミック社は人レベルの動作挙動が可能なロボを発表した。そのときの世界に与えた衝撃は凄まじかった。

 シンジ君と命名されたその少年型ロボは三百人を越える内外のメディアが取り囲む中で先の十項目を易々とクレアしてみせ、更には、その後流行語にまでなった、「さあ、シンジ君いってみよう」の司会者の掛け声で、サッカーボールを自由自在に扱うという芸当まで披露したのである。

 その模様が全世界に流されるや、政治家、科学者、法律家、宗教家、教育者はもちろんのこと、数十億の人間がその普及についてのありとあらゆる問題を論じ、余談ながらメディアと評論家はとてつもない利益を得たといわれる。

 海外の声は宗教が日々の生活に及ぼす比重が違うとも言い、日本に亦もやられたというやっかみもあって、普及に対してはネガティブとはいわないまでも、概して慎重であるべしという論調が多かった。

 しかし、日本国内では普及を是とする論が勝った。圧倒的でさえあった。なんといっても科学の、それも日本の科学の勝利であり、そして実際そうなったのだが、外貨の獲得ということになれば日本は再び世界経済の覇者に返り咲ける。

 さらにもうひとつ。

 世界一の長寿国であるがゆえに生じた老人社会をどうするという出口の見えない論議に頭を痛めていた現実が暴風並みの追風となった。介護疲労や満足な介護を受けられないことから発生する悲劇は、人類の歴史に類例がない一大社会問題となっており、介護単価はうなぎ昇りに上昇し、介護人もまた老齢化に進んでいる。その保険の負担増からくる壮年、若年勤労者の不満は、「いずれはあなたもそうなる」という、脅し文句ではないのだが最早諾々とは肯けないのだ。

 しかし、どうする。ロボ? スプーンでお粥ひとつ掬えないロボにかね。敷居ひとつまたげないロボにかね。

 その時に、フジロボが出た。


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