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081:【PIRLO】朝になり、DYRAは散歩に出掛けると……?

前回までの「DYRA」----------

 ピルロにマイヨがいるとは夢にも思わぬDYRAとタヌ。だが、この街にもあの「白い鞄」が届く……。



 風呂につかる時間は、眠ってしまいそうなほど心地良かった。睡魔に負けじと、風呂から上がったDYRAは、結局ベッドまでたどり着けず、バスローブ姿で居間のロングソファで眠ってしまった。

 目を覚ましたDYRAは、テーブルに置いたままの懐中時計に手を伸ばす。

 時計の針は六時を指していた。

(もう少し、眠りたい……)

 DYRAはここで、あることに気づく。

「ん?」

 一体いつの間に。身体に毛布が掛かっているではないか。状況を理解しようと、DYRAは意識は急速に覚醒させると身体を起こし、寝室へと走った。

「タヌ」

 DYRAの視界に入ったのは、タヌがベッドで毛布も掛けずに大の字になって寝ている姿だった。もう一つのベッドには毛布がない。夜中、ソファで寝てしまった自分に毛布を掛けた直後、力尽きて眠ったに違いない。実際、毛布がタヌの下敷きになっている。DYRAは毛布を取ってくると、それをそっとタヌに掛けた。その後、居間へ戻るとカーテンを僅かに開き、外の様子を見た。

 朝早い時間にも拘わらず、人の往来がもうある。各々街の中心部側へと向かって足早に移動しているではないか。一方で、人数こそ多くないものの、反対方向へと歩いている人々もいる。こちらは対照的に、気持ち、足取りが重い。夜、働いていた者が家路についているのだろう。DYRAは思う。

(これも、不夜城の街ならではの光景、か)

 DYRAはカーテンをそっと閉めると、白い四角い鞄から財布を手に取り、部屋を出た。

「おはようございます」

 階段を下りて一階へ行くと、DYRAは帳場にいる男性従業員から声を掛けられた。

「散歩へ行ってくる。連れがまだ寝ているんだ。そっとしておいてくれ」

「かしこまりました。それでは朝食は如何なさいますか?」

「連れが起きてきたとき、希望したら先に出してやってほしい」

「承りました。お気をつけていってらっしゃいませ」

 帳場の従業員に見送られ、DYRAは宿の外へ出た。


 DYRAは夜に見えなかったものを改めて確かめるように、街の様子を見て回った。昨晩歩いた繁華街は疲れ切った街並みに変わり果てている。酔い潰れた男女や一晩中接客していた給仕やバーテンダーがポツポツと店から出てきては、恐ろしく重い足取りで家路につく。これが本当の朝帰りかと、DYRAは感心とも呆れたとも何とも言えぬ思いを抱く。

 繁華街を通り抜け、街の中心部へ出たときだった。広場にある、ひときわ背が高く大きな建物に目を留めた。時計台だ。

(あのあたりがピルロの中心になるのか)

 時計台の方へDYRAはゆっくり歩き出した。歩いている間、DYRAは疲れた様子で歩く男たちを何人も見かけた。繁華街からの帰りには見えない。むしろ、彼らはこれから仕事なのか、川の方に見える建物へと吸い込まれるように入っていく。朝からどこか虚ろな彼らの姿がDYRAには生気のない、抜け殻が歩いているように見えた。

 そのときだった。DYRAの肩に、歩いている男の一人の肩が触れた。

「あっ」

 DYRAはとっさに道の端に寄った。しかし、肩が触れた男はぶつかったことに気づく様子もなく、そのまま行ってしまった。男の背中を不可思議な思いで見送る間にも、どんどんと同じような男たちが通り過ぎていく。

 どことなく無表情とも無気力とも取れる風な彼らをしばらく見つめた後、DYRAは再び時計台の方へと歩き始めた。数分歩くと、ほどなく広場へたどり着く。

 DYRAの目に、ここはピルロの街並みを区切る境界線のような役割を担っているように見えた。繁華街や、川の上流寄りに見える北西の建物群、そして時計台を中心とした宮殿のような建物を含む広大な敷地。位置的にちょうど、広場が各区画の境目になっている。そして、広場自体は外周はもちろん、中心への道の両側などに花壇が多く作られており、そこには色とりどりの花が咲いている。

(……美しい、の、か?)

 花とはこんなにも美しいものなのか。DYRAは、自ら意識して花を見たことがあっただろうかと思いをめぐらせる。指摘されて見るときにはいつだって枯れ落ちている。そして枯れたのはラ・モルテである自分のせいだと人々から糾弾される。

 DYRAは花を見ながら、そもそも自分がこれまで生きてきた時間とはどんなものだったのか考え始めた。DYRAはそのまま視線を花壇に咲く花から、ラリマーの如く明るく美しい空へと移す。しかし、何も思い出せない。それでも、ペッレからネスタ山に行ったときに起こった、思い出すことを邪魔するような反応が身体に出なかっただけマシな方だ。DYRAは自分の中でそう割り切った。

 花に視線を戻し、ゆっくりと時計台の方へ向かって歩き出そうとしたときだった。

 どん! という鈍い音と肩から胸元に掛けて広がる痛みと共に、DYRAの視界が一瞬だけ真っ暗になった。続いて、身体も傾く。

「あっ!」

 DYRAが倒れないようにしなければと姿勢を保とうとしたとき、今度は手首を掴まれる。

「っ……」

 DYRAの手首を掴んだのは翠緑色の上品なスーツに身を包んだ人物だった。

「大丈夫かい?」

 やや低めの声だった。女なら低い声だが、男なら低くもないし、高くもないと言ったところだろうか。それでも、感じ良い声とDYRAは印象を受けた。

「ごめんよ。ケガはなかったかい?」

 スーツ姿の人物は、DYRAの腰にそっと手を添え、手助けした。

「いや。こちらこそすまない。ぼんやりしていた」

「ほんの少しとは言え、自分がよそ見したばっかりに。申し訳ない」

 DYRAは重ね重ね自分を気遣う人物の姿をちゃんと見る。パッと見で男か女かと言われるとわからない。声も、どちらとも取れる中性的な響きだ。だが、パンツスーツを着ている。恐らく男性だろう。プラチナブロンドを思わせる明るい色の髪、透明感のある肌、それにトパーズブルーの瞳が印象的だった。

「朝からここに来ている……もしかして、旅の人ですか?」

 スーツ姿の人物は、にこやかな笑みを浮かべてDYRAに尋ねた。

「あ、ああ。そうだ」

 DYRAの記憶は欠損している。それでも、最初に出会った瞬間から、こんなに感じよく接してくれる人間に出会ったことは、これまでなかったように思う。

「この街は、他の街にはない新しいものがたくさんあるから、いっぱい楽しんでって下さい」

 スーツ姿の人物はそう告げると、「それじゃ、失礼」と最後に言って、足早に大時計台のある方へと軽やかな足取りで走っていった。

 DYRAは走り去るその後ろ姿を、人影が見えなくなるまで見送った。

(誰だ……?)

 朝から感じの良い人物と遭遇したせいか、心が何となく軽い。DYRAはほんの少しだけ口角を上げて、改めて歩き出そうとしたときだった。

「市長!」

「市長はどこだ?」

 DYRAの視界に二人の男が飛び込んだ。どちらも年老いた、身なりのいい男だ。

「き、君!」

 まさか自分を呼んだわけではないだろう。しかし、周囲は他に誰もいない。DYRAはやはり自分が呼ばれたのかと思い直し、振り向く。

「市長を見かけなかったか?」

「市長? だと?」

 年老いた男の言葉でDYRAはハッとする。


「見た目もカッコいい。お嬢さん、惚れちまうかも知れないよ?」


 突然、昨日の御者の言葉が脳裏を掠めていき、DYRAは理解した。

(さっきの!)

 あのスーツ姿の人物こそが市長なのではないか、と。

「ああ。それらしき人物なら、あっちの方へ走って行った」

 DYRAは時計台のある方を指差しながら告げた。すると、年老いた男二人が「どうも」と口々に言って、駆け足で去った。

「あれが……」

 話題に上っていた、『ルカ市長』だったのか。DYRAは自分への振る舞いを思い出すと、あれなら市民へのウケも良いだろうなと納得した。

 自分の周囲に適度な静けさと穏やかな空気とが戻ったところで、DYRAはもう少しあたりを散策したら戻ってタヌと合流しようと決めて、歩き出した。


改訂の上、再掲

081:【PIRLO】朝になり、DYRAは散歩に出掛けると……?2024/12/22 12:08

081:【PIRLO】錬金協会のない街(1)2018/10/18 23:00

CHAPTER 81 誤算2017/09/18 23:00

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