085:【PIRLO】DYRAはマイヨに口説かれる?
前回までの「DYRA」----------
ひとり、広場を散歩していたDYRAは、広場の一角に屋台が組まれていくのを見つめていた。そこは珍味の雪菓子を食べさせる店だった。そこで、DYRAはマイヨ・アレーシと再会を果たす。
人生で味わったことのない雪菓子の味。DYRAは衝撃を覚えつつも、それを自分の内に抑え込んだ。目の前の男に言えば笑われるどころか、バカにされるかも知れないからだ。
「あはははは」
そのとき、マイヨが覗き込むようにDYRAの表情を見る。
「な……」
やはり目の前の男は自分をバカにしている。ただただ楽しそうなマイヨに、DYRAはこめかみのあたりの血管が今にも切れそうな感覚に陥った。頬骨近くの筋肉が僅かに震えていることも自覚できた。
「ねぇ。怒らないでよ。バカになんかしていない」
マイヨが雪菓子を口にしながらクスクス笑い、続ける。
「いやね。一口食べたとき、君の目はキラキラしていたから、可愛いなって」
可愛い。
RAAZが自分を小馬鹿にするように呼びかけるとき以外でそんな言葉を聞くことになると思わなかった。DYRAは、冷たいとも乾いたとも取れる視線でマイヨを見る。
「『美味しい』って、素直に言えばいいじゃない?」
美味しい。
その言葉に、DYRAは怪訝な表情でマイヨを見る。
DYRAの反応に、マイヨも言葉に窮したと言いたげな顔をする。
「ごめんごめん。取り敢えず、溶ける前に食べちゃおうよ? 話はそれからってことで」
マイヨからの指摘で、DYRAは手元を見る。自分の手の温もりのせいで気持ち、円錐系の部分が柔らかくなり始めている。溶ける前に食べないといけないとわかったからか、心なしか、スプーンで口に雪菓子を運ぶ仕草が速くなる。
DYRAとマイヨはほとんど同じ頃合いに雪菓子を食べ終えた。
「美味しかった?」
改めてマイヨが問いかける。DYRAは少しの間、視線を泳がせる。
「おい、しい?」
DYRAはまたしても怪訝な表情を浮かべる。マイヨは何かわかったと言いたげに三度ほど、小さく頷いた。
「ああ、そういうことか。じゃあ質問を変えよう。……タヌ君に食べさせてあげたいと思った?」
「ああ」
DYRAの答えは文字通り、即答だった。
「それ、『美味しかった』ってことだよね?」
マイヨが笑顔で続ける。
「もしかして君、『美味しい』って意味を忘れちゃっていた? それとも、食べ物の味に思うところがないとか?」
質問に対し、DYRAは何も答えず、何度か瞬きをする。言われてみればその通りだ。食事を楽しむだの、食べ物の味を噛みしめるなど、意識したこともなかった。食べないで済むならあまり食べたくない。それが本心だ。それでもタヌと縁ができてからは彼を心配させまいと、最小限口にしている。ただ、それだけだ。
「だって、美味しくなかったら人には勧めないよね?」
マイヨの言葉に、DYRAは首を縦に振った。
「そう、か」
「そうだよ」
「すまない。気を遣わせたのかも知れないな」
何と言い返せばいいのかわからなかった。気の利いた言葉が出てこない。それでも、これ以上場の空気を悪くしてはいけないことだけはわかる。DYRAはおもむろに財布を取り出す。が、財布を持つ手の上にマイヨが自身の手を添え、その動きを止めた。
「君が雪菓子を物珍しそうに見つめていた。もしかして、食べたいのかも知れないと思った。それだけだよ?」
「すまなかった」
マイヨが再び、DYRAの頭を自分の手のひらで二度、そっと叩く。
「そこは『ありがとう』でいいと思うけど?」
「借りができた。取り敢えず、いくらだった?」
「いや、別にお金は気にしなくていいから。それでも、借りがどうとかそこを気にするならさ、今、ちょっとだけ君の時間をもらってもいいかな?」
マイヨからの問いかけに、DYRAは、タヌのことや時間を気にする。だが、目の前にいる男と今話せなかったら、次はいつになるかわからない。タヌには申し訳ないが、あと少しだけ、一人で行動したい。できることなら今はタヌを入れないで話をしたい。
「用があるなら、さっさと話せ」
「そういう言い方は、寂しいな」
自分と何を話したいのか。マイヨが何を思っているのかも想像できない。DYRAは、鋭い視線をぶつける。それは、自分自身の察しの悪さへの苛立ちをぶつけているようでもあった。
「じゃ、ご要望通り、前振りナシで」
DYRAを真正面から見てマイヨが切り出す。
「君はRAAZのこと、どう思っているの?」
「さぁな」
「ねぇ。すごく素っ気ないけど、今、君は自分が言った言葉の意味、わかっている?」
それまでから一転、マイヨは厳しい表情を浮かべる。
「私があの男をどう思っているかなど、お前には関係ないし、どうでもいい話だろう?」
「女の子を『兵器』と言い捨てた。悪いけど、あれはちょっとどうかと思っている。あれを聞いちゃった身としては、面白くない。あんな風に言われて、君も何も思わないわけ?」
DYRAは視線を空に向けた。
「お前、あのときのやりとりを聞いていただろう? だいたい、私もRAAZをどう思っているのかすらわからない」
二人はそれぞれ、数日前のフランチェスコでの出来事を思い返す。
「お前がやりたいことを先に私自身がDYRAに吹き込んだ、ってわけだ。私の都合良いようにだがね」
「正直に言うけど、俺自身、外に出ようって思ったとき、RAAZからのアタリがキツくなることくらいは折り込み済みだったんだ」
「それで?」
「けどさ、何て言うの? RAAZが俺を出し抜くために、斜め上とでも言うの? まさか君をあんな風にダシに使ってくるとは思わなかったんだ」
「だから何だ?」
「モノ扱いされてさ、タヌ君諸共散々振り回されてさ……なのに、本当に君は、何もわからないの? 思うところもないの?」
「お前に対してそれを言うことは、ない」
二人がベンチで隣同士に座って話している様子は、いつしか周囲の耳目を集め始めていた。取り囲んでどうこうしようという雰囲気ではない。どちらかと言えば「美男美女は目の保養」とばかりに通行人たちが横目で視線を送ってくる。それほどに目立つのだ。中には、物陰からじっと見守っている者すらいる。しかし、DYRAもマイヨも気にも留めない。
「記憶がどうとか、そういうのナシで、今はRAAZをどう思っているの?」
「わからない。それでも、『わからないなりの答えを言え』というなら、恐らく、あの男はいつも私の近くにいたのだろう。もし仮に『いなかった』と言われても、私にはむしろそちらを想像できない」
「ねぇDYRA。今、自分が言った言葉の意味は、わかっているかな?」
「言葉の通りだ」
「そうじゃなくて。今、君は自分の口で『RAAZは近しい存在だ』と言ったようなものだけど、気づいている? って」
マイヨは少しだけ拗ねたような表情を浮かべた後、ふぅと息を漏らした。
「俺が君の隣にいるのは、ダメかな?」
「考えたこともないし、想像すらできない」
DYRAは、またしても即答した。
「いや、今すぐどうこうなんて、ないよ」
マイヨが困ったなと言いたげな笑顔で、DYRAを見る。
「一〇〇〇年以上、君の近くにいたのはRAAZだけだったんだ。いきなり俺が来たら戸惑うのは当たり前だし、今からいきなり『一緒に生きよう』とか言ったら、言った俺が言うのもおかしな話だけど、誰から見ても、それこそタヌ君から見たって俺は不審者だ」
確かにそうだ。DYRAは驚くタヌを想像し、ほんの少しだけ、表情を和らげる。
「ねぇDYRA」
マイヨは興味深そうな視線をDYRAへ向ける。
「俺は君のことをもっと知りたい。俺のことも、知ってもらいたいと思っている」
「悪いが、私は別に興味はない」
マイヨは自信ありげな笑みを浮かべるが、DYRAはにべもない。
「そうかな。じゃ、お近づきのしるしに、興味を持っていることを教えてあげるよ」
DYRAはこのくだりに、ピクリと反応する。
「タヌ君のお父さんの件、っていうのはどうかなぁ」
「何だと?」
DYRAの反応を見ながら、マイヨが続きを話そうとしたときだった。
「きゃああああ」
突然、悲鳴が二人の会話を遮った。続いて、物音が足下に響き、つま先のあたりに何かが当たる感触が伝わる。
「え?」
「何? どうした?」
DYRAとマイヨは声がした方を見た。
「大丈夫か?」
声の主は二人のほぼ足下にいた。一人の小太りの女が俯せになって倒れており、周囲に買い物カゴと林檎が散乱している。服装からして、一目でどこかの小間使いだとわかる。
「おねえさん、大丈夫?」
マイヨが倒れている人物を助け起こし、DYRAが林檎を拾い、買い物カゴに入れ直した。
「ああっ。大変申し訳ございません。ありがとうございます」
牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛けた小太りの女が、マイヨへぺこぺこと頭を下げる。
「気をつけなくちゃ」
小間使いに声を掛けたマイヨの表情をDYRAは見逃さない。それだけではない。DYRAは一瞬ではあるものの、分厚い眼鏡の向こうの瞳をハッキリと見た。
(この女!)
DYRAは彼女の正体を察した。同時にマイヨが彼女の姿を見て、何かに気づいたであろうことも。
「あ、ありがとうございました。申し訳ございません」
小間使いは、DYRAとマイヨに買い物カゴの中身を拾ってもらった礼を告げると、早々にその場から立ち去った。
改訂の上、再掲
085:【PIRLO】DYRAはマイヨに口説かれる?2024/12/22 12:17
085:【PIRLO】錬金協会のない街(5)2018/11/01 23:00
CHAPTER 85 マロッタへ2017/10/02 23:00