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075:【en-route】二人は改めて出発する

前回までの「DYRA」----------

 フランチェスコに再び現れたあの三つ編み男、マイヨ。彼もまた、仕切り直しとばかりに動き出す。そんな彼を突き動かす原動力は、苦しい過去が絡んでいるようで


 トルド村の宿屋でDYRAの熱が下がるのを待っていたタヌは、彼女が眠るベッドの傍らであれこれ考えながら、うとうとしていた。

 まどろみながら、タヌは一人の男の姿を思い浮かべる。顔こそ目元以外をマスクで隠していてわからないものの、銀髪と銀眼を持つ、あの男──RAAZ──だ。

(あの人……RAAZさん。実は、とても優しい人なんじゃ?)

 RAAZはDYRAを守るために手段を選ばなかった。自身を殺すように仕向けるなど、もはや常軌を逸しているし、普通の人間ではそんな選択肢を採用しようとは夢にも思わない。そうまでしてでも目的を果たそうと徹底した想像だにしなかった再会劇には、タヌは心の底から驚いた。

(でも……)

 その一貫した姿勢からの振る舞いがフランチェスコで思わぬ事態を招いた。あのとき、RAAZはDYRAを守ろうとすると同時に、彼女を利用して、姿を見せぬ誰かを引っ張り出そうとしていたとも明かした。タヌはそのときの顛末も思い出す。

(何て言うか、あの人がひどい人だとはちょっと……)

 タヌは、DYRAと利用した乗合馬車で出会った男のことを思い出した。乗合馬車で別れてから、どういう経緯で再会に繋がる運命へと導かれたのかは皆目見当がつかない。しかし、確かに二人を乗せた馬車の御者に化け、フランチェスコのあの地にいた。想像だにしなかった再会劇には、タヌは心の底から驚いた。

(確かあの人はマイヨ、って名乗ってたけど……)

 DYRAが青でRAAZが赤なら、マイヨは黒い花びらをその身の周囲に舞わせていた。それだけでも驚きだというのに、マイヨはRAAZと面識があるどころではない。とんでもなく深い因縁があるようだ。

 あのとき、RAAZはハッキリ言った。マイヨがRAAZの大切な人を奪った存在だ、と。タヌはあのときの会話も思い出す。


「本当にドクター・ミレディアにそっくりだね。君」


「私の妻を殺したお前が、妻の名を軽々しく口にするな……!」


「アンタにそんな言葉を言われたくはないな」


 まだ形にならないが、タヌは漠然と、彼らの過去の概要を掴み始めていた。

(RAAZさんとマイヨさんは……)

 RAAZの大切な人の死をめぐり、恨み合う関係。そして、DYRAはその「大切な人」とそっくりな存在だ、と。

(簡単には、仲良くなれないか)

 RAAZとマイヨは対立している。しかし、どういうわけか自分はマイヨに気に入られてしまった。そうなると、RAAZと相容れない存在と繋がっているのではと疑われてしまえば大変なことになるかも知れない。下手をすればDYRAとの縁がなくなった瞬間、すぐに殺されてしまうなんてこともあるのでは。タヌは一瞬、背筋に冷たいものが走った気がした。

(でも……)

 RAAZにもRAAZの事情があるのだろうし、マイヨもまた然り。それでもタヌは、仲良くなれずとも、自分がいる間だけでも、どこか折り合える道はないだろうかなどと考え始める。DYRAだって、自分とそっくりな知らない誰かをめぐって二人がいがみ合う姿など見たくもないに違いない。誰だってそんなこと、面白くない。間に入ろうにも、そっくりというだけの自分が蚊帳の外になってしまうからだ。そこにいないそっくりな別の人が重んじられ、自分が軽んじられたら誰だって傷つく。DYRAだって例外じゃないはずだ。

 このとき、タヌの脳裏にペッレで人々に囲まれたときのDYRAの表情が蘇る。

(どんな理由でも、DYRAにあんな、心の中で泣くような顔をさせたくないっ!)

 タヌはこの瞬間、自分にできるたった一つのことを見つけた気がした。


「……ヌ。タヌ?」

 声が聞こえる。

(女の人の声が、呼んでいる……? って、あれ?)

「あ!」

 タヌは身体を起こした。

「大丈夫か?」

 別の方向から声が聞こえた。タヌはすぐさま声が聞こえた方に振り返る。同時に、眠っていたことにも気づくと、ばつの悪そうな顔をした。

「DYRA!」

 傍らにDYRAが立っていた。手には大判のタオル。自分が寝ている間に風呂でさっぱりしてきたらしい。

「DYRA! もう大丈夫なの?」

 タヌが心配そうに問いかけると、DYRAは小さく頷いた。

 DYRAはベッドの毛布を綺麗に畳みながら話す。

「ああ。さっきお前が話していた件もある。お前の準備ができたら行こう」

「う、うん。じゃ、ボクも」

 タヌが返事をしてから浴室へ行った。その間に、DYRAはテーブルに置いてある懐中時計と部屋の鍵を手にした。時計の針は一一時を指している。さらに鞄の中に入っている財布を取り出すと、DYRAは部屋を出て帳場へ向かった。

「おお、もう大丈夫なのかい?」

 鳥打ち帽を被った、日焼けした肌に深いしわと長く白い髭が印象的な老人が優しい眼差しでDYRAを見る。帳場の角の窓には鳩が止まっている。左足に小さな金属の足輪が填められており、時折、太陽光に当たるとキラキラと光る。

「すまない。世話になった」

 帳場の老人に挨拶をすると、DYRAはアウレウス金貨を二〇枚、出す。

「ああ、お嬢さん。そんなにいらんよ」

「世話になった礼だ」

 DYRAはいつもと変わらぬ素っ気ない口調で告げると、老人の手に握らせた。

 女が自分の手に握らせた金貨に、老人は驚く。

「いや、こんなには受け取れないよ」

 老人がもう一度言うが、DYRAは首を横に振ってから改めて切り出す。

「相談したい。そのカネも込みだと思ってくれればいい」

「そ、そうだん?」

 老人はまじまじとDYRAを見る。

「私たちはこのあたりの土地勘がない。だから、教えて欲しい」

「お、おお」

 老人は戸惑いながらも耳を貸す。

「錬金協会の影響がない街はないか?」

「は?」

 どうしてそんなことを聞くのだと言わんばかりに老人は目を丸くした。

「弟と一緒に、父親を捜していてな。情けない話だが、父は錬金協会から逃げ回っている」

 DYRAの言葉で、老人はようやく大金を掴まされた理由が腑に落ちた。

「ふむ」

 老人は天井を仰ぎ見て考える。ほどなくして、DYRAの方へと向き直った。

「お嬢さん。それだったらこの道をずっと北に行った川の上流、ネスタ山近くの、ピルロだ」

「ピルロ?」

「おお。ここんとこ、錬金協会を排除するってんで動いたりして忙しい街だしな」

「そう、なのか」

 ピルロは新興の工業都市ではなかったのか。少なくともペッレではそう聞いた気がする。錬金協会を排除しようとする、とはどういう意味なのか。少なくとも、この文明のこの社会で錬金協会はいくつかの社会基盤を握っているのではないのか。それでも排除したいとは何を考えてのことなのか。DYRAは顔や表情にこそ出さないものの、俄然興味が湧いた。

「ここからすぐに行けるか?」

「辻馬車を使えば、パオロを経由して行けるはずだ」

 老人は帳場の台に置いてある地図を指差しながら告げた。

 パオロは、ペッレから移動中に通ったファビオと同様、乗合馬車の乗換駅のような場所だ。ただ、こちらは休憩施設や交換用の馬が用意されているなど、言うなれば「道の駅」として機能が充実している。

「感謝する。私たちのことは、他言無用で頼む」

 DYRAは踵を返して部屋へと戻った。

 部屋に戻ったDYRAが移動の準備をしようと鞄を開いたときだった。

「ん?」

 DYRAはハッとして、動きを止めた。今更気づいたが、どうしてここに鞄があるのか。鞄はフランチェスコで馬車が燃えたとき、灰となって消えたのではなかったのか。財布もだ。

 そこへ、風呂で汗を流してさっぱりした様子のタヌが戻ってきた。

「タヌ」

 DYRAの鋭い声に、タヌは何だろうとすぐに彼女の側へ近寄った。

「どうしたの?」

「タヌ。この鞄だ。一体いつ、誰が?」

「え? おじいさんがボクたちを助けてくれて馬車に乗せてくれて、ここに着いて……鞄はその後、次の日? 次の次の日? どっちだったか、確か、『忘れ物』って言って」

「忘れ物だと。誰が持ってきた?」

「おじいさんだよ。でも、おじいさんも、誰が持ってきたかまでちゃんと見てなかったって」

 誰が持ってきたか知れない、だがデザインが以前と同じ鞄。DYRAはどう判断して良いのかわからなかった。

「そうか」

 ここでタヌを問い詰めても仕方がない。いったん、DYRAは話を終わらせた。

「そう言えばDYRA。出発の準備、できた?」

「ああ」

 DYRAは鞄を開き、形ばかりの整理整頓を済ませた。


改訂の上、再掲

075:【en-route】二人は改めて出発する2024/12/22 11:22

075:【en-route】逃げるふたり(3)2018/09/27 22:45

CHAPTER 75 監視2017/08/28 23:00


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