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095:【PIRLO】高級レストランでDYRAたちは市長と遭遇する

前回までの「DYRA」----------

DYRAの話をもとにRAAZは誰が動いているのか考える。しかし、ISLAが動いているにしてはどうも辻褄が合わない。そんなことを思う。

 翌朝。

「ん……?」

 カーテンの隙間から入ってくる目映い光が瞼越しに目に刺さった。突然真っ黒から真っ白になった視界で、DYRAは目を覚ました。

 掛けられていた毛布を剥いで上半身を起こしたときだった。

「……あ!」

 ベッドには自分以外誰もいない上、自分の身体には毛布が掛かっているではないか。

 DYRAはベッドから出ると、居間へと移動した。が、そちらにも昨晩一緒に部屋にいたはずのサルヴァトーレの気配はない。水音なども聞こえないことから、風呂に入っているわけでもなさそうだ。

 特に急ぎの用があるわけでもない。DYRAはいったん寝室へ戻った。

「ん?」

 先ほどは気づかなかったが、白い四角い鞄が開いた状態でベッドの足下に置かれているではないか。DYRAはすぐに鞄を確かめようとベッドのそばへ行き、身体を屈めた。開いている鞄の一番上に、メッセージカードが置いてあった。


 Cambiando i vestiti


(『着替え』……)

 DYRAはカードを退かした。鞄には肌着類からスカート、ブラウス、グローブやブーツまで一式揃っている。すべて新品だ。早速、風呂で汗を流すと着替えと身支度を済ませた。

 宿屋の廊下へ出ると、本来取っていた隣の部屋へと戻る。DYRAが扉の取っ手を捻ると、鍵が掛かっていないと伝わってくる。

「あっ……」

「あ!」

 扉を開けるなり、タヌの明るい声がDYRAを迎えた。

「おはようDYRA。眠れた?」

 タヌが寝てから何が起こったのか、タヌが知るはずもないので、DYRAは余計な心配を掛けまいと考えた。

「あ、ああ」

「サルヴァトーレさん、優しいよね。取った部屋、『ゆっくり寝られるように』って」

 タヌの言葉を聞いたDYRAは、困惑する。昨晩の振る舞いはどう考えてもそんなものではなかった。DYRAにしてみれば、自分を枕にして寝た男だ。とはいえ、それを表立って口にするわけにはいかない。

「サルヴァトーレは?」

「あっちでコーヒー淹れてるよ?」

 DYRAは、居間から台所のある空間をちらりと覗く。

「♪~」

 鼻歌が聞こえてくる。同時に、コーヒーの香りがDYRAの鼻をくすぐった。

「シニョーラ。起きた? おはよう」

 サルヴァトーレはDYRAの方へ振り返ると、にこやかな笑顔で声を掛けた。

「あ、ああ」

 DYRAは居心地悪そうな声で答えた。

「コーヒー飲んで目を覚ましたら、三人で食事、行こっか」

 コーヒーをカップに注ぎながらサルヴァトーレが提案すると、タヌはDYRAを見る。

「ね。行こうよ」

 タヌの笑顔に、DYRAは断る理由も浮かばなかった。

「じゃ、決まり。仕事でちょっと前に縁あった人がやっているお店があるから、そこにしよう」

 この後、コーヒーを飲み終えると、三人は宿屋から街へと繰り出した。


「晴れているのに、何だろう? 何か埃っぽい」

 外は晴天だというのに、視界が曇っている。何となく埃っぽいし、砂か土埃が飛んでいるからか、時折、目がチクチクする。

「昨日は、こんなんじゃなかったのに」

「ああ。何かあったのか?」

 タヌの言葉に、DYRAも小さく頷いた。

 いつだったかのペッレやフランチェスコのように、DYRAが街の一角を砂に変えてしまったわけでもない。それに、空気がひどく乾燥しているわけでもない。一体どういうことなのか。タヌは疑問を抱いたが、それを言葉には出さなかった。

「朝なのに、人通りも全然ない。どうしたんだろう?」

「そうだねぇ」

 サルヴァトーレも、今気づいたような表情であたりを見回す。

「これだと、テラス席は止めた方が良さそうだねぇ」

 そう言って、サルヴァトーレは空を見上げてから、視線をDYRAとタヌの方へ戻した。

 三人がちょうど市庁舎の出入口の門が見える道を通ったときだった。

「何だろう?」

 タヌが言葉を発すると、DYRAとサルヴァトーレもそちらへ目をやる。視線の先では、市民たちが一〇名ばかり集まって、閉じられた門を挟んで誰かと何かやりとりをしているのが見えた。彼らの他にも少しずつ門の前に人が集まりつつある。時折押し問答にも似た荒い声や、心配そうな声が耳に入ってくる。

「門の前に何だろう? 人だかりかな? 何かあったのかな?」

 この土や砂が混じった空気も何か関係あるのかも知れない。

「もう、市庁舎は開いているのだろう?」

 DYRAも何があったのではと言いたげに告げた。すると、サルヴァトーレが少し考えるような仕草をしてから返す。

「何かあったら、ここの市長さんなり、役場の人たちが教えてくれるんじゃないかな」

「うーん。そ、そうですよね」

 タヌはこのとき、サルヴァトーレが市庁舎の門よりさらに向こう側をみていることに気づかなかった。

「ん?」

 サルヴァトーレが呟きのように怪訝な声を出す。DYRAはチラリとサルヴァトーレが鋭い瞳で見ている方へ目をやった。遠目にではあるものの、一台の馬車が敷地内のさらに奥の方を通って、市民が集まる門とは反対側へと向かっているのが見えた。




 三人はさらに進んで、街の中心にある繁華街の方へと歩いていった。風向きが変わったからか、完全にではないものの土埃が混じった煙も和らいでいる。

「開いている店と、開いていない店とがあるんだ」

 見かける店の様子を見ながら、タヌは不思議そうな顔をした。半分ほど開店しているが、もう半分はそうではない。

「きっと、夜しか開かないのかもね?」

 タヌは、サルヴァトーレの説明で、閉店している店は夜、酒を飲むなり、飲みながら食事をす楽しむのが主な目的の店なのだと理解する。

「そうなんだ。村にはそういうの、全然なかったし。そう言えば、ペッレやフランチェスコでは街をちゃんと見て回る余裕もなかったし、気づかなかった」

「大人になったら、タヌ君もこういうお店で時間を過ごす日が来るんじゃないかな」

 もう少し歩くと、真っ白な壁とこげ茶の屋根が印象的な、小洒落た一軒家が見えてきた。繁華街の中心から少し離れた場所で、食堂やお酒を飲む店には到底見えない。もしここが本当に食堂の類なら、道すがらで見たどの店より明らかに格式が上と言うのだろうか、お高そうだ。

「シニョーラ。タヌ君。着いたよ」

「ここ?」

「うん」

 サルヴァトーレは早速、扉の取っ手を掴むと、引いて開いた。

「いらっしゃいませ」

 三人を迎えたのは正装姿の初老の給仕だった。

「やぁ。久し振りだね」

「ああっ! これはこれは、サルヴァトーレ様ではございませんか」

 給仕は、久し振りに何の前触れもなく親友に再会でもしたような笑顔を浮かべた。

「オーナーも、お元気そうで」

「いつ、こちらへ? いやいや、ご連絡を下されば、一番良いお席をご用意致しましたのに」

「ありがとう。でも、着いたのは昨日の夜遅くで、今日も急に思い立ったからね」

 初老の給仕と親しげに話すサルヴァトーレの様子に、DYRAとタヌは一瞬、顔を見合わせた。

「お席、手前の席となってしまいますが、よろしいですか?」

「もちろん。いきなり来たんだし」

 サルヴァトーレが笑顔で答えると、給仕は頷いた。

「ではご案内致します。三名様でよろしいですか」

「うん」

 サルヴァトーレが給仕の後ろに続くと、DYRAとタヌもそれに続いた。

「こちらへ」

 タヌはついていきながら店内を見回す。決して広いとは言えない。その上、テーブルとテーブルの間を広めに取っているため、席数が少ない。六人用テーブル席が三組あるだけだ。そして、まだ自分たち以外に客の姿はない。

「こちらへどうぞ」

 案内された席は窓際の一角で、入口に近い側にサルヴァトーレが、奥側にDYRAとタヌが着席した。

「お食事ですが、苦手なものや、お口に合わないものはございませんか?」

 給仕がDYRAとタヌに尋ねた。タヌはちらりとサルヴァトーレを見る。サルヴァトーレは笑顔で頷いた。

「あ、ボクは大丈夫です」

 タヌに続いてDYRAも希望を言おうとするが、それはできなかった。

「この男の子には肉を多めに出してあげて。あと、彼女の分は食べやすく切ってあげて。できるようなら、デザートとコーヒー以外、一通り全部持ってきていいから」

「かしこまりました。では早速」

 給仕はサルヴァトーレの言葉に頷くと、元いた方へと去った。

「シニョーラに『肉はいらない』とは言わせないからね」

 タヌはサルヴァトーレがにこやかに言い切る様子に。改めて彼がDYRAをよく見ていることに感心した。

「ようやく色々話せるね」

 ちょっと拗ねた顔をしたDYRAを笑顔で見つめながら、サルヴァトーレがタヌに切り出したときだった。

「こちらへどうぞ」

 先ほどの給仕が別の客を案内するやりとりが三人の耳に入った。

「あっ」

 声にこそ出していないが、DYRAが来客に見覚えがあるような仕草をした。三人の中で一番最初に視界に入る、通路側の席にいたからだ。呼応するようにタヌも目をやる。

 胸元がほんのり白い、薄い緑のスーツに身を包んだ明るい金髪の人物と、白のスーツを着た背の高い、浅黒い肌と艶のない金髪が印象的な男だった。タヌは、二人に見覚えがあった。そのうち一人には会った記憶もある。

「あっ……」

 声が聞こえたのか、薄い緑のスーツの人物が足を止め、タヌの方を見てから、ゆっくりと近づいてくる。同伴の男は二歩程度離れたところで立ち止まった。

「あれ?」

「……確か、ルカ市長」

「ああ。そうだ。昨日の朝、時計台のところでお会いした方ですね」

 ルカ市長は思い出したように話しかけてきた。

「昨日はごめんなさい。でも、ピルロを楽しんでいるようでしたら、嬉しいです」

 ここでルカ市長はタヌとサルヴァトーレへと目をやった。

「お友達の方ですか?」

 ルカ市長が尋ねると、サルヴァトーレはおもむろに席を立った。

「初めてお目に掛かります。アニェッリで仕立屋をやっています、サルヴァトーレと申します。以後、お見知りおきを」

「えっ!」

「ええっ?」

 ルカ市長と後ろにいる艶のない金髪の男が同時に声を上げた。

「サ、サルヴァトーレって、あの、サルヴァトーレさんですか!」

「服を頼めないほど人気と評判の……!」

 サルヴァトーレがここで、わざとらしいくらい照れくさそうな表情をして頷いた。タヌはいつも自信満々の彼のどこか芝居じみた表情に、偉い人の前で謙遜しているつもりなのかな、などと印象を抱く。

「あの!」

 切り出したのはルカ市長だった。

「ちょうど、ご縁あったロゼッタさんを通してお手紙を出してご連絡を取ろうと思っていたところだったのです」

「それはそれは」

 サルヴァトーレは特に感情を乗せずに返事をした。

「今日、お時間あるようでしたら、是非市庁舎へいらして下さいませんか?」

「そんな突然のお伺い、いいんですか?」

「大丈夫です。むしろ、是非来て下さい。こちらのアレッポの名前を受付で言っていただければすぐにわかります」

「今日は顔を出してご挨拶する程度になりますけど、それでよろしければ、後ほど」

「ええ。是非とも!」

 二人の間で話がまとまったとき。

「あれ」

 声を出したのはタヌだった。タヌはルカ市長のスーツをじっと見つめている。

「何か?」

 ルカ市長がタヌを見る。タヌの視線がどこに向かっているか気づいたルカ市長は、にっこりと笑った。

「ああ。アントネッラは、今日は自宅で休んでいます」

「動物、抱いたんですか?」

 サルヴァトーレも市長の服の胸元に目を留めた。ルカ市長は首を横に振った。

「いえ。犬はアントネッラが飼っています。自分にはなかなか懐いてくれなくて」

「それは失礼」

 サルヴァトーレは軽く会釈して謝罪した。

 ここでルカ市長へアレッポが後ろからそっと何かを耳打ちした。

「ああ。お食事前のお時間をお邪魔してしまいました。申し訳ございません。自分たちはこれで。ではサルヴァトーレさん、後ほどお待ちしています」

 ルカ市長たちは、給仕に案内されて店の一番奥にある広い席へと移動した。タヌはそっと振り返り、二人の背中を目で追って見送った。彼らが着席する直前、今度はサルヴァトーレを見た。内容こそ聞こえてこないが、奥の席でも何やら会話が始まっているのがわかった。

「あっちの会話は、聞こえないんですね」

「タヌ君。盗み聞きみたいなことはお行儀悪いよ? でも、こっちも大きな声でのおしゃべりは控えるのが良いかな」

 タヌは頷いた。DYRAも傍らで小さく頷く。

「ところでタヌ君。何か不思議そうな顔をしているけど、気になることがあるのかな?」

「はい。でも、上手く言えなくて」

「上手く言えなくてもいいよ」

 サルヴァトーレが笑顔で促した。

 ここで、女性の給仕がワゴンを押して姿を見せると、DYRAたちのいるテーブルの前に止まった。

「お待たせ致しました。本日のお食事はラム肉のステーキ。根菜の野菜スープ、それにビアンコソースのペンネでございます。お飲み物は赤ワインの発泡酒ならびに、ぶどうジュースでございます」

 女性の給仕は慣れた手つきで食事を配膳していった。手早く終えると、「失礼します」と告げてから、ワゴンを押して厨房の方へと戻っていった。

 食事をしながら三人は話を続ける。

「上手く言えないっていうのは、理由を説明できないっていうか」

「それで?」

 サルヴァトーレが言葉でタヌに続きを促しつつも、視線ではDYRAに食事を採るように合図する。

「ボク、昨日の朝、あの人とそっくりな女の人に会ったんです。乗合馬車のおじさんから聞いていたけど、あの人確か、双子だって」

 DYRAは聞き役に徹することにしたのか、黙ってスープを口に運ぶ。

「どこで会ったの?」

「昨日の朝、植物園です」

 タヌはサルヴァトーレに、朝起きてから、植物園に行くまでの顛末を話した。DYRAも耳だけ貸している。

「そして、タヌ君は今、何か引っ掛かっている」

「はい」

「うーん」

 サルヴァトーレは、タヌの話が一段落したところで美味しそうに肉を頬張った。肉と付け合わせの野菜を食べ終え、パスタを少し食べたところでDYRAの方を見る。

「シニョーラは、タヌ君の話で何か気づいた?」

 DYRAは、スプーンを口に近づけるのを止めた。

「何となくだが」

「でも、自分に当てさせて。シニョーラは肉を食べなきゃ。せっかくの子羊のレア肉、それも食べやすいサイズに切ってくれているんだから」

 にこやかだが、有無を言わせない言い方だった。

「タヌ君」

 肉やパスタを美味しそうに食べるタヌが食事を平らげる頃を待って、サルヴァトーレは声を掛けた。

「二、三、確認させてもらっていいかな?」

「はい」

 タヌはぶどうジュースを飲んでから答えた。

「植物園だっけ? そこで会ったとき、彼女が誰か知っていたの?」

 サルヴァトーレの質問にタヌは首を横に振った。

「じゃ、双子の一方だとは、どうしてわかったの?」

「昨日の昼下がりくらいに、時計台の向こうの市庁舎のところで、錬金協会の人が来たから、その……って演説しているのを聞いて」

 タヌは、あまり思い出したくなさそうな口振りで話した。DYRAはタヌがいつのことを話しているのか理解しているので、食事中に処刑話などしたくもないのは当然だと察する。

「そのときはピンと来なかったけど、宿屋に戻ってからDYRAと話をしているときに思い出して」

 サルヴァトーレは発泡酒を飲んでから、頷いた。

「じゃ、タヌ君は、あのルカ市長とはさっきが『初めまして』だったってこと?」

「はい」

「……そういうことか」

 サルヴァトーレが空になった発泡酒のグラスをテーブルに置いた。

 この後、三人全員が食事を終えた絶妙のタイミングで、先ほどの女性の給仕が再びワゴンを押して現れた。

「デザート、お持ち致しました」

 彼女は慣れた手つきで空になった皿を次々とワゴンの下段へと下げていき、続いて、上段に乗せてあったガラスの皿を三つ、テーブルの上に置いた。

「本日のデザートは、雪菓子のフルーツ盛りでございます」

 置かれたのは、足のついたデザート皿に盛られた小さな山状の雪菓子と、囲むように盛り付けられた、林檎や、梨、ぶどうのシロップ漬け。

「うわぁ……! これが、雪菓子!」

 タヌは歓声を上げた。昨日DYRAから話を聞いて、自分も食べたいと思っていたからこそ、目の前の華やかに盛り付けられたデザートが宝石のように輝いて見える。

「美味しいよ?」

「タヌ。食べてみるといい」

 サルヴァトーレとDYRAに促され、タヌは早速、銀のスプーンで掬って、口に運んだ。

「……!」

 雪を口にしているような感触と、果物とシロップの甘さとが、タヌの口の中に広がっていく。その味は言葉で言い表せない。微塵の険もない、蕩けきった表情と、目をキラキラと輝かせて感動ぶりを表現する。

「お口に合ったみたいで、よかった」

 サルヴァトーレがクスッと笑った。

 このとき、DYRAの脳裏にマイヨが自分へ告げた言葉が蘇った。

「シニョーラ。どうしたの?」

「いや。『可愛い』とはこういうものなんだなと」

「そうだよ?」

「……『美味しい』、か」

 タヌはDYRAが呟いた言葉を聞き逃さない。

「うん! すっごい美味しい! こんな感じだったんだ! 生まれて初めてだよ!」

 タヌは満面の笑みを浮かべた。

「サルヴァトーレ」

「何? シニョーラ」

「ところで、雪菓子は珍味だそうだが、こんなに簡単に食べられるものなのか?」

「いや」

 サルヴァトーレは即答し、首を軽く横に振った。タヌも興味深そうに耳を傾ける。

「ここの北の山を、さらにもっと北へ行って、その山頂近くにある氷を持ってくるしかない」

「この辺に寒い時期に降る雪じゃダメなんですか?」

「残念だけどダメだね。このあたりの雪は綺麗じゃないし、量が足りない。それに、あっという間に溶けちゃうよ」

「そうなんですか?」

「雪を、って言う触れ込みだけど、実際は山のてっぺんの氷の塊を持って帰ってきてるんだ。その氷を小刀で削って、雪のようにふわふわさせるんだよ」

 サルヴァトーレの説明にタヌは目を丸くした。雪を持ってきていると信じていたのに、まさか氷を持ってきているとは。そんなこと、思いもしなかった。

「削っている間、どんどん溶けていきませんか?」

「そうだよ。だから珍味なんだよ」

 サルヴァトーレの言葉に、タヌは納得、と言いたげな表情をしてみせる。一方、DYRAは腑に落ちないと言いたげだ。

「だが……」

 DYRAが口を挟む。

「ん?」

「この街では広場の一角の屋台で、それを口にすることができ……」

 そこでDYRAは口をつぐんだ。DYRAの視線の動きでサルヴァトーレは何かに気づいたのか、クスッと笑った。

「市長さんたちの方が先にお帰りのようだ」

 サルヴァトーレがそう告げると、タヌは彼とDYRAの表情を交互に見る。そこへ足音が耳に入った。

 ルカ市長たちが初老の給仕に送られて、店を後にするところだった。ルカ市長は三人がいる席の前でゆっくりとした足取りになると軽く会釈する。そして、気持ち足早で店を後にした。

 客がDYRA、タヌ、サルヴァトーレだけになったとき。

「シニョーラ、タヌ君。ちょっとだけ席を外すよ」

 サルヴァトーレは席を立つと、わざとらしいくらいにゆっくりと店の入口の方へと歩いて行く。そこへ、ルカ市長たちを送り終えた給仕が戻ってきた。

 サルヴァトーレと給仕が会計台とおぼしきところで何か交換したり、小声でやりとりしている様子がDYRAとタヌの目に入る。DYRAとタヌが雪菓子の皿を空にしたあたりでサルヴァトーレが戻ってきた。

 三人は最後に、口直しにと出されたチョコレートとコーヒーを口にしてから、店を出た。


改訂の上、再掲

095:【PIRLO】高級レストランでDYRAたちは市長と遭遇する2025/06/10 21:41

095:【PIRLO】二人が知らない間にも街では事件が起こっていく2024/12/22 19:16

095:【PIRLO】闇の中にある闇(5)2019/03/11 23:00

CHAPTER 95 沈黙と饒舌2017/11/06 23:00

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