063:【FRANCESCO】修羅場に招待された者の正体は?
前回までの「DYRA」----------
サルヴァトーレにせっつかれる形で、馬車で移動を始めるDYRAとタヌ。連れて行かれた先は、フランチェスコだった。前を走る馬車にアクシデントが起こったことで慌てて下りてみると、そこにはアレーシの姿があった。そして、修羅場が始まる──。
「──勝手に二人で話を進めるのは止めて欲しいなぁ」
突然、天から降ってくるが如く、声が響き渡った。
DYRAとタヌ、そしてアレーシは声が聞こえてきたであろう方向を見た。
ラピスラズリのように輝く空の下、炎が照らし出す周囲にある建物の一つ、古い時計塔の屋根に、人影が見えた。身の丈の半分以上はありそうな、ルビー色に輝く鋭いものを片手に持ち、その傍らに大きな何かを抱えている。影の動きから、抱えられているものはバタバタと動いていることがわかった。
(あれは!)
DYRAは、人影の周囲に細かい何かが舞っているのを見逃さない。そして、その何かが落ちてきたとき、時計塔の屋根を見上げる三人はそれぞれ、誰が現れたのかを理解した。
地面に、燃える炎の中にひらり、ひらりと赤い花びらが舞い落ちる。やがて、古い時計塔の屋根に立っている人物が少しずつ照らし出された。
「RAAZ……!」
DYRAは呟いた。
タヌは一瞬だけDYRAを見てからもう一度、時計塔の屋根を見上げた。顔は良く見えないが、赤い外套に身を包んだ、銀髪の大柄な男が立っている。そして傍らに抱えているのは人間、それも小柄な女ではないか。
銀髪の男が足下に立つ面々を見下ろす。炎と星明かりとが、その手に握られた諸刃の大剣を照らし出す。
「招待に応じてくれてありがとう。ISLA」
銀髪の男が発した一言。その圧倒的、いや、圧迫感が伝わる強い響きに、タヌは恐怖にも似た感情がわき上がった。
「DYRAに釣られてこんなにあっさりノコノコ出て来てくれるとは思わなかった」
タヌは銀髪の男とアレーシを何度か交互に見る。そのとき、銀髪の男が手にしたルビー色の大剣の輝きがアレーシに当たった。目に直接光が来ないよう、アレーシは自身の腕で遮る。
「話も早く済みそうだ」
「DYRAは確かにもらっていくよ? そして、あなたの命も」
アレーシが啖呵を切り、銀髪の男が「はぁ?」と戯けた口調で流す。タヌは、二人の男が放つ異様な雰囲気を前に、ただ、黙って聞くことしかできない。そんな中でもDYRAは、二人のどちらであれ、タヌに危害を加えるつもりなら容赦しないとばかりに身構える。
「今この瞬間だって死ぬのが怖いと散々隠れてコソコソしておいて、DYRAが欲しい? 笑わせるな」
銀髪の男が煽る。
「何の話だ……!?」
アレーシが銀髪の男を睨みつけた。だが、銀髪の男は気にする素振りすら見せなかった。
「いい加減、出てきたらどうだ?」
銀髪の男は大剣を自らの前方にかざす。刃の先端側から柄の側に向かって赤い花びらが凄まじい勢いで舞い上がって吹き荒れると、剣が霧散した。
「ええっ!?」
タヌは剣を収めた銀髪の男の手にあるものをハッキリと見て驚く。そこには金色に光る『鍵』が握られているではないか。とっさにシャツの内側に手をやったが、そこに感触は確かにある。
「やめろっ!」
DYRAが剣を向けたままタヌを制止する。幸い、アレーシは屋根の上に視線が釘付けで気づいていない。DYRAの鋭い声に、タヌは慌てて両手を胸の前に広げた。
(で、でも、どういうこと?)
父親の書斎から持ってきた、金と透明な材質でできた『鍵』は自分が持っている。どうして同じものを銀髪の男が持っているのか。本物なのか。それとも二つあるのか。銀髪の男が何をしようとしているのか。タヌにはさっぱりわからなかった。
(何をしたいんだ?)
DYRAもまた、銀髪の男の行動意図を考える。タヌの持っている『鍵』が自分の手にあるフリをする理由は何なのか。それだけではない。気になることがもう一つある。
(まるで)
根拠はないが、DYRAは、RAAZが先ほどから、ここにはいない誰かに向かって言い放っている気がした。
「ISLA。これが欲しいんだろう?」
銀髪の男の、勝ち誇った声が響き渡った。
そのとき、『鍵』をつまんでいる銀髪の男の指先へ、細い手が伸びた。DYRA、タヌ、アレーシもその様子を見る。
「……あのか、『鍵』……!」
銀髪の男に抱えられた小柄な女が必死になって、震えながらも手を伸ばす。男は、そんな様子に嘲笑を浮かべた。
「欲しいか? ん?」
女の手が届きそうで届かない。あと、小指の先ほどの距離が届かない。女が必死になって手を伸ばすが、今にも届きそうになると、女の身体を引いて、決して『鍵』を掴ませなかった。
「ISLAに渡さないなら、くれてやってもいいよ?」
このとき、銀髪の男に抱えられながら抵抗し、必死に手を伸ばす女が誰かをアレーシが把握した。
「ソフィアか?」
アレーシが口にした名前に、タヌは目を見開いて驚いた。屋根の上で銀髪の男に抱えられているのは、地下水路で自分のことを見るなり名前を呼んできた女性だったとは。
「DYRA」
タヌが小声で話しかける。
「あの人だよ。地下水路でボクの名前を呼んだ女の人」
タヌの言葉にDYRAは僅かだが、目を見開いた。そして、視線をソフィアと呼ばれた女の方へ移し、その外見を正確に把握しようと務める。普通の人間なら距離もあり、正確な顔かたちを認識するのは極めて難しいが、DYRAには見える。
(あの女、誰だ?)
少なくともDYRAは、ソフィアという女とは面識がない。タヌも顔を見たことがあるだけだと言う。その程度の関係なのに、どうしてこの場に、あんな形で居合わせているのか。そしてRAAZがアレーシに用があるだけなら、そもそも自分もタヌもここにいる必要はないだろう。何か思惑があるはずだとDYRAは考える。
「良く聞こえたよ、そこのガキ」
「えっ!?」
DYRAにしか聞こえないくらいの小声で言ったつもりだったタヌは、屋根の上にいる銀髪の男が反応したことに飛び上がりそうになった。
「キミは私からの褒美を受け取る権利がある。そう。あの地下水路で、逃げも隠れもせず、私のDYRAを守ったことへの」
褒美。その一言にタヌは何だろうと言いたげにDYRAを見る。DYRAは、よからぬことが起こるのではと一層警戒心を強めた。
「そもそも」
アレーシが話に割り込み、声を上げる。突然話しかけられたタヌは困惑した。
「何故DYRAの側にいる?」
先端が切れた金属の鞭を丸めて持った手を、タヌを指すように向けてアレーシが話す。
「わかっているのか? お前の両親はその女、DYRAにとって忌むべき存在なんだぞ?」
「え?」
それはまさに、タヌの周囲の空気を一気に硬くする言葉だった。タヌは一瞬だけ怯みそうになるが、踏み留まる。
「証拠もないのに、よくもそんなわけのわからないことを」
アレーシにそう言い返したものの、タヌは確証を持てない。本当のところ、両親が何をしていたか、具体的にほとんど知らないからだ。それ故に、タヌの両親がDYRAにとって忌むべき存在と言われてもピンとこなかった。
「ガキ。そういえば両親は、錬金協会から『逃げた』そうだな」
銀髪の男がにこやかな口ぶりでタヌへ告げる。
「せっかくだから教えてやる。『逃げた』は正確じゃない。あれは『姿をくらました』だ」
「えっ。ど、どうして……」
タヌは顔色を変えた。どうしてそんなことを知っているのか。タヌが動揺している間、銀髪の男はタヌから視線をわずかに外した。
「ISLA。お前にとってかなり忌々しいガキだろうよ?」
「あなたにとっても、でしょう?」
「ガキに褒美を渡すまでは、そうでもないさ」
褒美を受け取ったら最後、タヌを殺すということか。DYRAは銀髪の男を睨みつける。しかし、実力行使はまだできない。銀髪の男がタヌに渡す「褒美」がわからないからだ。加えて、銀髪の男より先に排除すべき存在が、すぐ側にいるではないか。
「せっかくだ。ガキ。色々教えてやる」
呼ばれたタヌは、全身を嫌な予感が駆け抜けた。
「お前の住んでいた村に火を放ち、皆殺しを仕向けたのは誰だと思う?」
どうせあの男はろくでもないことを言うに違いない、とDYRAは身構えた。
「ど、どういうこと?」
タヌの顔色は、紙のように白くなる。
「……ガキ。せっかくDYRAと一緒にいるんだ。この機会に、帰る場所を根こそぎ奪い取った奴の首を刎ねて欲しいと、おねだりしたらどうだ?」
藪から棒に何を言い出すのかと思えば、案の定だ。DYRAは聞くに値しないと言いたげにタヌに視線をやった。タヌは、じっと銀髪の男を見つめる。真実を聞くのは怖くても、目も耳も背けてはいけないからだ。
「ってことは……」
レアリ村を焼いたのは、アレーシなのか。
「なっ……!」
引きつった声を上げたのはタヌでもDYRAでもない、銀髪の男に抱えられたソフィアだった。
再構成・改訂の上、掲載
063:【FRANCESCO】修羅場に招待された者の正体は?2024/07/27 21:58
063:【FRANCESCO】修羅場に招待された者の正体は?2023/01/07 17:27
063:【FRANCESCO】茶番劇(1)2018/09/09 22:59
CHAPTER 64 好奇心は猫を殺すⅠ2017/07/20 23:00