093:【PIRLO】DYRA、マイヨを捜し歩いてサルヴァトーレに遭遇する
前回までの「DYRA」----------
RAAZがついにピルロ入りした。サルヴァトーレの姿でピルロ入りしたこの男と、DYRAは繁華街で酔っ払いに絡まれている中で再会を果たすことになった。
「マイヨを捜すと言ってはみたが、どこを捜せばいいんだか」
DYRAは街のあちこちを目立たぬように歩いた。人がいそうな場所をあらかた捜したが、当然、マイヨは見つからない。それどころか、時間ばかりを浪費していた。少し前に時計の針が頂点で重なっていたのを見た気がするが、もう、短針と長針が離れ始めているではないか。
もうこうなったら人に聞くしかないかも知れない。短い髪のくせに、三つ編みがある男などある意味、特徴があるから、聞きようもある。DYRAはそう思い立ったものの、誰に聞けばいいのかと考え直す。捜す相手はこの街の人間ではないのだ。無闇矢鱈に聞けばいいというものでもない。良い方法が何かないかと考えながら繁華街の一角を歩く、見覚えのある店の前に辿りついた。
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そこは昨晩、宿探しのときに世話になった、レオのいる案内所だ。DYRAは左右を見て、誰かに尾行されていないかを確認してから中へと入った。
「いらっしゃいま……あ。昨日の人!」
レオはDYRAの顔を見ると、明るい声を出した。
「お前、確かこの街に詳しいと言っていたな」
挨拶抜きでDYRAが問うと、レオは気持ち大きく頷いた。
「はい。大抵のことはお答えできると思います」
「実は、人を捜す必要が出てきた」
「昨日、一緒にいたお連れさんですか?」
迷子にでもなったのかと、レオは心配そうな表情でDYRAを見る。
「いや、そうじゃない。この街に連れの知人がいるらしいとわかったんだ」
そこまで聞いたところで、レオは腕を組んで天井を仰ぎ見ながら考える仕草をして、答える。
「そうですねー」
DYRAはレオをじっと見る。
「うーん。つまり、道に迷った人じゃなくて、この街のどこかにいるかも知れない人、ってことですよね?」
「そうだ」
「捜せる人はいるにはいます。ただ」
レオが口ごもる。DYRAは何となくその内容を察した。
「『治安が悪い』とか、そう言った類なら気にするな」
「わ、わかりました。で、でも、本当に、身の安全を保証できません」
「何か起こっても別にお前のせいじゃない」
相手がここまで言い切ったのだ。レオは組んでいた腕を解くと、DYRAの方を見る。
「繁華街に、かなり繁盛している酒場があるんです。夜中でも音楽を演奏したり踊りをやっていたりするようなところなので、すぐにわかると思います。明け方までやっているお店です」
「酒場、だと?」
確かに、酒場は情報が集まりやすい場所かも知れない。だが、捜しているのは地元の人間ではない。果たして役に立つのだろうか。DYRAは懐疑的だった。が、レオの話がまだ続くとわかると、いったんその考えを脇に置いた。
「その酒場のカウンターの一番隅に、その、裏の世界に通じている男が給仕として働いています。彼が教えてくれるはずです」
「わかった」
DYRAはアッス銀貨一枚をレオに渡すと、店を後にした。深夜の繁華街を足早に歩く。やがて、音楽がどこからともなく聞こえてきた。もしかしたらレオが言っていた酒場は恐らくあそこではないか。他に、音楽が聞こえてくる店はない。DYRAはそちらへと足を速めた。
「ここ、か」
酒場の入口までたどり着いたDYRAは、店の周囲をざっと見回す。少人数の酔っ払い集団が何組かおり、中には店先で店の女と話している者もいる。
DYRAが店に入ろうとしたときだった。
「お姉さんお姉さん」
DYRAは突然、横から手首を掴まれた。
「こんな時間に一人ぃ?」
五人組の酔っ払いだった。
「おじさんと一緒に飲まない?」
DYRAはあっという間に五人組に囲まれてしまった。
「悪いが、急いでいる」
言い終わるや否や、DYRAは手首を掴んでいた手を振り解き、男をそのまま突き飛ばす。
「お姉さんそんな冷たくしな──」
酔っ払いの言葉は続かなかった。
そして、男を排除したDYRAも、その場から動けない。
「っ!」
先ほどの酔っ払いなど比べものにならない強い力でDYRAは誰かに手首を掴まれていた。続いて、後ろへ引っ張られ、背中に何かがあたった。
「おおー」
「お兄さんありがとねー」
酔っ払いが嬉しそうに感謝の気持ちを伝えたときだった。
「シニョーラに絡むのはカンベンしてくれないかな?」
DYRAは自分の真後ろから聞こえてきた声に、反射的に振り返った。
煉瓦色の髪とルビー色の瞳を持つ、長身の男がそこにおり、DYRAの背中は男の胸のあたりに当たった形だった。
「ら……サルヴァトーレ……!!」
一瞬、RAAZと言ってしまいそうになるが、DYRAはすぐさま言い直した。
「やぁ」
DYRAの手首を掴んでいた手を離したサルヴァトーレは、持っている白い四角い鞄を押しつけるようにDYRAへ預けると、酔っ払いたちの前に立った。そして、彼らの一人の手に何かを掴ませる。
「早めに酔いを醒ました方がいいと思うよ?」
「う、あ、ああ」
「ど、どうも、す、すんません」
酔っ払いの一団は明らかに動揺していた。愛想笑いとも、恐怖で顔が引きつっているとも言えぬ表情で、サルヴァトーレに二、三度会釈をし、逃げるように姿を消した。
喧嘩でも始めるのかと思っていたDYRAは、意外な終わり方に返す言葉を失った。
「金持ちケンカせず、ってね」
笑顔で告げるサルヴァトーレに、DYRAは彼がカネを掴ませたのだろうと察した。
「ところでシニョーラ。どうしてこんな時間に?」
知らぬ者が見れば笑顔で再会を喜んでいる風に見えるだろう。しかし、DYRAの目にはそう映っていなかった。サルヴァトーレの目はまったく笑っていない。それどころか、その瞳は恐ろしいほど冷たい輝きを放っている。
酔っ払いの一団がすぐいなくなったのは、もらった金額以上に、この瞳に恐怖を感じたからに違いない。
「話せば長くなる」
「タヌ君は?」
「面倒に巻き込まれないよう、宿屋で待たせている」
「で、シニョーラは何をしに?」
言えば面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。DYRAは何と答えればいいのか考えるが、それは無駄な努力だと思い知らされる。
「まさかとは思うけど、自分以外のオトコと密会とかだったら嫌だな?」
「何故私がそんなことを」
「ISLAを捜すため」
DYRAの表情が硬くなったのを見たサルヴァトーレはやっぱりと言いたげな、少し呆れ気味の顔をしてみせる。
「どうしてそういう流れになったのか、ゆっくり話を聞かせてもらおうか。シニョーラたちの宿屋にいってもいいかな?」
「それは……」
「部屋は自分も取るから。自分も話しておきたいことがあるし」
有無を言わせぬサルヴァトーレに、DYRAはこれ以上ここでゴチャゴチャ言うのは時間の無駄と諦めにも似た気持ちで割り切った。マイヨを捜し出して連れてくるというタヌとの約束とは違うが、これはこれで話が進むかも知れない、とも思った。
街灯の灯りの下、宿屋への道を歩きながら、DYRAとサルヴァトーレは話し始めた。
「何故こんな時間にISLAを捜す、などと」
「タヌの要望だ。だが、故あって私もタヌに伏せていることがある」
「自分には話してくれるよね?」
どこで誰の目や耳があるかわからないからサルヴァトーレでいるのだろうが、その質問内容はRAAZのそれだ。DYRAは言葉を選びながらゆっくりと答える。
「お前のことだ。もう大方のことは知っているのだろう? だが、それをタヌは知らない」
「なるほど。じゃ、タヌ君を入れて話すのはちょっとまずいか」
宿屋の前まで着くと、立ち止まり、サルヴァトーレはDYRAに告げる。
「じゃ、タヌ君が寝てから、起きる前までの時間を使おう」
部屋の扉をノックする音を聞いたタヌは、やや眠そうな表情で、少しだけ扉を開いた。
「えっ……!」
タヌが扉を開いてその向こうに見たもの。それは彼に取り憑きつつあった睡魔を文字通り吹っ飛ばした。部屋に戻ってきたDYRAの横にサルヴァトーレが立っているではないか。
「やぁ」
「サ、サルヴァトーレさん!」
まさか今ここでサルヴァトーレと再会を果たせるなど、タヌは夢にも思っていなかった。無事でよかった、また会えてよかった、とタヌは言おうとするが、言葉が喉のところで詰まってしまい、声にならない。
「DYRA! ど、どうして……」
「ああ。マイヨを捜しに出かけたら、サルヴァトーレにばったり会った」
「タヌ君。話したいことはいっぱいあると思うけど、今日はもう遅いから。自分も今着いたばっかりで、さすがに疲れちゃって」
タヌは、サルヴァトーレと起きてから積もる話をする約束をして、床についた。
「男に『会いたかった』と言われてもねぇ」
サルヴァトーレは苦笑しながらDYRAに切り出した。
「嫌われるよりはいいんじゃないのか?」
「まぁ、ね」
DYRAが外套を脱ぎ、財布も外して上着掛けに掛ける。その様子をちらりと見てから、サルヴァトーレは、タヌが眠る寝室の扉をそっと閉めた。
「本題に入ろうか」
居間の片隅へと移動してから男は改めて切り出した。姿こそサルヴァトーレのままだが、雰囲気も口調もDYRAが知る本来の人物のそれに戻っている。
「先に、お前の『話しておきたいこと』とやらを聞きたい」
「聞くだけ聞いてキミは何も話さない、はナシだ」
「話せる限りのことは、話す」
「全部、と約束をしてもらう」
有無を言わせぬ口調で言ってから、サルヴァトーレはDYRAに「場所を変えよう」と告げると、宿泊手続を済ませるために一度部屋を出た。しばらくして、DYRAとタヌが取った部屋の向かい側の部屋の鍵を持って戻た。
二人は部屋を移動してから、話の続きを始めた。
「ピルロの愚民共は、私が何も知らないと思っているらしい」
サルヴァトーレの口調に、怒りや憤りにも似た響きは微塵も籠もっていなかった。むしろ、おめでたくて羨ましいとでも言いたげなそれだ。聞いていたDYRAは意外そうに問い掛ける。
「では知っているのか?」
「ああ、もちろんさ。頭を使えばある程度わかる。生活必需品でないものや、必需品でも規模に見合わない量が動いたとなれば、ね」
「物の動きで、か」
「ああ。この街は『錬金協会を排除したい』とか好き勝手言っているし、それが簡単だと思っているようだがな。間抜けな話だよ。他の街と物のやりとりをすれば、錬金協会に縁ある人間が、いくらでもピルロに出入りできる。密偵の類を使わずとも、そういう連中の断片的な情報を積み上げていけば、自ずから答えは見えてくる」
DYRAは、サルヴァトーレの観察力に驚いた。
「物流の帳簿は情報の宝庫。取引する連中も様子がおかしいことに気づけば備考欄に書き置きくらいする。これに協会が逐一放っていた密偵の情報を組み合わせれば、何となく見える。もっとも、私個人にとっては取るに足らぬと、ほんの少し前までは気にも留めていなかった」
「お前には、どうでも良かった?」
「そう。でも今は違う。何故、ピルロが錬金協会を排除しようとしているか、わかるか?」
サルヴァトーレの言葉に、DYRAは昼間のことを思い出しながら言葉を紡ぐ。
「昼間、錬金協会の人間が公開処刑されていた。そのとき、ルカ市長とやらは『ピルロの富を協会が盗んでいる』ように言っていた」
「物は言いよう、とはこのことだな」
サルヴァトーレは軽く笑って続ける。
「アイツらは現時点で少々過ぎた技術を手にした」
「過ぎたかどうかをお前が判断する筋合いがあると思えない」
「可愛いDYRA。良く考えろ。時には失敗したり痛い思いをして、自分の力で見つけたなら私だって一向に構わないさ」
「それならどうして」
「キミは気づかないのか?」
居間の片隅に置かれたティーセット一式がある方へ行くと、サルヴァトーレは小さなキッチンスペースで早速用意し始める。蛇口を捻ってお湯を出し、ティーポットとティーカップを温め、慣れた手つきで紅茶を用意した。トレイに一式載せてテーブルに運ぶと、DYRAにも勧めた。
「今、私は紅茶を入れた」
「ああ」
「どうやって?」
「どうやって、とは?」
「私はどういう手順をとった?」
「湯を入れて、次に茶葉を入れただろう」
「湯はどうやって?」
「蛇口を捻って……」
言いかけたところでDYRAはハッとした。
「蛇口を捻って、湯が、出る……」
「そう。『蛇口を捻って、お湯が出る』」
サルヴァトーレはわざとらしく復唱してから、DYRAに言葉の続きを促す。
「それで?」
言葉が出てこない。DYRAはサルヴァトーレが茶を入れるときに利用した蛇口に目をやった。
DYRAの脳裏に、昨晩タヌが発した言葉が蘇った。
「すごい勢いで、お湯が出てる!」
あのとき、ピルロは新しいものに満ちた街で、他の街と違って湯が出続ける蛇口の存在もその一つなのだろうと思った。だが、今ここでのやりとりと合わせて考えれば──。DYRAの中で一つの疑惑が湧き上がる。
「まさか……」
DYRAは、サルヴァトーレが言いたいことを何となく察した。サルヴァトーレは頷いてから美味しそうに紅茶を飲み始めた。
「この技術はヒントすらも渡していない。今回の文明で、奴らが自力で見つけて試行錯誤した形跡もない。にもかかわらず、ここまで整備できている」
朧気ながらではあるものの、この男が何故ピルロに現れたのかを、DYRAは彼女なりに理解する。単に自分やタヌを追いかけてきただけではないのだ、と。
「ピルロに錬金協会、いや、お前ではない誰かが技術を提供した?」
「お前はピルロにその技術を渡したのが誰か、アタリがついている?」
「ああ。つけていた」
「つけていた、だと?」
「そう。だが、ヤマを張っていた奴が実は生体端末だとわかった上、その後、動向がぱったり途絶えた」
DYRAの眉が少しだけ上がった。
「あの、マイヨ・アレーシの生体端末だった?」
「そういうことだ。錬金協会で私を『気に入らない』と言っている連中が匿名で動いていてな。そんな連中の後ろにはISLAがいる。当初私はそう思っていた。だが、どうも話の辻褄が合わなくなった」
話す先からサルヴァトーレはティーカップの紅茶を一気に飲み干すと、ポットから二杯目を注ぐ。
「そこに来て、キミが狙われていると知ったら私だっていい加減黙っていない」
「それは、例の密偵から、か」
「ん~」
「おい。お前、一体何人密偵を放っている?」
「協会の密偵の話なら、何人放っているかなど、私は知らないし興味も無い」
目の前にいるこの男自身が主宰する組織のことだ。なのに、その程度の把握で問題ないのか。DYRAは聞きながら、納得できなかった。
「それでもな。私にもここまであからさまに情報が届くんだ。それなりに、ね」
男はそう言って、はぐらかした。
「お前、私が『狙われている』と言ったな。それは一体、どういうことだ?」
「事実を言っただけだ。ピルロを支配するレンツィとか言うヤツらは、どうやらとても面白いことをやっているみたいだからな」
DYRAは表情を一層硬くする。狙われていると言われた上で、狙っているかも知れない何者か「面白いことをやっている」などと聞かされて、気分が良いわけがない。
「その辺のことでな、私も聞きたいことがある。そう、確かめたいことがあってな。で……」
ここで、それまで笑みを浮かべていたサルヴァトーレの表情が真剣なそれに変わる。
「……キミはもう、ISLAと接触した、と」
この切り出しに、DYRAはマイヨと話していたときに、突然自分たちの前に現れた小間使いのことを思い出した。そして、やはりあれはメレトやフランチェスコにいた例の密偵で間違いないと改めて納得した。
改訂の上、再掲
093:【PIRLO】DYRA、マイヨを捜し歩いてサルヴァトーレに遭遇する2025/06/10 21:39
093:【PIRLO】マイヨを捜そうとしたらサルヴァトーレがそこにいて2024/12/22 18:31
093:【PIRLO】闇の中にある闇(3)2019/02/25 23:00
CHAPTER 93 城塞の中で2017/10/30 23:00