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098:【PIRLO】DYRA、ピルロの闇に牙をむかれ、タヌは慌てふためく

前回までの「DYRA」----------

市庁舎でサルヴァトーレがルカ市長と会っていた。そのとき、市長のある振る舞いをサルヴァトーレは見逃さない。一方、表敬訪問イベントをチャンスとばかりに、ロゼッタはレンツィ家の地下へ潜入。戦慄の真実の一端を見つけ出していた。

「ごめん。DYRA」

「気にしていない。むしろ、あそこでお前が声を上げたのは無理ないことだ」

 DYRAとタヌは、ネスタ山へ向かう道を歩いていた。

 二人はサルヴァトーレと別れてからしばらく話した後、広場から学術機関へと移動した。そこはタヌが昨日の午前中に立ち寄った施設だ。アオオオカミの生態について書かれた本をつまみ読みしたり、歴史書を探したりと忙しかった。しかし、本の内容について、タヌが一々DYRAに声を掛けたのがまずかった。私語厳禁の施設だったのだ。結局、二人は学術機関の係員から退館するように注意されてしまった。

「あのさ。あれだけたくさんの本を読んで思ったんだけど」

「ああ」

「アオオオカミって結局、どういう生き物なのかとか、全然わからないんだね。ボクたちがもう知っていること以外、本にも何も書いていなかった。どうしてなんだろう?」

 タヌの問いに、DYRAはあっさりと答える。

「捕まえたり、観察をしたりすることができない生き物だからだろう」

「捕まえたりできるくらいなら、もっと良くわかっているはずだよね」

「話してわかる相手でもないし、問答無用で襲ってくるんだ」

「でも、人間をそんなに襲いまくる生き物だったら、他の動物だって襲われまくっていると思うんだけど」

 タヌは率直な疑問をぶつける。

「それに、人間だってどんどん食べられちゃうほど強いんだから、もっと数がいっぱいいても良いような気がするんだけど。犬だって、子イヌを産むでしょ?」

「言われてみれば、そうだな」

 弱い動物ほど繁殖能力が高い。アオオオカミは人間と同様か、場合によってはそれを下回るのかと考える。そうでなければ、もっとそこかしこにアオオオカミがいて、ことあるごとに人間が襲われてもおかしくない。しかし、実際はそうではない。DYRAもペッレ以来、アオオオカミを見ていない。

(しかし、そんなに繁殖能力が低いなら、種としてずっと生き続けられるのか?)

 タヌの話を聞きながらDYRAはそんなことを考えてみる。が、情報がないことをあれこれ考えるのは時間の無駄に等しい。話題を変える。

「それはともかく、タヌ、今から山か?」

 視界の先に小さく見える時計台は、四時が近づきつつあることを示していた。

「うん。だって、朝からのアレも気になるし」

 市庁舎でのやりとりのことだ。聞こえてきた内容から、山で何かがあったことをDYRAとタヌも把握していた。タヌがそれを見に行こうと言い出し、今に至っている。

 歩いているうち、いつしか、道として一目でわかるものがなくなり、二人は森の中を歩いていた。靴跡などの痕跡がところどころに見えるため、それを目印に進んだ。

「ねぇDYRA。さっきいっぱい本を読んだけどさ、父さんに繋がるようなもの、なかった」

 タヌの言葉に、DYRAはどう答えるべきかわからず、質問で返す。

「お前の父親は、本を書いたりしていたのか?」

「ううん。わからない。けれど、父さんはうちにいたとき、色んな本を読んだり、何か書いたりしていたから、ひょっとして、って、ちょっとだけ期待していたんだ」

 タヌの話に、DYRAは納得した。一方で、あそこにあった書物はかなり古いものが多かった。タヌの父親がよしんば何か書いていたとしても、あの場所にあったとは思えない。DYRAが見た限り、本はどれも数十年前や、ものによっては数百年前のものばかりで、まさしく学術機関と呼ぶに相応しい蔵書だったからだ。

「そう、か」

 期待していた。この言葉に、DYRAはタヌへ、気の利いた言葉を何一つ言えなかった。

 それからしばらくの間、二人は無言のまま歩みを進めていった。やがて空の色が少しずつ変わり始め、いつしかアクアマリンのような色からカーネリアン色に、そしてアメトリンのような空模様に変わっていく。

 森の切れ目が視界に入ったときだった。

「ん?」

 一瞬、DYRAは人の気配を感じた。

「どうしたの?」

 森の中か、それとも向こう側か。DYRAは歩を進める間も、警戒するように視線であたりを見回した。森を抜けたときだった。

「DYRA! あ、あれっ!」

 視界が開けると同時に、タヌは声を上げた。そこかしこに焼け焦げた跡があり、倒れた木々も焦げ跡が著しい。森が切れていたのは、森の一部が焼けたからだとDYRAは理解した。

「……タヌ!」

 誰かがこの周囲にいる。それも、二人以上。DYRAはそれをタヌへ伝えようとした。が、言葉にならなかった。

「っ!」

 DYRAは反射的にタヌを森の木の方へ突き飛ばした。一瞬前までタヌがいたその場所には別の人影が現れ、DYRAに襲い掛かる。間一髪で避けると、すかさず右手を広げた。青い花びらが広げた手のひらの周囲を舞い始め、その手に蛇腹剣が顕現する。

「誰だ……っ!?」

 DYRAが言い終わるより前に、聞いたこともないような、空気を裂くような音が聞こえて来る。次の瞬間、DYRAは脇腹のあたりに激痛が走った。声にならない悲鳴と共に、DYRAの身体が宙を舞った。近くの大木に背中から激突、そのまま俯せに倒れてしまう。

「DYRA!」

 DYRAに突き飛ばされたことで難を逃れていたタヌが悲鳴にも似た声を上げると、DYRAの元へ駆け寄ろうとした。

「タヌ、来るなっ!」

 DYRAがタヌを制止しつつ、痛みをこらえながら立ち上がった。再生能力があることと、痛覚の有無はまったく別問題だ。顕現させた蛇腹剣は吹っ飛ばされた弾みで放してしまったため、青い花びらを宙に舞わせながら霧散していた。

「がっ!」

 立ち上がった瞬間、DYRAはいきなり喉輪を掴まれ、そのまま足払いを受けた。相手は全身黒ずくめ。顔も完全に隠しており、性別すらわからない。わかるのはただ一つ。自分より背が高い。それだけだ。


 劣勢に立たされているDYRAの様子に、タヌは何とか助けようと、手近に石などが落ちていないかとあたりを見回した。しかし、落ちているのは小枝や葉っぱばかりで投げられるようなものはなかった。

 何か役に立つものはないのか、タヌが焦り始めたときだった。

 突然、タヌは後ろから口を塞がれ、そのまま別の大木の陰へと引き込まれる。手足をばたつかせて抵抗するが、無駄だった。

「静かに」

 声の主は男だった。

 まさか、ここでその声を聞くことになると思わなかった。タヌはすぐに抵抗を止める。

「声を出さないで」

 再び耳元に聞こえてきた声に、タヌは首をこくこくと二度ばかり縦に振った。口元を押さえていた手が緩んでいく。身体の自由を取り戻したタヌは、すかさず振り向いた。

 裾の長い白い上着に身を包んだ、不思議な色の髪を三つ編みにした男がそこにいた。

 タヌが「マイヨさん」と声を出さずに口を動かす。

 マイヨはすぐに、タヌの口元に自らの人差し指をやり、静かにするよう合図した。

「DYRAを……!」

 絞り出すような小声で懇願するタヌ。しかし、マイヨは首を横に振った。さらにタヌへ身を潜めるように身振りで指示する。

 やがて、周囲から何も聞こえなくなった。ピリピリするような緊張した空気もその場からは感じられない。

 マイヨはタヌを残して、森の外をそっと見に行った。DYRAの姿も、彼女を襲った謎の存在の姿もない。マイヨはタヌの元へ戻ると、今度は二人で森の外へ出た。

「DYRAが、いない……」

「連れて行かれたってことか」

 マイヨは考えられる状況を呟いた。想像だにしなかった言葉にタヌは動揺を露わにする。

「だ、誰が、何で!?」

「さぁ。けど、ここに来られたら都合が悪いって思った人がやったのかもね」

 暗くなった空を見ながら、マイヨは言葉を続ける。

「あの状況だ。申し訳ないけど、二人同時に助けることは俺にはできなかった。タヌ君を助けるのが精一杯だった」

「どうして?」

 相手は一人だったではないか。マイヨの強さなら問題なくできたのではないか。タヌはこの思いを言葉に込めた。

「言いたいことは何となくわかるんだけどね」

「なら……」

「タヌ君。物陰に誰がいるのか、相手が何人いるのかそれすらわからないのに、取り敢えず見えるものだけで判断するのは、良くないよ」

 マイヨがそんなことを言ってくるとは思わなかったので、タヌはハッとして顔を上げた。

「あのとき、彼女は後ろから襲われたけど、横から吹っ飛ばされている」

「あっ!」

「もう一度言うよ? 後ろから襲われたけど、横から突き飛ばされたんじゃない。吹っ飛ばされたんだ」

 タヌはマイヨが言いたいことを何となく理解した。あのとき、襲った人間とは別の誰かがどこかにいたのだ、と。それをマイヨはちゃんと見ていたのだ、と。そう言われてしまえば、その別の人間がどこにいたのかわからないなら、出ていくことなんてできない。でも、あのときのDYRAは、まるで横から強い風の塊に当たって吹っ飛ばされたようにも見えた。

「そんな……」

「落ち着いて。まずは君が無事で良かった。DYRAは、彼女なら大丈夫。そう簡単にやられたりしないよ」

 優しい声掛けに、タヌは泣きそうな顔で何度か頷い。

「マイヨさん!」

「ん?」

「ボク、マイヨさんに会いたかった」

 タヌの言葉に、マイヨは口元に笑みを浮かべ、頷いた。

「俺も、DYRAだけじゃない。タヌ君にも会いたかった。この間はフランチェスコであんなことがあったから、ちゃんとお話もできなかったし。けど、こんな状況になっちゃうとね」

「はい。あの」

「ん?」

「ボク、本当はマイヨさんにボクの父さんのこととか聞こうと思っていたんだけど、その……DYRAを助けに行かないと! 力を貸して下さい!」

「タヌ君。それは違うんじゃないのかな?」

 マイヨが静かに首を横に振った。まさかの返答に、タヌは驚いた。どうしてそんな言葉が出てくるのか、と。

「思い出してごらんよ。彼女には俺なんか比べものにならないような恐ろしい誰かさんがついているんだ。俺が下手に動いたら何をされるかわかったもんじゃない」

 マイヨが誰のことを言っているか、タヌはすぐに想像がついた。そうだった。マイヨはRAAZと因縁浅からぬ関係だった。『DYRAを助けるために動いたのに』という事態が起こらない保証はどこにもないのだ。

「タヌ君。君にアテがあるなら、すぐにでも彼へ助けを求めた方が良い。陽が完全に落ちる前に、今すぐ山を下りるんだ」

 柔らかい口振りながらもマイヨの言葉には、サルヴァトーレにも似た説得力というか、ある種の言葉の力があることにタヌは気づいた。

「さぁ急いで!」

「はい!」

 タヌは頷くと、来た道を引き返すように走り始めた。マイヨはタヌの後ろ姿を見送った。その表情は眉間に皺を寄せた、厳しいものだった。




 ピルロの広場にある時計台の時計は六時過ぎを指していた。タヌは全速力で山を駆け下り、ふらつく足取りでたどり着いた。両手を両膝に置き、肩で息をし、今一度、呼吸を整える。宿屋の方へ走り出そうとしたときだった。

「タヌ君?」

 すっかり人気がなくなった広場で聞こえた呼び声。タヌは反射的に声がした方を見た。見覚えのある背の高い人物が立っていた。サルヴァトーレだった。こんな時間まで市庁舎にいたのだろうか。気になったが、今は悠長に聞いている場合ではない。

「サ、サルヴァトーレさん!」

 タヌはサルヴァトーレの方へ走ろうとしたが、一度足を止めてしまった上、見知った人物を見つけて安心したことで緊張の糸が切れてしまったのか、膝を落としてしまう。

 サルヴァトーレがすぐにタヌの元へ駆け寄ると、タヌの身体を支え、助け起こす。

「タヌ君。あれ? シニョーラは?」

「DYRAが、攫われちゃった……」

「え?」

「た、た、助けて下さい……!」

「大丈夫? 落ち着いて。何が起こったの?」

 サルヴァトーレはいったん、タヌを広場のベンチに座らせた。そして、手近な店へ走って水を買ってくると、それをタヌに飲ませた。

 タヌは水を一気に飲んでから深呼吸し、話せる程度まで落ち着きを取り戻す。

「サルヴァトーレさん。どうしよう。大変なことに……」

「タヌ君。何が起こったのか、順番に話して」

 宥めるようにサルヴァトーレが声を掛ける。タヌは、「えっと」と前置きしてから、昼にサルヴァトーレと別れてからDYRAと学術機関へ行ったこと、退館させられたこと、そして昼間の市庁舎でのやりとりの様子が気になって仕方がなかったので、二人で一緒に山へ行ったことまで、時系列通りに伝えた。

「山の中腹の、森を抜けたところがあちこち焦げていて、そこでいきなりDYRAが襲われて」

「襲われた!? シニョーラが、襲われたって……誰とか、顔は見たのかな?」

「黒ずくめだった。顔も隠していた。ボクはDYRAに突き飛ばされたから巻き込まれないで済んだけど。でも、おかしいんです。その人はDYRAの後ろからきたのに、急にDYRAは横にドーンって吹っ飛んで、背中から木に当たって」

 タヌは一気に話したからか、また、息を整える。

「それで、タヌ君はそのまま逃げてきたの?」

「いえ。ボクはたまたま助けてもらえて」

「助けてくれた? どういうこと? シニョーラを助けないで、タヌ君だけ助けたってこと?」

「前に、ボク言いましたよね。乗合馬車で会った人の話」

「聞いたね。でもどうしてそんなことを?」

「わかりません。でも、マイヨさんがそこにいて、ボクを助けてくれて。ボク、『DYRAを助けて』ってお願いしたんだけど、遠回しに、RAAZさんがいるからって」

「だいたいわかった」

 そう言って、サルヴァトーレはタヌの両肩に手を置き、正面からタヌを見る。

「タヌ君。これから言うことを良く聞いて」

「は、はい」

 柔らかい口振りからでは考えられない強い言葉の響き。タヌは二度三度、小刻みに頷いた。

「キミはシニョーラの荷物で必要最小限のものだけ持って、この街を出る準備をして乗合馬車の乗り場で待っていて」

 タヌはサルヴァトーレからのあまりにも唐突な指示に戸惑った。

「え、いや、でも、DYRAを……」

「シニョーラが戻ってきたらすぐにこの街を出て、マロッタへ」

 サルヴァトーレはきっぱりと言い切った。

「待って! サルヴァトーレさん! DYRAを助けに行くなら、あの」

 タヌは言いにくそうに告げる。

「一人より、もう一人いた方が……」

「大丈夫。自分一人で十分さ。ただ、その前にちょっと気になることがあるんだけど」

「気になる?」

「うん。その、タヌ君を助けた、ええとナントカさんはこれからどうするとか言っていた?」

 タヌは首を横に振った。

「わかった。じゃ、自分はちょっと行ってくるから。さっき自分が言ったこと、ちゃんとやってね」

「はい」

「もう歩ける?」

「何とか。大丈夫です。ありがとうございます」

 サルヴァトーレは立ち上がったタヌに、ポケットからアウレウス金貨を何枚か出すとそれを渡した。

「しんどくてお腹空いたり、喉乾いたりしたら使っていいからね。さ、急いで」

 サルヴァトーレは、励ますようにタヌの背中を軽く叩いた。タヌは宿屋の方へと走り出した。


改訂の上、再掲

098:【PIRLO】DYRA、ピルロの闇に牙をむかれ、タヌは慌てふためく2025/06/10 21:45

098:【PIRLO】ピルロの闇が慌ただしく動き出す2024/12/22 19:45

098:【PIRLO】姿のない泉と(3)2019/04/02 00:00

CHAPTER 98 DYRA攻防戦Ⅲ2017/11/16 23:09

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