赤ずきんと愉快な目玉
昔々、ある西洋の国に赤ずきんと呼ばれる、とても可憐な少女がいました。
彼女は夜な夜な徘徊しては人を殺す。なんてことはしていません。彼女が夜な夜な徘徊しているのは間違いではありません。しかし、その理由は単純です。他人の家をノックして、家内の人を怖がらせる遊びをしているのです。
彼女の両親は仕事でほとんど家に帰ってきません。そのため彼女は毎夜毎夜ひとりぼっちです。そのため、彼女はそんな住民の迷惑になる行為をしているのです。
そして、今もそんなことをしています。今回もいつものように相手を驚かせて終わりだと思っておりました。
『オイ! 赤ずきん!』
「えっ? 誰?」
どこからともなく高い声が聞こえてきました。その声からは怒りなど感じません。むしろ、友好的なものを感じます。
『赤ずきんや。ワシはお主の足元にいるのだ』
言われた通りに赤ずきんは足元を見ました。すると、そこには珍妙な生物がいました。
目玉から体が生えている生物です。赤ずきんはそんな生物に見覚えがあります。
「えっ? 目玉オヤ」
『そう! ワシが、かの有名な目玉オヤッサンだ。えっへん』
目玉オヤッサンは腰に手を当てて、なぜか威張ってます。
「あっ。知らないです」
自分が思っていたものとは違う相手だったため、赤ずきんは背を向けます。
『コラコラ。待て待て』
相変わらずの高い声で赤ずきんを呼び止めます。しかし、彼女は何も聞こえてない風に歩みを進めました。
『こ、こうなったら』
目玉オヤッサンは真剣な眼差しで呟きます。しかし、声は高いままです。
『いでよ! ネコッ!』
「ニャ〜オ」
「っ!?」
赤ずきんはネコの声を聞き、慌てて背後に振り返ります。そこにはいました。ネコの姿をした、ただのネコが。彼女はそのネコを見た瞬間に我を失ったかのようにネコに近づきました。ネコは身の危険を感じたのか、身構えます。
赤ずきんはネコが好きです。大好きと言っても過言ではありません。しかし、ネコは赤ずきんが嫌いです。大嫌いと言っても過言ではありません。
「よーし。よし。ルールルル」
「フシャー!!」
「ヒャッ!?」
赤ずきんはネコを呼ぶための声を出したのですが、ネコは警戒をさらに強めて、彼女の足をひっかくと逃げて行きました。
「うわあああん!! おうち帰るー!!」
赤ずきんは年不相応なことを言い、帰ろうとします。しかし、目玉オヤッサンにそれが演技だとバレバレです。
『赤ずきん! クソッ! こうなれば! いでよ! オトコッ!』
「オッス!! オラ男ッ!」
「チェンジでお願いします」
『よーし。いいだろう! いでよ! オオカミッ!』
「オオーカミ。オオーカミ」
「ナニコレ」
『オオカミ』
「ちーがーうーでーしょー!」
『ワガママだなぁ。いでよ! 男子高校生』
「俺たちは夢の中で入れ替わっ」
「アウトアウト! 訴えられるから!」
『……そうか』
「えっ? どうしてそんなに残念そうなの?」
『あの作品……よかったんだけどな』
「関係ないね」
『うーん。なら、アレで行こうか。いでよ! 白雪姫っ!』
「姫様は結構です」
目玉オヤッサンはそのあとに何度も何度も色んなものを召喚して、赤ずきんの気を引こうとしました。彼女の気は引けましたが、目玉オヤッサンが召喚するものはことごとく赤ずきんに拒否されてきました。
唯一、拒否されなかったのがネコだったのです。しかし、ネコの方が赤ずきんを拒否しました。
「ねぇ、目玉」
『オイ。略し方』
「何がしたかったの?」
『聞いちゃいねぇ。まぁ、いっか』
赤ずきんが聞く耳を一切立てなかったので、目玉オヤッサンは諦めました。
『気を引きたかった』
「気は引けてたじゃないの。どうして続けたの?」
『ミキちゃんと遊ぶのが楽しくなったから』
「えっ? どうしてわたしの名前を? 名乗っていないよね?」
『あっ、いや、それはそのー。知り合いに聞いた』
「知り合い? 一体誰?」
『それはー……。はぁ。仕方ないか。いでよ』
目玉オヤッサンはそうとだけ呟きました。それなのにある人物が姿を現しました。
「どうして……?」
髪の色。瞳の色。服装。髪型。体格。腰の曲がり具合。そして、優しい笑み。
それは全てが彼女が見知っているある人物です。
「おばあちゃん……?」
『ミキちゃん。久しぶり』
「一体どこ行ってたの! 心配したんだよ!」
『ありがとう。でも、ごめんなさい』
「どうして謝っているの?」
『答えはミキちゃんの中にあるよ』
「うっ!?」
赤ずきんミキの脳内にある映像が流れます。しかし、それは彼女にとっては信じたくない光景です。
『それが理由だよ』
「こんなのウソに決まってるよ!」
『それなら、どんなモノを見たから教えてくれる?』
「わたしはお気に入りのずきんを被ったの。すると、お母さんから、体調を崩したおばあちゃんの家に持っていくための、リンゴが入っているカゴを渡されたの。それを受け取り、わたしはおばあちゃんの家に向かったの。道中で色んなものを増やしたの。おばあちゃんの家に行くと布団が盛り上がっていたの。何度か会話を交わしているとおかしく感じたの。だから、布団を覗き込んだの。そこにはおばあちゃんの服を着ていたオオカミがいたの。わたしはそのオオカミに丸呑みされたの」
『それには続きがあるのよ。ミキちゃんが呑まれた後、すぐに猟師の人が通りかかったのよ。異変に気付いた彼は家の中に入った。そこには大きなお腹のオオカミがいた。だから、お腹を裂いたのよ。すると、そこにはミキちゃんがいたの。だから、救われたんだ。わたしはすでに消化されていたから、関係なかったけどね』
おばあちゃんは語りました。
「ウソウソウソッ! そんなの絶対にウソに決まってる!」
ミキは真実だと認めません。認めたくありません。今もこうして目の前におばあちゃんがいるのです。信じられるわけがありません。
『なら、その記憶は何?』
「それは……」
おばあちゃんの言葉にミキは何も言い返せません。
「でも、こんなのあるわけ」
『ミキちゃん。夢は覚める時間だよ?』
「な、何を言っているの? おばあちゃん!」
『ミキちゃんはここにいてはいけないんだよ』
おばあちゃんは泣きそうな表情で微笑みます。でも、よく見るとおばあちゃんの目には涙がたまっています。そのことにミキは気づきません。気づく余裕がありません。
なぜなら、彼女の体がオレンジ色の光の粒子となっていっているからです。
「おばあちゃん!」
彼女はおばあちゃんに手を伸ばします。しかし、触れられません。伸ばした手から粒子となっていきます。その粒子となる現象は速度が徐々に上がっていきます。
『ミキちゃん。アレから時が経っているけど、元気で』
おばあちゃんが手を振ると、いつの間にかいなくなっていた、目玉オヤッサンの姿が被ります。消えゆく中、赤ずきんミキは理解しました。
目玉オヤッサンは、おばあちゃんが化けた姿ということに。
おばあちゃんは生前、赤ずきんを楽しませるために何度も繰り返し練習してきました。成功はいつまで経ってもしませんでした。でも何の因果か、亡くなると成功できました。
赤ずきんミキは見送られながらもその世界から去りました。次に目を開けた時には真っ白な天井が広がっていました。
めでたしめでたし