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078:【PIRLO】二人は煌びやかな、発展した街へ

前回までの「DYRA」----------

 乗り継ぎ場所に着いたDYRAとタヌは、ここで出会った青年から、ピルロについていくつか興味深い情報を得ていた。そして馬車御者もまた、ピルロという街についての情報をふたりにもたらしていった。若い市長が仕切っている街だ、と。

 馬車がピルロへ向かう大きな橋を渡っていくに連れ、煌びやかだった輝きが乗合馬車の中から見えなくなっていった。

「あれ? 真っ暗」

 門を潜るだけならこんなに長い間真っ暗になってしまうだろうか。タヌはDYRAと御者の背中とを交互に見ながら呟いた。

「なるほど。遠くからは見えて、近くで見えない。川を境に、高い壁で覆っているんだろう」

 川沿いに高く厚い壁を設置し、中を見えにくくしているのではないか。乗合馬車が橋を渡っていく音を聞きながらDYRAは言った。

「お嬢ちゃん。わかっているじゃねぇか」

 振り向くこともなく、御者が告げる。

「壁が高いのは、錬金協会の連中がこっそり入ってこないようにするためだ」

 御者の言葉を聞きながらDYRAとタヌは、ピルロの人間は錬金協会に何を見られたくないのか、何を知られたくないのかとそれぞれ考える。

 移動する馬車の車輪の音から、橋を渡り終わり、隧道らしきところを潜っているのだと二人は何となく察する。

 ここで馬車が停まった。外は真っ暗だ。何かあったのだろうか。タヌは心細くなる。

「御者さん。どう……」

 DYRAは足音を耳にすると、御者に声を掛けようとするタヌの肩を強く掴んで、そのまま着席させた。

「え?」

 戸惑いの声を出すタヌに、DYRAは小さく耳打ちする。

「静かに。そっとやり過ごすんだ」

 DYRAがタヌに告げ終えたのと同じタイミングで、それぞれランタンを手にした二人の男が乗合馬車の中を覗き見る。彼らはピルロの入口に立っている警備役だろうか。照らし出された顔はそれぞれ、一人は若く、もう一人は白髪交じりの髭男だ。

「旅行客か」

 二人の男がDYRAとタヌを見るなり、声を掛けてきた。

「え、ええ」

 DYRAがぎこちない声で答えた。いつもなら、「ああ」とか「そうだ」とか無愛想に答えそうな場面なのにとタヌは訝る。それでも、どうして彼女がそんな答え方をしたのか、すぐに理解した。二人の男が乗合馬車に乗り込んで来たからだ。

「危険物がないか確認する。鞄を見せろ」

 タヌが物々しい雰囲気に戸惑いながらも鞄を開ける。DYRAは何も答えずに自分の膝の上で白い四角い鞄を開けて、二人の男に中身を見せた。

「す、すまない。そっちは閉じて良い」

 いきなり女性用の肌着類を見てしまったからか、若い男はとっさにDYRAへそう告げた。

 その一方、白髪交じりの男がタヌの鞄の中身を確認する。中に肌着類と地図程度しか入っていないとわかると、男は「もういいよ」と告げた。

「お姉さんと旅行かい」

「あ、はい」

「ピルロはすごい街だ。楽しんでいきなさい」

 二人の男たちは乗合馬車から降りると、御者に、通っていいと身振り手振りで合図をした。DYRAとタヌを乗せた馬車は真っ暗な隧道を再び進み出した。

「な、何か、最初と最後で随分態度が違ったね」

 タヌは先ほどの男たちについて、率直な感想をDYRAに言った。

「ああ」

 いつも通りの口振りに戻ったDYRAの返事に、タヌは安堵する。

「荷物検査をしていたが、実際のところ、怪しい奴かどうかのチェックだろうな」

 鞄を見るのは名目で、実際は錬金協会の人間かどうか見極めることが目的だったのではないか。DYRAはそう考える。荷物検査の反応などで疑うことにしているのではないか、と。

「じゃ、ボクたちは大丈夫だったってこと?」

「お前についてはそうだろう」

 DYRAはここで、何かを思い出すと、表情を僅かに硬くし、小声で耳打ちする。

「タヌ。お前、父親のあの『鍵』、見つかると面倒になるぞ?」

 DYRAからの指摘に、タヌはハッとすると、二度三度頷いた。

(そうだ! あれは)

 錬金協会のマークと同じ意匠だ。DYRAの言う通りで、ピルロで見つかってしまえばいいことなど何もない。タヌはどうやって隠そうかと考える。外して鞄の中に入れるなど論外だ。取り敢えず、チョーカーの紐の留め金に、長さを調整する部分があったので長めにして、見つかりにくいようにしておこうと、タヌは両手を自らのうなじのあたりへと回した。

 タヌの様子を見ながら、DYRAもこれからのことを考える。少なくともタヌは現時点で問題ないだろう。しかし、自分はどちらとも言えない。ラ・モルテと蔑まれている存在だと知られてしまえば最後、タダで済むとは思えない。

(泳がされているかも知れない、か)

 錬金協会も、泳がせる手口で自分を追っていた。このピルロという場所も、怪しい存在に対していきなり飛び掛かるのではなく、同じようにつけ回してくるのではないか。DYRAは本能的に危険を察知する。

 そのとき、それまで薄暗かった乗合馬車の中に突然、眩いばかりの光が差し込んできた。

「え?」

 光に驚いたタヌはあたりをきょろきょろ見回す。それから、視界に飛び込んできた景色を指差した。

「DYRA、あれ! 見てっ!」

「何だ」

 DYRAもタヌが見ているものの方へ目をやった。そしてすぐさま、懐中時計で時間を確かめる。しかし、DYRAが思ったことを口にするより早く、御者の声が響く。

「お客さん。ピルロに着いたよ。終点だ」

 二人は、御者の言葉を合図に乗合馬車を降りた。馬車は荷物検査が行われた隧道をくぐり抜けてすぐそばにあった馬留の脇に停まった。

 街へ入るとき、さながら光の中へと入っていくようだなどとタヌは思う。

「うわああ……」

「何だ、ここは」

 タヌは街をぐるりと見回してから声を上げた。DYRAも、今見ている光景に僅かではあるものの感嘆の声を漏らす。

「すごい!」

 タヌは、今までたどり着いたとき以上に大きな声を上げた。今まで、ピアツァ、ペッレ、フランチェスコ、どこへ着いたときもだいたい陽が落ちる頃で、そのたびに、夜なのに明るいことに驚いた。しかし、今度の明るさはフランチェスコの中心街すら霞んでしまうほどだ。夜なのに、真昼のように街が明るい。街のそこかしこに、先ほどパオロで見かけたような背が高い街灯が設置されており、街をくまなく照らしている。

 DYRAもまた、懐中時計で見た時間と、明るさとのギャップに内心、戸惑った。

(まるで、眠らない街だ)

 まさに不夜城だ。フランチェスコのときよりも大勢の人々が出歩いている。

(こんなに明るくて、人は眠れるのか?)

 中心街であることを差し引いてもなお、人が夜眠るにはまったく相応しくない明るさに、DYRAとタヌはそれぞれあれこれと思いをめぐらせる。それでも、いつまでも見とれるばかりではいられない。

「タヌ」

「うん」

「取り敢えず、宿屋を探そう」

「あ、そ、そうだね」

 DYRAに促され、タヌは歩き始めた。これまでの街も確かに夜、人通りが多かった。しかし、今回ほどぶつからないように気をつける必要があるのは初めてだ。タヌは注意深くあたりを見ながら歩く。

 街の景色もとにかく煌びやかだった。酒場や食堂を始め、とにかく飲食系の店が多い。通り行く人々の服装や持ち物を見るに、経済的に豊かな層もいれば、それなりの層もいる。

(中心街の、繁華街だったか)

 DYRAは店の看板をいくつか見て、腑に落ちた。

(さしてカネを持っていない人間でも、この界隈で酒を飲んで楽しく過ごせる、か)

 庶民が気軽に飲食に入れる店も多いに違いないと、DYRAは理解する。と、店の前で女が酔客を笑顔で送り出している光景だった。

 店の前で女が酔客を笑顔で送り出している光景だった。女は店の従業員というには服装と化粧がとても派手だ。

(女と飲む店、か)

 DYRAは今通っている道がどんな場所にあたるのか、何となく把握する。いわゆる歓楽街──女という商品をダシに男が酒を飲んだり欲望を発散させる場所──だと。DYRAはほんの少し不快感を抱くが、酔客と接する女性に対し、取り立てて同情や共感を抱くことはない。

(生きていくためだろうが、面白いものじゃないな)

 しばらく歩いて、喧騒が遠くになりつつあったときだった。

「お困りですかー」

 突然、二人は声を掛けられた。

「え?」

 タヌが足を止め、DYRAもつられるように止めた。

 声を掛けてきたのは小さな店の前に立つ若い青年だった。入口には『観光案内所 無料です』と書かれている。

 DYRAは青年の職業を理解し、早速声を掛ける。

「宿屋を探している。静かな場所がいい」

 青年は、DYRAを値踏みする目で見てから、「どうぞ」と言って店の中へ案内した。店内にはカウンターが一つあり、向こう側には地図やら案内板やらがたくさん掛けられている。青年がカウンターテーブルの下を潜って反対側から顔を出し、DYRAとタヌに向かい合った。

「ご予算、おいくらくらいですか?」

「静かで快適なら、気にしない」

 予算制限がないとわかると、青年は安心したようにカウンターの下の方から数枚の紙を取り出し、そのうちの一枚を広げた。地図だった。この辺や近隣の地図なのだろう。

「市内地図は差し上げますので、ご安心下さい」

「ああ」

「今いるのは、繁華街のこの辺です。静かでちゃんと眠れる宿屋街ですと、ここからもう少し先に歩いたところにございます。入口に赤い帽子を被った案内人が二人立っている宿屋があって、そこが静かですし、部屋も広いです。その斜め向かいにある緑の服の案内人が立っている宿屋も評判がいいですよ」

「そうか。すまない」

 DYRAは礼を言った。

「そうだ。宿屋に泊まるときは、『レオの紹介』って言って下さいね。宿代、少し安くなりますので!」

「レオ、さん?」

「はい」

 タヌの問いにレオという名の青年は笑顔で答えた。

「ぼくは旅でピルロに来た人たちに街の案内をやっています。宿屋さんやお食事処はもちろん、困ったことや聞きたいことがあったら、またいつでも来て下さい。この街のことは色々知っているつもりです」

「わかった。そうさせてもらう。世話になった」

 DYRAはそう言って、軽く会釈をしてから踵を返した。タヌもレオへぺこりと頭を下げると、地図を手に店を出た。

 二人はレオの案内通りに歩くと、ほどなく宿屋がある区画に着いた。

「なるほど」

 こぢんまりした宿屋からそれなりに高級そうな場所まで、いくつか建っており、「予算に応じてどうぞ」という空気が伝わってくる。

「あれじゃない?」

 タヌが指差したのは、比較的大きめな建物だった。

「だろうな」

 入口に、赤い帽子を被った制服姿の青年が二人立っている。

「行ってみよう」

 二人は気持ち、早足で歩いた。

 そんな二人を、案内所から少し距離を取りながら後をつけては、物陰から見つめる背の高い人物が一人いた。しかし、二人は小間使いのような格好をしたその人物に気づかなかった。青とも金色ともつかぬ色の髪をまとめてアップにしているその人物は、二人が宿屋を決めたところまで見届けると、その場からそっと立ち去った。


改訂の上、再掲

078:【PIRLO】二人は煌びやかな、発展した街へ2024/12/22 11:58

078:【PIRLO】煌びやかな、発展した街(1)2018/10/08 22:32

CHAPTER 78 忘れ去られた存在2017/09/07 23:00

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