064:【FRANCESCO】ソフィアの正体? え? マジで
前回までの「DYRA」----------
フランチェスコで降り立った「その地」にいたのは、あの長髪三つ編み男。アレーシだ。タヌは彼の非道な振る舞いを責めるが、意外なことを話す。「村に火を点けたのは、ソフィアだ」と。
「ダメ……イスラ様を傷つけちゃ……」
蚊の鳴くような涙声が聞こえたとき、銀髪の男はにやりと笑った。
「いいねぇ、ソフィア。もっと大きな声で、ガキに良く聞こえるように言わなくちゃ」
ソフィアの声は、タヌやアレーシには聞こえていないようだが、DYRAの耳にはハッキリ届いていた。
(RAAZ、お前は!)
屋根の上でのやりとりで、DYRAは、自分たちがここにいる、いや、呼ばれた理由を理解した。果たしてタヌにとってこれのどこが褒美なのか。DYRAはひときわ冷たい視線で銀髪の男を見つめる。
「タヌッ! 絶対に、ダメ! そんなお願いをしちゃダメ!」
銀髪の男が持っている『鍵』を奪い取ろうと手を伸ばしながら、ソフィアが蚊の鳴くような小さな声から一転、涙声ともヒステリックとも取れる甲高い声で叫んだ。
「えええっ!?」
ソフィアの声にタヌは我が目、我が耳を疑った。だが、屋根の上にいる二人の顔がハッキリ見えない。
「どうした? タヌ」
「う、ううん。た、確かに、地下水路にいた女の人の声だった、って」
平静を装って答えたが、内心は違った。
(どういうこと? ……ボクは、あの人を知らない。フランチェスコで一目見て、地下水路で一瞬会っただけ)
「イスラ様を傷つけちゃ、ダメ!」
ソフィアは再びタヌに向かって叫んだ。
フランチェスコの地下水路で一瞬だけ会い、逃げる道中で助けてもらった馬車に乗り合わせていただけの美女がどうして自分に向かってこうも必死に訴えるのか。その理由はわからないが、それでもタヌの中でソフィアへ返すべき答えはハッキリしていた。
「その人はボクに『死ね』と言った。それだけじゃない。ボクを守ってくれたDYRAを傷つけた。そんな人を助ける理由、ボクにはありません! ボクから『殺してくれ』とも言わないけど、それ以上に、『助けて』なんて言わない!」
確信を持って言い切ったタヌへアレーシが視線を向け、近づいてくる。だが、三歩程度踏み出したところで、すぐさまDYRAが立ちはだかった。
「ガキが。本当に何もわかっていない俗物の徒だ。DYRA、退いてくれないかな?」
「断る」
「ならば、本当のことを言うまでか」
アレーシの思わせ振りな言葉に、DYRAは細身の剣だけではない、直列状の蛇腹剣の先端をもアレーシへ向けた。
「そもそも、『村を焼いて欲しい』と言ったのはソフィアだ。他の誰でもない」
アレーシの言葉を、タヌは少しも信じられなかった。その言い分でいけば、ソフィアが村について何らかの形で知っていることになるではないか。
DYRAに守られる形で聞いていたタヌはアレーシを真っ直ぐ見つめる。
「嘘つき。村にあんな若くて綺麗な女の人はいなかったし、来たこともない。村でソフィアって名前を出して、村の人が知っているのは母さんだけだった」
「俗物の徒。良く聞け。信じられないなら、お前の父親に聞けばいいさ」
アレーシは中腰になり、タヌに目の高さを合わせ、真っ直ぐな視線を受け止める。
「ラ・モルテと呼ばれる者が青い花びらを舞わせる度に周囲が枯れ落ちていく、という言い伝えは知っているな? お前の父親は、その現象を研究していた。平たく言ってやる。DYRAの不老不死を断ち切り、殺すための研究だ」
「えっ……!」
タヌは、アレーシからの説明に戸惑いを露わにする。アレーシは、その反応を見ながら話を進めた。
「だが、この研究は裏を返せば、不老不死という、人間が望む永遠の命題への研究。賢いお前の母親はその点に気づいた」
DYRAは無意識のうちに立ち位置を少しずらし、タヌとアレーシがまともに見つめ合わないようにと警戒を強めた。
「研究は二〇年以上続いた。でも、結果がいつになったら出るのか。いや、答えそのものが出るかすらわからない。お前の母親を散々付き合わせておきながら、省みぬ男。それがお前の父親」
「それじゃまるで、父さんが母さんを少しも気にしていなかったみたいじゃないか!」
タヌの反論に、アレーシが頷いた。
「そうだよ。そして、お前の母親はそんな男に『人生の大切な時間を奪われた』と絶望した」
アレーシとタヌとの間で繰り広げられる穏やかならぬやりとり。それを銀髪の男は屋根の上で楽しそうに見つめ、聞いている。
「女はね、己の『若さ』と『美しさ』を自分を省みない男の都合で奪われるのが何よりも辛い生き物なんだよ。特にその女性が美しければ美しいほど、ね」
アレーシの言い分はもはや支離滅裂だ。タヌは憤った。DYRAもまた、人の命を殺めた件を他人事のように話しているか、そうでないなら責任を擦り付けているようにしか聞こえないと、アレーシを睨むだけだった。
だが、アレーシはタヌの反応が想定の範囲内だからか、淡々と話を続ける。
「DYRA。……貴女には俺が何を言っているのかわからないよね。だって途方もないくらい長い時間、その姿を変えることなく生きているんだから」
「……えっ」
タヌは耳を疑った。DYRAが超人的な強さを持っていることは一緒にいてわかっていた。だが、まさか、そんな気が遠くなるほど長い時間を生きていたとは思ってもみなかったからだ。
「どうしてお前の母親がいなくなったか、これでわかったか」
「わかるわけないよ!」
タヌは即答した。
「俗物の徒は、物わかりが悪い。二〇年以上もそんな父親に引き回されたお前の母親の、『傷ついた女心』は癒やされなかった。単純な話だよ」
聞くことは聞いた。DYRAが改めて剣を握り直した。
「戯言はそれだけか?」
「一番大事なことを言っていなかったね。……お前の父親が母親から奪い取ったものはすべて、俺が与えてあげた。お前の父親の研究成果と引き換えだけどね」
ここでアレーシは腰を上げると、ゆっくりと数歩下がった。
「それでもお前はDYRAに、お前の母親を救った俺を斬れと言えるのか? 後悔するぞ」
「父さんや母さんをバカにして、言い逃れ!?」
淀みなく言い切ったタヌ。それをアレーシは冷笑で受け止め、おもむろに古い時計塔の屋根にいる男女へ目をやった。
「そんなことを言って良いのかな? お母様がお前に今そこで、止めろと叫んでいるのに?」
「……は?」
アレーシが屋根の上を指差した。
言葉で形容できない、気まずい、硬い空気が流れる。目の前にいるこの男は何を言っているのだ。頭がおかしいのではないか。アレーシを見ながらそんな考えが次々とタヌの脳裏を掠めていく。まさにそのときだった。
「ふっ……あはははははは」
突然、重苦しい空気を一層するように、屋根の上から銀髪の男の心底から楽しそうな笑い声が響き渡った。
再構成・改訂の上、掲載
064:【FRANCESCO】ソフィアの正体? え? マジで2024/07/27 21:59
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