084:【PIRLO】DYRA、マイヨとまさかのデートへ
前回までの「DYRA」----------
タヌは朝の散歩で植物園にたどり着くと、ひとりの女性と出会う。彼女は植物園を「新しいものがない」と告げ、ピルロが生き返らせることに成功した、古い時代の花だと教え、去って行った。
タヌが学術機関へ向かっていた頃、DYRAは広場の一角で見慣れないものをじっと見ていた。ルカ市長とおぼしき人物と遭遇した後、広場の一角に荷車を引いた二人組の男が現れた。日焼けをした若い男たちが何を始めるのだろうかと注視する。彼らは荷車から何やら色々なものを下ろすと、時計台からほど近い一角で組み立て始めた。
(あれは一体、何を、やっているんだ?)
二人が組み上げたのは屋台だった。整っていくに連れ、いつしか広場に人も増え始める。顔ぶれを見ると、若い女性が一番多いが、年を取った男女や子ども連れも決して少なくない。
(あれに人が集まっているのか?)
これからここで何が起こるのか、DYRAは広場の外れに移動し、離れたところから見つめる。幸い、すぐそばに休憩用とおぼしきベンチもある。そこへ腰を下ろした。
屋台ができあがったところで若い男の一人が傍らに赤い旗を立てた。何やら文字が書いてある。DYRAの目にもちらりと見えた。
雪菓子あります
聞いたことがない。一体どんな食べ物なのか。これだけの人々がそれを目当てに集まっていることはDYRAにも容易に想像できた。屋台の正面を先頭に、集まった人々が整列し始める。並んでいる彼らは皆満面の笑顔だ。
あれよあれよの間に長い行列ができたのと時を同じくして、屋台を組み立てた二人組のうちの一人が大きめの呼び鈴を手にして、それを振り始める。チリンチリンと金属の甲高い音がDYRAの耳にも入った。
「お待たせしましたー! 雪菓子屋はじまりまーす! 今日のお味はアカシアとラズベリーから選べるよー!」
続いて、もう一人も呼び込みの声を上げる。
「他の街ではお偉いさんや大金持ちしか食べられない珍味も、ピルロならこんな気軽に食べられる! ピルロの名物雪菓子、味も日替わり! 食べてってー!」
並んでいる人々が一体何を受け取るのか。雪菓子とは何なのか。DYRAは目を凝らした。そこへ先頭に並んでいた女性が出てくる。手にしているのは円錐を逆にしたような容器に入った白い何か、だった。
DYRAが彼女を見つめていることなど誰も気にしていない。件の女性は白いものを美味しそうに小さなスプーンで食べ始めた。
(なるほど。そういうものなのか)
円錐系の容器に入った白い菓子。DYRAがそう理解したときだった。
「食べたいの?」
突然、DYRAの背中に男の声がぶつかってきた。衝突。そうとしか言えないほど唐突な邂逅。聞いたことのあるような、ないような声だ。
DYRAは慌てて振り返り、声のした方へ鋭い視線をぶつける。声の主はベンチの背もたれの後ろに立っていた。見覚えのある、背の高い男だった。
「こんなところで会えるとはね」
「お前……」
青とも金髪ともつかぬ不思議な色の髪と、一箇所だけ結ってある三つ編みがどこか不自然な雰囲気を醸し出している。服装も、このあたりで見る男たちとは明らかに違う。裾の長い、白い細身の詰め襟上着は留め具あたりに豪華な刺繍が施されている。DYRAはこの男が何者かすぐにわかった。
「お前確か、マイヨ・アレーシ……だったな?」
DYRAは思い出しながら、丁寧にフルネームを口にした。マイヨがはにかんだような表情を見せる。
「嬉しいね。名前、覚えていてくれたんだ。この間はあれだけの騒ぎだったから、覚えてもらえていないかなって」
いつからここに立っていたのだ。この男が気配を完全に消していたのか、自分がぼんやりして気づけなかっただけなのか。だが、すぐにその疑問を思考から追い出した。聞かなければならないことが他にもあるからだ。
「お前。どうしてここにいる? どうして私がいるとわかった?」
DYRAとしては、フランチェスコでのあの騒ぎの後、この男の所在にまったく興味がなかったわけではない。しかし、それはあくまでも消息を確認したい程度のことだった。それだけに、よもやこんなところで、こんな形での再会に戸惑いを隠せない。
「あれ? ねぇ。タヌ君は?」
マイヨからの質問で、DYRAは少しの間とは言え、タヌのことが自分の意識から完全に抜け落ちていたことに気づく。
「今頃はもう起きて、散歩にでも出ているんじゃないのか」
「一緒じゃなかったの?」
「私が面倒を掛けてしまってな。疲れていたんだろう。私が先に起きて早めに外に出ただけだ」
DYRAの答えにマイヨは意外そうな表情を一瞬だけ浮かべた後、嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、今だけは二人っきりの時間を過ごせるわけだ」
マイヨの言葉にDYRAは眦を僅かに上げる。
「は?」
マイヨは意にも介さず、ある方向を指差す。
「……食べたいんでしょ?」
食べたいと思ったことはない。言い返そうとするが、マイヨは機先を制するようにDYRAの頭を二度、手のひらで優しく叩く。それはまるで子どもをなだめるような仕草だった。
「買ってきてあげるから」
言い終わるや、マイヨは心なしか軽やかな足取りで行列に並び始めた。屋台の行列を捌くスピードは思っていたよりかなり速い。並んでいる人々の顔ぶれは少し前から一変している。DYRAは次に、最前列に目をやる。予想通り、最前列にたどり着いた人々はおおよそ三〇秒もせずに雪菓子を手にしていた。順番はどんどん進み、マイヨが行列の前方に進むまで時間は掛からなかった。
先ほど大きめの呼び鈴を使って呼び込みをした男が列の一番後ろへ走ると、そこで鈴を鳴らした。チリン、チリン、チリン。先ほどと違い短めに三回、音を響かせる。
「朝の分は売り切れでーす! お昼を過ぎたらまた始まりまーす! よろしくお願いしまーすっ! 午後のお味は林檎とあんずだよ!」
売り切れを知らせる合図だった。
かくも人が集まり、あれよあれよの間に売り切れる雪菓子とはどういうものなのか。DYRAは、行列ではなく菓子そのものも気になり出す。それからほどなくしてマイヨが行列の最前列にたどり着いた。そして、両手に円錐系のものを持って戻ってくる。
「お待たせ」
マイヨがDYRAの前に立つと、両手に持ったものを差し出す。円錐系の容器の上に白い球状のものが乗っており、半分が頭を出している感じだ。そして木を削って作ったとおぼしき小さなスプーンがさしてある。白い球状の部分にはそれぞれ、上から色のついたシロップが掛かっていて、片方は金色。もう片方はワイン色がかった濃いめのピンク。
「好きな方を選んで。アカシアか、ラズベリー」
突然提示された選択肢にDYRAは一瞬目を丸くした。
「え?」
「あはは」
DYRAの表情の変化を正面で見たマイヨが楽しそうな笑みを零す。バカにされたと思ったDYRAはムッとした。
「ど、どっちでもいい」
「いや、溶けちゃうからさ。早く決めてよ」
マイヨが子どもに語りかけるように優しく告げると、DYRAは雪菓子をじっと見つめる。
(雪菓子とは……そういうことか!)
目の前に差し出された実物を見れば、理解できる。その名の通り、丸く固めた雪にシロップを掛けたものだったのか。記憶が定かではないので、正確にはわからないが、いつだか、誰かから、こういった氷菓子にできるほどのまとまった量の雪は、ネスタ山の反対側からさらに険しい山の向こうまで行って、そこから持ってくるしかないと聞いた気がする。手間暇がかかる上、運搬中に結構な量が溶けてなくなってしまう。当然、高値がつく珍味のはずだ。なのに、そんな食べ物がその辺で簡単に、それもこんな気軽に手に入るとは。ピルロとは一体どういう街なのだ。DYRAは驚嘆する。
「で、どっち?」
取り敢えず、溶けてしまっては意味がない。マイヨが言わんとすることを理解したDYRAは、濃い色のシロップが掛かっている方を指差して選ぶ。
「はい」
DYRAはマイヨから雪菓子を受け取った。円錐系の部分を手にしたことでさらに気づく。手にした部分が濡れていない。紙でできているはずなのに、どうしてなのか。手にしたものをまじまじと横から、下の方からぐるりと回すような勢いで見つめる。
「ねぇ。そこに興味を持つのは、食べ終わってからでいいんじゃない?」
マイヨはベンチに座るDYRAの隣に腰を下ろす。それから、アカシアのシロップがかかった雪菓子を美味しそうに食べ始めた。
その仕草を見て、DYRAも同じように小さなスプーンで一口分を口に運ぶ。
「……!」
甘酸っぱいシロップと雪の冷たい感触が溶け合い、口の中に絶妙なハーモニーが広がる。
(この世にこんなものが存在したのか!)
この雪菓子の味わいを何と表現すれば良いのか。適切な言い方を探し求め、DYRAの頭の中で言葉がぐるぐると回る。
マイヨは、そんなDYRAの表情をじっと見つめる。
「DYRA?」
僅かに震えている手元と、顔の筋肉の動きで、マイヨはDYRAが今何を思い、どういう反応をしようとしているのか、何となく察した。
改訂の上、再掲
084:【PIRLO】DYRA、マイヨとまさかのデートへ2024/12/22 12:17
084:【PIRLO】錬金協会のない街(4)2018/10/29 23:00
CHAPTER 84 思わぬ独白2017/09/28 23:00