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007:【PJACA】100年ぶり、運命の邂逅

前回までの「DYRA」----------

宿屋で出会った夫婦の、女の方が森で姿を消した、捜索の手助けを求められたDYRAは不本意ながらも、お人好しなタヌの頼みもあり、引き受ける。しかし、これ自体がDYRAを森に呼び寄せる罠だった。誰が。何のために。罠を破ったまさにそのとき、突然、目の前にDYRAが探し歩く人物が姿を現した──。

「お前……」

 目の前に現れた男が誰か、DYRAはわかっていた。

「姿が……」

 DYRAの記憶の中で、男を最後に見たのはいつだったか定かではない。それでも、少なくとも当時は目の前にある姿ではなかった気がする。だが、どうしてこの男を見間違えよう。真紅の花びらが舞い上がったのだ。自分が青い花びらを舞い上がらせるように。

 DYRAは男へ蛇腹剣を振り下ろす。が、男は避ける素振りすら見せない。男の右手にはルビーのように真っ赤な、諸刃の大剣が握られており、絡みつく蛇腹剣の刃を受け止めた。

 動けないでいるDYRAの前に男が立ち、剣を握る彼女の手をそっと掴んだ。その瞬間、剣の柄の周囲に赤と青の花びらが舞い上がり、双方の剣が完全に霧散した。

「なっ……!」

 手を掴まれたDYRAは離れようと抵抗するが、思ったように身体が動かない。

 男は彼女の右手を自分の方に引き寄せると、そのまま手の甲に接吻した。

 笑顔の裏にちらつく、あからさまに見下す態度がDYRAの癇に障る。しかし、気持ちとは裏腹に、身体がまったく言うことを聞かない。今の今まで気がつかなかったが、撃たれた場所を中心に、全身が熱を帯びているではないか。

 そんなDYRAの僅かに歪んだ表情を見ながら、男は満足そうな笑みを浮かべた。

「いつもながら、可愛いねぇ」

 言うなりDYRAの首を軽く掴むと、手近な枯れ木に彼女を背中から叩きつけた。男が大柄なためか、持ち上げられたも同然の形になったDYRAの足は地についていなかった。

 ここで、男は表情を曇らせた。銀色の瞳に不満そうな光を浮かべると、DYRAの首を掴んでいた手をパッと離す。DYRAの足は地面についたものの、そのままバランスを崩し、木に寄りかかる体勢になってしまう。

「愚民共がキミにとんだ粗相をしたようで大変な失礼をした。邪魔者を外そう。すぐ戻る」

 男は言うだけ言って踵を返すと、自分で意識を奪った女を肩に担ぎ、森の奥へと去った。

 我に返ったDYRAが後を追おうとしたときには、男の姿はどこにもなかった。ただ、枯れ果てた森に、赤い花びらが数枚、落ちているだけだった。

 森の奥に一人残されたDYRAは、バランスを崩すと、その場に膝から崩れるようにしゃがみ込み、ラピスラズリ色の夜空を見上げる。手には赤と青の花びらが一枚ずつ。

(あれは……)

 あの男を知らないはずがない。RAAZだ。姿形が多少変わったくらいで間違えるはずがない。DYRAが気が遠くなるほどの長い時間、追い求めていた相手だ。

 そのとき、脳裏にこれまでのことが瞬間的に蘇る。


 とある山の中腹にある古城近くだった。

 剣を交え、赤と青の花びらが恐ろしい勢いで周囲に舞い上がるたびに、山はもちろん、麓の村や川までもが砂埃まみれの地に変わり果て、植物はほぼすべてが死に絶えた。互いにかなりの深手を負った。しかしながら、突然の天変地異を彷彿とさせる大地震が発生したことで決着は持ち越しとなった。そして、地震でできた大きな亀裂の狭間に二人揃って転落した。

 やがて、廃墟同然と化した教会の墓地の一角で意識を取り戻した。まったく知らない場所だった。追い求めていた相手の姿はそこになかった。

 ふらつく足取りで歩き出し、ようやく人がいる場所にたどり着いたとき、暦を知って愕然とした。最後に剣を交えたと記憶していた日から優に一〇〇年ほど経っているではないか。

 そしてそのことを知ったのが三〇日前。

 この世界の人間の平均寿命が六〇年前後、長く生きてもせいぜい八〇年。当然、自分を知っている人間など誰一人いない──。


 あの男を追った歳月はすでに一三〇〇年を越えているだろう。ハッキリとは覚えていないが、記憶に間違いがなければ、初めて出会ったのは一三四〇年前だったはずだ。以来、あの男は少しずつ姿が変わっている。老いているのではない。若いままだが、雰囲気が、だ。それでも、今しがた出会った姿は、初めて出会った当時に最もよく似ている。とはいえ、はるか昔の出会いについては、当時何があったのかさえ覚えていない。

(そうだ)

 覚えていないと言えば、何故追い続けているかもだ。これは「わからない」と言うべきか。敢えて言えば、意識の奥、いや、奥底の方で「殺せ」という声が微かに聞こえた気がするから。もっとも、それも誰が言ったのか、定かでない。

(だが……)

 先ほど目の前に現れたとき、身体が動かなかった。胸元、いや全身が恐ろしいほど熱かった。額に汗も浮かび、動悸が今なお収まらず、心臓が高鳴り続けている。

(どうして)

 DYRAは手の中にある二枚の花びらを見つめた。この花びらと同じ大きさや形、感触を持つ花を見たことがないので名前もわからない。それでも、ビロードのような肌触りと瑞々しさを持ち、ルビーとサファイアのようだ。きっとこんな花びらを持つ花は、この世界で一番美しいに違いない。見た目や触った感触だけではない。心を蕩かし、惑わすが如き香りも微かに嗅覚を刺激する。意識をそちらに向けてしまえば身体から力が抜け落ちそうだ。

(追わなければ!)

 DYRAは深く息を吸い込んでから立ち上がろうとした。

(あ?)

 やはり身体が熱く、重い。とりわけ胸のあたりが恐ろしく熱い。それだけではない。ただでさえ周囲は真っ暗も同然だというのに、視界が本当に真っ暗、いや、漆黒へと変わっていく。一体何が起きているのか。DYRAが最後に感じたのは、自分の身体が傾いていく感覚だった。

 しばらくの間、森の中には枯れ木が風でざわめく音だけが広がっていた。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 倒れているDYRAの方に向かって、地面に落ちた枯れ葉や小枝を踏む音が近づいてきた。

「まったく。無防備で困ったもんだ」

 枯れ葉や小枝を踏む足音は、倒れているDYRAの前で止まった。先ほど彼女の前に現れた、銀髪銀眼で、真っ赤な外套に身を包んだ背の高い男だ。呆れ果てた口調で呟きながらDYRAを横抱きすると、彼女の身体を手近な木に寄りかからせた。意識を戻す気配はまったくない。男は膝を落としてから、彼女の頬を指先で撫でる。汗が噴き出ていた。身体が熱を帯びているのがわかる。

 男は慣れた手つきでDYRAの外套を脱がせた。そして、白いブラウスが血で真っ赤に染まっているのを見ると、迷わず彼女のブラウスを胸元から引き裂く。青白くも美しい肌におよそ似つかわしくない、無粋な鉛の銃弾が鎖骨の下のあたりと胸の真ん中の骨に食い込んでいるのがひと目でわかる。銃創、射創と呼ばれる傷だ。幸い、弾は奥深くに食い込んでいない。

「この程度の傷で回復に、まさか何十年も掛ける気か? ん?」

 男はぼやくと、銃弾が食い込んだDYRAの青白い肌に自身の唇を当て、強めに吸った。唇を離すと、地面に唾を吐く。唾と共に、鉛の銃弾も吐き出した。弾が食い込んだ箇所にそれぞれ同じことを繰り返し、ほどなく三発の銃弾すべてを摘出した。男は銃弾を拾うと、落ちている赤い花びらの上にわざとらしく、三つ並べて置いた。普通、こんなことをすれば激痛で悲鳴の一つでも上げそうなものだ。しかし、DYRAは声の一つも上げないどころか、意識を戻す気配すら見せない。男は困ったなと言いたげな笑顔を浮かべる。

「おやおや」

 男はDYRAの身体のラインを舐めるように見つめ、指先で撫でた。胸の谷間から割れた腹筋のあたりを愛撫すると、微かな呻き声が聞こえてくる。

「傷の痛みには無反応なのに、いいねぇ」

 男は少しだけ嬉しそうな顔をすると、DYRAの身体を抱きしめ、自身の頬でそっと彼女の頬を擦った。汗と夜の風とで心なしか冷たくなり始めた青白い肌の感触を楽しんだ後、胸部の傷口が塞がり始めているのを確かめると、その三箇所に唇で触れた。それだけでは気が済まないとばかりにしばらくの間、彼女の長い髪を指に絡めたりして弄びながら、傷口のあたりから胸全体を、そして腹部の方へ、まるで挑発でもするかのように唇をすべらせていった。微かな呻き声が男の欲情を煽る。しかし、ここで止めた。

「最高のご馳走ってのは、一緒に楽しんでこそ。なのに、キミがつまらない寄り道をしているから。正直、面白くないし、退屈だ」

 男はDYRAの身体が急速に治癒し、傷口が完全に消えていくまでを見届ける。

「だから、今日はここまで」

 脱がせた外套を着せてから男は立ち上がると、DYRAから離れ、そのまま数歩下がった。

「まっすぐ私だけを追って来い。退屈させるな」

 言い終えると、男の周囲に赤い花びらが舞い上がる。一枚、二枚……赤い花びらが男の全身を覆い尽くさんばかりに舞い上がったとき、その場から姿が消えた。

 ほどなく空が白み始め、光が瞼を刺激したのかDYRAは意識を取り戻した。ゆっくり目を開けて、まわりの風景を確かめる。同時に、ある香りに嗅覚が刺激された。DYRAが知る言葉では何とも言い表せない香りだ。敢えて言えば「美しい香り」とでも言えば良いのか。

「あ……?」

 視界が開けたとき、最初に飛び込んできたのは枯れ果てた森と周囲に散る大量の赤い花びらだった。この光景が何を意味するのか。一方的に嬲られ、いたぶられても文句の一つも言えない状況だったとわかるや、DYRAは感情を露わにした。悔しかったのは、再会したときに身体がまったく動かなかったことだ。怯んだつもりはない。気後れもしていない。けれど胸元の激痛と異様な身体の熱さがすべてを遮った。撃たれた直後は痛みなど何一つなかったはずなのに、どうして後になってそんな感覚が呼び覚まされたのか。

 周囲を見回していた視線が地面にいったときだった。足下にある、赤い花びらの上に、これ見よがしに並べられた三発の鉛の銃弾が視界に飛び込んだ。反射的にDYRAは自分の胸元に手をやった。外套の裏地が何故か自分の胸のあたりで肌に直接触れている。

(あっ!)

 銃弾が頬を掠めたとき、自身の身体が持っているはずの自己治癒機能が発動した。だが、鎖骨や胸元に命中したときは発動しなかった。機能が完全回復していないことを理解すると、DYRAの表情が歪んだ。だが、今しがた胸元に触れたとき、傷の感触がまったくなかった。それが意味することは一つしかない──。

「くっ!」

 DYRAは悔しさのあまり、自らの拳で手近な木を殴りつける。何度か殴り続けた後、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れた。


改訂の上、再掲

007:【PJACA】100年ぶり、運命の邂逅2024/07/23 22:19

007:【PJACA】100年ぶり、運命の邂逅2023/01/04 00:28

007:【PJACA】DYRA、捜し歩いた男と100年振りの再会2020/11/15 17:31

007:【PJACA】緋色の邂逅(1)2018/09/09 11:59

CHAPTER 09 赤い花びら、舞い上がる2017/01/05 23:00

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