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079:【PIRLO】マイヨもピルロ入り! 謎の人捜し屋に遭遇する……

前回までの「DYRA」----------

 ピルロの街の入口で、警護を担当している者たちからの荷物検査を受けることになりつつも無事にピルロに入ることができたDYRAとタヌ。彼らは深夜近い時間に着いたにも関わらず、あまりにも明るい光に照らされ、不夜城となっている街に驚いた。

 ちょうど、DYRAとタヌが宿屋を探して歩いていた頃。

 繁華街中心部の一角、談笑する男女の声や音楽があちらこちらから聞こえてくるひときわ華やかな場所に一人の男が現れた。

「あれまぁ。こんな時間まで皆さんお元気なことで」

 男が人の往来が多い通りで、周囲の様子を窺いながら気配を消して歩いていく。時折、青とも金髪ともつかぬ不思議な色の、左耳の下あたりから垂らされた三つ編みを指先でくるくると弄ぶ若い男は、マイヨ・アレーシだ。

「俺はそう長居もできないっていうのに、こんな誘惑ばっかりとはねぇ」

 誰にも聞こえないような小声でそう呟くと、マイヨは音楽が聞こえる酒場へと入った。

「それにしても、タヌ君とDYRAはどこらへんにいるんだか」

 マイヨは、店内で生演奏をするバンドにも、音楽を聴きながら踊る客にも興味を示さず、人目につきにくいカウンター席の一番端の方へと足を運んだ。奥まった場所だからか、他の客の姿はない。

「注文は?」

 長めのカウンターの向こう側にいるバーテンダーたちの中で、マイヨの近くに立つ男が声を掛けて来た。バーテンダーは五人。他の四人は給仕が持ってきたテーブル客からの注文をキビキビと捌いて酒を用意し続けている。マイヨはその様子に、自分へ声を掛けてきたバーテンダーはカウンター客だけを相手にする役だと理解した。

「ヴォトカ」

「え?」

 バーテンダーは何だそれはと言いたげな顔でマイヨを見た。すぐに注文が通じてないと察すると、言い方を変える。

「ジーズナヤ・ヴァダー」

 古い表現で告げると、バーテンダーはにやりと笑みを浮かべ、酒棚からボトルを取り出す。小さなグラスに無色透明な液体を少量注ぎ、テーブルの上を滑らせるように動かして、マイヨの前に届けた。

 マイヨはすぐにアッス銀貨一枚をテーブルに置く。

「兄ちゃん。何だい?」

 酒代より明らかに多い金額が意味することがわからないほど野暮ではないと、バーテンダーはさりげなくアピールしてくる。マイヨはその反応に僅かに口角を上げた。

「この街、周りの街とは随分違うみたいだけど、すごいね」

「だろう」

 バーテンダーはマイヨの話に乗ってきた。と言っても身を乗り出すほどに乗り気、という感じでもない。

「これだけ発展したおかげで、この街は仕事を『作り出せる』。他の街は夜の仕事なんざ限られているが、ピルロは違う。だから、ここ次第で何でもできる」

 バーテンダーは自分の頭を人差し指でトントンと叩きながら、笑って見せた。マイヨは芝居がかった仕草でグラスのヴォトカを一気に飲むと、空のグラスを軽くかざす。バーテンダーはすぐに二杯目を用意し、マイヨの前に出した。

「へぇー。そういうもんなんだ」

「そういうもんよ?」

 少しだけ目を丸くするマイヨに、バーテンダーは白い歯を見せて笑った。

「兄ちゃんもしばらく街にいて、見て回るといい。きっと、気に入るってことよ」

「そっか。けど、俺、人を捜しているんだよね。街から街へ人捜しさ」

 マイヨの言葉に、バーテンダーの目がキラッと輝きを放つ。

「おお? 人捜しなら百発百中って奴を知っているぞ?」

「いいね、そんなすごい人がいるんだ? それってさぁ、街の外でも捜せるのかなぁ?」

「任せろ。そいつぁ裏の人間だ。すげぇぜ? 名前とか言わなくても一瞬で見つける」

「本当に? その人ってどこにいるの?」

 マイヨはアウレウス金貨を三枚、そっとテーブルの上に置いた。受け取ったバーテンダーは、マイヨに耳を貸せとジェスチャーをしてみせる。

「ん?」

 マイヨが顔を近づけると、バーテンダーは耳打ちし、その場所を告げる。

「ありがとう。本当にすごいね。この街」

 そう言ってから「それじゃ」とでも言いたげに片手を軽く上げ、マイヨはカウンターから離れ、店を出た。

 再び喧騒の中へと入っていったときだった。

「お兄さんカッコイイ!」

「ねぇ。私たちと遊んでいかない?」

 マイヨの端麗な容姿に目を留めた、派手な見た目の女性たちが砂糖に群がるアリのように次々と近づいてくる。

「ありがとう。でも、今日は迷子になった弟を捜しているんだ。ごめんね」

 マイヨは笑顔で女たちをあしらいながら、雑踏の中へと姿を消し、夜の街を、教えられた場所へ向かって歩いていった。街灯の光と人々の流れを眺めつつ、DYRAやタヌの行きそうな場所がどこかなどを考えながら。

 RAAZが連れ去ったのでなければ、どこか離れた別の街へ移動しているだろう。現状とあの成り行きを考えれば、彼らはあまり目立った行動を取りたくはないはず。それ故に、錬金協会の目が極力届かない場所を選ぶはずだ。そう信じて。

「……明るい街だからこそ、闇はそれだけ深い、か」

 口元に歪んだ笑みを浮かべながら、マイヨは喧騒から離れる。そして、闇へ吸い込まれるように同じ街とは思えぬ光届かぬ方へと足を踏み入れた。

 周囲を警戒しながら歩くうち、弱々しい灯りがいくつか見えてくる。そこは今にも倒れてしまいそうな掘っ立て小屋がいくつも並んだ区画だった。貧民窟とでも言うべきか。繁栄を謳っている街ならば、外から来る人々へは絶対に見せたくない場所だ。その中にある建物の一つへ、マイヨはゆっくりと近づいた。

 近づくにつれ、殴打音と、怒声が聞こえてくる。

「──そ、そんなっ! 金貨三〇〇〇枚なんて! ぼったくりだ!」

「──な、何だと!」

「──おい! 身ぐるみ剥いじまえ!」

「──水路に放り込んでおけ!」

 耳に飛び込んでくる物騒なやりとりに、マイヨは面倒を起こしてはいけないと理解しつつ、カネをふっかけられたらどうしたものかと苦笑を漏らした。

「確か、聞いた場所はこのあたりだったはずだ」

 マイヨは、入口に小さなランタンが掛かった、掘っ立て小屋の扉の前へ立つ。扉を開こうと取っ手へ手を伸ばすが、すぐに思い留まり、引っ込める。先ほどの怒声や殴打音はちょうど、この近くから聞こえていたはずだ。対応を間違えればいきなり敵地になるかも知れないのだ。過剰な警戒をするくらいでちょうど良い。おもむろに上着の懐から鉄扇を取り出すと、それを手に、鉄扇の先端で扉を軽く叩いた。

「──あいよ」

 しわがれた声が聞こえた。

「開けて、入って良いのかな?」

「──開けなくていい」

 声には貫禄にも似た鋭い響きが籠もっていた。マイヨは従っておこうと判断した。

「──何の用だ?」

「人を捜している。ここに来れば、誰でも捜し出せると言われた」

「──ああ。捜せる。それで、どんなヤツを捜しているんだ?」

 そんな頼みごとなどわけないとでも言わんばかりの、自信にあふれた声が尋ねてきた。

「若い女と、連れの少年。女の方に特徴がある」

「──どんなだ?」

「藍色のような長い髪。サファイア色にも見える。それから金色の瞳。すごい美人で背も高い」

 マイヨがここまで言ったときだった。

「──ピルロにいるよ。中心街からちょっと外れた宿屋街のあたりだ」

 相手が自信に満ちた声でハッキリと言い切ったことにマイヨは驚くと、短い口笛を吹いた。さらに扉の向こうの人物が告げる。

「──連れの少年はその女より背が低くて、茶色の髪。彼らはこの街の南から来た。違うか?」

 聞いた瞬間、マイヨはこの扉の向こうにいる人捜し屋の正体を知りたい好奇心に駆られた。それでも自制する。瞬時に別の気配を察知したからだ。それはピリピリと肌に刺さるようなものだった。警戒心を隠さぬ、それどころか殺気だった空気をまとった複数の気配が、いつの間にか自分を取り巻いている。先ほど物騒なやりとりをしていた連中かも知れない。今は起こさなくていい面倒を起こす必要はない。

「いや。感服したよ。いくら払えば良い?」

 マイヨは鉄扇をいつでも使えるようにさりげなく構えながら尋ねた。

「──いらん。早く行け。捜している二人組に会いたいならな」

 早々に立ち去れと言いたげだ。あからさまに嫌そうな響きの声に、マイヨは自分の仕草などがどこかから誰かに見られているのではないかと、改めて身構える。

「そりゃどうも。それじゃ、今日はその厚意に素直に甘えさせてもらうよ」

 マイヨはそう言いながら、扉の脇にある小さな配達受けを見つけると、そこへそっとアウレウス金貨五枚を入れた。そして、視線を離さぬよう、後ずさりするようにゆっくりと扉から離れる。中から扉が開き、誰か顔を出すかとしばしの間見つめるが、そんな様子はない。それどころか、その間、それまでとは比べものにならない、殺意のビームにも似た視線を浴びているような気になってくる。長居は無用だ。マイヨは扉に背を向け、来た道を逆へと歩いた。明るい繁華街へ戻るまで、ピリピリした視線が背中を容赦なく刺し続けた。

「──油断も隙も、互いになし、か……」

 掘っ立て小屋の陰から人影が姿を見せる。背の高い、大柄な男だ。

「自分たちが『特別な存在だから、今この瞬間、時間を越えてここにいる』。……その認識こそ、『特別』故の最大の過ちなんだがね。それとも何か? 『特別』だという選民思想に溺れて耄碌でもしたか?」

 少しの間、マイヨの背中を見つめ、男は笑みを洩らす。

「次にアレがここに来るようなことがあったら……半殺しにしようが身ぐるみ剥ごうが、一向に構わないよ」

 人影の男は言うだけ言うと、その場の空気に溶け込むようにその場から姿を消した。


 暗い裏の世界から明るい煌びやかな夜の街へと戻ったマイヨは、気持ち早足で宿屋街がある方へと移動した。ほどなくして小さな宿屋を見つけると、そこへ逗留することに決めた。

 手続きを済ませると、部屋へ入り、中から施錠を済ませる。マイヨは安堵したとばかりに深い息を吐くと、そのままベッドに倒れ込んだ。幸い、窓のカーテンは閉じられており、外の燦めく光が部屋に入ることはない。

「あの人捜し屋。何がどうなっているんだ?」

 DYRAとタヌが今、ピルロにいるとどうして断言できたのか。天井を見つめながら、人捜し屋とのやりとりを思い返す。

 そもそもあの人捜し屋は一体何者なのか。錬金協会、もとい、RAAZ側の人間なら自分へ情報を教えるはずがない。この時点でRAAZの手の者という選択肢は消える。では協会内で、自分の生体端末に協力的な一派がこの街にネットワークを張りめぐらせているのか。

 否。この街を仕切る大公家が錬金協会を嫌っていることもあり、情報が外に漏れにくいことは、RAAZの動向調査を密かに行い始めてからかなり早い段階で把握していた。それ故、マイヨは以前より密かに、この街については別の方法で情報収集する手段を作っていた。仮に、自分に協力的な人間がこの街にいるなら、自身で講じた別の方法と連携させることだってできたはずだ。しかし、それができない時点でそうではない。

 ここまでの考えをまとめると、マイヨは疲れたとでも言いたげに、息を吐いた。

(情報も、そろそろ回収しないと。……明日あたり会えるといいな。あのDYRA……)

 DYRAは今、どのあたりにいるのだろうか。この近くの宿屋のどれかにいるのだろうか。マイヨはそんなことを考えながら、眠りに落ちた。


改訂の上、再掲

079:【PIRLO】マイヨもピルロ入り! 謎の人捜し屋に遭遇する……2024/12/22 12:00

079:【PIRLO】煌びやかな、発展した街(2)2018/10/11 22:32

CHAPTER 79 踊らせる者の、忠告2017/09/11 23:00

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