069:【FRANCESCO】三つ編み男は、マイヨと名乗る
前回までの「DYRA」----------
RAAZが招待状を出した「イスラ」は、錬金協会副会長の老人ではなかった。アレーシがDYRAによって追い詰められたとき、意外な場所から姿を現した。
「っ」
ようやく、微かに聞こえたのは舌打ちの音だった。銀髪の男はそれが聞けて満足だとばかりに『種明かし』を再開する。
「お前が最初にDYRAと接触したとわかった時点で先手を打たせてもらった。お前がやりたいことを先に私自身がDYRAに吹き込んだ、ってわけだ。私の都合良いようにだがね」
ここで、話を聞いていたタヌの中で疑問が浮かぶ。
「ど、どうして……」
思ったことが声に出てしまったことにタヌは気づかなかった。が、銀髪の男にはハッキリ聞こえたのか、チラッとタヌに視線をやる。
「あらかじめ先に仕掛けることで、同じことをDYRAが吹き込まれても現状の追認以外に何もできないようにしたのさ。もちろん、DYRAの記憶を歪めて利用させないため、ブラックボックス化したのも私だ」
(やっぱり……)
DYRAとRAAZの本当の関係は、DYRAが信じていたようなものではなかった。タヌはそれを知ったとき、心のどこかでホッとした。
「DYRAは私の大切な『兵器』だ。誰がお前なんかに渡す?」
銀髪の男が言い切ると、御者は天を仰ぎ見てから、笑みを漏らした。そして彼の手は、自らを覆う外套の留め具を一つ一つ、外していく。
「……言いたいことや反論は色々あるんだけどさ」
御者は淡々と告げる。
「アンタ、本当にえげつないな」
「私の可愛いDYRAにお前みたいな性根の腐り果てた外道が触れようとしたんだ。手段に綺麗も汚いもあるものか。排除は当然だろう?」
「その割にはアンタ、自分のカミさんそっくりの女へ、ひどい扱いじゃないか」
御者は天を仰ぎ見るのを止めると、銀髪の男の後ろにいるDYRAを見た。そのとき、風が外套の被りをふわりと脱がせた。青色とも金髪ともつかぬ、不思議な色の長髪と、一箇所だけ結ってある三つ編みが現れ、ほどなくして顔も露わになった。
「っ!」
タヌは思わず、引きつった声を上げた。銀髪の男の肩越しに見つめたDYRAも自身の目を疑った。黒い外套の被りの下から現れたのは、足下に、刃を突き立てられて俯せに倒れている男とまったく同じ顔ではないか。いや、厳密には少し違う。よくよく見ると目の色が違う。倒れた男のオパールのような瞳と違い、こちらは左右がそれぞれ金色と銀色、異なっている。
外套が風に飛ばされ、服装も露わになる。詰め襟の白い上着は長袖で、身体の線に沿った細めの仕立て、丈は足首に迫るほど長い。服の前や袖口の留め具は青みがかった色で刺繍が施された豪華なものだ。少なくとも、タヌたちが生きている文明では、見たこともない服装だった。
見た目もさることながら、DYRAとタヌは男の周囲に目をやり、より一層の驚きと戸惑いを浮かべる。
黒い花びらが舞い上がっている。
それまで何も持っていなかったはずの男の手に、薄めの剣が握られていた。剣身は真っ直ぐで、ブラックダイヤモンドのような輝きを放つ両刃。剣格に鍔がほとんどなく、剣首には美しい穂がついている。アレーシの背中に刺さった剣と同じだとDYRAは気づいた。
「何だ……」
DYRAは男が持つ美しい剣に、息を呑んだ。
「ったくもう。貴重な端末だったのに。ま、迷惑掛けてくれたからしょうがない、か」
言いながら、白い上着の男は自らと同じ顔を持つ男の背中に刺さった刃を引き抜いた。すると、死体になって倒れていた男がみるみるうちに、砂のようになって風で飛ばされた。
タヌは死体が砂になったという事象を前に、目を点にした。DYRAも同じだった。
「それにしても」
白い上着の男は、銀髪の男にうんざりだとでも言いたげな顔で話す。
「機密を保持するには有り難いが、死体とか、その子には見せたくなかったな」
「何が『見せたくなかった』だ? 私のせいじゃないぞ、ISLA」
銀髪の男がさらりと告げた言葉を、白い上着の男は気にも留めなかった。
「さすが、『殺戮する哲学者』サマと言ったところか。理屈を言われてしまえばそれまでだ」
白い上着の男はさらに続ける。
「それと、俺にはマイヨ・アレーシって名前がある。ISLAってのは止めて欲しいんだけど?」
アレーシという名は、タヌが地下水路で聞いたものだった。あのとき、銀髪の男はその名を口にしていた。けれど、それは先ほど刺されて、今、死体すらなくなってしまった方の男のことではなかったのか。
(双子とか?)
しかし、タヌは頭の中で何となくイメージできても、自分の中の常識が邪魔をするからか、それを言葉にすることができない。
ここで、マイヨと名乗った男は二本の剣をまとめて持ち、空いた手で懐から畳んだ扇子を取り出すと、銀髪の男の方へ向けた。
「RAAZ。敢えてアンタみたいな物言いをするなら、『今日アンタとやり合う気はない』」
マイヨの瞳が鋭い輝きを放ち、銀髪の男を睨みつけた。畳んだ扇子の先端を向けたまま、言い足す。
「顛末は見させてもらった。その子のお母さん、死んだんだろ? おまけにその子がずっと心配している怪我人もいる」
マイヨは銀髪の男から視線を離すと、タヌの方へ向ける。
「君にとって、俺は仇だろうね。恨みは甘んじて受けるよ」
優しい視線と突然向けられた言葉に、タヌは何と言えばいいのかわからなかった。
「君のお母さんを利用したのは結局、俺だから。回り回って、だとしても」
「あの、……って、言われても」
母親が死んだことも実感が湧かない。そこへ、殺した人物と同じ顔をした人間が神妙な顔で話しかけてくる。しかもそれが乗合馬車で気さくに話しかけてきた好人物。タヌは目の前の人物に対してどう振る舞えばいいのかわからず、混乱した。
「あの……えっ……」
何かを言いたくても言えず、顔をじっと見つめるタヌの様子に、マイヨは出会ったときのことを思い出しながら、今のタヌの気持ちを彼なりに想像する。
「同じミテクレの奴がお母さんを殺した。同じミテクレの奴が声を掛けてきた、じゃ、混乱もするか」
マイヨは少しでもタヌが話しやすい状況を作ろうと思い立つと、手に持っていた剣を黒い花びらを舞わせながら霧散させた。次に、自らの長い髪をうなじのあたりでまとめて掴むと、先ほど取り出した扇子を髪の、後ろ手でまとめた箇所に当てていった。
じっという微かな音と共に、マイヨの長い髪がバッサリと切られた。手を離すと、切り落とされた長い髪が地面にバラバラと落ちた。
タヌは、三つ編みを残して髪が短くなったマイヨの姿を改めて見た。雰囲気ががらりと変わっている。優しそうな雰囲気はそのままに、より知的になったように見える。
「それはお前なりの茶番、というわけか?」
銀髪の男が言葉の端に毒を込めた。
「その子がいなかったら、アンタをブチのめしていたところだ。けど、今はその子に悲しむ時間をやるのが人の道ってやつだ。そうだろう。えっと……タヌ君、だっけ?」
マイヨはタヌの方を見たまま、銀髪の男にそう言い返した。
「マイヨ、さん……?」
タヌはまだ自分の中で整理ができないままだった。ただ、気遣ってくれていることだけはわかるからこそ、マイヨの名前を口にするのが精一杯だった。
改訂の上、再掲
069:【FRANCESCO】三つ編み男は、マイヨと名乗る2024/07/27 22:05
069:【FRANCESCO】三つ編み男は、マイヨと名乗る2023/01/07 21:35
069:【FRANCESCO】黒い花びら、舞う(2)2018/09/09 23:13