066:【FRANCESCO】母は息子よりオトコを選んだ
前回までの「DYRA」----------
アレーシからタヌへ、両親にまつわり驚愕の真実が打ち明けられる。そこへさらにRAAZが重ねる。「母親が誑かされる経緯を説明する手間が省けた」と。ソフィアはアレーシに尽くすために、家族を捨てたことを。そして、ソフィアは母ではなく、女であることを選ぶ。
ソフィアが一歩一歩、タヌの方へと歩き出した。
「タヌ、『鍵』を渡しなさい……」
「えっ!」
タヌの素っ頓狂な声が、DYRAへ状況の異変を伝えた。何ということだ。ソフィアが近づいており、あと数歩で手が届きそうではないか。
「タヌ。『鍵』を、持ってきているんでしょう? 渡しなさい」
タヌが驚いた声を上げたのは、ソフィアが鬼気迫る様子で近づいてくるからではなかった。
「だ、誰……?」
知らない女性ではなかったのか。どうして、知らない女性が知っている声で話しかけてくるのか。タヌは近づいてくる女性に尋ねようとするが、彼女の迫力を前に、喉のところで大半の言葉が止まってしまう。
「タヌ……!」
もう一度ソフィアが呼びかける。その声は、タヌにとって決して忘れるはずのないものだった。
「嘘っ……!?」
そんなはずはない。こんな美女知らない。タヌは心に浮かび上がってきた人物と目の前の女性が同一人物だとは思えなかった。
「タヌ!」
「嘘だっ……!!」
タヌが叫びにも似た声を上げたときにはもう、ソフィアが目の前に立っていた。タヌは震える瞳で見つめた。
(い、言われてみれば……な。何となく、に、似ている?)
目鼻立ちは明らかに違う。だが、口元は確かに、似ている気がする。何より今こうして目の前で、改めて地下水路での出来事を思い出しながら彼女を見れば、何となく腑に落ちる。
それに何より、地元でも何でもない遠く離れた地で、顔を見るなりすぐに間違いなく名前を呼べるのは、その人物を良く知っているからこそではないのか。
タヌはいつしか、口元をわなわなと震わせていた。
「タヌ。『鍵』を渡しなさい。|お父さんの書斎から箱がなくなっていた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》ことは知っているのよ?数日前、西の外れの小屋で箱とメモだけが見つかっているの」
聞いた瞬間、タヌの目の前が真っ暗になった。母親のはずがない。そんな思いが文字通り、木っ端微塵に砕け散った。
「あなたが持ち出したんでしょう!」
タヌが知る母親は、叱るときですら優しい眼差しを向ける女性だった。今、目の前にいる女性のような形相など、一度も見たことがない。母親が、自分へこんな顔を向けるのか。タヌはショックから大粒の涙をボロボロとこぼす。
DYRAはタヌとソフィアの距離が近すぎることから剣を振るえなかった。それでも、どのタイミングでどう動けばいいのか考え続ける。
タヌをじっと見つめていたソフィアは、タヌの首筋にあるものに気づくと、それを両手で掴み、力ずくで引っ張った。
「あっ!」
サルヴァトーレからもらったチョーカーの革紐が引っ張られる。タヌは紐を千切らせまいと、ソフィアの両手首を外側から掴んで抵抗した。
「やめっ……!」
「渡し……いえ、返してっ!」
チョーカーを奪おうとするソフィアと奪わせまいとするタヌ。二人の様子をアレーシと銀髪の男は、芝居見物でもするように楽しげに見つめた。
DYRAはこのとき、外道の如き振る舞いをする二人の視線と意識が自分へ向いていないことを察知した。
「タヌ、手を離せっ!」
突然の、DYRAの凜とした声。タヌは反射的に手を離した。同時に、チョーカーの紐が金具のところから切れる感触がタヌのうなじに伝わってくる。
「えっ!」
タヌが声を上げるより一瞬だけ早く、タヌの目の前をひらりひらりと、青い花びらが舞った。
「ひっ!」
ソフィアがタヌのチョーカーの紐を千切った瞬間、彼女の両手首にDYRAが放った蛇腹剣が巻き付いたのだ。
「両手を斬り落とされたくないなら、黙ってタヌに返せ」
DYRAは冷たく言い放った。
タヌはすぐさまチョーカーにつけた『鍵』と、サルヴァトーレからもらった護符とを掴んでソフィアから取り戻す。そして、もう絶対に渡さないと、両手でしっかりと握りしめた。
ソフィアはタヌを見るのを止め、DYRAを睨みつける。この間に、タヌは走ってソフィアやアレーシから離れた位置へと移動した。何かが起こったときに少しでも状況が見えやすいように、DYRAと、火が燻る馬車の間あたりへ走った。
タヌが安全そうな距離まで離れると、DYRAはソフィアの手首に巻き付けた蛇腹剣の戒めを解いた。その際も青い花びらがひらりひらりと舞っていく。
「アンタ……」
ソフィアは瞳と唇とを震わせて呟く。
「ラ・モルテ……」
DYRAは自らを見るソフィアの瞳に恐怖と蔑みの色が浮かんでいることを察知した。それでも、それに対して一々反応しない。
「どうせ……アンタにはわからない」
震える声でソフィアが続ける。
「一〇〇〇年も、そのままの姿……って」
ソフィアが言いかけた言葉は、高ぶった感情に流されがちになって、思うように続かない。
「何なのよ……何で、アンタみたいなラ・モルテが、あの子に……!」
DYRAの耳にソフィアの言葉はまともに入らなかった。
「退きなさい!」
次の瞬間、ソフィアはその細い身体で力一杯、DYRAへ体当たりした。
DYRAがバランスを崩した瞬間をソフィアは見逃さなかった。
「返して! 私の、私の時間を返してよっ……!」
ソフィアは全速力で走り、タヌの首へ手を伸ばす。予想もできなかったソフィアの振る舞いに、タヌは恐怖で動くこともままならない。
タヌの首にソフィアの両手が触れた。細い指に力が入り始めたときだった。
「はうあっ」
ソフィアの声で我に返ったタヌの視界に飛び込んだのは、母親を名乗る女の形相と、その後ろで舞い上がる大量の青い花びらだった。DYRAは身体のバランスを崩したとき、手にした蛇腹剣をソフィアの背中めがけて振るっていたのだ。自身が倒れても、タヌを守ろうとしたとっさの判断だった。
「DYRA……」
「殺しては、いない」
本当に母親なら、殺すには忍びない。DYRAは背中を浅く斬る程度に留めたつもりだった。だが、その判断は間違っていた。ソフィアは激痛をこらえて立ち上がり、なおもタヌに迫ろうとするではないか。
このとき、それまで高みの見物を決め込んでいたアレーシが動いた。タヌとソフィアに気を取られていたDYRAはこれを見落とした。
「『鍵』を……イスラ様に!」
ソフィアがタヌの前で、冷たく光るものを取り出したときだった。
「何!?」
DYRAはタヌを守ろうとしたが、視界が人影で塞がれてしまい、判断がつかなかった。
再構成・改訂の上、掲載
066:【FRANCESCO】母は息子よりオトコを選んだ2024/07/27 22:01
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066:【FRANCESCO】茶番劇(4)2018/09/09 23:08
CHAPTER 65 好奇心は猫を殺すⅡ2017/07/24 23:00