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090:【PIRLO】魑魅魍魎うごめく街へ、RAAZもついに動き出す

前回までの「DYRA」----------

宿屋に戻ったDYRAとタヌ。覗き見する存在に遭遇したりどこか落ち着かない時間を過ごす中、タヌは昼間見かけた市長の件で、あることをひとつ、思いだした。

 サルヴァトーレの姿でトルドの宿屋に逗留していた銀髪の男は、空が微かに白み始めた頃、小さな懸案事項を片付けようと動き出した。宿屋の二階の部屋から飛び降りると、帳場の角にあった窓の場所へそっと移動する。

 鳩の姿が見えない。寝ているなら丸まっているはずだ。部屋で徹夜をして過ごしたが、飛び立ったところは目撃していない。

(ということは……)

 宿屋の主の老人がもうすぐ某かの伝達のために飛び立たせるのではないか。あの老人が何をどこまで知っているかわからないし、逆に何も知らないかも知れない。それでも、鳩の足にGPS発信器や小型カメラがついていた以上、中身を確かめる必要があるし、できることならどこへ、誰に、何を知らせていたのかも知りたい。鳩を仕留めることをせずとも、せめて足についていたアレだけでも奪えないものか。

 そのときだった。

 窓が開けられ、鳩の姿と、老人が雑穀を持った皿を側に置くのが見えた。老人はそのまま、窓から離れていく。それを見た男は今しかないとばかりに身を屈め、窓の方へと近寄った。

 網戸などがないことを確かめると、男はそっと下から雑穀の皿に手を伸ばし、鳩がついばむ瞬間を狙って、払い落とす。同時に、皿を割るまいと、膝の上で軽くファンブルさせてからキャッチする。地面に落ちた餌を食べようと鳩が外に出て地面に降りた瞬間、男はすかさず鳩を捕まえた。男の手の大きさに、鳩は羽根をバタつかせることもできない。男は慣れた手つきで足につけられた小さな金属製の輪を外すと、代わりに、服飾の飾り止めに使う小さなナスカンをつけてから、何事もなかったように鳩を放した。

 手に入れるものは手にした。男は助走をつけて飛び上がると、二階の部屋の窓枠を掴み、そのまま部屋へ戻った。

 男は入手したものを早速目視で確かめる。

(内部情報はここでは読み取れないにしても、これだけでも最低限わかることはある、か)

 上から、下から、死角なしで全部見ようとじろじろと見回した。記憶に残っている情報と照らし合わせができてくるに連れ、男は苦い表情を浮かべる。

(ISLAじゃ、ないだと?)

 自分たちが本来いた文明下のものであることに間違いない。しかし、かつて自身たちが所属していた組織で使っている同類のものとは規格が違う。

(軍用じゃない……! これは、警察の連中が使っていたものじゃ……!?)

 かつてマイヨと自分は同じ組織にいた。仮に今、彼が使っていたとするなら、異なる組織で採用していた規格のものをどうやって手に入れたのか。この事実は何を意味しているのか。しかし、限られた時間と、ないも同然の資材しかない今の、この状況でそれらを考えるのは無意味にも等しい。今できることからすぐにやらなければならない。

(映像記録!)

 男はすぐに小型カメラの方を確認する。何か、記録媒体が残っていないか。しかし、押収物が期待に応えることはなかった。ほぼリアルタイムで情報がどこかへ転送される仕様だった。つまるところ、現時点では何が録画され、誰がそれを受信しているかわからないということだ。

 男は下唇を噛んで悔しさを露わにする。それでも、完全に情報がゼロなわけではない。とはいえ、得られた数少ない情報が謎をより深めていることが男にとって苛立たしい。

(ともあれ、面倒が増えたことだけはわかったんだ)

 本来ならしないでいい徹夜をした。宿屋の人間にも部屋に来ないように伝えてある。いったん休もうと決めると、男は部屋の扉の施錠が済んでいることを確かめた。次に、窓を閉じてからレースのカーテンを掛ける。部屋まわりの戸締まりをすべて完了したところで、男はベッドサイドで靴を脱いでから、ベッドへ身体を投げ出した。

(ロゼッタからの連絡は早くて夕方だろうしな……)

 まとまった時間で眠るのは何日ぶりだろうか。身体が一つしかないことがとにもかくにも呪わしい。だが、すべてを委ねて任せることができる誰かは残念ながら、この文明下の世界には存在しないのだ。仮にDYRAが今、ここにいたとしても、それは同じことだ。そんなことを考えながら、男は眠りに落ちた。


 次に男が目を覚ましたとき、レースのカーテンの向こう側は、寝る直前とほとんど同じ明るさだった。だが、影がまったく差し込んでこないことが朝ではないと如実に語っていた。

 まる半日眠っていたのだとわかると、男はすぐに身を起こす。そして浴室へ行くと、バスタブに湯を溜める。

(愚民共の文明で、かくも湯が出る……上水道とガスはまだないはずだ)

 勢いよく、とまでは言わないまでもそれなりのペースで蛇口から湯が出ているのを見ながら、考え込む。

(ピルロとかいう街のせいか?)

 湯が溜まると、男は手早く服を脱ぐと、汗を流して身体を洗った。しばらくの間、浴室で過ごし、心身ともにスッキリさせる。

 風呂を済ませ、着替えて部屋に戻ると、空の色はアメジスト色に変わりつつあった。もうこんな時間か。そんなことを思いながら男がカーテン越しに窓の外を見たときだった。

「来た、か」

 部屋の窓に一羽の鳩が止まっていた。足には小さな筒がついている。もちろん、GPS発信器などという物騒なものはついていない。鳩の足についた筒を丁寧に外すと、鳩の足についた筒を丁寧に外すと、中から小さく折りたたまれた紙切れが顔を出した。

 文面を読み進めていくに連れ、男の表情が僅かではあるが険しくなる。

 メモを手にしたまま、男はベッドサイドテーブルに置いてあったマッチを手に取った。

(ピルロ、か。まったく。あそこの愚民共は本当に何もわかっていないんだな。おまけにヤツもいると来たもんだ)

 ピルロの技術独占にはかねてより錬金協会全体が苛立っていた。それでも、自分自身にとっては小さなことだ。少なくとも、『文明の遺産』とでも言うべきテクノロジーを勝手に掘り出すのは構わない。ただ、デメリットやリスクもわからないのに考えなしに使い出す真似や、ウランのような人体に悪影響を及ぼしかねないようなものを知りもせずにいじくり回すなんてことをしない限り、些末なこととして男は鷹揚に構えているつもりだった。だが、もたらされた情報は、もうそんな甘い顔ばかりもしていられないと告げている。

 文章を最後の部分まで読んだとき、男の表情が苛立ちから僅かに歪んだ。

(……よりにもよって、DYRAを狙うため、だと?)

 男は持ってきたマッチに火を灯すと、紙切れを燃やす。そして、すっかり小さくなったところでその燃えさしを握り潰した。その拳を見つめる銀色の瞳には怒りが宿る。それは、自分を見くびる者たちへのそれではなかった。

(……彼女へ手を出すなら、誰であっても許すものか)

 自分に対して挑むと言うなら潰せばいい。だが、DYRAへ穢らわしい手を伸ばすならそんな慈悲深い対応など断じてするものか。徹底的にやる。男は少しの間、鋭い眼差しで自分の拳を見つめた後。窓を開き、外に拳を出し、手を広げた。灰がふわりと風に乗って飛んでいき、消え去った。

 そのとき、灰と一緒に赤い花びらが一枚、手のひらから舞った。


改訂の上、再掲

090:【PIRLO】魑魅魍魎うごめく街へ、RAAZもついに動き出す2024/12/22 12:50

090:【PIRLO】ピルロの闇(4)2019/01/17 23:00

CHAPTER 90 対峙2017/10/19 23:00

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