067:【FRANCESCO】演目のクライマックスは愛憎の修羅場
前回までの「DYRA」----------
ソフィアはタヌが持っている『鍵』を渡せと詰め寄り、彼の首に手を掛けようとする。母親の振る舞いに愕然としつつ、必死に抵抗する。顛末を見つめていたDYRAはもう我慢ならないと、怒りに身を振るわせながら、タヌを守るべく蛇腹剣を抜いた。
DYRAの視界が戻ったとき、状況はほんの数秒前までと激変していた。
「ど、どうなっている……!?」
タヌと、ソフィアだけではない。さらに二人の男女が登場している。手に短剣を握ってタヌへ迫ったソフィアの首に、鞭が巻き付けられている。その鞭をたどると、ソフィアの背後にアレーシがいた。DYRAは一瞬とは言え、アレーシの動きを見落としていたことに舌打ちした。
それにしても、これはどういうことなのか。ソフィアは、このアレーシのためにタヌから『鍵』を奪おうとしていたのではなかったのか。DYRAは目の前で起こった出来事が何を意味しているのか呑み込めなかった。
それでも、DYRAが今案じるべきは、巻き付いた鞭で首を折られて息絶えた女ではない。タヌの姿が見えないことに気づくと、DYRAは視線を動かしてタヌを捜した。
「タヌ……!」
人影に隠れる形だったタヌを見つけたDYRAは、その光景に慄然とする。
「ロゼッタ……さ……ん」
タヌの小さな声が彼の目の前で起こったことをDYRAに伝えた。
隠し持っていたとおぼしき短剣でソフィアがタヌを刺そうとしたのを黒い外套を身につけ、御者の格好をしていたウェーブ髪の美女が立ち塞がり、タヌに代わってその刃を身体に受けたのだ、と。
離れた場所で見ていた銀髪の男も気づいたのか、苦々しい声を出す。
「ロゼッタ。何故お前が……」
銀髪の男は赤い花びらを舞わせ、一歩一歩、タヌの方へ近づいた。
首に金属の鞭を巻き付けられたソフィアは、鞭が緩むと鞭が巻き付いた箇所から血を流して倒れた。続いて、ロゼッタもその場に膝を落とした。
「RAAZ」
声を出したのはDYRAだった。
「お前の、胸くそ悪い茶番のせいで」
「ガキには褒美をやっただけだ」
しれっと言い放たれた言葉に、タヌは顔を上げ、銀髪の男を見る。顔はマスクで隠れているため見えないが、地下水路で出会った男だとすぐにわかった。そう。DYRAを助けたのは間違いなくこの人物だ、と。
「……『母親に会わせてやる』という、な」
母親。この言葉でタヌはハッとした。しかし、首から血を流して倒れている美女が母親だとはどうしても思えなかった。それよりも、タヌの気持ちはロゼッタを案ずる方に向く。
DYRAは銀髪の男を無言のまま睨みつけた。逆に、銀髪の男は彼女が抱く不満などわかりきっているとばかりに言葉を補う。
「もっとも、ISLAがこんな野蛮な振る舞いをさせるとは思わなかったがな」
ぼそりと言い捨ててから、タヌとロゼッタへ目をやった。
「ガキ。私が『読み違えた』報いだ。お前を助けた彼女を死なせない」
タヌは、銀髪の男が自身の周囲に赤い花びらを舞わせたまま、倒れたロゼッタを抱き起こしたのを見つめることしかできなかった。
「DYRA」
呼びかけたのは、アレーシだった。
「まさかとは思うけど、俺が悪いなんて、思っていないよね?」
さらに笑顔のまま続ける。
「身の程を弁えず、過ぎたものを、その価値すら知らずに持ち歩いたからこうなった。母親を死なせた上に、自分を庇った女が重傷、って結果を招いたのは、その俗物の徒……いや、クソガキと言った方がいいのかな」
「よくもそうまで好き勝手なことを」
DYRAは両手に握られた剣の周囲に青い花びらを舞い上がらせる。
「お前がやったことは、この少年から両親を捜すという希望を奪っただけだ」
普段のどこか無機的な話し方より抑揚があるDYRAの声を、タヌはハッキリ聞いた。
「お前は私に『RAAZを殺せ』と、そう言ったな?」
「言ったね」
「では、RAAZを殺すことと、この少年から希望を奪い取ることはどういう関係がある?」
DYRAは蛇腹剣を振り上げると、青い花びらを舞わせながらアレーシに向かって一気に振り下ろす。
「止めろ」
アレーシが蛇腹剣の刃を交わしながら、金属の鞭を構え直すとDYRAへ振るった。すぐさま、片方の細身の剣を楯代わりとばかりに構え、鞭を退ける。青い花びらがそれまでより一層激しくDYRAの周囲に舞い上がる。
「お前たちの、胸くそ悪いふざけた三文芝居のせいでっ!」
青い花びらが嵐のように舞う中で、DYRAの手の周囲に変化が現れる。
「おお?」
銀髪の男が反応した。もう、その周囲に赤い花びらを舞わせてはいない。傷ついたロゼッタの身体をタヌに預けると、嬉しそうに、楽しそうにその様子を見つめる。
DYRAの剣を持つ手の周囲から肘のあたりまで、猛烈な勢いで蔓が伸びていく。
「DYRA。何……」
タヌはDYRAの様子をじっと見つめた。鋭い棘のついた蔓に、剣弁高芯咲きの青い花が乱れ咲く。この文明の世界では誰も見たこともない、剣のような花弁が独特な、美しい花だ。
蛇腹剣の刃をアレーシが避けようとするが、サファイア色の刃が青い花びらに紛れ、動きを正確に見切れない。
「やることが、一々気に入らない」
RAAZと出会ってから生きてきた一〇〇〇年以上の時間で、自分自身のことを良く覚えていない。ただ、漠然と面倒くさいことに巻き込まれる日々だった気がするだけだ。DYRAの言葉の結びにはそんな、「いつものことか」とでも言いたげな響きが滲んでいた。
「止めろと言っている!」
DYRAが左手に持っていた細身の剣がいつの間にか直列の蛇腹剣へと変貌していく。それを見たアレーシは自らが追い詰められたと知ると、それまでの余裕を失い、冷静さもかなぐり捨て、声を荒げた。
金属の鞭と蛇腹剣の刃が青い花びらの嵐の中で何度かぶつかり合う。金属の鞭が、蛇腹剣の刃と刃のつなぎ目が、その度に切れてしまう。だが、蛇腹剣は青い花びらが舞う中ですぐさま再生、顕現を繰り返していた。
「何故だ!? 何故俺と戦う必要が!?」
防戦一方のアレーシが叫んだときだった。
(あれ?)
タヌは、周囲を舞う青い花びらの中に、黒い花びらが紛れているのに気づいた。最初は少しだったが、だんだん増えている。一枚や二枚ではない。
紛れ込んだ黒い花びらに、DYRAも気づくと、本能的にアレーシとの間合いを開けた。
再構成・改訂の上、掲載
067:【FRANCESCO】演目のクライマックスは愛憎の修羅場2024/07/27 22:02
067:【FRANCESCO】演目のクライマックスは愛憎の修羅場2023/01/07 19:33
067:【FRANCESCO】茶番劇(5)2018/09/09 23:12
CHAPTER 66 希望の対価2017/07/27 23:00