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094:【PIRLO】DYRAはベッドの上でRAAZに詰められる

前回までの「DYRA」----------

サルヴァトーレとの再会を喜ぶタヌ。しかし、DYRAの顔は浮かない。

「何を話せば良い?」

 相手が相手だ。下手に隠して、後で発覚する方が面倒極まりない。DYRAは意図的に隠すのとあからさまな嘘を言うのだけは止めておこうと決めた。

「どうしてISLAと会った?」

 DYRAの目から見ても、サルヴァトーレの表情が「面白くない」と言いたげだ。

「別に私が『会いたい』と言って会ったわけじゃない。昼前に偶然、ばったり会っただけだ」

「ばったり、ね」

「ああ。広場で雪菓子……雪の上にシロップを掛けたような菓子を食べた。お前はあれ、食べたことがあるか?」

「あ? 氷を削ってふわふわさせるヤツか?」

 サルヴァトーレからの返答を聞いたとき、DYRAは不快感を露わにした。当たり前のことをどうして聞くのだ。そう顔に書いたような表情での返答だったからだ。

「ふぅん。せっかくだ。明日ガキも入れて食べに行くか?」

 サルヴァトーレは笑顔で提案する。

「タヌを連れていくのは、賛成だ」

「じゃ、決まり」

 DYRAは呆れた。『サルヴァトーレの笑顔』は彼女の目で見ても、絶対に敵を作らない。この男が持つ、まったく別の一面を知るからこそ、よくもこうまで演じられるものだと。それでも、この提案を受け容れてもタヌにとっては良い話でこそあれ、何ら害がない。

「で、DYRA。ISLAが何て言ったって?」

「あの男は、『タヌの父親の居場所の近くまでなら案内できる』と言ってきて、私へ行動を共にすることを打診してきた」

「ほぅ」

 サルヴァトーレの考えるような仕草や表情を、DYRAは怪訝な表情で見つめた。絶対に強い不快感を露わにすると思ったからだ。

「他には? 覚えていることは何でもいい」

 質問に対し、DYRAはやりとりを思い出しながら、言葉を選ぶ。

「妙なことを、言っていた気がする」

「妙? どんな風に?」

「あれは、あの男の去り際だ。確か錬金協会の人間が来たら殺される理由について話していたときだった。『別の理由がある』と」

 このとき、サルヴァトーレは言葉を挟まず、無言のままだった。DYRAは続ける。

「『ピルロは錬金協会もビックリするようなことをやっている』と言って、『死人を生き返らせようと』している、と……」

 こんな馬鹿げたことを信じるだろうか。話しながら、DYRAはそんな風に思う。

「なるほど、ね」

 思わせぶりな言い回しで返ってきた答えに、バカにされたのかと考えたが、それでも表情には出すまいと、DYRAは下唇を軽く噛んだ。そのときだった。

「ははははははは」

 藪から棒に、サルヴァトーレは楽しそうに笑い出した。

「まったく。『永遠の若さ』とか『死んだ人間が生き返る』とか、錬金協会と敵対して何をしたいかと思えば、本当にこの街の支配者サマとやらには笑うしかない」

 いきなり笑ったかと思えば何を言い出すのだ。DYRAは驚いたが、気の利いた言葉が出てこない。

 サルヴァトーレは、紅茶を飲み干してから息を整えると、黙って席を立った。それを見たDYRAは、もう話すつもりはないのだなと解釈し、続いて腰を上げた。

「って!」

 一瞬の出来事だった。サルヴァトーレはDYRAの身体をサッと横抱きした。そしてそのままベッドが二つある寝室へと移動した。

「なっ! お前っ」

 サルヴァトーレは足で軽く蹴って寝室の扉を閉めてからDYRAをベッドへ下ろした。そのまますぐにベッドへ上がると、DYRAを逃がすまいと馬乗りのような体勢を取ってから、そのまま覆い被さるように身体を重ねた。

「静かにしろ。あと一つ。キミにどうしても聞きたいことがある」

「質問は何だ?」

 サルヴァトーレの台詞には微塵も艶がなかった。DYRAは、身体の位置を少しだけずらして圧迫感から逃れると、小声で応えた。

「フランチェスコを出てから今まで、鞄を持ってきたヤツはいるか?」

 DYRAの耳元で囁くように尋ねた。普通の感覚を持つ女なら、長身かつ端麗な容姿を併せ持つこの男をよっぽど嫌う特段の事情でもない限り、こんなことをされたら心臓が高鳴るに違いない。DYRAの脳裏に一瞬だけそんな考えがちらついたが、そちらへ思考を向けることはない。甘い囁きとはほど遠い内容だったからだ。しかし、この質問では、「はい」とも「いいえ」とも言えない。持ってきた、という表現が答えとして相応しくなかったからだ。だが、彼女が何を考えているかなどわかっているとばかりに、次の質問がぶつけられる。

「手紙の類は入っていたか?」

「黒いカードが入っていた」

 サルヴァトーレは上半身を起こして顎に指を添え、何かを考える仕草をする。DYRAはその様子を見て、自分の告げた答えが興味を引いていることに気づいた。

「では質問を変える。鞄はいつ、どうやってキミに渡った?」

「トルドの宿屋で『忘れ物』と称して届けられた」

 答えを聞いたサルヴァトーレは腑に落ちたと言わんばかりの表情でDYRAを見つめた。

「何故、鞄のことを?」

「そのトルドの宿屋だが、実は私も寄ったんだ」

 サルヴァトーレは顛末を話し始めた。


 トルドの宿屋に滞在していたとき──。

 ロゼッタからの連絡が届いた後、すぐに出発の準備を済ませた。

「お世話になりましたー」

 五日分の代金をもらっていたのに、一泊しただけだったこともあり、宿屋の主の老人が驚いた表情で部屋の鍵を帳場越しに受け取った。

 そのときだった。

「自分の鞄が、何か?」

 サルヴァトーレは老人が鍵ではなく、鞄をじっと見ていることに気づく。老人はハッと顔を上げた。

「あ、ああ。いやねぇ。その鞄ね」

「鞄が、どうかしたんですか?」

 笑顔で問いかけると、老人は二度頷いてから、「実はね」と話を切り出した。

「兄さんが泊まった部屋、兄さんが来る前まで、別のお客さんがいてね。おんなじ鞄だったんだよ」

「でも、それだけだったら、そんなジロジロ見ませんよね? 何かあったんですか?」

 世間話の延長線よろしくサルヴァトーレが問うと、老人は再び二度、頷いた。

「それが不思議な話でな」

「不思議な話? 土産話がてら、聞かせて下さい!」

 わざとらしく身を乗り出し、老人をじっと見た。

「どんなお客さんだったんですか? それにこの鞄は、アニェッリで自分が作った鞄だから、なおさら気になります」

「兄さんが、この鞄を?」

「ええ。自分、これでも服飾の仕事しているんで」

「あ……それで」

 老人は突然、思い出したとでも言いたげな顔でサルヴァトーレを見た。

「いやね。若いのに、そんな耳飾りとか、上等な仕立ての服をね。どうしてだろうねって気になっていたんだよ。ああー! アニェッリの天才ナントカって、兄さんのことだったの」

 それまでどこか、こんな若造がとでも言いたげな嫉妬心にも似た醜い感情が表情に見え隠れしていた老人が、打って変わって滑らかな口調で話し出す。

「あれはフランチェスコが騒ぎになったまさにその日だった。フランチェスコの方から歩いてきたっぽい二人連れがいたんですわ。一人は男の子。もう一人は若い、美人の女性でな。実は、女の方は倒れとった。そこをたまたま馬車で通り掛かったんで、わしゃ、助けたんだ。それで……」

 老人の話を聞きながら、それがDYRAとタヌではないかと疑った。

「……で、そうそう、鞄ね。その二人が泊まって、次だったか、次の次の日だったかなぁ、『忘れ物』って言って、届けられたんだ」

 間違いない。鞄が届く経緯のあまりの不自然さから察するに、泊まっていたのはDYRAとタヌだ。サルヴァトーレは確信した。聞き出すべきはあと一つ。

「誰っていうか、どんな人が届けたんですか? そんな状態の二人宛に」

「それが、持ってきたのは男の子だったんだよ」

「男の子?」

「そう。男の子。可愛い子だったよ。見るからにお遣いって感じで。はちみつ色の髪の」


 話が一区切りついたところで、DYRAは複雑な表情を作った。

「あのとき、鞄を届けたのは子どもだったということか」

 サルヴァトーレが小さく頷くと、DYRAは意を決し、口を開く。

「鞄はピルロでも届いていたんだ。昨日の夜、ピルロに着くなり宿屋の人間が持ってきた」

「何だと?」

「これにも黒いカードが入っていた」

「見せろ」

「取りに行け、と? タヌを起こすことになる。朝で、いいか?」

 DYRAの言葉に、サルヴァトーレは満足そうな笑みを浮かべた。

「結構」

 言うや否や、サルヴァトーレは何の前触れもなくDYRAを抱きしめると、彼女の腹を枕代わりに頭をそっと沈めた。

「お、おいっ……」

 これでは部屋に戻れないではないか。DYRAは身体の自由を取り戻そうと抗ったが、思った以上に男の体重が重いからか、いつの間にか背中に回された腕の力が強かったからか、どうすることもできなかった。身体の自由は利かないものの、性的なことを含め、何か面倒くさいことを要求しているわけでもない。かなり重いが、毛布代わりとでも思うしかないのか。DYRAはあれこれ考える。しかし、自分が思っていた以上に心身共に疲れていたせいか、やがて眠りに落ちた。

 DYRAの微かな寝息が耳に入ると、サルヴァトーレはゆっくりと身を起こした。

 隣のベッドから毛布を剥ぐと、男はそれを眠っているDYRAに掛けた。

「……まったく。キミは、そういう無防備なところが本当に可愛いよ」

 寝室の窓の戸締まりを確認してからカーテンを閉じると、サルヴァトーレは寝室を出て居間側へと戻った。




「黒いカード……ね」

 せっかくの自分以外誰もいない静かな時間と空間だ。有効利用するに限る。サルヴァトーレは部屋にあるすべての窓際へ行くと、念押しするよう窓に鍵が掛かっているかを確かめてから、ぶ厚いカーテンを広げて回った。

 居間でポットに残っていた、冷めた紅茶を注いで口にしたところで、DYRAから聞いた情報を頭の中で整理し始めた。

 これまで、自分ではない者が届けていた鞄の中身はそれなりに高級そうな服一式とエンボスの入ったカードが入っていたはずで、黒いカードではなかった。では、さらにまた別の誰かが鞄を届けたというのか。

「ディミトリやジジイがつるんでいたISLAでは、なかった?」

 声に出すことこそないものの、今は誰もいない。それを良いことに自分の考えをまとめるように口だけを動かす。サルヴァトーレはここで、フランチェスコで遭遇した黒い花びらを舞わせた男、マイヨ・アレーシのことを思い出す。

「いや、おかしい」

 仮に、あのマイヨが届けていたなら、DYRAと二人だけで会ったときに隠す必要もないはずだ。先ほどの会話でも、その話題に何一つ触れた様子はなかった。

 情報を整理するに連れ、何かが噛み合わないと感じ始める。

 フランチェスコの騒ぎ以後、この数日は、錬金協会内で自分と対立する勢力にこれと言った動きはない。それどころか、外部の誰かと連絡を取った気配すらも見せていない。これは組織内部にいる大勢の部下や密偵たちから得た、共通した報告だった。

「鞄の件も、何かが違う」

 現時点で確証こそないものの、自分が知っている、もしくは知っているはずの別な人間が動いている可能性があるのではないか。その人物が、自分と別れた後の行動を推測する。少なくとも行動の自由が確保されたわけで、鞄を届けることは可能だ。過去にDYRAが受け取っている鞄と、その人物の移動ルート。タイミングは合致している。

「はちみつ色の髪の子どもが届けた、だったな」

 見た目から思い当たる人物は一人いる。しかし、ISLAだと信じていた存在はマイヨが排除したのでもういない。だとすればこれが何を意味しているのか。

 確信をもって判断するのはまだ早い。断片的な情報からの憶測だけで結論を急ぐのは誤った判断に繋がり、危険だ。

「どちらにしろ、私はどこかで、何かを間違えているのか?」

 少なくとも、現時点で現実と自分が考えていたこととの間に齟齬がある。だが、ここで現実に対して「そんなはずはない」などというのは愚民の思考そのものだ。もちろん、他人に対して自分は誤っていた、などと認める必要はない。ただ、どこかで大きなミスをしたのは紛れもない事実だ。サルヴァトーレは、それを認めざるを得なかった。

「ISLAと、錬金協会は……」

 一体どう繋がっているのか。この認識の齟齬をなくすにはどうしたら良いのか。

「少なくとも、私が持っている情報だけではわからない」

 サルヴァトーレはおもむろにティーポットに新しい茶葉を入れ直し、紅茶を用意した。

 カップに注いだアンバー色の液体を見つめ、考える。

「別の何かが……」

 自分が持っている情報網でもわからないのだ。もう一度探すよう号令を掛けても、決定的な何かが出てくるとは思えない。そもそも網の外に探すべきものがあると考えた方が妥当だ。つまり、錬金協会の外側だ。

「このピルロは睨むべき街という意味ではあながち間違っていないということか」

 錬金協会と距離を取っている街だからこそ、探せば何かが出るのではないか。過剰な期待は禁物だが、マイナスベースで見る必要もないだろう。

「あとは……」

 情報収集とそれらの精査は、その道のプロを頼るしかない。ただ一人、それができる人間は現にいる。フランチェスコで三六七五年ぶりにまさかの再会を果たしたISLAだ。

「だが、それは」

 頼るということは、最愛の妻を殺したであろう人間に頭を下げることではないのか。それだけは絶対にできない。彼はかつて軍で情報局の中でも工作を専門にする部署にいた。考えようによっては存在そのものが情報部の中枢とも言えるポジションだ。集めることはもちろん、精査や活用に至るまでまさに専門中の専門。一方、どんな人間かがまったく見えてこないことも相まって、その存在の空恐ろしさが際立っていた。情報戦を制するためなら何でもやるし、機密保持のために必要なら、顔色一つ変えることなく、平然と人を駒として使い捨てる。そんな嘘か本当かすらわからないような評判を当時から耳にはしていた。そんな中、あまりにも短い時間ではあるが、一度だけ会って話をしたことがある。抜かりなく変装していたこともあり、当時は素顔がわからなかった。素顔を知ったのは、彼がドクター・ミレディアの研究室で被検体として預けられていたことがきっかけだった。光ファイバーを思わせるストレートの長髪以上に、女だと言われても信じたであろう素顔が印象的だった。何よりも、性別どころか、表情や腹の底など、他者に絶対に想像させまいとする不思議な雰囲気を持っていた。

 妻は仕事部屋に自分以外の他者が入ることを極度に嫌がった。理由は色々あったが、煎じ詰めれば、彼女が生きた時間が育んだ、強度の人間不信からだ。

 そんな状況だったからこそ、彼女を殺せた人間がいるとすれば、ISLAしかいない。悲劇が起こってしまった日、彼女の部屋にISLAが収められたカプセルはなかったのだ──。

 今はこれ以上考えても何も浮かばない。夜が明けてから仕切り直しだ。サルヴァトーレはそう決めると、仮眠を取ることにした。


改訂の上、再掲

094:【PIRLO】DYRAはベッドの上でRAAZに詰められる2025/06/10 21:40

094:【PIRLO】DYRAはベッドの上でRAAZに詰められる2024/12/22 19:10

094:【PIRLO】闇の中にある闇(4)2019/03/04 23:00

CHAPTER 94 闇からの始まり2017/11/02 23:00

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