065:【FRANCESCO】整形サイボーグ女が母親で、修羅場にはもう一人……
前回までの「DYRA」----------
アレーシからタヌへ、両親にまつわり驚愕の真実が打ち明けられる。あまりにもひどい内容にタヌは信じることなどできない。だが、その胸クソ悪いやりとりがひとしきり終わったところで、RAAZが楽しそうとも幸せそうとも見える笑いを漏らした。
「ああ、助かった。……ガキの母親が誑かされる経緯を、私から説明する手間が省けた」
銀髪の男が勝ち誇ったような口ぶりで言ったとき、脇に抱えられていたソフィアは顔面蒼白で、化け物でも見ているかのように震えた。
「わ、わたくしのイスラ様を……悪役にっ」
ここで、銀髪の男は愕然としているソフィアをおもむろに下ろすと、彼女の首に腕を回し、後ろから顎を押さえ込んだ。
「悪役? とんでもない」
銀髪の男はソフィアの顔を自分の方へ無理矢理向けると、『鍵』を自身の口元へ持っていった。
「だいたい、今日の主賓はあのガキだよ? あ?」
ソフィアは蛇に睨まれた蛙も同然で、瞬きすらできなかった。
「『永遠』に繋がる『鍵』が欲しいと?」
銀髪の男は、嫌でもソフィアの視界に入るように『鍵』を見せる。
「お前が欲しいのか? ISLAが欲しがっているものを『欲しい』と思い込まされただけじゃないのか?」
挑発する銀髪の男から『鍵』を奪おうと、ソフィアは辛うじて自由が利く左手を伸ばした。
「あっ」
ソフィアの指先が『鍵』にまさに触れるか触れないかの瞬間、銀髪の男は心底から幸せそうな笑みを浮かべながら、遠ざけてしまう。
「じゃ、あげるよ? それほどまでに欲しいなら、ね」
銀髪の男は言い終わるや否や、ソフィアを横抱きにすると、屋根から一気に飛び降りる。
「いやああああ!」
悲鳴を上げるソフィアの反応すら、銀髪の男には演出の一つでしかないのか、宙を舞う間も楽しそうな表情のままだった。
「えっ!」
高い建物の屋根の上から人を抱いたまま飛び降りる。そんなことをやって、無事でいられるのかと驚くタヌ。対照的に、DYRAとアレーシは醒めていると言っても良いくらい冷静だった。
広場に降り立った銀髪の男はソフィアを抱きかかえたまま、それまでの笑顔から一転、鋭い視線でゆっくりとあたりを見回す。DYRAは警戒し、アレーシは先端が千切れた鞭を構える。
銀髪の男は、今度は戯けた表情をすると、いくつかの場所で目を留めた。それは、炎が未だ燻る馬車がある方と、今し方飛び降りた建物の隣にある小さな小屋の陰だった。まず、馬車の方を凝視する。
「やれやれ。隠れてコソコソと感じ悪いなぁ」
銀髪の男は次に、小屋の陰をじっと見つめた。
「せっかくだ。愚民が好みそうなことをやるよ? 最前列で見た方が楽しいことを、ね」
銀髪の男は、DYRAたちの方に向き直ると、横抱きしていたソフィアを下ろした。
「この『鍵』は約束通り、あげる」
あげる、の言葉にソフィアがハッとした表情で銀髪の男を見た。しかし、次の行動は、彼女はもちろん、この場にいる一人たりとも予想できなかった。
銀髪の男が手にしていた『鍵』を、自らの口に入れた。ソフィアが悲鳴にも似た声を上げるが、その声は一瞬でかき消された。
「……んっ!」
銀髪の男の唇がソフィアの唇を塞いだ。この光景に、周囲の時間は完全に止まった。
「……っ!」
アレーシから『母親』だと言われた女性がDYRAを助けた男とキスをしている。タヌにはもはや何が何だかわからなかった。
銀髪の男がソフィアから離れた。
「『鍵』は、お土産だ。甘い、飴」
にっこり笑う銀髪の男と、『鍵』を口に咥えた状態で、愕然としているソフィア。二人の様子にDYRAはハッと気づいた。あまりにも悪趣味な茶番劇の役者として呼ばれたのだと。そして、メレトを出る前、RAAZの密偵とおぼしき女が告げた言葉がここに繋がるのだ、とも。確かに、タヌに見せて良いものではない。
「じゃ、キミはもう自由だ。もっとも、キミはこれからISLAについていった人生の報いを受けることになるけどね」
言い終わると、銀髪の男はソフィアを背中から押して、彼女を解放した。
ソフィアは銀髪の男に押される形で数歩歩いたところで立ち止まった。いや、立ち尽くした。
(そん……な……)
自分が置かれている状況を理解したソフィアは愕然とした。戻れる場所はない。渡された『鍵』は、真っ赤なニセモノだった。文字通りの「甘い、『飴』」だったのだ。こんな失態を犯しておきながら、イスラの元に行くことなど到底できることではなかった。
ソフィアの様子を見ながら、銀髪の男が嘲笑する。
「飴は、お口に合わなかったかな?」
ここで、銀髪の男はおもむろに外套の内側からマスクを取り出すと、目元以外の顔を隠した。
「ISLA。手駒を潰された感想は?」
ここで、DYRAとタヌがアレーシに注目する。だが、二人が思っているような答えとは違うそれが返ってくる。
「自分も駒だから、何とも言えないね」
「は? お前には聞いていないよ?」
アレーシからの答えもさることながら、またしても銀髪の男の、そこにはいない誰かに語りかけるような物の言い回し。DYRAはそれが何を意味しているのか見抜こうと考える。
(まさか)
DYRAは銀髪の男の、ある振る舞いを思い出す。
戯けた表情をすると、ある場所で目を留めた。それは、炎が未だ燻る馬車がある方と、今し方飛び降りた建物の隣にある小さな小屋の陰だった。
それが意味することは一つだ。
(あそこに、別の誰かがいる!)
先ほど、銀髪の男が見た場所にDYRAも目をやった。
そのときだった。
再構成・改訂の上、掲載
065:【FRANCESCO】整形サイボーグ女が母親で、修羅場にはもう一人……2024/07/27 22:00
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