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088:【PIRLO】二人は街のもう一つの顔を目の当たりにする

前回までの「DYRA」----------

人々が集まっていった場所。そこはピルロの行政機関の本舎だった。バルコニーに現れたのは朝、DYRAが偶然であったルカ市長と呼ばれていた好青年。彼こそがピルロの支配者その人だった。彼は、集まった人々を前に、背筋が寒くなるような見世物を始めていた。

「大変よ」

「また、錬金協会の人、覗きに来たんですって」

「何だかな」

「口ほどにもねぇな」

「ルカ様はやっぱり正しかったんだ」

「ピルロが羨ましいなら、ルカ様にアタマを下げればいいのになぁ」

 DYRAとタヌは歩きながら、人々から漏れ聞こえる言葉をそれとなく聞いた。

「何が起こるんだろう」

 小声で問いかけるタヌに、DYRAは自らの口元に人差し指を当てて静粛を要求する。周囲の会話を聞き、情報を集めたかったからだ。

 流れに乗って二人がたどり着いた先は、ピルロの役所だった。正確には本舎の正門前だ。

 タヌが人混みをかき分けて、何が起こるか見ようと前へと進む。DYRAもタヌの背中を追った。ほどなくして、タヌが最前列にたどり着く。DYRAもその後ろあたりに立ったことで、二人は閉ざされた透かし彫りの門の向こう側が見えるようになった。

「ここが」

 門の向こう側は、前庭の奥に三階建ての本舎の建物があり、建物二階の中央に大きなバルコニーが見える。ちょうどDYRAやタヌのいる場所から真正面だ。しかし、DYRAは建物ではなく、別のものに注目する。

(あれは)

 市庁舎の前庭の中央に立っている、門のようにも見える二本の柱。最初から立っているというより、今、何かをやるために立てた感じだ。二本の柱の間には、てっぺんからロープで吊された大きな斜めになった刃。一方で二本の柱の間の一番下には丸いくぼみがあり、円柱状のものをそこに置けるようになっている。円柱状のものをそこにおいて、上の刃を落とせば何が起こるか──。

 DYRAはハッとした。

(正気か……!?)

 これからここで起こることを集まった人々はわかっているのか。DYRAは驚きとも戸惑いともつかぬ感情が自らの心に湧き上がりつつあるのを感じ取る。

「市長ー!」

「レンツィ様ーっ!」

「ルカ様ぁ!」

 本舎の二階にあるバルコニーにスーツに身を包んだ人物が二人、姿を見せる。二人目が現れた途端、凄まじい歓声が人々から発せられた。老若男女問わず、中でも若い女性たちからの黄色い声、嬌声にも似た叫びがひときわ大きい。まるで芝居の男主人公への声援さながらだ。

 続いて、DYRAは背中に圧を感じる。押し寄せる群衆の波だった。反射的に、自分のすぐ前にいるタヌを激しい圧迫から少しでも守ろうと、背後からの圧力に抗い続けた。門の向こう側にいる衛士らしき男二人が「押さないで!」、「下がって!」などと叫ぶが、群衆たちには何も聞こえていないのか、前へ、前へ、という圧が強くなるばかりだ。

 DYRAは今にも暴徒化しそうな群衆に対し、恐怖にも似た感情を抱く。もし、これから起こることが何かを知らないなら無邪気すぎるし、知っているのなら、浮かぶ言葉はもはや悪趣味の一語だ。

 バルコニーに立った二人のうち、後から姿を見せた、プラチナブロンドのように明るい髪が印象的な人物が仕草で静粛を求めた。すると、DYRAたちの周囲はそれまでの歓声が嘘のように静まりかえり、圧も少しだけではあるものの収まる。

 その人物にDYRAは見覚えがあった。

(……あれは、確か)

 朝、時計台の近くで出会った、若く感じの良い人物だ。あの人物に遭遇した後、追いかけてきた男たちは「市長」と呼びかけていた。やはり彼こそ、ルカ市長だった。DYRAはじっとバルコニーに立つ若い男を鋭い眼差しで見つめる。隣にもう一人、男が立っている。こちらの体型は細めで背が高いながらも、浅黒い肌と艶のない金髪のせいなのか、どこか冴えない。きちんと身なりに気を遣えば、ルカ市長ほどではないにしろ、そこそこの男前には見えるはずだ。

「皆様! ルカレッリ様から大切なご報告です」

 艶のない金髪の男が切り出した。続いて、ルカ市長が一歩前に出る。

「今日は、どうしても皆様に伝えなければいけないことがあります」

 男にしては気持ち高めな声で、ルカ市長が語りかける。しっかりと通る張りのある声に加え、集まった人々が声を聞こうと静かにしているからか、DYRAやタヌの耳にも良く聞こえる。

 タヌは、バルコニーで演説さながらに語りかけるルカ市長の姿や、目の前に広がる光景そのものに違和感を抱く。しっかりした声に似合わず、彼らの表情が硬い。いい話をするようには見えなかった。それだけではない。朝、そっくりな人に会っている。けれども、それは女性だったはずだ。

「……皆様が力を合わせて築いてきたこのピルロにさらなる繁栄を! それが自分の望みです。そして、そのために今日まで力を尽くしてまいりました。ピルロを治める者として、皆様に寄り添い、お守りすると誓っております。それが、レンツィの家に生まれた者の義務であり、誇り高き務めであると自負しております。だからこそこの街を、マロッタより、いえ、アニェッリをも越える素晴らしい街にしてみせると、自分の代でそれを成し遂げることを皆様にお約束しています。けれど……」

 ルカ市長は少しだけうつむいてから言葉を続ける。市長の様子を人々は固唾を呑んで見守っていた。

「残念なことに、今日もまたこの街の繁栄を盗もうとする輩が現れてしまいました。ピルロで皆様が汗水を垂らして築き上げた富は、ピルロの皆様が分かち合うべきものです! それなのに……『平等』の名の下に、錬金協会の人たちはまたしても収奪を試みました!」

 そのときだった。

「ルカさまぁ!」

「皆、味方です!」

「レンツィ家を信じてまーす!」

 絞り出すような声で語りかけるルカ市長に対し、集まった人々が口々に大きな声で訴えかけ、支持する声が猛烈な勢いで広がった。バルコニーから見つめる若き市長へ、支持者たちの声が高まる。市長は段々と強ばった表情を和らげていく。ここで、隣に立つ艶のない金髪の男が先ほどの市長と同じ仕草で静粛を要求しながら言葉を引き継ぐ。

「皆! ルカレッリ様はこのピルロをいい街にしようと身を粉にし、必死になっておられる!」

 DYRAは、パッとしない風体に似合わず、貫禄ある声で演説を始めた男の堂々とした態度に少し驚く。

「それなのに、またしてもあの錬金協会の奴らが姑息で、卑怯な手を使ってこの街から富を盗み出そうとした! 盗むだけでも許し難いのに、昨晩もっと恐ろしい『事件』があった!」

 男の言葉に呼応するかのように、集まった人々の間に一斉にブーイングが響き渡る。

「錬金協会の奴らはあろうことか、ルカレッリ様の大切な双子の妹君にして、皆が愛してやまない、アントネッラ様のお命を狙いに来た!!」

 長身の男が怒気を込めた声で叫ぶや否や、聴衆のブーイングが頂点に達する。殺気だつ民衆の熱気は留まるところを知らず、DYRAですらたじろぐほどだ。

「絶対に許すなー!」

「お身体の弱いアントネッラ様に何ということを!」

「アントネッラ様を守れーっ!」

 タヌはここでハッとした。

(あのルカって言われている人! そうだ! あの顔!)

 タヌの中で引っ掛かっていたものが腑に落ちた。すぐにDYRAへ自分が思ってることを伝えようとするができなかった。一瞬早く、二人の視界に、二本の柱の間に一人の女が立たされる光景が飛び込んだからだ。

 その女の姿を見た瞬間から、二人の耳にはブーイングもバルコニーの演説も届かなかった。

 そのとき、DYRAはその光景を見せまいと、反射的にタヌの肩を強めに掴んで自分の方へ振り向かせた。


改訂の上、再掲

088:【PIRLO】二人は街のもう一つの顔を目の当たりにする2024/12/22 12:44

088:【PIRLO】ピルロの闇(2)2018/11/15 23:00

CHAPTER 88 DYRAの涙2017/10/12 23:00

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