099:【PIRLO】RAAZはDYRAを捜す中で、ピルロの闇の一端にたどり着く
前回までの「DYRA」----------
DYRAとタヌは学術機関で時間を過ごした後、山の方へと向かっていった。埃っぽい街の件が気になったからだ。しかし、現場近くとおぼしき場所へ着いたとき、突然、DYRAが襲われる。居合わせたマイヨがタヌを助けたが、DYRAは拉致されてしまった。
タヌの後ろ姿を見送ると、サルヴァトーレは広場を去り、繁華街へと歩き出した。タヌと別れたからか、苛立ちの表情を隠さない。タヌからの話で、何が起こっているか大方状況を把握したこともあり、それが彼を苛立たせる。
やることは決まっている。まずは、所在の確定だ。DYRAは言うまでもないが、見つけ出さなければならない人物はもう一人、いる。
そのときだった。暗くなりかけていたはずの空が突然、パッと明るくなった。見上げると、大きなランタンがすぐそばにある背の高い柱の上にぶら下がっており、ちょうどそこに火が灯されたのだ。年老いた男がそそくさと少し離れた場所にある別の柱へと移動し、てっぺんにくくりつけられたランタンへ慣れた手つきで火を灯す。サルヴァトーレは彼が火を灯したランタンと、柱の足下とを何度か視線を往き来させる。足下にはそれぞれ、樽らしきものが置いてあった。あたりの柱を一通り見回してみる。どの柱にも樽が置かれている。
サルヴァトーレは何か閃いたのか、口角を上げた。
(愚民共。お前たちに与える罰はもう決めた)
視線を街の景色に戻すと、ある看板が視界に飛び込んだ。
「観光案内所 無料です」
サルヴァトーレは昨晩のことを思い出した。DYRAと再会した酒場のことだ。夜遅いあんな時間に、敢えて出向いたのだ。何かあるのではないか。いや、あるはずだ。普通にワケあり程度で行くとも思えない。先ほどのタヌとのやりとりも含めて考えれば、ISLAを捜そうとしたのではないか。ひょっとすると、繋がるかも知れない、手掛かりにたどり着く可能性がある。しかし、サルヴァトーレの思考はここで切れた。
「お兄さん」
観光案内所の入口前に立っていた青年が声を掛けてきた。
「ピルロでお店とかお探しですかー?」
「ねぇ。ちょっと聞いていいかな?」
「はい。食堂から飲み屋、宿屋もお任せ下さい!」
「んー。実は自分のお友達、と言っても女の子なんだけどね、深夜に繁華街の大きい酒場に一人で出向いていたんだよねー」
その言葉を聞いた瞬間、青年の表情が変わった。これはアタリだ。サルヴァトーレは気づいていないフリをして、丁寧に青年に問い掛ける。
「それでね、そんな、女の子が一人で行くような酒場って何があるのかなって」
「あー……」
青年が言いにくそうな表情をしているのをサルヴァトーレは見逃さなかった。
「自分の、その、ね」
言いながら、サルヴァトーレは青年の手にアウレウス金貨を五枚、掴ませた。
「あ、あー、こ、恋人さん、とかですかね」
青年の問いに、サルヴァトーレはにっこりと笑って頷いた。
「そそ」
「実はあのお店を紹介したのは、自分です。実はあの酒場の一番奥に、裏稼業の窓口があるんです。どんな人間でも、生きてさえいれば百発百中で捜し出せるって人の。その、人捜し屋」
聞いた瞬間、サルヴァトーレの中で一つ、繋がった。DYRAは人捜し屋を使おうとしたのだ。恐らく、タヌにせがまれるか何かでISLAを捜そうと。あのとき、酒場に入る直前に再会できたから良かったものの、彼女が人捜し屋と接触した後だったらそもそも会えたかもわからない。最悪、ISLAと接触してどうなっていたことか。
「きっと、自分が来ないから心配したんだろうね。弟も一緒だったみたいだし」
「ああっ! 宿屋探しで利用してくれたときは、弟さん、いました!」
「そっか。ありがとね」
サルヴァトーレは観光案内所から立ち去るとその足で、酒場へと早足で向かった。
(ここ、か)
件の酒場は開店直後なのか、まだ客の入りはまばらだ。話すには良い時間帯かも知れない。サルヴァトーレは店内へと入った。
「いらっしゃいませー」
女性の給仕が明るい声でサルヴァトーレを迎えた。彼は給仕には目もくれず、カウンター席へと向かう。そこが、店の一番奥だったからだ。
カウンターにバーテンダーは二人いる。手前側の一人は、テーブル席から注文を取ってくる女性の給仕からのオーダーに応じ、色々な飲み物を作っている。奥側にいるもう一人はバーカウンターに客の姿がないからか、気持ち、手持ち無沙汰と言った感じだ。
(恐らく、奴で間違いないだろう)
そう思った根拠はある。退屈そうにしている割には鋭い視線で店内を見回していたこと。加えて、意図的に気配を消しているのではと思わせるほどに存在感がなかったことだ。
サルヴァトーレはカウンターの一番奥の席に着くと、アウレウス金貨三枚を用意してこれ見よがしに弄ぶような仕草をしてみせる。
「注文は?」
サルヴァトーレの存在に気づいたのか、奥側のバーテンダーが声を掛けてきた。
「この店で一番高い蒸留酒をシングル、ストレートで」
注文を聞いたバーテンダーは、酒の瓶がたくさん置かれている棚から一番奥にある蒸留酒の瓶を取り出すと、小さなグラスに注いだ。
「五〇年ものだ」
コースターをサルヴァトーレの前のテーブルに敷いて、その上にグラスを置いた。
「一昨日、この街に来たんだ。友だちを捜していてね」
サルヴァトーレは弄っていた金貨をテーブルに積み重ねるように置いてから、出された酒を一気に流し込んだ。バーテンダーの視線はテーブルの金貨に向かう。サルヴァトーレはその視線を見逃さない。
「どこの誰かわかっているなら、市庁舎で聞けばいいじゃないか」
「それが、一昨日だかそこらあたりでこの街に来たってさ」
「ピルロの奴か?」
「いや、そうじゃないみたいよ。服にも髪型にもすごい特徴あるんだけどねぇ」
サルヴァトーレの話を聞きながら、バーテンダーが三枚の金貨をサッと手に取ると、エプロンのポケットに収めた。
「あー。人捜しなら、何処の誰でも百発百中って奴を知っているぞ」
手癖が良いとはお世辞にも言えぬバーテンダーの振る舞いに、サルヴァトーレは不快感を抱く。それでも、ISLAの居場所がわかるなら安いと割り切った。
「人捜し屋さん? その相手の名前わからないけど、大丈夫?」
ポケットからさらに二枚のアウレウス金貨を出し、サルヴァトーレはテーブルに先ほど同様、重ねて置いた。
「兄ちゃん。そいつをナメちゃいけない。今まで一度だって『見つからない』って苦情が来た試しはねぇ。こないだなんて、美人の女でガキ連れ、ってだけでも見つけ出したほどだ」
「それはすごいなぁ」
サルヴァトーレはわざとらしいほどに目を丸くして驚いた。もちろん、内心は違う。彼は貴重な情報を提供したのだ。ISLAもこの店を利用してDYRAを見つけ出したのだ、と。
バーテンダーは二枚の金貨もポケットに入れてしまうと、サルヴァトーレに耳を貸せと言いたげな仕草をすると、耳元で、一言二言呟いた。
「へぇ……じゃ、お世話になってみるかな」
何食わぬ顔でサルヴァトーレは席を立つ。「ごちそうさま」と言って酒代としてアッス銀貨三枚を置いてカウンターから離れると、酒場を後にした。
空はすでにアイオライトのような菫青色に変わっていた。
歩きながら、サルヴァトーレはバーテンダーの言葉を思い出す。
酒場の脇の道を歩くと、灯りの届かない路地裏への道がある
そこを入って一番奥
いくつか見えるランタンの光の中で一番小さいところ
目印として告げられた、繁華街の灯りがほぼほぼ届かぬ路地裏へと足を踏み入れた。そこは観光客や外から来た人間に見せたくない世界なのは明らかだ。
表だっての人目がないのをいいことに、鋭い視線、殺気を少しも隠さず、サルヴァトーレは一歩一歩奥へと進んだ。
灯りが届かないとはいえ、真の闇の中ではないのだ。昨晩山の中腹からピルロを目指したときと比べればちっとも暗くない。あたりの風景はサルヴァトーレの目にハッキリ見えていた。『貧民窟』としか言い様がない光景が広がっており、ピルロの煌びやかさからでは想像もできない、まさに街が抱え、隠し続ける闇そのものと言ってもいい場所だ。
歩き進むうちに、粗末な小屋が並んでいるのが見えてくる。そのうちの何軒かが、ランタンで灯りを点している。サルヴァトーレは、一番奥にある、一番小さな灯りが点いているところまで歩いた。そこは突き当たりで、小屋が一軒、建っていた。
ここで、サルヴァトーレは二つの異変に気づいた。一つは、この小屋だ。この貧民窟の中で、明らかに新しい。むしろ、掘っ立て小屋を装って建てた何か、と言ってもいい。もう一つは、過剰なほどの警戒心が皮膚感覚を通じて伝わってきたことだ。まるで、この貧民窟そのものがこの建物を守っているかのように。姿こそ見えないが、並ぶ周囲の小屋にいる人間たちが自分を覗き見ているに違いない。
この貧民窟ごと消し去るくらい造作もない。だが、今は無意味な騒ぎは起こさぬに越したことはない。サルヴァトーレは、件の小屋の扉の前に立つと、二度、軽く叩いた。
「──開けなくて良い」
扉の向こうから、しわがれた声が聞こえてきた。しかし、弱々しいそれではない。
「──で、何の用だ」
問いかけに、サルヴァトーレは品行方正な口振りで答える。
「人を捜しているんです。ここで聞けば教えてくれるって」
「──ああ、できないわけがない。で、誰を捜しているんだ?」
「男の人で、左耳の下あたりから三つ編み垂らしている人。変わった格好をしている人」
サルヴァトーレがそこまで言ったときだった。
「──山にいる」
「え? でも、山って言っても広いですよ?」
「──夜中から煙が出ているあたりだ。それくらいは自分で探せ」
しわがれた声が断言した。サルヴァトーレは、どうしてこうも断言できるのか考える。誰であってもいきなり聞くだけで当てられるとは、どういうカラクリなのだろうか? 少なくとも、錬金協会で仮に人海戦術を使ったとしても、ここまで一瞬で言い当てるなど到底無理だ。
「煙、ですかぁ」
サルヴァトーレは、弱ってしまった、困ってしまった、と言った風を装い、扉の周囲をきょろきょろと見回す。埃まみれになった、扉の枠の上辺の角を見たときだった。
埃とランタンの枠に隠れているため、パッと見では決して見抜くことはできない。だが、それを知る者なら簡単に見つけ出せる。とは言っても、現在のここの文明レベルでは、誰一人として理解できない代物がそこにあった。
線香花火ほどの小ささながら、一定の間隔で狂いなく点滅する、青い光だ。
謎が解けた。サルヴァトーレは苦笑した。それと同時に、まるで自分を包囲するかのような殺気の類が伝わってきた。
「──まだ何か聞きたいのか。用が済んだら早く行くこった。カネはいらん」
扉の向こうの声が、退散を促してきた。
「ふっ……ふふふふふ」
くぐもった笑みを漏らすと、サルヴァトーレは自らの左腰にベルトでくくりつけてあるポーチから裁ち鋏を取り出すと、背の高さに物を言わせて、迷わず扉の枠の上辺の角に突き刺した。同時に、扉の脇に掛けてあった小さなランタンが地べたに落ちる。
次の瞬間、ジリッという音が聞こえると共に、眼鏡よりも小さな丸いレンズが落ちてきて割れた。弱々しく点滅する青い光も消えた。
「この時代に、その音を聞くことになるとはねぇ」
サルヴァトーレは、周囲を五人ばかりの男たちに取り囲まれていることに気づいた。しかも、彼らは短剣や棍棒のようなものを手にしている。
「キミたちはここの番犬をやるのに、いくらもらったのかな?」
サルヴァトーレは前髪のヘアピンを外し、ハーフアップにしていた髪も解いた。
その動作のあと、銀髪と銀色の瞳が美しい男が同じ場所に立った。
次々に襲いかかってくる五人を、一瞬前までサルヴァトーレだった男はあっという間に片付けた。その手に握られていたのは裁ち鋏ではなく、ルビーのような輝きを放つ諸刃の大剣だった。一太刀で一気に五人まとめて斬り捨てた。地べたに落ちていたランタンの弱々しい光が赤い花びらを数枚、照らし出す。
「では。人捜しのからくりを確認させてもらおうか」
大剣を手に、銀髪銀眼の男は扉を蹴破った。扉は真っ二つになって床に落ちた。
「……なるほど、ね」
蹴破った扉の向こうには、もう一枚、簡素な木の内扉があった。内扉の足下や取っ手周りには針金のようなものが引かれている。最初に蹴破った扉の一片を拾うと、それを内扉に向かって力一杯投げつけた。内扉が破られるのと同時に、ビリビリともジリジリとも表現できる機械的な音が聞こえてきた。しばらくした後、その音は止んだ。不用心に内扉に触れると感電する仕組みだった。極々初歩的な人避けではあるが、まだ電気すらないような未開の文明であれば、触れればいきなりしびれるというだけで、恐怖を与えるには十分すぎる。
中が丸見えになった、古びた部屋を見回すと、使い古した感があるテーブルが一つ置かれているだけだった。椅子すらない。
「なっ……!」
テーブルの上に置いてあるものを見た瞬間、男は顔色を変えた。恐ろしいほど長い時間を生きているが、こんな表情をしたのはいつ以来だろうか。記憶にある限り、最後にこんな表情をしたのは、一三四〇年前、運命の出会いをした『あの日』以来かも知れない。
置かれていたものに、男は嫌と言うほど見覚えがあった。それは、遙か昔に使われていたアイテムだった。
一つはところどころに輝く鉄やガラス素材が使われた、ドーナツほどの大きさの樹脂製の置物だった。ガラス面の片隅に描かれた細い点線のマークが大きくなったり小さくなったり明滅している。角には凸のマークもあり、こちらは半分くらいが黒く塗られている。
もう一つは、名刺サイズほどの大きさの薄いガラスと樹脂でできた板だった。板の角には扇形のマークが大きくなったり小さくなったり明滅している。
(AI内蔵の会議用マイクスピーカーに、衛星通信用の小型ルーター!)
貧民窟にあるような粗末な小屋でこんなものを見つけてしまうとは。銀髪銀眼の男は、戸惑いを隠しきれなかった。同時に、ある言葉が頭を掠めた。
「兄ちゃん。そいつをナメちゃいけない。今まで一度だって『見つからない』って苦情が来た試しはねぇ。こないだなんて、美人の女でガキ連れ、ってだけでも見つけ出したほどだ」
DYRAを襲ったのは本当にISLAで、この街に技術を提供するなどして何らかの繋がりがあるのだろうか。しかし、もしそうだとしても、彼女を捜すために酒場で場所を確認してから貧民窟へ行き、素性もわからぬ人捜し屋を頼るような真似をするだろうか。そもそも、ISLAは生体端末を持っているのだ。もっと効率良く、確実性がある方法でDYRAとタヌを追えるはずなのだ。事実、フランチェスコまではそうだった。
そしてここに来て、衛星通信用のモバイルルーターと繋げたAIスピーカーが見つかった。つまり、無線通信を使っているということだ。電柱も光ケーブルもない。ならば、衛星通信を使ったことになる。これは『文明の遺産』に手を付けている何よりの証左だ。通常考え得る方法でこんなあからさまなものを使えば、自分にわからないはずがないのだ。
銀髪銀眼の男は自分が今置かれている状況について理解した。やはり自分は何か重大な見落としをしている。昨晩からずっと、情報不足という事実を突きつけられている。全てがISLAの仕業だとするなら、話の辻褄がまったく合わないのだ。
(ISLAは何かを知っている?)
自分が思っているのとはまったく違う何かがある。心のどこかから湧き上がる嫌な予感を抑え込みながら、赤い花びらを舞わせて大剣を霧散させた。その後、テーブルに置かれたものを手にする。
(証拠は、消さないとな)
男はいったん外へ出ると、落ちているランタンを拾った。そしてそれを力一杯部屋の中へと投げ込んだ。壁に当たるとランタンのガラスが割れ、小屋の壁へ火が燃え移った。
(街の奴らは運が良い。このあたりに街灯がないからな)
炎が回って派手に燃え上がった小屋を背に、来た道を戻った。
(一体、何が起こっている?)
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。だが、情報がないのにあれこれ考えるのは時間と思考リソースの無駄だ。精神衛生上も良くない。
ここでやることはもうない。次にやることはもう決まっている。男は自身の周囲に大量の赤い花びらを舞い上げると、その嵐の中に消えた。
改訂の上、再掲
099:【PIRLO】RAAZはDYRAを捜す中で、ピルロの闇の一端にたどり着く2025/06/10 21:46
099:【PIRLO】そしてピルロの「闇」がDYRAへ牙を剥く2024/12/22 19:53
099:【PIRLO】絶望をもたらす者、降臨 ~序章~(1)2019/04/08 22:00
CHAPTER 99 救出されて2017/11/20 23:00