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076:【?????】道中で、二人は謎のメモを手に入れる?

前回までの「DYRA」----------

 DYRAの体調もすっかり回復し、二人はお世話になっ宿屋を後にすると、改めてピルロへと向かい始めるが……

 昼前にトルドの宿屋を後にしたDYRAとタヌは、北への道を歩き始めていた。

「DYRA。身体はもう、本当にいいの?」

「何度も聞くな」

「ゴメン。でも、よかった」

 DYRAの顔を見ながら、タヌはもう一つ、安心する。彼女の表情が初めて会ったときと比べて、心なしか柔らかい。表情がある、とまでは言えないものの、以前は当たり前のように感じていた、警戒心にも似た硬さが僅かながらも和らいでいる。

「これから、どこへ行くの?」

「ペッレを出るとき、言った通りの場所だ」

 タヌの方を見ながら、DYRAは告げた。

「じゃ! ……あ……」

 DYRAの言葉から、行く先がピルロだとわかったタヌは笑みを漏らした。しかし、一転、すぐさま表情を曇らせる。

「どうした?」

 DYRAが疑問をぶつける。

 タヌはサルヴァトーレのことを思い出す。


「シニョーラの服は、ピルロでお渡しすることにしよう」


 ペッレでの別れ際、サルヴァトーレはそう告げていた。実際は、フランチェスコから逃げた後メレトで再会した。しかし、その後手配された馬車が爆発して以来、彼の行方は未だにわからないままだ。

 タヌはメレトで再会したとき以来、ある疑惑を抱いていた。DYRAは否定していたが、サルヴァトーレこそRAAZなのではないか、と。もちろん、確たる証拠などどこにもない。根拠を無理矢理でも挙げろと言われたらただ一つ、同じ匂いがしたことだけだ。

 サルヴァトーレがRAAZなら、彼は間違いなく生きているし、何も心配することはない。しかし、DYRAの言う通り、違うなら──。

「ピルロって、うん。サルヴァトーレさんのことを」

 タヌは心配そうにDYRAに告げた。半分以上は本心からの心配だが、幾ばくかの気持ちは違った。DYRAの答え如何で「サルヴァトーレ=RAAZ説」が本当か否か、少しなりともわかるのではないか。そんな思惑がまったくないとは言えない。

「さぁな。生きていれば会えるし、そうでなければ会えない。それだけのことだ」

 DYRAはいつもと変わらぬ素っ気ない口調で返した。

 自分の心の底をDYRAに見透かされてしまったのだろうか。タヌは溜息にも似た深い息を漏らす。

「私たちは、『あの男の死体を見ていない』。あそこになかったと考えるのが妥当だ。なら、生きている確率は少なくともお前の母親など比べものにならないほど高いだろう」

 DYRAの言葉に、タヌは自分の心のうちを見抜かれたわけではなかったと少しホッとした。同時に、母の話が出たことで意気消沈する。

「タヌ。サルヴァトーレより、母親のこと」

 DYRAの指摘はその通りだった。あのとき死んだ美女は確かに母親だった。しかし、あまりの容姿の変わりように、どこかピンとこない。

「悲しくないのか?」

 DYRAの口からそんな言葉が出るとは。タヌは驚きつつも、やはり彼女の心はほんの少しずつではあっても、柔らかくなり始めているのだと改めて思う。

「うん……」

 少しの間、DYRAはタヌをじっと見る。タヌはこのとき、彼女が心から自分を心配してくれていることに感謝した。

「泣きたいなら、泣いてもいい」

 DYRAは足を止めることなく、そう告げた。

「だ、大丈夫。ボクもその、DYRAにいっぱい気を遣わせちゃって、ゴメン」

 このときタヌは、宿屋で彼女から体調のことを「何度も聞くな」と返されたときのことを思い出した。あのときそう告げた彼女は、今の自分と同じ気持ちだったのかも知れない。

 二人はしばらく歩き続けるが、辻馬車が通ることはなかった。

「乗合馬車を待った方が良いか」

「そうだね」

 辻馬車が来ないならと、二人は乗合馬車の停留所まで歩くことにした。それまでに運良く辻馬車が来ればそれに越したことはない。来ないなら乗合馬車に乗れば良いだけのことだ。


 どれくらい歩き続けただろう。随分長く歩いた気がする。

 DYRAが懐中時計を取り出すと、時間を確かめた。

 時計の針は四時を指していた。出かけたのは昼前だったはずだ。

「DYRA!」

 タヌは視界の先にあるものを指差しながら声を上げた。それは、乗合馬車の停留所を示す看板だった。

「随分、歩いたよね」

「こんな時間まで歩き続けたのに、乗合馬車も辻馬車も通らなかったのか」

 タヌは、DYRAの言葉を聞くと、あれこれ想像をする。フランチェスコの街の西側は意図したものではなかったが、DYRAの能力で朽ち果ててしまった。でもそれだけで乗合馬車すら来なくなるのだろうか。もし本当に街をそこまで致命的な状態にしたのなら、フランチェスコを出たすぐ後、ああも都合良く馬車で移動していた者に遭遇できたこと自体がおかしいではないか。それとも、あの宿屋のおじいさんが『通ってはいけない』などのお達しを無視していたとでも言うのだろうか。

「何でだろう」

 DYRAもまた、足を止めることこそないものの、難しい表情を浮かべた。

 ようやくたどり着いた乗合馬車の停留所で、二人は時刻表に目を通す。ここで、DYRAは懐中時計で時間を照らし合わせて気づく。タヌも時計を覗き込んだ。

(えっ! 宿屋を出てからここに着くまでの間に、乗合馬車が二度通っているはずだったってこと!?)

 来るはずの乗合馬車が来ない。そんなことがあるのか。辻馬車が来なかったことも含め、そもそも馬車が通っていない、通らないなら、それが噂になって、宿屋の主の耳にも入るだろうし、そうなら宿泊客だった自分たちにも伝えるはずだ。だが、タヌの中で浮かび上がった不審は、蹄の音が聞こえてきた瞬間、頭からも心からもすっと消え去った。

「あっ! DYRA! 来たよ!」

 乗合馬車が近づいてきて停留所の前に停まった。DYRAとタヌは早速乗り込んだ。

「道の駅パオロ経由で、ピルロへ行くよ」

「頼む」

 DYRAは財布からアウレウス金貨一〇枚を出すと、御者に渡した。それなりの距離の移動であることや二人分であることなどを差し引いても、相場の数倍の金額だ。

「へ……へい! よ、喜んで!」

 DYRAとタヌが着席すると、乗合馬車はゆっくりと走り出した。

 客は二人の他、被りのついた黒い外套で顔や体型を隠した、小柄な人物が一人。その人物は手紙か何かを読んでいるのか、二人が乗り込んだことを気にする様子はなかった。タヌは一瞬だけ、この人物が錬金協会の人間ではないかと疑う。DYRAも同じことを考えていたのか、警戒する雰囲気が伝わった。




 DYRAとタヌが乗った馬車がパオロに着いたのは、空がアメジスト色のカーテンを下ろし始めた頃だった。

「道の駅パオロに到着ー。馬を交換するからその間、休憩がてら降りていいよ」

 御者が告げると、二人は乗合馬車から降りた。

「うわ!」

 タヌは驚きの声を上げた。以前、乗合馬車の乗り継ぎ場所として立ち寄ったファビオは待合小屋があるだけだったが、パオロは馬の交換所、ランタン用油の販売所、そして客の休憩所まで完備されているではないか。それだけではない。

「DYRA、見て! 何これ!?」

 続いてDYRAが降りる。

「何だ」

 DYRAも目にした光景に少しだけ驚き、戸惑う。空がすっかり暗くなっているのに、この場所だけが昼ではないかと見まごうほど明るい。

(まるで、商業地区みたいだ)

 DYRAとタヌが乗合馬車を降りて少し経つと、御者が馬の交換を始めた。

 タヌが休憩所の裏手にある手洗所で用足しを済ませ、手を洗って外へ出たときだった。

「──おらー!」

「──待ちやがれ!」

 少し離れたところにある、厩舎の裏手から怒声と、続いて鈍い音とが聞こえてくる。

「何だろ?」

 DYRAと合流したタヌは、互いの顔を見てから、声や音のした方に目を向ける。何度も鈍い音がし、それに混じって呻くような声も聞こえる。

 二人は様子を見に行こうと目で合図をすると、厩舎の方へと走り出した。ちょうど厩舎のところで、先ほど乗合馬車で一緒だった小柄な人物が辻馬車を用立ててほしいと話している場面が目に入る。けれども、今はそちらへ気を回す余裕がなかった。先ほどから聞こえる怒声や殴るか蹴るかしている音がよりハッキリと聞こえてきたからだ。

 厩舎の裏手から三人の男が姿を見せる。一人はひょろがりな体型をした、見るからに弱そうな若い男で、二人組は彼とあまりにも対照的な屈強そうな男たちだ。二人の、丸太のような二の腕には相手を威嚇するような彫り物が施されている。

 DYRAは状況を把握すると、すぐに声を出した。

「おい止めろ! 人を呼ぶぞっ」

 二人組の男がひょろがり男への暴行を止めると、DYRAとタヌが立っている方を見る。

「まずい!」

 二人組のうちの一人がDYRAがいる方を睨む。DYRAはいつでも応戦できるよう身構えた。

「アニキ! まずい奴だ!!」

 もう一人がそう告げると、意味するものに気づいたのか、最初の一人もハッとした。

「ずらかれ!」

 二人組はその場から一目散に逃げ出すと、道の駅の裏手に広がる闇に包まれたような暗い森へと姿を消した。

 タヌがすぐにひょろがり男の側へと駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

「う……あ……」

 激しい暴行を受けた際に、殴られどころが悪かったのか、すでに男は虫の息だった。

「こ……れ……」

 震える手でタヌへ一枚のメモを差し出す。

「読ん……で……く……」

 タヌがメモを広げ、DYRAにも見せる。

「何だ?」


『白』は女だけに懐く


 読み上げたメモに書かれていたのは、これだけだった。

「どういう意味だ? 『白』は女だけに懐く、だと?」

 DYRAが問うたとき、ひょろがり男の視線は二人の肩越しに、別のどこかを見ているようだった。DYRAはそれに気づくと、すぐに振り返る。ちょうど、二人のすぐ後ろを、先ほど乗合馬車で一緒にいた黒い外套に身を包んだ人物がそっと通り過ぎていく。

「あれ、一緒に乗っていた……って! お兄さん!?」

 本当に一瞬、二人が振り返ったとき、ひょろがり男はそのまま事切れた。タヌの声で気づいたDYRAは喉まで出掛かった言葉を発するのを止めると、タヌを制し、小さく首を横に振った。

「今、面倒に巻き込まれるわけにはいかない」

 耳打ちするような小声でDYRAはタヌへ告げた。

「で、でもっ」

 声を発さずに、タヌは口だけ動かす。

「お前は父親を捜すんだろう? こんなところで自警団なんか呼んで、錬金協会の奴らがきてみろ。下手をしたら何日も足止めを喰らうぞ?」

 DYRAはそう言って、タヌにすぐにこの場から離れるよう促した。

 厩舎から離れると、二人は口を開く。

「ねぇ。DYRA。さっきの、あの、いなくなっちゃった方の人だけど」

「ああ」

「ここからってさ、戻るか、ピルロへ行くしかないよね?」

「そうだ。だが、あの黒い奴はわざわざここから別に用立てた馬車で移動した」

「どうしてだろう?」

「あらかじめ、道の駅へ事前連絡をして予約をしていたんだろうが、それとは別に、引っ掛かることがある」

「うん」

「あの黒ずくめ、気配を消して私たちの後ろにいた」

「ボク、全然気がつかなかった」

「殺意がなかったから良かったがな」

 殺意があれば気づける。だが、それもなかった。DYRAはあれが一体どういった人物なのか、少ない情報から考える。

「もしかして……」

「え? 何かわかったの?」

「確証はないがな」

 馬の交換作業が続く馬車の方へと戻りながら二人は話す。

「男は紙をお前に渡した上で『読んでくれ』と言った」

「うん……あっ!」

 タヌは直前の出来事を思い出すと、手に持ったままのメモに目をやってから、口を一瞬だけ大きく開けた。それを見たDYRAは、タヌの察しの良さに感心する。

「ああ、そういうことだ」

「最初から、ボクらの後ろにいた黒ずくめの人に『伝えたかった』んだ」

「理由はわからないが、その可能性は高かっただろうな。あくまで想像だが、あのひょうろがりを痛め付けていたのは、そのメモの内容が漏れるのを嫌がった、そう考えるのが妥当かも」

「でもDYRA。白は女だけに懐く? って何?」

「さぁな。内容はさっぱりだ」

 煌々と明るい場所へ戻ったところで、二人は道の駅で働く若者が長い棒を手に、休憩所の外にあるいくつかの街灯に火を点けて回る様子に目を留めると、足を止めた。

「ああやって、点けるのか」

 背の高い街灯の根元から飛び出している細い筒を、すぐそばに置いてある分厚い樽に差し込む。その後、長い棒を使ってランタン型の街灯に火を灯す。大まかな流れはそんなところだ。

「だが、油はどうやって……?」

 聞いてみたいとDYRAは思ったが、質問を控える。仕事の邪魔をしてはいけない。若い男は慣れているからか、作業が早かった。

 タヌは改めて道の駅の景色を意識して見る。乗り継ぎ場所のあちこちにあるいくつもの街灯が煌々と周囲を照らす。その明るさたるや、初めてフランチェスコに入ったときに見た、夜の街中さながらだ。

「ここ、こんなに明るくしている。周りは何にもないのに。こんなのすごい目立つし、山賊とか、まして、アオオオカミとか来たらどうするんだろう、って」

 タヌの呟きに、DYRAは言われてみればなどと思ったときだった。

「来やしないよ」

 会話に割りこんできたのは、先ほどまで街灯に火を点けて回っていた若い男だった。

「どうして?」

「アオオオカミだって、いきなりこの明るさじゃ、ね」

 明るい場所ならアオオオカミは来ない、そう言い切れるのか。DYRAの中で浮かんだ率直な疑問だった。少なくとも、DYRAの知る限り、アオオオカミの行動は光で左右されることはない。そうでないなら、夕暮れ近くの時間にレアリ村を襲ったことや、真っ昼間にペッレに現れたことに説明がつかない。

「知らないの?」

 若い男がDYRAに声を掛ける。

「アオオオカミは陽が昇る直前、地平線に光が見えた頃あたりまでしか暴れない」

「お前。何も知らないんだな」

 DYRAの言葉に、若い男はクスッと笑う。

「ピルロで研究結果として報告され始めているんだ。それで、ここはその結果に基づいて、こうやって煌々と照らしているんだ」

「レアリやペッレでは、陽が落ちていない時間にアオオオカミが襲撃をしているぞ?」

 DYRAの言葉に、若い男がその質問を予想していたと言いたげな顔をする。

「つい最近のあれだろ? それは『ラ・モルテが現れたから』ってのが世間様の見立てだけど、とにかく何か特別な理由があるはずさ。その辺は多分、ピルロの学術機関でも調べているはずだよ」

「学術機関?」

 タヌが問う。

「そう。錬金協会抜きで技術を発達させようと作った、ピルロの施設。あの乗合馬車で来たってことは、君たちピルロへ行くんだろう? 行けばわかる。それじゃ、気をつけて」

 今、とてつもなく重大な言葉を聞いた気がする。タヌは質問しようとしたが、若い男が建物の奥の方へと足早に姿を消したため、できなかった。

 二人がそれぞれ、ピルロとはどんなところなのかと考え始めたときだった。

「お客さーん! 馬車出ますよー!」

 御者の声が二人の思考を遮った。

「タヌ」

「うん。行こう」

 二人が乗合馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。

「ピルロってどんなところなんだろう。それに、あと、そう……サルヴァトーレさんにもまた会えるといいなぁ」

 タヌは言葉の端々に期待をにじませた。


改訂の上、再掲

076:【?????】道中で、二人は謎のメモを手に入れる?2024/12/22 11:27

076:【PIRLO】謎の文章を読みながら(1)2018/10/02 06:38

CHAPTER 76 忘れ物2017/08/31 23:00


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