071:【?????】グラファイト色の決意
前回までの「DYRA」------
突然、住んでいる村が謎の襲撃を受けた。村人が次々殺され、家々に火が放たれる。村の少年タヌは謎の美女DYRAに助けられ、九死に一生を得る。もう村では暮らせない。タヌは、かねてより行方不明だった両親を捜す決意を固め、DYRAと共に旅を始める。紆余曲折の末、待ち受けていたのは、恐ろしい修羅場と、DYRAをめぐるとんでもなく大きな陰謀だった。
それでもタヌは、歩を止めようとはしなかった。
とある廃墟のような建物の地下深く。
そこは氷の塊が大量に、所狭しと置かれた寒い場所だった。
「何で……こんなことになっちまったんだよ?」
いくつもの氷の塊を並べたその上に、一人の女の骸が。さらにそれを囲むように氷の塊が置かれていた。さながら氷の棺だった。中にはバイオレット色の髪の美女──ソフィア──が安置されている。
「悩んでいたなら、苦しかったなら、どうして相談の一つくらいしてくれなかったんだよ……?」
ディミトリは膝を落とし、うつむき、涙を流していた。
「そりゃ、俺じゃ『頼りねぇ』って笑われて終わりだったかも知れねぇけど、一緒に酒飲んで、愚痴聞いてやるくらいのことはできたさ」
フランチェスコでの騒動の後、命を奪われてしまったソフィアと、彼なりに最期の別れの時間を過ごしているところだ。
運命のあの日、あのとき、あの瞬間。ディミトリはフランチェスコにいた。
御者を通して届けられたイスラ宛の手紙は、副会長ではなく、あっちのイスラ宛で、しかも差出人は印璽からみて会長だった。
内容は呼び出し状だった。ソフィアの身柄が会長の下にあることの他、『欲しいものはくれてやる』とも書いてあった。
手紙を読んだディミトリは、誰が来るのか、何が起こるのかを確かめるべく、手紙に書かれた、指定場所からほど近くにある建物の物陰にじっと潜み、時が来るのをひたすら待った。
深夜、何人かが姿を見せた。まず、メレトで一日を共に過ごした、副会長が見込んでいた少年と、一人の美女。それからほどなく、あっちのイスラが現れる。さらにもうしばらくすると、ソフィアを伴って赤い外套姿の男が姿を現した。
赤い外套の男は夜空の星々の逆光で顔こそ見ることはできなかったが、RAAZと呼ばれていた。ソフィアを連れていたことから、ディミトリの中で「会長、イコール、RAAZ」は確定事項となった。
そして、あの美女。あっちのイスラと戦うとき、青い花を乱れ咲かせ、フランチェスコの一部を枯らした。あの場所はしばらく、いや、何十年かは再生しないだろう。あの女こそまさに、ラ・モルテだった。
(確かアイツ、タヌって。……まさか、連れが化け物女だったとはな)
ディミトリは溜息をついた。あれこれ多くが思い浮かぶが、どれも上手く言葉にできない。タヌの件で驚いたのは何より、彼がソフィアの息子だったことだ。世間的には連れの方に耳目が集まるのはわかりきっている。無理もない。それでも、時として直接知る人物をめぐる思わぬ真実の方が近くにいた者へ驚きと戸惑いをもたらすこともある。
(イスラ様に、ソフィアやあっちのイスラ、何て報告すりゃあ……)
会長まで出張ってきたのだ。ディミトリはもう一度、先ほど以上に大きな溜息を漏らした。自分が詰められるだけならどんなに気楽か。年老いた副会長が会長から、という可能性すらあるのだ。そもそも副会長がソフィアを重用していたのは、彼女が仕事ができる上に、見た目と違い、周囲への気遣いを怠らないなど、錬金協会で手にしたものを悪い意味でひけらかしたりしなかったからだ。そんな彼女が言葉にできない惨劇で命を落としたと知れば、とても悲しむことなど容易に想像できる。なのに、その原因まで詳らかに話せば一体どんな反応をするだろうか。彼女が置かれている境遇や環境について、口にこそしないが日頃から何かと気に掛けていた副会長が打ちひしがれるのはわかりきったこと、とすら言い切れる。
また、ディミトリ自身もソフィアの夫婦仲が上手くいっていないことは流れてくる噂などで何となく知っていた。それにしても、あっちのイスラにのめり込んでいた理由がそれだったとは。今でもソフィアが鬼気迫る表情でタヌの首に手を掛ける瞬間からのやりとりが時折、ディミトリの脳裏を掠める。まるで、一連の出来事を頭や心の中で整理することを許さないかのようだ。
それでも。ソフィアが自分の息子を迷わず手に掛けようとした原因は、あの『鍵』にあるのではないか。ディミトリはそう睨む。言い方を変えれば、あの件さえなければ、彼女はああまで追い詰められなかったはずだ、とも。
あんな死に方、ソフィアが不憫すぎる。ディミトリは悔しさで身を焼かれそうだった。
(しかも、あっちのイスラは……)
ソフィアを殺した直後、突然現れた『同じ顔をした男』に殺された。しかも、その男は自らマイヨ・アレーシと名乗った。
(何だったんだ、あれは)
セイタイタンマツ。そんな単語が聞こえた。詳しい意味どころか、何を言っているのかすらわからない。それでも、タヌに向かって自ら母親の仇だと認めていたくだりまでの流れから、あっちのイスラはマイヨと名乗った男の身代わりか何かだとは想像がつく。事実、あっちのイスラは血の一滴も流さず、砂か何かのように消えた。
(もしかして、身代わり人形みたいなものだったのか?)
返す返すも悔しい。だが、いつまでも悲しんでばかりはいられない。ディミトリはこれからどうしたものかと考える。これまで、錬金協会内の権力闘争だと思っていたことは、実は全然違うのではないか。そんな風に考えながら、今一度、自分の中でフランチェスコでの出来事を整理する。
会長ことRAAZ、あっちのイスラ改めマイヨ、そしてタヌと共にいた女は信じられないほど長く生きており、自分たちと同じ人間ではない。これがまず事実だ。一連の顛末を見届けたディミトリはそう理解する。となると、自分たちの常識では信じられないほど長く生きている彼らのことを軽々しく誰かに言いふらすのは得策ではない。下手に口にすれば、周囲から「気が狂った」などと思われかねない。むしろ、会長、もといRAAZならそういう流れに持っていって自分を追い込みに来ることが明白だ。この部分には常に意識を払うよう、ディミトリは脳裏に刻んだ。
それにしても彼らは一体何者で、何をしたいのか。意識すべきは会長もだが、タヌのそばにいたラ・モルテではないのか。彼女はDYRAと呼ばれていた。RAAZは彼女を『兵器』と称した。彼女は銃や弓矢のようなもので、それを持つ者の意思で彼女が大地を枯らすとでも言うのか。だが、仮にそうなら、都合の悪い人間が住んでいる場所を彼女に命じて砂に変え、恫喝した方が早かったはずだ。食べ物を生み出す土地がなくなっていく恐怖を背景にすれば、目先の権力闘争など起こりようがない。だが、彼女は命令されて土地を枯らす化け物には到底見えない。むしろ、一連の出来事で悲しむタヌのために自分の意思で剣を取り、あっちのイスラに挑んでいた。ディミトリには、DYRAがRAAZの命令で動くような関係には到底見えない。それどころか、鬱陶しそうですらもあった。
(どういうことだ?)
ディミトリはここで、DYRAについて考えるのを止めた。考えるにあたっての情報が絶対的に足りない。彼女についてハッキリしたことは二つ。今の時点で、ラ・モルテと恐れ蔑むだけでは何も解決しないことと、タヌへの振る舞いから人間らしい心をそれなりに持ち合わせていること。それらがわかっただけでも大きな収穫だ。
そして、突然現れ、マイヨと名乗ったあの人物。彼こそ一体何をしたいのか。ひょっとしてソフィアはそれをある程度わかっていたのだろうか。
(多分、違う。少なくとも本心を全部隠した上に、替え玉だか人形だかまで使って俺たちに近づいた。んでもって色々悩んでいたソフィアを誑かした)
今のディミトリにとって「事実」がどうであれ、それがマイヨにまつわる「真実」だ。
(……ソフィア。俺に、何をして欲しい?)
涙はもうディミトリの頬を流れ落ちてはいなかった。グラファイト色の瞳に少しずつ、輝きが戻り始める。
やることはたくさんあるのだ。まずは何より、しんどくても副会長へ事実を報告することだ。次に、その見目はともかく、自分たちと同じ普通の人間だと考えたら手痛いでは到底すまぬあの三人の正体へと繋がる情報探し。
(ソフィアだって、錬金協会に入ったのは元々……)
ディミトリは彼女と初めて出会ったときのことを思い出した。美人だったがとても穏やかな笑みを浮かべ、「息子が大人になったとき、誰もが誰かから笑顔と一緒に必要とされる。そんな理想に少しでも近づいていると良いな、って」と話していた。
彼女が作りたいと言っていた理想の世界へ邁進する。それに立ち塞がる事象に対しては粘り強く解決への道を求めて対処する。それしかない。人であれ出来事であれ、まずは原因や背後関係をしっかり調べた上で、因果関係や理屈を知ることが大切だ。それを今回の件にまで落とし込むなら──。
(まずはあのタヌも含めて色々、あらましを調べないと)
今、タヌとDYRAと呼ばれる彼女はどこにいるのだろう。そんなことを思いながらディミトリはバイオレット色の髪が美しい女性の亡骸に背を向ける。そして、しっかりとした足取りで階段を上り始めた。
改訂の上、再掲
071:【?????】グラファイト色の決意2024/12/22 10:57
071:【?????】砂に涙、ふた粒2024/08/04 12:20
071:【?????】砂に涙、ふた粒2018/09/09 23:59
CHAPTER 71 忘れられた記憶2017/08/14 23:00