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070:【FRANCESCO】ボクは半分残った希望にすがる

前回までの「DYRA」----------

アレーシと同じ姿をした男は、RAAZから「ISLA」と呼ばれると、すぐさまマイヨだと自己紹介をする。一方で、タヌの気持ちをおもんぱかり、許し難い相手と同じ容姿は良くないだろうと、目の前で長い髪をバッサリと切った。その上で、これから関係が続くであろうことをほのめかす。

「ねぇ」

 少しの沈黙の後、マイヨは毒を微塵も込めていない優しい口調で、銀髪の男の向こう側にいるDYRAを見て、声を掛けた。

「本当にドクター・ミレディアにそっくりだね。君」

 マイヨが言ったときだった。

「私の妻を殺したお前が、妻の名を軽々しく口にするな……!」

 銀髪の男はすぐさま、自身の周囲に赤い花びらを舞い上がらせてルビー色の大剣を顕現させると、その剣の切っ先を迷わずマイヨへ向けた。

「アンタにそんな言葉を言われたくはないな」

 マイヨは扇子を仕舞った。

「言っただろう? その子のことがある。今日アンタとやり合う気はない。それともう一つ。アンタ、勘違いしない方が良い。ドクターはアンタが思っているよりたくさんのものを俺にくれた。今さっき潰された端末も含めて」

 言いながら、二歩、三歩とマイヨは銀髪の男から距離を取る。

「タヌ君、だったよね? 落ち着いたらまた会おう」

 そう言うと、星明かりの下、マイヨは自身の周りに黒い花びらを舞わせながら姿を消した。

 その場にDYRAとタヌ、そして銀髪の男だけが残された。

 誰も何も言わぬまま、時間だけが過ぎた。


 どれくらいの時間が経った頃だろう。

「可愛いDYRA。夜が明けてこの地を愚民共が見れば騒ぎ出すぞ。早くこの場から立ち去れ」

 銀髪の男はDYRAとタヌに背を向けてからマスクを外すと、倒れたままのロゼッタの方へと足を運んだ。

「怪我人を放っておくのは忍びない。また後で」

 ロゼッタを抱きかかえると、周辺に赤い花びらを舞い上がらせ、男は姿を消した。

 深夜の広場の一角に、DYRAとタヌだけが残った。

「……DYRA」

 タヌが口を開く。倒れたソフィアの方を見ながら、言葉を探すように、ゆっくりと話す。

「ボクはまだ、あの人が母さんだと言われても、どうしても信じることができない」

「だが、母親しか、いや、家族しか知らないはずのことをハッキリと言ったのではなかったか」

 DYRAはソフィアの言葉を聞き逃していなかった。『鍵』の箱がどんなもので、どこに置いてあったのか、中に何が入っていたのか。両親しか知り得ないことであれば、残酷な結末に間違いはないと遠回しに仄めかした。

「うん……」

 タヌはソフィアが倒れている場所へ行き、しゃがみ込んでじっと顔を見た。血がひどくついてしまっているが、顔は美しいままだった。

「母さんは、年を取らない人なんじゃなくて、若いままで居続けようと努力をしていたってことなの?」

 タヌはソフィアの顔を覗き込むように見つめながら、呟いた。

 このとき、DYRAの脳裏を、ペッレでのサルヴァトーレの言葉が掠めていく。


「一生懸命若作りだか若返るだか何だか知らないけどやっているって」


 父親の研究内容を渡し、その見返りが若返るための処置だったのではないかとDYRAは考える。それなら、ギブアンドテイクとしても成立するし、母親が父親のせいで貴重な期間を奪われたことへのささやかな復讐としても合点がいくからだ。

 DYRAはタヌの傍らに立った。

「DYRAも」

 タヌはソフィアを見たまま、まだどこか混乱が抜けきらない頭を回転させた。

「RAAZさんのこととか、あの人、マイヨさんのこととか色々……」

 DYRAも、タヌと同様、頭の中が混乱していた。『RAAZを殺せ』は、他ならないRAAZ自身が別の目的を達成するために吹き込んだ言葉だったこと。DYRAを『兵器』と言い切ったこと。そしてマイヨが言った「ドクター・ミレディアに似ている」という言葉。それぞれ、どういうことなのかわからずじまいで、今この瞬間を迎えている。

 不愉快さ、苛立ち。そう言った感情がともすればDYRAを押し流しそうになるが、彼女はその感情に振り回されないよう、意識した。

「タヌ」

 DYRAが呼ぶと、タヌは顔を上げ、DYRAを見る。タヌは自分で気がついているのかいないのか、大粒の涙をこぼしていた。

「これからお前はどうしたい? 母親が死んだ。両親を捜すと言っていたお前にとって、『希望』は半分、砕け散った。だが、まだ半分、残っている」

 DYRAの言葉を聞いたタヌは、自分が泣いていたことに気づくと、手で涙を拭う。

「ボクは……」

「お前が、たとえ残った半分でも、その希望に縋るなら……」

「半分の、希望」

 半分しかないのか。まだ半分もあるのか。タヌは変わり果てたソフィアの姿とDYRAとを交互に見た。

「うん……ボクは、縋る」

 タヌは、蚊の鳴くような小さな声で答えた。タヌがもう一度、ソフィアの顔を見つめたとき、DYRAは一瞬だけだったが、ほんの少し口角を上げていた。

(ならば、今少し、お前と行動を共にする)

 突きつけられた現実を前にしてなお、希望に縋り、もがくと決めたタヌの姿が、DYRAにはほんの少しだけ、輝いているように見えた。

「DYRA」

「何だ?」

「そう言えば……」

 タヌはふと、剣を手にするDYRAの肘下あたりまで青い花が乱れ咲いた光景を思い出した。

「さっき剣を使ったとき、DYRAの周りに、すごい綺麗な花がいっぱい咲いていた」

「そうらしいな」

 DYRAはタヌには素っ気なく答えたが、内心は違った。脳裏に、RAAZが最後に告げた言葉が蘇る。


「可愛いDYRA。夜が明けてこの地を愚民共が見れば騒ぎ出すぞ。早くこの場から立ち去れ」


 恐らく、星明かりのみでハッキリと見えないが、フランチェスコの土地の一部が完全に朽ちてしまったのだろう。DYRAはそう推察した。

「タヌ。長居は無用だ。お前の残った希望を探しに、行こう」

 DYRAはラピスラズリ色の空を見上げてから、星明かりの下、フランチェスコの外へ出る道を歩き始めた。タヌもまた、ソフィアの骸から目を離して立ち上がると、後ろ髪を引かれるような思いを抱えながらも、歩き始めた。


 このとき、古い時計塔の脇にある小屋の陰から息を潜めて一部始終を見つめる者がいたことにDYRAとタヌは気づかなかった。

 二人の姿が静まりかえったフランチェスコの街の外へ溶け込むように消えていく。二人と入れ替わるように小屋の影から姿を現した金髪の男は、骸となったソフィアの側に膝を落とし、涙を流した。


改訂の上、再掲

070:【FRANCESCO】ボクは半分残った希望にすがる2024/07/27 22:06

070:【FRANCESCO】ボクは半分残った希望にすがる2023/01/07 21:45

070:【FRANCESCO】希望の欠片2018/09/09 23:14

70話『悪意は続く』2017/08/10

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