080:【PIRLO】二人は宿屋でも新しいものに衝撃を受けまくる
前回までの「DYRA」----------
ピルロに無事にたどり着いたDYRAとタヌ。明るい街並み、深夜になって続く喧騒に戸惑いながらも、宿屋にたどり着いた。一方、マイヨもピルロ入りしていて……。
DYRAとタヌはレオから教えられた宿屋の前にたどり着いた。入口は明るかった。扉の傍らに灯りが三つ灯っている。
「いらっしゃいませ。ご利用でいらっしゃいますか」
宿の入口まで行ったところで、赤い帽子を被った若い男の一人が声を掛けてきた。
「空いているのか?」
DYRAが尋ねると、赤い帽子の男はにこやかな笑顔で二人のために扉を開けた。流れ的にもう一軒の宿屋と比べてから、などと言える雰囲気ではなかった。
「どうぞこちらへ。ご案内致します」
赤い帽子の男は二人を帳場へと案内した。
「こちらでお手続きをお願い致します」
赤い帽子の男は二人を帳場まで案内すると、また扉の外へと戻っていった。入れ替わるように若い女性の帳場係が現れる。タヌの目に、彼女は身なりも良いし、仕事ができる人という風に見える。
「ようこそいらっしゃいました。お泊まりでよろしいでしょうか」
「ああ。向こうにいる、レオとかいう若い男から紹介されてきた」
レオの名を聞くと、帳場係の女性は二人へ微笑む。
「ありがとうございます。では、お部屋でございますが、いかがなさいますか? 男性のお客様と別々の、二部屋になさいますか?」
「広い部屋を頼む。一つでいい」
DYRAが告げると、帳場の女性は確認するように返す。
「そうしましたら、お二人様で、リビングなどもある続き部屋でよろしいでしょうか」
「それでいい。取り敢えずは、明後日まで頼む」
「かしこまりました。それでは、先にお支払いをお願い致します。明後日までのご利用分、アウレウス金貨で一五枚になります。レオからの紹介ですので、お食事とお飲み物代はご負担いただかなくて結構です。お部屋は一番上の、見晴らしのよい部屋でございます。お風呂もとても広くて使いやすいですよ」
「ああ」
DYRAは財布を出すと、支払いを済ませた。
タヌは二人のやりとりを聞きながら、顔にこそ出さないものの、今までと比べ宿代が明らかに高いことに驚く。もし食事代などが入っていたらいくらになってしまうのだろうか。
「確かに受け取りました。では、こちらが鍵でございます。お部屋はそちらの階段を上がっていただき、三階でございます。ご案内いたします」
「頼む」
「お荷物、お持ちいたしますか?」
「軽いから心配ない」
「かしこまりました」
DYRAは帳場の女性の後についていく。帳場を挟んで左右どちらの階段を利用してもいい作りになっていた。二人が何となく右側を歩いたため、タヌも二人に続いて右側の階段から上ることになった。
「こちらのお部屋でございます」
三階は扉の数から二部屋だけだった。DYRAとタヌは、扉を開けてくれた女性から鍵を受け取り、部屋へと入った。
部屋は居間と寝室とに分かれていた。寝室には、二人は寝られるだろう大きなベッドが二つ並べて置かれている。居間は四人で利用しても十分余裕がある広さで、置かれているロングソファは背もたれを倒せばベッドにもなるものだった。
タヌは次に、浴室に繋がる扉を開けて中を覗いた。
「わー!」
大理石の床の浴室は広い上に、浴槽は床をくりぬいて作ってあり、五人は入れそうだ。
「すごい! DYRA見て! すごい広いよ!」
タヌの歓声に、DYRAは何事かと言いたげな顔で浴室を覗く。確かに広い。DYRAは、浴室に一歩足を踏み入れるとあちこちに目をやる。浴槽の隅の方に捻り口が二つあるのを見つけると、そちらへ行き、早速捻った。
「え!」
横で見ていたタヌはまたしても声を上げる。
「お、お湯が!」
レアリ村に住んでいた頃は薪をくべて外で火を焚くのが当たり前だった。当然、風呂も家の外にあった。旅を始めてから利用した宿屋は湯を貯めてあったり、蛇口を捻って少しずつ湯が出るもので、それでもタヌには目新しいものだった。けれども、目の前のそれは今までのどれとも違う。まさに初めて見る驚きの光景だ。
「すごい勢いで、お湯が出てる!」
DYRAは最初こそ何を言っているのだろう程度の反応しか示さなかったが、出てくる湯の量の多さに、何かが違うと気づく。
そのとき、DYRAの脳裏をある言葉が掠めた。
「なるほどな」
「えっ」
「御者が言っていただろう? 『錬金協会の人間じゃないなら、あのピルロって街は新しいものばっかりとも言える楽しいところ』だと」
言いながら、DYRAは納得したと言いたげな顔をする。確かに、猛烈な勢いで「湯」が出る蛇口は初めて目にするものだ。
二人がそれぞれ驚きながら蛇口を見つめるうち、浴槽が湯で満たされていく。八割方湯が貯まった頃、タヌは恐る恐るしゃがんでそこに手を入れてみた。
「あったかい!」
湯だから当たり前だろうとDYRAは言いそうになるが、言葉には出さなかった。
「先に風呂に入っていいぞ。この数日、色々煩わせてしまったからな」
DYRAはそう告げると、浴室の扉のそばに畳んで置いてあった大判のタオル四枚のうち二枚を手に取ってから浴室を出た。そのまま居間へ向かうと、ソファの隅にタオルを置いてから、テーブルの上で白い四角い鞄を開く。
(また、誰かがこれを用意した、か)
鞄は、聞いた話ではトルドで「忘れ物」と称して届けられたという。だが、誰が持ってきたかはわからないとのことだった。
(わからない? そんなはずはない)
少なくとも鞄の中を確かめれば、一つだけ確実な情報があるはずではないか。他の人間にはわからずとも、自分なら相手の正体を探ることができる、例の手掛かりが。
DYRAは鞄からブラウスと財布を取り出す。ブラウスは最高級の素材でできていた。財布に入っていたアウレウス金貨は随分減っていた。当初一〇〇枚入っていたはずだが、トルドの宿を出てからすでに結構使っていたのかと気づく。ブラウスを見る限り、RAAZからのような気がするが、確証を抱けない。次に、カードが入っていないか、鞄の中をくまなく探す。
「ん?」
鞄の底に封筒が入っているのを見つけたDYRAは、すぐに手に取り、封を開いた。一通のカードが出てきた。
「な……」
エンボスのカードでも、恐ろしく手触りがよいカードでもない。今まで届いた数々のカードとはまったく違う、黒いカード。中に挟まれた白い紙にメッセージが記載されている。
メッセージは三行。差出人についてわかる情報は何一つも書いていなかった。
(何だこのメッセージは!? 「お前はここへ来るしかない。何が起こるかを見つめていろ。決して手を出すな」だと?)
DYRAは内容に困惑する一方で、わかったこともあった。少なくとも、これの差出人がRAAZではないということだ。もし彼なら、次の行き先を思わせる場所しか書いてこない。時には「行くな」など短い警告メッセージがあったが。それでも、こんな長ったらしい文章を寄越したことはない。何よりRAAZの行動を振り返れば、長文でうだうだ書くくらいなら、サルヴァトーレの姿を使うなりしてでも自ら出向くはずだ。知り得る限り、そういう男だ。
ならば、差出人は誰なのか。
(錬金協会で、RAAZを追い落としたい連中?)
果たしてそうだろうか。よくよく考えてみると、DYRAは錬金協会の反RAAZ派について、具体的な情報をほとんど知らない。首魁が何者かも、RAAZを排除して一体何をしたいのかも。多少なりとも想像できることがあるとすればせいぜい、フランチェスコでの出来事から、マイヨ・アレーシと名乗ったあの人物が積極的にこの件に関わっているとも思えないくらいだ。とても根拠にはなり得ないが、雰囲気が違う、とでも言うのか。
色々聞きたい。だが、都合良く会える偶然が上手いことめぐって来るだろうか。確かにフランチェスコでは、タヌへ再会を約束した上でマイヨは姿を消している。しかし、そのとき次にどこへ行くなどの話はまったく出てこなかった。
ピルロへ来たはいいものの、RAAZ、またはサルヴァトーレに会えるかもわからない。マイヨに会えるかなど、もっとわからない。
(錬金協会の影響下から逃げるためにピルロへ来たというのに)
明日以降、どうしたものか。DYRAが深い溜息を漏らしたときだった。
扉を叩く音が聞こえた。
「──失礼致します。お客様」
扉の向こうから聞こえたのは、男の声だった。
「誰だ?」
DYRAは席を立ち、扉の方へと近寄った。
「──帳場の者です。お届け物でございます」
「誰からだ?」
何事もないように言い返したが、『お届け物』の言葉を聞いた以上、DYRAは内心穏やかではいられなかった。
「──申し訳ございません。お名前などを伺う間もなく、立ち去られまして」
「荷物は何だ?」
「──お鞄でございます。こちらに置いておきますので」
男の声に続いて、遠ざかる足音が扉越しに聞こえる。足音が完全に聞こえなくなったところで、DYRAはそっと扉を開いた。
扉の横に見慣れた白い四角い鞄が置いてあった。DYRAは手を伸ばして鞄を手に取ると、再び扉を閉め、中から施錠する。
DYRAは鞄を居間へと運んだ。次に、トルドにて受け取った鞄からカードと財布を取り出し、その鞄を足下へ置く。その後、今受け取った鞄をテーブルに置いて、開けた。
真っ先に目に入ったのは、封筒だった。差出人は誰なのか。RAAZか。錬金協会の反RAAZ派か。それとも──。DYRAは一秒でも早く確かめたいとばかりに、素早く開封した。
(黒いカード!)
先ほど見たものと同じで、開くと白い紙が入っており、メッセージが書いてある。
(「ようこそ!! 明日君の友だちを連れてきてあげる。鞄を外に出しておけ」だと!?)
文面もだが、行く先々でかなりの確率で届く鞄。まるで、姿見せぬ差出人から、どこにいても監視していると宣言されているか、さもなくば、小馬鹿にされているようだ。苛立ちがこみ上がってくるが、相手が誰かわからないのに、カードに当たるのは愚か者のやることだ。敵意を向けても仕方がない。DYRAは衝動をやり過ごす。
その他、鞄に入っていたのは、例によって最高級素材の肌着類と着替えの服、そしてアウレウス金貨一〇〇枚。
明日になれば、何かわかるかも知れない。これ以上あれこれと考えるのは無意味だ。DYRAは新しい鞄に中身を移し替えた。そしてカードの指示通り、空になった鞄を扉の外へ置いた。
このタイミングで、タヌがバスローブ姿で風呂から上がってきた。
「すごいよ! 温かくて、オマケに石けんも良い匂いで、お風呂も何だか流れているみたいなんだ!」
タヌは無邪気な笑顔で告げた。
「DYRAもゆっくり入るといいよ。その間、ボク、荷物整理とかするから」
「ああ。何なら先に寝てていいぞ」
「ありがとう」
DYRAは時計の針が〇時を指している懐中時計をテーブルに置いた。次に肌着類と着替えを取り出して鞄を閉じると、先ほどの大判タオルを手に、浴室へと向かった。
浴室の扉を潜って、扉を閉じると、長い髪をまとめてから服を脱ぎ、タオルを手に浴槽の方へと向かい、身を沈めた。
「ん?」
今まで入ったどの湯よりも水の質が柔らかい。おまけに冷める感じがまったくしない。とにもかくにも湯が心地良い。
「温かい……」
DYRAはぼんやりと天井を見ると、あることに気づく。
「綺麗だな」
天井の一部がガラスになっており、空が見える。キラキラと小さな輝きが美しい。
「寝てしまいそうだ……」
一方、DYRAが入浴していた頃、タヌは着替えを済ませ、居間のロングソファに座って自分の肩掛け鞄の整理を始めた。
「そう言えば……」
大半の整理を終えたタヌは、パオロで入手したメモ紙を見つめた。
『白』は女だけに懐く
「だいたい、『白』って何だろう?」
懐く、という言葉を使っている以上、動物とか人間とかだろうとタヌは思う。そこで考えつく限りの動物を思い描く。
「白い動物なんて、多すぎるかー」
犬猫とは限らない。鳩かも知れない。馬だっている。考え始めるとキリがなかった。
「DYRA、そろそろお風呂上がってくるかな」
タヌは鞄を閉じて手に取ると、寝室へと移動した。
改訂の上、再掲
080:【PIRLO】二人は宿屋でも新しいものに衝撃を受けまくる2024/12/22 12:04
080:【PIRLO】煌びやかな、発展した街(3)2018/10/15 23:00
CHAPTER 80 マロッタ最悪の1日2017/09/14 23:00