072:【?????】ピルロを出た二人。そして死神、倒れる!?
前回までの「DYRA」----------
フランチェスコで暴露されていった真実の後日談。RAAZはタヌに免じて助けた自らの密偵ロゼッタに新たな命令を下す。一方、マイヨは誰にも知られぬある場所で、不死身同然でないが故の身を嘆きながら、RAAZを排除するための次への一手を考え始めていた。
明け方。
フランチェスコの街を西門から脱出したDYRAとタヌは、南北に流れる川の橋を渡って街道を北上した。以前、タヌがフランチェスコから脱出したときに立ち寄ったネト村を掠め、川の上流へと遡る形でずっと歩き続けた。夜はとっくに明けている。それどころか、陽は少しずつ、天頂に迫りつつあった。
「タヌ。一睡もせず、休みなしで歩いているが、大丈夫か?」
「ボクは大丈夫。むしろ、DYRAこそ大丈夫?」
タヌは歩きながら、深夜からこの方のことを思い返す。まさか、あんな結末が待っているなど誰が想像しただろうか。
ボクの名前を知っていた錬金協会の幹部が母さんだったなんて。
母さんが、ボクへ迷わず刃を向けて来たなんて。
その刃からボクを守るためにロゼッタさんが楯になってくれた。
DYRAは剣を振るったとき、まるでボクの代わりのように、すごい怒っていた。
タヌは表情を曇らせる。そもそもどうしてこんなことになってしまったのか。考えれば考えるほどわからない。気になることは他にもある。
(父さん……)
深夜のあの、修羅場とでも言うべき状況では気づけなかったけれど、今、冷静に思い返すと見えなかったものが見えてくる。
「どうした?」
傍らを歩くDYRAがタヌの顔を見ながら問うた。タヌは小さく頷く。
「うん。あの夜中の出来事で、気になることがあるんだ」
「ああ」
「父さんが何をしようとしていたか、みたいな話が出たとき、その、父さんの居場所とかそういう話は全然出てこなかったな、って」
「そうだっだな」
「ボクは、まだ、父さんのことを諦めていないし、諦めるつもりもないし」
「『残った半分の希望にすがる』、お前はそう言ったな」
「だから、その……」
「言ってみろ」
促されたタヌは、一瞬だけ空を見上げてからDYRAを見る。
「その、今できることって言うか、次にどうしよう、何しようって考えたら、『父さんがどこへ行ったか』に繋がる手掛かりを探すことじゃないかなって」
後ろからゆっくりと蹄の音が聞こえてくる。
「確かにそうだな。だが、何も手掛かりがない状態で行くとなると……。タヌ、端に」
「あ、うん」
後ろから来た荷馬車に気づいたタヌは、すぐに道の端に寄り、馬車に道を譲った。年老いた老人が御者台に乗った馬車が通り過ぎていくと、二人は会話を続ける。
「ネト村は通り過ぎた。となると、トルド村に寄って休んでから、ピルロへ向かうか」
「うん。そうだね」
「では……」
DYRAの言葉は続かなかった。
「DYRA!」
それはタヌにとって、あまりに突然の出来事だった。驚きのあまり、大きな声を上げる。
「ちょっ! DYRA!」
膝を落とし、そのまま俯せに地面に倒れたDYRAをタヌは慌てて抱き起こす。
「うわっ……えっ! だ、大丈夫っ!?」
どうしたらいいのだ。タヌが途方に暮れ、周囲を見回したときだった。
「どうしたね?」
誰もいないと思い動揺していたタヌは、自分へ声を掛けてきた人物に気づくと、声がした方に目をやった。先ほど道を譲った馬車がすぐ先で停まっており、御者の老人が近づいてくるのが見えた。
「あ! あの! 突然、倒れちゃって……!」
タヌはすがるような目で御者の老人を見た。タヌの傍らに立った老人は、腰を落とすと、DYRAの額に手を触れる。
「坊や。お姉さん、熱出しているよ?」
「えっ!」
老人はDYRAに肩を貸す。タヌも支える。老人はDYRAを自分の荷馬車の荷台に乗せ、タヌも同乗した。
二人を乗せて走り出した荷馬車はトルド村へと入った。
「──!!」
夜明け前。DYRAの小さな、短い悲鳴が部屋に響いた。
「DYRA!」
タヌはその悲鳴を聞くなり、固く絞った手ぬぐいを手にDYRAが寝ているベッドのそばへと駆け寄った。
二つ並べて置かれたベッドの一つで眠っていたDYRAは、浅い呼吸を何度か繰り返してから、金色の瞳で部屋の天井をじっと見た。タヌは彼女の様子を見ながら、目を覚ましたことに安堵した。彼女の額には解熱用に使った手ぬぐいが置かれている。
「夢……か」
「大丈夫?」
「一体……」
ここはどこなのか。フランチェスコでの出来事からどのくらいの時間が経っているのか。何より、どうして自分は眠っていたのか。タヌは、DYRAがそんな質問を口にしたいが思うようにできないのだろうと理解する。まだ熱があるからか、上半身を起こすことすらままならないのだろう。視線だけが動いている。
「DYRA。今はゆっくり休んで」
タヌはDYRAの額の手ぬぐいを交換すると、毛布を肩のあたりまで掛け直した。
「あっ」
DYRAは深い息を漏らした。タヌにはまるでそれが、彼女自身で自分の不甲斐なさを呪っているようなそれに聞こえた。けれども、彼女がいたからこそ今こうして親を捜す旅ができているタヌは、彼女に対し言葉で言い表せないほどの感謝の気持ちしかない。DYRAが自分自身の現状に不満を持っているとしても、今は休んでほしかった。
「DYRA。『ここはどこ』って、聞きたいんでしょ?」
タヌが告げると、DYRAは小さく頷いた。
「ここは、フランチェスコからピルロに向かう道の途中にあるトルド村の宿屋さんだよ」
「トルド?」
「ああ……」
どうしてそんなところに自分たちはいるのか。そう言いたげに、DYRAはぼんやりする頭で記憶の糸をたどり始める。
「確か、トルド村で休んでと、そんな話をしたような気がする。が、でも、どうして?」
DYRAが視線だけを動かしてタヌを見る。
タヌは部屋の中央にあるテーブルに置かれたピッチャーから二つのコップに水を汲み、一つをベッドサイドテーブルに置いた。そして、もう一つのコップで水を飲んでから答える。
「DYRA、倒れちゃったんだよ」
倒れた。DYRAは耳を疑い、信じられないとばかりに目を見開く。もっとも、身体がだるいせいか、金色の瞳はいつものような鋭い輝きを宿していない。
「あのときちょうど荷馬車が通ったじゃない? その荷馬車がボクたちに気づいて停まったんだよ。それで、親切なおじいさんがここまで運んでくれたんだ。ここは、おじいさんがやっている宿屋さん」
タヌの機転と幸運とで事なきを得たと理解したDYRAは何度目かの深い息を漏らす。
「お医者さんも呼んでくれた。病気とかじゃなくて、疲れが一気に出たんだろうって。何日か休めば大丈夫だって」
タヌは医師による治療を望んだ。その心遣いにDYRAは感謝した。
「すまない。お前に心配を掛けてしまった、ということだな」
「ううん。そんなことないよ。だって、フランチェスコでDYRAは大変な目に遭ったり、ボクのために辛い思いしたり。ホッとしたら、一気に倒れちゃうのも無理ないよ」
DYRAはフランチェスコで囚われの身になって以来ここに至るまで、色々と大変な思いをしたに違いない。そうさせてしまったのはすべて自分の不甲斐なさが原因だ。タヌは反省した。彼女のことだから、倒れたことで時間を無駄にしてしまったなどと気にしているのではないだろうか。そうだとしたら、それは違う。タヌは自分の気持ちを伝えようと、コップの水を飲み干してから切り出す。
「DYRA。本当にごめん。ボク、DYRAに無理ばっかりさせていたかも」
タヌは心底から申し訳ないと謝罪した。その姿を見ながら、DYRAはほんの少し笑みを浮かべ、首を横に振った。
「大丈夫だ。お前のせいじゃない。何も気に病むことはない。それより」
DYRAはここで、言葉を切った。
「何?」
「タヌ。倒れてから何日経っている? 外の世界はどうなっている?」
「倒れてからは五日だよ」
「五日……」
そんなに時間を無駄にしたのか。そう言いたげなDYRAの顔に、タヌは彼女が我がことのように自分を案じているのに改めて驚く。
「うん。宿屋のおじいさんも心配してくれて、ときどき様子を見に来てくれた」
ここでタヌは視線を少しだけ泳がせる。その視線の動きをDYRAは見逃さない。
「どうした?」
「DYRA。あのね」
タヌは一転、言いにくそうに切り出した。
「……フランチェスコの西側が砂みたいになっちゃった、って」
タヌの言葉で、DYRAの表情が一気に硬くなる。タヌの母親の非道な振る舞い、そしてそれを煽った者への怒りとに任せて剣を振るった。それが原因で枯れてしまったに違いない。
「それなんだけど」
DYRAが何かを言おうとするより一瞬早く、タヌが言葉を続ける。
「あのね。宿屋のおじいさんが言うには、フランチェスコからラ・モルテ狩りに躍起になっている人が来たって。この宿屋にも来て、実際、DYRAが寝込んでいる間、部屋にまで一〇人くらいで押しかけて来たんだよ」
「本当か!?」
そんなことが起きたとも知らず眠り続けた自分への怒りからか、DYRAは下唇を噛んだ。
「うん。おじいさんが言うには、『ラ・モルテは若い女の姿をしているんだ』って怒鳴りながら押しかけてきたって」
「よくリンチみたいなことにならずに済んだものだ」
「うん。幸い、半分くらいが女の人だったのと、『死神が寝込むわけないだろ』っておじいさんが強く言ってくれて。こういう風に言うのはおかしいけど、DYRAが熱を出して寝込んでいたからこれだけで済んだのかも。だって、起きていたらこじれていたかも知れないし」
「言い返しでもしていたら、ってことか」
「うん」
タヌの話を聞いたところで、DYRAは次の言葉を口にするまで少し間を置く。
「タヌ」
「何?」
「今、話をして率直に思ったことだ。まず、あのときRAAZの忠告を聞き入れて、早々にフランチェスコから出ていったのは正しかったんだろうな」
「そうだね」
タヌは大きく頷いた。もし、朝まで残って人々に見つかっていようものなら、一体どうなっていたことだろうか。宿屋に押しかけた人々の殺気だった雰囲気も併せて思い出すと、タヌは恐怖を抱く。DYRA、いやラ・モルテと一緒にいたことを理由に彼ら彼女らが暴れ出したかも知れなかったのだ。
DYRAはここで、今日何度目かの深い息を漏らした。タヌは、DYRAが精神的にも相当消耗が激しかったのだろうと思いながら、ここで彼女の額に乗せた手ぬぐいにそっと触れ、暖まっていないか確かめる。
「本当に大丈夫? ラ・モルテ狩りのことも心配だけど、DYRA、寝ている間ずっと魘されて何度も悲鳴みたいな声を上げていたし」
「そうだったのか。うるさくて眠れなかったなら、すまない。けど、どんな夢を見ていたかまで覚えていないんだ」
「怖い夢とか、見ていたのかも?」
アオオオカミはもちろん、RAAZが相手でも微塵も怯まぬDYRAに怖いものがあるとは思えない。タヌはそんな思いを込めて軽く言ったつもりだった。
「そうかも、な」
DYRAはクスリと、苦笑のような笑みを浮かべた。
「あはは」
タヌが応えるように笑ったときだった。
「……」
発熱から来るだるさに身体が耐えられなくなったのか、DYRAは意識を失うように眠りについてしまった。
「あっ……」
そのとき、小さな声で漏れた一言をタヌは聞き逃さなかった。
「RAAZ……」
(やっぱり)
DYRAとRAAZの間には二人以外の誰にもわからない、もしかしたら言葉で説明などできない特別な関係があるに違いない。タヌは改めて、確信にも似た思いを抱く。
(もしかして、DYRAは自分で気づいていない?)
タヌはあれこれ考えながら、交換用の冷たい手ぬぐいを用意しようとDYRAが眠るベッドから離れた。
眠ってしまったDYRAの頬を涙が一粒、流れ落ちた。
タヌは新しい手ぬぐいを用意すると、再び交換した。
(でも、良かった)
普通に考えて、死神の類が高熱で寝込むなど、有り得ない。やはりDYRAは人々からラ・モルテなどと蔑まれるような存在ではないのだとタヌは安堵の息を漏らす。同時に、早く回復して欲しいと心から願う。
(あのとき……)
フランチェスコでタヌを助けてくれたのはDYRAだけではなかった。ロゼッタもまた、自分を庇って深手を負った。
(ボクがもっとしっかりしていれば!)
助けられてばかりだ。ロゼッタにもちゃんと感謝の気持ちも伝えたい。
タヌは自分の不甲斐なさと無力さとに、打ちのめされそうだった。
(ロゼッタさん、本当に大丈夫かな……)
改訂の上、再掲
072:【?????】ピルロを出た二人。そして死神、倒れる!?2024/12/22 10:59
072:【?????】グラファイト色の決意2024/08/04 12:27
072:【?????】グラファイト色の決意2018/09/13 23:00
CHAPTER 72 悪夢の前触れ2017/08/17 23:00