086:【PIRLO】DYRAはマイヨが腹黒く見える
前回までの「DYRA」----------
DYRAは再会したマイヨと事実上のデートをすることになる。色々な話をする中、マイヨからタヌの父親のいるおおよその場所を知っていることを仄めかされた。
DYRAとマイヨは彼女の後ろ姿を見送ってから再びベンチに腰を下ろす。
マイヨは周囲をざっと見回してから、DYRAの頬にそっと触れた。
「やれやれ。君に声を掛けるのは、なかなか大変みたいで」
DYRAはマイヨの言葉に潜む、含むものを理解する。やはりそうだ。今の言葉で彼もまた、あの小間使いがただの通りすがりではないことに勘づいている、と言ったも同然だ。それでも、DYRAは敢えて、何も気づいていないフリを通す。
「気のせいだろう」
「もっと色々お話したいところだけど、この街に俺は長居をするわけにはいかないようだ」
マイヨは苦笑交じりに呟くと、親指でDYRAの頬を少しだけ撫でてから手を離した。
「そうだ。さっき言いかけたことの続きだけど」
マイヨの切り出しで、DYRAは直前まで話していたことを思い返す。タヌの父親絡みの話をしようとしていたところだったはずだ。
「DYRA。俺ならタヌ君をお父さんがいるところの近くまで連れていくことができるけど?」
それは思わぬ誘いだった。しかし、飛びつくのは早計だ。DYRAは冷静に思案する。
(ここにタヌがいなくてよかった)
DYRAは自分が持っている手持ちのカードを組み合わせ、考えられる限りの合理的な結論に基づいてマイヨへ返答する。
「割に合わない誘いだな」
即答した。これにはマイヨも返す言葉が浮かばなかったのか、ほんの少しではあるものの、目を見開いて驚きを露わにしている。確かに、自分やタヌを振り回してばかりのRAAZと比べたとき、マイヨからの提案は魅力的だ。魅力がないはずがない。だが、今この瞬間は絶対に乗ってはいけないし、断る以外の選択肢は存在しない。
「お前のその提案を呑めば、タヌはRAAZに殺される。父親と再会できることもなく」
DYRAの中で、RAAZが放った『ある言葉』が鮮明に蘇っていた。
「私の妻を殺したお前が、妻の名を軽々しく口にするな……!」
あのときのRAAZの口振りや表情は、いつも上から目線で他人と接する男のそれではなかった。DYRAはそこからRAAZの本気度合いを推し量っていた。今、マイヨ絡みでRAAZを刺激してはならない、と。
「君がいるのもあるけど。それ以上に、俺も、いや、俺がタヌ君を守る。これでも?」
「話にならない」
何も知らないか、よほど見くびっているか、RAAZという男を満足に知っているとは思えぬ者が安易に口にする「守る」など、DYRAにとっては一片の信にも値しない。理由はわからないが、DYRAにとってこれは理屈ではない。何より、それなりにでもRAAZを知っているのなら、間違ってもそんな言葉を口にできるはずがないのだ。
マイヨは肩を少しすくめてから立ち上がる。
「厳しいお返事か。残念。このお誘いは、またの機会にした方が良いのかな」
DYRAは何も答えなかった。同じような偶然の再会がそうも都合良く何度もあるとは思えないからだ。
「そろそろ俺は退散するよ。今はこれ以上、面倒は起こしたくないからね」
周囲を見回すような仕草をするマイヨに、DYRAは「そうか」と答えて別れを決める。彼女が立ち上がり、踵を返そうとしたときだった。
「っと!」
「何だ?」
マイヨが思い出したようにDYRAの手首を軽く掴んだ。反射的にDYRAはマイヨの手を振り解いた。
「言い忘れ。ピルロにしばらくいるなら二つ、大事なことを教えておく」
「手短に言え」
大事なことと言ったからには、その言葉通りの情報を寄越せ。DYRAは金色の鋭い視線を向けることでマイヨにその意を伝える。
「ピルロは錬金協会の人間は入れない。『元』錬金協会の人間ならともかく、内情を見に来た奴とバレたら最後、確実に殺される」
DYRAは期待外れだったとばかりに息を漏らす。
「ここに来る前に、そんなことは聞いている」
「じゃあ、これはどうかな?」
マイヨは言葉を続ける。
「『どうして錬金協会の人間が来たら殺されるのか』だ。表向きはピルロの技術を盗まれたくないとかだけど、実はもう一つ。まったく別の理由がある」
別の理由、のくだりで、DYRAはマイヨを睨むのを止めた。
「信じられないかも知れないけれど、ピルロは錬金協会もビックリするようなことをやっているんだよね」
「ビックリするようなこと?」
「うん」
「大抵のことでは驚かないつもりだ」
「死人を生き返らせようとするとか、でも?」
マイヨの問いに、DYRAは取り立てて驚く様子もない。
「錬金協会だって『若返る』とかやっているのだろう。生き返らせたいなんて考える奴がいても、それ自体は別におかしくない」
「けれど、錬金協会以上にあからさまな技術信仰主義なこの街で、『生き返る』とかオカルトみたいな発想って、気持ち悪くない? 最後にあと一つ。これは二言くらいで」
DYRAはここで、まだあるのか、と詰め寄りそうになるが、グッとこらえる。
「この街はね、RAAZでもそう簡単にどうにかできるところじゃない。理由はいずれわかる」
マイヨは言うだけ言うと、「それじゃ、また近いうちに」と言い残して、足早に立ち去った。DYRAがマイヨの後ろ姿を探そうとしたときにはもう、彼は広場にいる人々の雑踏の中に消えていた。
DYRAは張り詰めた緊張の糸を緩めるように、溜息を彷彿とさせる深い息を漏らしてからベンチに腰を下ろし直す。
一人になったDYRAは、広場の人々の様子を見ながら、先ほどまでの会話を振り返る。もうマイヨがいなくなったからか、通る人々がチラ見してくることもない。
まず、タヌの父親の居所をおおよそとはいえ、何故知っているのか。
(あそこでは、下手に質問ができなかった)
もし、あの場であれこれ聞いてしまえばマイヨに会話の主導権を奪われていた。それだけではない。どこで誰の目があるかもわからない。先ほどのやりとりがRAAZの耳に入ればどうなるか。現に、その不安は的中している。
話し込んでいたとき、目の前で転んだあの小間使いだ。DYRAは見覚えがあった。分厚い眼鏡の奥のあの鋭い瞳を忘れるものか。あれは間違いなく、メレトで出会い、フランチェスコでタヌを庇ったRAAZの密偵女が変装した姿だ。
(この街で、錬金協会の関係者だと発覚すれば、あの女も)
マイヨを含め、これまで聞いた話の通りなら、確実に殺されてしまう。DYRAは彼女の身を一瞬とはいえ、案じた。
(それにしても)
マイヨもいる上、RAAZの密偵とおぼしき女もいる。こうなってくるとピルロで目立たぬように過ごすことはもう難しいに違いない。DYRAは、この街を出たら次はどこに行けばいいのか、それともほとぼりが冷めるまで極力動かず、身を潜めていた方が良いのか思案する。だが、これといった妙案は何一つ浮かばなかった。
(どうしたら、いい?)
DYRAが視線を時計台の方へ向ける。と、そのとき。
「ん?」
見覚えのある背格好の少年が走って近づいてくるのがDYRAの目に映った。タヌだ。
「あれ。DYRAだ」
それなりの距離があるものの、二人の目が合った。
「DYRA!」
タヌが気持ち大きな声で呼びながら、DYRAの方へ駆け寄った。
改訂の上、再掲
086:【PIRLO】DYRAはマイヨが腹黒く見える2024/12/22 12:28
086:【PIRLO】錬金協会のない街(6)2018/11/05 23:00
CHAPTER 86 腹の内2017/10/06 00:28