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060:【MERET】すべてはRAAZの手の中で?

前回までの「DYRA」----------

タヌは、サルヴァトーレのスマートな振る舞い、そして何もかもを見切っているような雰囲気、そして地下水路でRAAZとすれ違ったときに感じた「あること」から、同一人物ではないかと疑う。だが、それは「同一人物だったら良いのに」と言わんばかりだ。

 DYRAが視線を空からタヌの方へと戻した。と、そのときだった。

(何か、あったのか?)

 DYRAは、タヌの肩越しに、小柄で細身の人影が邸宅内の廊下を走る様子を目にした。

 メイドなどが早足で移動するのはよくあることだ。だが、全速力で走るとは穏やかではない。まるで、盗みに失敗した泥棒が逃げるようではないか。

(メイドじゃない?)

 DYRAは小柄な人影の走り方を見て、身体を相当鍛えた人物が急いでいる印象を抱く。何かあったのではないか。タヌに気取られぬよう、様子を見てこようと思い立った。

「タヌ」

「あ、うん」

 テラスに広がった重苦しい空気を破ったDYRAの声に、タヌは内心、安堵した。

「キツイ言い方をして済まない。少しその辺を歩いて落ち着いてくる」

 DYRAの申し出に、タヌは、彼女が何も覚えていないと言ったのを思い出した。そして、頭の中を整理する時間が欲しいのだろう、と想像する。

「うん。わかった。サルヴァトーレさんがさっき、一階の奥の部屋に『書庫がある』って言っていたから、ボク、しばらくそこにいるね」

「ああ」

「じゃ、また後で」

 タヌは邸宅の中へ入ると、奥の部屋へと続く廊下を歩き出した。

 タヌの後ろ姿を見送ったDYRAは、先ほどの人影が走ったであろう先へ視線をやった。気配や痕跡がないか探しつつ、テラスから邸宅内へと入ろうとした。そのときだった。

 突然、DYRAの視界に、小太りのメイドが木の陰に隠れて死角となるあたりから飛び出し、庭を走り出す姿が飛び込んだ。

(あれは? ……まさか!)

 全速力で走るメイドの後ろ姿に、DYRAはハッとすると、すぐに後を追った。

 邸宅の敷地全体に、目隠し代わりなのか、背が高い木々や意図的に間引きをしていない植物が多い。ここを抜けられると逃げられてしまう。DYRAはメイドの背中が見えたところで、飛び掛かった。

「きゃ!」

 馬乗りしたDYRAの下敷きとなる形でメイドが俯せに倒れた。DYRAはそのまま肘下をメイドのうなじに強く押し当てると、それまで走っていたとは思えぬほど冷静な口調で問う。

「何をしている?」

「お、お離し下さい……!」

 メイドが助けを求めようと手足をばたつかせる。そのとき、メイドの靴の踵がDYRAの臀部に軽く当たった。

(何だ? 鉄か?)

 DYRAは、このメイドが邸宅内を走った細身で小柄な人影だと直感が働いた。体型こそ違うが、走る速さがほぼ同じだったからだ。あれは素人目に見ても鍛え抜かれている。そこに来て、この靴の感触だ。

(この女!)

 観念したのか、メイドが身体をばたつかせるのを止めた。

「怪しい者ではありません! どうか、DYRA様!」

 それは、それまでの哀願するような声とはまったく違う。

「え!?」

 どうして名前を知っているのか。DYRAの動揺をメイドは見逃さなかった。馬乗りされていた状態から逃れると身体を起こした。DYRAもすぐさま立ち上がり、メイドを睨み付ける。

「何!?」

 立ち上がったメイドの姿に、DYRAは目を見開いた。

「お前っ……!」

 目の前に立っている、小太りで牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛け、髪をアップにしてシニヨンヘアーにした冴えない妙齢のメイド。DYRAには見覚えがあった。


「すぐにお移り下さい。宿をお探しでしたらここから真っ直ぐ歩いた、突き当たりにございます」


 フランチェスコ市内で宿探しをしていた夜、当たり屋だか酔っ払いに絡まれそうになったところに現れた、あのメイドだ。むしろ、メイドの姿をした正体不明の「誰か」と言うべきか。

「どういうことだ?」

 よもやの再会もさることながら、ご丁寧に敬称までつけたことにDYRAは驚いた。

 そこで、メイド姿の女はシニヨンヘアーを解いた。くせ毛の長い髪が肩の下までおろされる。続いて、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡も外した。美形と呼べるだけの顔立ちが露わになる。DYRAはその名も素性も知らないが、ロゼッタだ。

 素顔の美しさとその身のこなしから、DYRAは彼女の小太り体型が偽装と見破った。

「お久しぶりです。と言っても、覚えていらっしゃらないですよね」

 聞いた途端、DYRAは内心、僅かな苛立ちを抱いた。

「どうして私を知っている?」

「もう二〇年以上も昔のことですから」

 DYRAは、色々聞き出したいと焦燥を覚えつつも、こみ上がってくる感情を抑えた。今は主導権を渡してはいけない場面だ。

「DYRA様。自分は会長の命にて先を急いでおります。この場はお許しを」

「RAAZの、密偵か」

 女の素性がわかった以上、彼女の行動を邪魔する理由もない。この家は、RAAZの家だ。

「お騒がせして、申し訳ございません」

 そう言い残して、メイド姿の女は走り去った。

(まったく……)

 その場に一人残されたDYRAは、何事もなかったようにテラスの方へと戻った。そして、ティーポットに残っていた紅茶をカップに注ぎ、一息に飲んだ。紅茶はすっかり冷めていた。

 DYRAは自分なりに、先ほどの女とのやりとりを思い出しながら色々考える。

(彼女はRAAZの密偵だった。あの男の指示で動いているのだから、今何をしているかなど、推して知るべしか)

 少なくとも、マトモなコトをしているとは思えない。DYRAは音としてハッキリ漏れるほど大きな溜息を吐いた。

(結局、私にはわからないことだらけで。何もかもすべて、RAAZの手のひらの上か)

 なぜ先ほどの女が自分のことを知っているのか。彼女との間に何があったのか。DYRAはまったく記憶にない。やはり自分が知らぬことを知っているのはRAAZだけ。そして、今、DYRAの記憶にある限りのすべての行動はRAAZが完全に把握しており、現状、結果だけなら彼の思惑に基づいて動いている有り様だ。改めて突きつけられた現実に、DYRAはもう一度、溜息を吐いた。

(それにしても)

 RAAZは一体何をしたいのか。

 気になることはそれだけではない。

(そうだ。あとは、あの男もだ)

 乗合馬車で乗り合わせた人物は自分に近づいてきた男と同一人物なのか、別人なのか。どちらであれ、自分を地下水路に拘束して何をしたかったのか。

 しかし、どれもこれも、DYRAが考えたところでどうしようもないことばかりだった。


改訂の上、再掲

060:【MERET】すべてはRAAZの手の中で?2024/07/27 21:54

060:【MERET】すべてはRAAZの手の中で?2023/01/07 16:07

060:【MERET】サルヴァトーレ a.k.a.……(2)2018/09/09 22:52


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