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091:【PIRLO】主人のピルロ入りで、ロゼッタも俄然忙しくなる

前回までの「DYRA」----------

市長とそっくりの女性に会ったと話すタヌ。大公家の市長は双子だったと聞いていたことをDYRAとタヌは思い出す。

その頃、ロゼッタからの知らせを受けたRAAZも動き出す。一方。ロゼッタはルカ市長から仰天するような提案を受ける。

 市庁舎で処刑イベントがあった、その日の夜。

 勤務時間が終わり、すっかり人のいなくなった市庁舎の、三階の角部屋の窓辺に一羽の鳩が止まっていた。窓は開いている。

 牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けた小太りの小間使いは、部屋の扉に内側から鍵を掛けると、窓の方へと走った。鳩の足に小さな筒がついているのを見ると、慣れた手つきで外し、何事もなかったように窓を閉めた。筒を開け、中から小さく折りたたまれた薄い紙を取り出す。

 紙には文字と数字が散りばめられていた。

 読み終えると、小間使いはすぐさまテーブルに置かれた灰皿に紙を置くと、エプロンのポケットからマッチを取り出した。この文明下で着火に用いるのは火打ち石だ。黄リンを使った安全マッチはまだ登場していない。

「零時前に会長が、いらっしゃる。だが、文面の最後にあった言葉は……」

 声を出すことなく、口だけ僅かに動かして呟いた。

 文の最後に書かれていたのは、「危険を感じたら自身の判断ですぐに街を出ろ。なお、琥珀摩擦厳禁」だった。

 琥珀を布でこすると物を引き寄せる力が発生すると言われている事象のはずだ。錬金協会でもその研究がそれなりに進んでおり、協会内ではそれを『静電気』と呼んでいると聞いたことがある。だが、危険を感じたららすぐに去れとどう繋がるのかがわからない。この文面から想像できることがあるとするなら、「静電気を発生させるな」だ。

 何かただならぬことがあるのではないか。しかし、それを考えるべきは今ではない。小間使いはいったん指示内容を頭の中に留めた。紙が完全に灰になったのを確認すると、窓を開けて灰を飛ばした。その後、テーブルに灰皿を戻したときだった。

「いいかな?」

 扉の向こうから声が聞こえてきた。若い声だった。

 小間使いは「はい。ただいま」と返事をするとすぐに扉の鍵を解錠した。

「あっ」

 扉の向こうに人が一人、立っていた。身なりのいい、明るい金髪の若い人物だ。

「これはこれは御館様。あの、このような小間使いの支度部屋に、どういったご用件で」

 ピルロの為政者、ルカ市長だ。本当に驚いたとばかりに、身振りを交えて小間使いが声を上げると、ルカ市長はにっこりした。

「ロゼッタさん、ですよね?」

「はい。さようでございます」

 小間使いは深々と頭を下げた。

「確かアニェッリにいる、あの、『服を作って欲しい』と頼んだら五年待ちって噂のサルヴァトーレさんからの紹介でここで働くことにしたって」

「はい。おっしゃる通りでございます」

「そのこともあって、ロゼッタさんに折り入ってご相談したいことがあるんです」

「私は小間使いでございます。そんなご丁寧に呼んでいたただかずとも」

「いえ。どうしても聞いて欲しいことがありまして。こんな小さな部屋で話すのも何ですし、今から一緒に来ていただけますか」

 ルカ市長はそう言って、小間使いに同行を促した。


 小間使い姿のロゼッタが案内された先は、市庁舎から少し離れた場所、大公の私邸だった。邸宅は市庁舎から見てさらに奥にあるレイアウトになっている。そして、そこにいたる道には一定間隔ごとに柱を立て外灯が設けられている。もしこれがなかったら、真っ暗で周囲は何も見えず、すんなりたどり着けるかどうかも疑わしい。

 ルカ市長と共に邸宅に入ったロゼッタは、一階にある応接間に通された。廊下を歩いている間、ロゼッタはそれとなくあたりを見回す。いくつもある扉や廊下の突き当たりの窓へ意識が向く。さらに邸宅の大きさに似合わず、使用人や見回りが意外に少ないことも興味を引いた。もちろん、表立ってそれを口にすることはない。

「さ、どうぞ」

 応接間は華美すぎず地味すぎずで、職人が丁寧に作ったと素人のロゼッタでも一目でわかるソファやテーブルなどの調度品が置かれている。窓の内側に掛けられているレースのカーテンも、高級素材で作られた品だ。

「どうぞ。掛けて下さい」

「それでは、失礼致します」

 ロゼッタは会釈してからソファに腰を下ろした。続いてルカ市長が向かい側のソファに座る。すると、タイミングを見計らったように、背の高い人物が二人、やってきた。一人は浅黒い肌と艶のない金髪の男。もう一人は、三つ編みをまとめた髪型とブラックオパール色の瞳が印象的な、性別がハッキリとわからない小間使いだ。

 金髪の男がソファに腰を下ろす。一方、背の高い小間使いは、部屋の入口脇に門番よろしく立つだけだった。そんな小間使いを、ロゼッタは見覚えがある気がした。

「エミーリエ。扉、閉めて」

 ルカ市長の言葉を聞いた入口脇の小間使いは無言で従った。ロゼッタはこの人物の見た目と名前を記憶する。扉が閉まる音が聞こえたところで、ルカ市長がロゼッタの方を見た。

「突然こんなところへ呼んで、驚かせてごめんなさい。ロゼッタさん」

「は、はい」

 ロゼッタはわざとらしいほどの動きで背筋を伸ばす。

 ルカ市長は早速、話を始める。

「ロゼッタさん、サルヴァトーレさんから大変な信頼を得ていたそうですね。紹介状に目を通したとき、本当に驚きました」

「そ、そんな。畏れ多いことでございます。で、ですが、何故ワタクシ……」

「そうですよね。それで、お呼びした理由です。折り入っての頼み、そう、お口添えをお願いいたしたく」

「ふぁ、はい!」

「ピルロは新しい技術をどんどん取り入れていく街です。ですので、街を挙げてサルヴァトーレさんの洋服作りをバックアップしたいと考えています。布や糸はもちろん、飾り細工なども含め、必要なものすべてをこの街で用意、作る体勢も整えさせていただきます」

「は、はい……」

「ですので、サルヴァトーレさんにアニェッリからピルロへ、お仕事のすべて、いえ、できれば生活拠点も含めてすべてを移していただきたいのです」

「ふぇっ!?」

 ロゼッタの驚いた声をルカ市長は楽しそうに聞きながら、言葉を続ける。

「ピルロ出身で、アニェッリやマロッタで活躍している方から色々話を伺っています。サルヴァトーレさんは、気難しくて面倒くさいと評判の、錬金協会の会長さんのお洋服まで手掛けておられているとか」

「は、はぁ……」

「すぐにでもとは思いますが、今日明日などと無茶は言いません。ですが、一日でも早く、まずはピルロを見に来ていただきたいのです」

「え、ええ」

「サルヴァトーレさん御自身の目でピルロを見ていただければ絶対に気に入っていただけると信じております。居住地としても、仕事場としても!」

 ルカ市長の熱弁に、傍らで聞いていたアレッポも言葉を添える。

「ルカレッリ様の仰る通りです。ピルロは、よい品質の布を大量に作り出す作業場を完成させていて、現在稼働の最終確認中です。完全稼働すれば、『洋服の生地が確保できない』という理由でお客様をお待たせする時間も劇的に少なくなるでしょう。サルヴァトーレさんのお仕事だって、大いに捗るはず」

「この街に来て間もないとはいえ、ロゼッタさんにもおわかりだと思います。仕事も生活も、最高の環境を用意できる街はもうアニェッリやマロッタじゃありません。一番進んでいるこの街、ピルロです。サルヴァトーレさんほどの方にお移りいただければ、他の街や村にもハッキリそれを示せるんです。ですから、すぐにでも来て欲しいと、サルヴァトーレさんにお伝えいただけないでしょうか」

 一気に畳みかけるように言ってきたルカ市長に、ロゼッタはいかにもたじたじ、と言った風な戸惑い気味の表情をしてこくこくと頷いた。

「か、かしこまりました。そ、そういうお話でしたらあの、お手紙を書かせていただいて、一番早い方法で……」

「お願いします! 書けたらすぐにアレッポでも、エミーリエにでも預けて下さい。郵便馬車を特別手配します」

「はい。ですが、あの、ど、どうして、ワタクシなんでしょうか? サルヴァトーレ様へ直接ご招待状を……」

 ロゼッタの質問に、ルカ市長は笑顔を絶やさず答える。

「それも考えました。ですが、自分の名前で招待状を出すと、見せたくないところを隠し終えたからこんなもので呼んでいるのでは、と勘ぐられかねません。自分たちは、あるがままのピルロを見てもらいたいと思っています。隠すことも、疚しいこともありません。ある朝、突然おいでになっても、ご満足頂ける自信があります」

 この後しばらく、ルカ市長とアレッポが代わる代わるの要請が続いた。どうにかして話を切り上げたロゼッタは、「明日のお仕事がございますので」と言うと、足早に大公邸を後にした。




 逃げるように大公邸から外へ出たロゼッタは、外灯の光が届かぬ暗闇で、小間使い姿を解い解いた。上下が繋がったボディスーツ姿になると、服やエプロンを人目につかない植え込みの一角に押し込む。今一度当たりに人の気配がないことを確かめてから、忍び足で足早に、大公邸へと舞い戻った。

 玄関先には警護役らしき見張り役人の姿があったが、退屈そうに周囲を見回しており、何かに警戒する様子はない。ロゼッタは夜陰に紛れ、誰にも見つかることなく邸宅の裏側、先ほどルカ市長と話をした際に利用した応接間のあった場所まで移動した。

 窓際あたりの壁に耳をくっつければ聞こえる程度に、部屋の中から声が漏れてくる。

「──アレッポ。アンタ自分の立場わかっているんでしょうね?」

 聞こえてきたのは女の声だった。

 ロゼッタは反射的に窓の下に屈んで身を隠し、聞き耳を立てた。

「──お兄様を殺したアンタは、本当ならただの殺人犯なのよ?」

「──そ、それは」

「──そうよね。ホントのことなんて、言えるワケないわよね」

 声からして、会話している二人のうち一人は、先ほど応接室に居合わせた、アレッポと呼ばれていた金髪の男だ。もう一人、女の声は一体誰なのか。それを突き止めるべく、ロゼッタは隣の部屋の窓をそっと開けて邸宅へ忍び込んだ。そして、クローゼットの陰に隠れて壁に耳を付ける。外よりもハッキリと聞き取れる。

「──『私を殺そうとして、間違えて片思いだった、大好きなお兄様を殺しちゃいました』なんて知られたら、市民は暴動モノだものね?」

 このとき、壁の向こうからキャンキャンという鳴き声が聞こえてくる。先ほどの応接室に犬はいなかった。ロゼッタは一層、意識を集中する。

「──ですが、あのような男をピルロに入れるなんて」

「──でも、あの男のおかげでピルロは今、とっても栄えているわ。他の街では絶対に無理な夜を照らす光も、庶民が決して食べられないと言われた高級品も、お金では買えない貴重で上質な布も、すぐに手に入るものになった。他にはないものでいっぱい。それの何が良くないわけ? 反対していたお兄様はホント、バッカみたいよね」

 聞こえてくる言葉の意味を、頭の中でロゼッタなりに精査する。

「──アンタだって市民にちょっと嫌われているかも知れないけど、結局のところ、恩恵に与っているわけ。アンタがお兄様を殺したことを、私は敢えて黙ってあげているわけで。慈悲深い私に感謝しなさい」

 ここで再び、犬の鳴き声が聞こえた。

「──ビアンコ。ごめんね」

 ロゼッタはここで、犬の名前がビアンコであることも記憶した。

「──ピルロは私が最高の街にしてみせるわ。だから!」

 突然、女の口調に鋭い響きが乗ったのがわかる。

「──どんな手を使ってでも、例のラ・モルテを捕まえなさいよ? アンタだってお兄様を生き返らせたいんでしょうし、私だって、ピルロを発展させるために、死ぬわけにはいかないもの。いいわね?」

 会話が終わったのか、扉が開く音が、続いて足音が聞こえてくる。ロゼッタは足音の聞こえ方から人数を確認する。二人、いや、三人だ。足音は遠ざかっていく。しかし、どうしたことか、一人分の足音だけが戻ってきて、ロゼッタのいる部屋の前を素通りして遠のいた。

 ロゼッタは、話の流れから、部屋にいた人物が誰と誰だったのかを今一度、考え、まとめた。話の内容を一刻も早く、自らをここへ送り込んだ、本当の主へ知らせなければならない。

 もう少しの間、廊下から足音が聞こえてこないかと耳をそばだてたが、足音どころか、物音さえ聞こえてこなかった。ロゼッタはクローゼットの陰から出ると。廊下側の扉をほんの少しだけ開いて様子を見る。周囲に誰もいないことを確認し、そっと廊下へ出た。

 廊下を見回しながら、ロゼッタは怪訝な表情をした。

 一人だけ戻ってきた足音は邸宅の玄関の方へと去って行った。しかし、残りの二人はどこへ行ったのか。すぐそこが廊下の突き当たりで行き止まりとなっており、床まである分厚いカーテンの掛かった窓があるだけではないか。

 ロゼッタはそっと、行き止まりの方へと歩いた。

 暗くて良く見えないことに加え、人の気配がまったくないのをいいことに、ロゼッタはカーテンを少しだけずらして、星灯りを入れる。

 廊下に数本の白い毛が落ちているのが目に入った。中には、壁の一角に食いこんでいるものもある。ロゼッタはカーテンを戻すと、突き当たりにたどり着く前の廊下の途中の壁の一部をあちこち手で触れた。一箇所だけ、感触の違う場所があった。

(これは!)

 ロゼッタの手が触れたのは、壁の一箇所だけ冷たい感触の小さな板のようなものだった。板は上下にスライドする。動かしてみると、隠し扉の取っ手が姿を見せた。すぐに取っ手を捻った。すると、壁の一部に溶け込むように作られていた扉が音もなく開き、地下へ繋がる螺旋階段が現れた。中へ入り、下りようとも考えたが、思いとどまった。先ほど、犬の毛が落ちていたのを見つけているからだ。犬に勘づかれてしまえば逃げ場がないからだ。それでも、何か、ほんの少しでもいいから情報を持って帰ろうと試みる。

「──お兄様が生き返るって信じているとか、ホントにバッカみたいよね」

 階下の奥の方から聞こえてきた声は、先ほど聞こえた女の声と同じだった。ロゼッタは長居は無用とばかりにそっと扉を閉め、その場を立ち去った。

 このとき、どこからか足音が聞こえた。隠し部屋の階段あたりだ。

 ロゼッタは廊下に戻ると、とっさに窓際の分厚いカーテンの陰に隠れてやり過ごした。

 階段を上がってきた人物は、しばらく警戒するようにあたりを見回すと、そのまま扉を閉じて、隠し部屋の向こうへと姿を消した。

 ロゼッタは、姿を消した人物の後ろ姿を一瞬ではあるものの、ハッキリと見た。エミーリエと呼ばれていた背の高い小間使いだった。

 人の気配がなくなったところで、すぐに時間を確認する。零時が近いことを確認すると、足早に邸宅を出た。


改訂の上、再掲

091:【PIRLO】主人のピルロ入りで、ロゼッタも俄然忙しくなる2025/06/10 21:36

091:【PIRLO】RAAZもピルロ入り、ロゼッタは忙しくなる2024/12/22 18:14

091:【PIRLO】闇の中にある闇(1)2019/01/28 23:00

CHAPTER 91 海へ2017/10/23 23:00

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