008:【PJACA】朝になり、ボクはDYRAを捜しにいく
前回までの「DYRA」----------
宿屋で出会った夫婦はDYRAに罠を仕掛けていた! だが、それは誰もが思わぬ形で打ち破られる。森に赤い花びらが舞い上がり、DYRAが探し求めていた相手、RAAZが出現したのだ。RAAZは非礼を詫びると共に、DYRAを助けてその場を去った。
DYRAが森で悔しい感情を隠しきれずにいた頃──。
一台の四頭立ての馬車がピアツァの町に繋がる街道をゆっくりと進んでいた。田舎町にはおよそ場違いな豪華な馬車で、四人ないし六人は乗れるだろうキャビンは真っ赤な箱形、金細工まで施されている。窓の一部にカーテンが掛かっているので内部がハッキリと見えないものの、何人かが乗っているのがわかる。一人は赤い外套に身を包んだ銀髪の若い見た目の男で、不機嫌そうに外の景色を見ている。向かい側にははちみつ色の髪の、愛らしい見た目の少年が背筋をしゃんと伸ばして座っており、その隣には若草色のワンピースを着た女が座っていた。彼女は身体を丸めて動く気配を見せない。
「ピアツァ、立ち寄られますか?」
年老いた御者が声を掛けると、赤い外套の男はすぐさま首を横に振った。
「通り過ぎていいです」
少年が御者に答えた。
「御館様。本当によろしいのですか?」
少年が心配そうな顔をして、赤い外套の男に問うた。
「この女に聞きたいことが山ほどある。そっちが先だ」
男は言いながら、少年の隣の女を軽く睨んだ。
「それと。……これ以上余計なことをさせるな。誰にも」
「……かしこまりました」
少年からの返事を聞いた銀髪の男は、窓の外へ視線を向け、通り過ぎていく町を一瞥した。
馬車は町へ繋がる道から側道に入り、迂回するように進んだ。
ピアツァの町はいつもと変わらぬ朝を迎えた。すでに町の中心部では、結構な人数の商人たちが朝市の準備を始めている。
タヌは、宿屋の一室で朝を迎えた。昨晩宿屋で働く女性から渡されたシャツと丈の短いズボンを着て、靴下を履いてから木の靴を履くと、窓を開けて町とその向こう側の様子を眺める。町の外の道を四頭立ての馬車がぐるりと回るように通っていくのが見える。さらに遠く、かつて自分が住んでいた村がある方へも目をやった。
「あれ?」
タヌは不審を露わにした。森の方がまだら模様のように黄色とも茶色ともいえる、枯れたときならではの色になっていた。昨日通ったときは、緑が生い茂っていたはずなのに。
アオオオカミが現れたのだろうか。だが、一頭や二頭のアオオオカミで森を遠目でわかるほど枯れさせるような荒らし方をするとは考えられない。昨日縁あった夫婦のこともだが、それ以上にDYRAが戻ってこないことが心配だった。タヌはシャツの中を覗いて、首に提げている父親の部屋から持ってきた鍵がちゃんとあるのを確かめると、昨晩預かった財布を肩掛け鞄へ入れてから、鞄を手に部屋を飛び出した。
「おはようございます」
声を掛けてきたのは、帳場の年老いた小柄な男だった。昨晩、騒ぎを知らせに来た宿の主だ。
「あ! おはようございます」
宿の主はタヌが下りてきた理由を察すると、先に切り出す。
「まだ、戻っていないんだよ。あのご夫婦も、お連れさんも」
どこか眠そうな声で話す宿の主に、タヌは彼が寝ずの番で、帰り、もしくは知らせを待っていたのだろうと気づいた。しかし、すぐその内容に違和感も抱く。
「え? あれ? あのだんなさんも?」
宿の主が頷く。
「最初は『奥さんが戻ってくるのを待つ』とか言っていたんだが、おたくのお連れさんが出かけてすぐ、『やっぱり捜す』と言って、片手で持てる銃を持って追いかけて行ったよ」
DYRAだけではない。夫婦も揃って戻っていないとは。
「ボク、心配だからちょっと見てこようかと」
「遠出はやめた方がいい。昨日だか一昨日、アオオオカミが隣の村に出たっていう話も流れてきている。その件と併せて昼前に町役場へ相談に行くつもりだ」
アオオオカミが迫っているかも知れない以上、早めの相談や通報は当然だ。このときタヌの中で、DYRAがやっつけているなら、もう一つの可能性を心配するべきかもと思い浮かぶ。
(火事っていうか、村に火をつけられたことは)
喉のところまで言葉が出そうになる。だが、タヌはすぐにそれを呑み込んだ。確たる証拠がない以上、憶測でいたずらに宿の人や町の人の不安を煽ることはない。
「あら。おはようございます」
階段を下りてくる足音と共に聞こえてきたのは、昨日呼び込みをしていた女性の声だった。手には生成り色の封筒。彼女はタヌへ挨拶をした後、すぐに宿の主の前へと行った。
「昨日、手前の部屋にお二人で泊まっていた男性のお客さまがいらっしゃらなくて」
「ええ?」
宿の主が心配そうな声を出すと、女性が封筒を差し出した。
「御代をちゃんと、それも多めに置いていって」
宿の主が封筒を開き、中を確かめる。「お世話になりました」と書かれたメモとアウレウス金貨が一〇枚入っていた。この宿屋の四泊分相当で、倍以上を置いていった計算だ。
「ふむ。前金で受けていたはずだがのぅ」
宿の主にしてみれば、長距離移動をするために明け方前に出て行く客は決して珍しくない。さらに、宿賃を前金でもらっているので特に問題もない。とはいえ、早朝出発する客はたいてい前日に一声掛けていくものだ。珍しいとすれば、前払いしてあるはずの宿賃とは別に、迷惑料よろしく多めに置いていったことだ。宿賃に色をつけて渡し、釣りはいらない、といった気前のいい客は時折現れるものだ。ただ、ここまであからさまに多い金額となると、よほど太っ腹な大富豪でもない限り、裏があるのではと勘ぐりたくもなる。
二人のやりとりを横で聞いていたタヌは、話題の客が誰のことか察しがついた。昨日、食事のときやDYRAが夜遅く外に出るときに声を掛けてきた、あの二人連れの男たちではないか。具体的な職種まではわからないが、旅をしながら働いている感じだった。
「確かに受け取った。お前さんは他のお客さまの朝ご飯を用意しておいてくれ」
「はい」
宿の主から指示を受けた女性は、食堂がある方へ去った。
「すみません。ボク、やっぱり見てきます」
タヌは頭をぺこりと下げると、宿屋の外へ出た。主の言葉が背中の方で聞こえる。
「戻る頃には朝ご飯用意しておくよ。お連れさんとあのご夫婦、戻ってくるといいんだけどね」
タヌは、朝市の準備でバタバタしている町の中心部を足早に駆け抜けると、最初にDYRAと一緒に看板をくぐった町の入口付近へ向かった。
町の入口までたどり着いたとき、黒い外套に身を包み、被りで顔を隠した二人組とすれ違った。一瞬、ふわりと甘いとも硫黄とも言えない匂いが鼻をついた。しかし、DYRAを捜すことばかり考えていたタヌは気にも留めず、そのまま町の外へと出た。
黒い外套姿の二人組が振り返り、走っていくタヌの背中が見えなくなるまで見つめていたことに、タヌは気づく由もなかった。
タヌは宿屋の部屋の窓から見えた、茶色くなりかけた森がある方へと街道を全速で走った。道沿いに見える緑に生い茂った場所が少しずつ、だんだんと色褪せた感じへと変貌していくのがわかる。
「こ、このあたり?」
立ち止まったのは奇しくもDYRAが入っていった獣道にも似たあの場所だった。木や草が完全に枯れているのをじっと見た後、タヌは息を整えてからゆっくりと足を踏み入れる。
森に入ってしばらくすると、腐臭とも酸化した油の臭いとも何とも言えぬ悪臭がタヌの鼻をついた。
(もしかして!)
アオオオカミの死体があるのか。臭いをたどり、森の奥へと進む。それなりに奥の方までたどり着いたとき、我が目を疑う光景がタヌの目に飛び込んだ。
二人組の男の死体だった。両方とも黒い外套に身を包んでいる。傍らには剣とアオオオカミの首が転がっている。死体の臭いに吐き気をもよおしそうになり、タヌは反射的に口元を手で覆った。
(あれ……?)
何かがおかしい。タヌは違和感に気づく。思考がそちらへ向かったせいもあり、いつしか悪臭への不快感が消し飛んでいた。
そう。アオオオカミの首があるのに、首以外の死体が見当たらないのだ。それだけではない。死んだ男たちは一様に黒い外套の膝の高さや、腕でいえば肘のあたりばかりにひどく破れた後があり、そこから血が流れているのが見てとれる。何より、この黒い外套には見覚えがあった。
(あれ? え……? えっ……⁉)
村が焼かれたあの日、DYRAが対峙した男。
先ほど町を出るときすれ違った二人組。
それだけではない。
そういえば、DYRAも黒い外套に身を包んでいた。宿屋に届けられた鞄にも外套が入っていた。ただ、彼女の外套は彼らが着ているものより断然仕立てが良く、金の鎖飾りまでついていた。なので一概に同じと言っていいかはわからない。
タヌの中に、それまで考えたこともなかった発想が芽生える。
(もしかして、村を焼いたの、この人たち?)
いくら何でも黒い外套なんてありふれたものだし、考えすぎだ。事実、村に火をつけた人間がどんな人物だったかちゃんと目撃したわけではない。所詮想像でしかない。タヌは先入観を捨てると、さらに森の奥へと進むべく一歩目を踏み出そうとした。
そのとき、地面に落ちている枯れ葉や枯れ枝の間に挟まっている青いものが目に入った。身を屈めて、枯れ葉の間から拾い上げる。それは、見覚えのある青い花びらだった。
「DYRA?」
すぐさま地面の枯れ葉を払いのけると何枚か青い花びらが出てきた。タヌは一瞬、信じられないと我が目を疑った。これではまるで、DYRAがこの二人を殺したようではないか。
(どういう、こと?)
ここで何が起きたのか。タヌは二つの死体のうち、仰向けで倒れている方に近づくと、周囲を見回して口元を押さえてから、まじまじとそれを見つめた。何かを盗られた気配はまったくない。しかし、一つ目を引くものがあった。剣の柄だ。
(あれ?)
柄の持ち手、柄頭の部分というべきところに、見覚えのある鍵の印が刻印されていた。昨晩出会ったあの夫婦のペンダントに刻まれていたものと同じだった。つまり、村の自分の家から持ち出した鍵ともよく似た、というかほとんど同じだ。
タヌは混乱しながらも歩き出し、森の奥へ歩を進めた。何もかもDYRAに聞くしかない。そのためにもまずは彼女を捜さなければ。タヌは枯れた風景の中を進んだ。
森のさらに奥へと踏み込み、もう一つの死体を見つけるまでに時間は掛からなかった。
「う、う、うわあっ‼」
見知った顔の骸だった。さらに死体のまわりにあるいくつかのものがタヌの目を引く。何枚かの青い花びらの他に、初めて見るものが三つ。一つは握りしめられたペッパーボックス式ピストル。もう一つは、首に刺さったナイフ。最後の一つは顔から首、胸元あたりにかけて散っている大量の赤い花びら。ピストルのことは宿の主から聞いていた。しかし、ナイフはともかく、赤い花びらはまったく初めて見るものだ。
「赤い、花びら?」
DYRAの青い花びらの向こうを張っているようにも見える。死体から比較的離れたところに落ちていた一枚を拾う。鮮血の如き真紅の花びらは、青い花びらと手触りが似ている。瑞々しい上に触り心地がとにかく良い。青い花びらもそうだったが、他の花と比べて肉厚というか、ぺらぺらな感じがない。鼻先に近づけてみると、青い花びらとは似て非なる、これはこれでとても良い香りがした。タヌは花びらを見つめるうち、別のことにも気づく。
(昨日DYRAが捨てていた……)
鞄の中に入っていたカードを思い出す。見たこともない花の絵がエンボスされていたが、花びらがカードのそれと似ている気がする。青い花びらもだが、こちらの方がより似ている。
見たくはないが、もう一度死体に目をやった。首のあたりが血だらけになっていて、赤い花びらもところどころ血で固まっている。その一方で、青い花びらはほとんど落ちていなかった。
DYRAは自身の持つ剣を収めるとき、青い花びらを舞わせていた。そんなことができる存在がこの世に何人もいるとは思えない。入ってくる情報が次々と疑問へ変換される。タヌは、全部残らずDYRAにぶつけたかった。今はとにかく、彼女を捜さなければ。再びあたりを見回して、彼女の姿か、もしくは何か手掛かりになりそうなものがないか探し求める。
(そうだ)
手掛かりは、今まさに目の前にあるではないか。
赤い花びらだ。タヌが来た方向とはまったく違う箇所にところどころ落ちている。その中には少ないものの、青い花びらも紛れて落ちている。DYRAがいるかも知れない。タヌは枯れた森の中を走り出す。
「DYRA‼」
思わず、タヌは声を上げた。
「DYRA! いるなら返事して‼」
そのとき、あるものを見つけたタヌは足を止めた。今いる場所から少し離れたところにある大木の周囲だけ、恐ろしいほど赤い花びらが大量に落ちている。それだけではない。今まで花びらに鼻を近づけたときしかわからなかった香りがハッキリとわかる。タヌはすぐさま大木の方へ向かい、反対側へとまわり込んだ。
「そ……えっ」
目にしたものは、驚くべき、そしてこの世で見たことがないほど美しい光景だった。
枯れた森の一角に、真紅のシーツさながらに敷き詰められた赤い花びら。その上に、眠るように倒れているDYRAの姿があった。
改訂の上、再掲
008:【PJACA】朝になり、ボクはDYRAを捜しにいく2024/07/23 22:20
008:【PJACA】朝になり、ボクはDYRAを捜しにいく2023/01/04 00:36
008:【PJACA】朝になって、誰も帰ってこないからボクは捜しにいく2020/11/17 08:40
008:【PJACA】朝になっても、誰も帰ってこないからボクは捜しにいく2018/09/09 12:02
CHAPTER 10 DYRA捜索2017/01/09 23:00