068:【FRANCESCO】RAAZが待ちわびた人物、意外な場所に
前回までの「DYRA」----------
両親を捜そうと必死だったタヌをあろうことか母親が全否定する。こんな理不尽、絶対許さない。DYRAは全力で挑む。青い花びらだけではない。彼女の周囲には剣弁高芯咲きの青い花が咲き乱れる。フランチェスコの地が急激に渇き始め、悪意の権化を一気に追い詰めた。と、そのとき、黒い花びらが風に乗って、舞ってきた。
紛れ込んできた黒い花びらを見逃していない人物がもう一人、いた。
「ようやくお出まし、か」
銀髪の男がそう言ったときだった。
「ぐっ!」
その場に流れていた張り詰めた空気をぶつりと切るような短い唸り声が聞こえた。
突然、アレーシが俯せに倒れた。同時に、DYRAの肘のあたりにまで広がっていた花や蔓もみるみるうちに霧散する。青い花びらが舞う中、左手の蛇腹剣も細身の長剣へ姿を戻した。
倒れたアレーシの背中に、ブラックダイヤモンドを思わせる、品のある輝きを放つ刃が突き刺さっているではないか。DYRAは黒い刃がどこから投げられたのか、可能性のありそうな場所を見回す。
「あれか」
銀髪の男が見つめる方向の先に、答えがあった。タヌも見た。
燻っていた炎がほとんど消えた馬車の陰に、被りで顔を覆った、背の高い人物が立っていた。
「御者、さん……?」
タヌが呟いた。
被りのついた黒い外套で全身を覆った御者が、DYRAと銀髪の男の方へ近づく。
「『鍵』の在処を確認したくてね。フランチェスコへ向かって、メレトに戻ったところのアンタの密偵をボコッて、潜り込むのに成功したまでは良かったんだけどね。彼女が無事だったもんでもう一人いたのを見つけてすり替わったりで、ここまで色々面倒くさかった」
銀髪の男が有無を言わせぬ強い視線でタヌにこの場から離れるように合図する。タヌはここにいたかったが、怪我をしているロゼッタを案じると、そうはいかない。建物の片隅までロゼッタを連れて移動しようとした。
「せっかく乗合馬車で縁があったその子に嫌われるのは、ちょっと、ね」
乗合馬車。この言葉にタヌは我が耳を疑い、移動を止めた。どうして御者がそれを知っているのか。知っているのは乗合馬車で出会った、あの人物だけのはずだ。となると、それが意味することは、ここに倒れた男とあのときの好人物は違う、だ。タヌは被りで顔を隠した御者をじっと見つめる。
「まいったな。アンタ、俺を引っ張り出すためだけにこんな大がかりな芝居を打ってくるとは」
御者は、銀髪の男の方を見る。
「私が仕掛けた茶番劇に乗ってくれて感謝するよ」
銀髪の男は、DYRAと御者の方へスタスタと歩み寄ると、DYRAの傍らに立った。さらに、彼女の手首を軽く掴んで、自身の後ろにやった。タヌの目に、その振る舞いはまるで、こんな奴の視線にDYRAを一秒だって晒すものかと言わんばかりに映った。
(あれ? やっぱり……)
DYRAはRAAZを殺すことを仄めかしていた。対してRAAZの振る舞いはDYRAを守るそればかりだ。タヌはこの二人の間に、二人だけ、場合によってはDYRAさえ気づいていない特別な何かがあると確信し始めた。
「そろそろ『種明かし』どき、か」
藪から棒に『種明かし』とはどういうことなのか。DYRAもタヌも、そして御者も、銀髪の男に注目する。
「お前は二十数年前、DYRAの存在を知った。で、ガキの父親を使ったりして動向を探らせていた。それを知らないとでも思っていたのか?」
まさかここで自分の父親の話が出てくるとは。タヌはそれまで考えていたDYRAとRAAZの因縁についての思考が途切れてしまった。
「お前が隙あらばDYRAとの接触を試みようとしていたことも知っていたさ。それでしばらくの間、ロゼッタを置いて守らせ、様子を見ていた」
銀髪の男からの『種明かし』という名の説明で、DYRAは、メレトで会ったメイド姿の女が自分のことを知っている理由に合点がいった。記憶にない「ある期間」、彼女は自分の側にいたのだ、と。
「そしてお前は、今になってようやく、そこに転がっている自分のダミーを使ってDYRAと接触することに成功した」
「細かいところが色々違う。けど、ま、いっか。それにしても、生体端末だってこともバレていたとは」
被りで顔を隠す御者の口から出てきたのは、DYRAやタヌにとって、初めて耳にする言葉だった。タヌは話から脱落しそうになるが、振り落とされまいと、意識して聞き続ける。
「『茶番につきあう』ってのはなかなか大変だったよ。まったく。知っていることを知らないフリをしたり、DYRAに嫌われる役になったり、お前を引っ張り出すためとはいえ、散々な思いをしたさ」
銀髪の男は、芝居がかった言い回しに加え、わざとらしいほど戯けた。
タヌは、いよいよ銀髪の男の口から核心に迫る言葉が出てくるのではないかと、息を呑み、身構えた。DYRAもまた、厳しい表情で銀髪の男の後ろ姿を見つめる。
「つまり、こういうことだ。『RAAZを殺せ』、DYRAにそう吹き込んだのは他の誰でもない。私自身だったということだ」
その瞬間、空気の動く音すら聞こえてくるほどの沈黙がその場を支配した。
「……!?」
「……」
DYRAは絶句した。その発想はなかったからだ。タヌもまた、口をぽかんと開ける。
二人とは対照的に、御者がどんな反応をしているのかはわからない。それでも、言葉すら出ない様子に、銀髪の男は、「少しは驚いてくれたのかな?」と小馬鹿にするように呟いた。
改訂の上、再掲
068:【FRANCESCO】RAAZが待ちわびた人物、意外な場所に2024/07/27 22:03
068:【FRANCESCO】RAAZが待ちわびた人物、意外な場所に2023/01/07 19:54
068:【FRANCESCO】黒い花びら、舞う(1)2018/09/09 23:13