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059:【MERET】サルヴァトーレさんの正体は

前回までの「DYRA」----------

DYRAやタヌの前ではサルヴァトーレとして振る舞っていたが、巧みに合間を縫って、ロゼッタを利用して身柄を確保したソフィアに「悪魔の取引」を持ちかけていた。

 DYRAとタヌは、サルヴァトーレが仕事で席を外した後も、席を立たなかった。

 タヌは、周囲にメイドを含めて人がいないか見回した。誰もいないとわかるや、テーブルに置かれたポットの紅茶をカップへ注ぎながら切り出す。

「DYRA。あのね……ボクと初めて会ったときのこと、覚えているよね?」

 タヌが言わんとすることを理解したDYRAは、タヌの方を見て頷いた。

「ああ。火を放たれたレアリ村で、アオオオカミに殺されかけたところ、だったな」

 DYRAが初めて出会ったときのことをちゃんと覚えている。そのことにタヌは安堵した。

「タヌ。安心しろ。ペッレでサルヴァトーレに出会ったあたりもちゃんと覚えている」

 淡々と話すDYRAに、タヌは新鮮な感情を抱く。ほんの僅かではあるが、今まで出会ってから話してきた中で、一番柔らかい表情だなと。

「DYRA。ボク、謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 一体、タヌが何をしたのだ。DYRAは不思議そうに見つめる。

「その、鞄のことなんだけど……。ボク、DYRAがいなくなって動揺しちゃって。色々あって、結局、お金とカードを持ってくるのが精一杯だった」

 タヌは白い鞄の中に入っていた財布とカードが入った封筒のことを告げたつもりだった。

 DYRAは小さく首を横に振った。

「気にするな。大したことじゃない。むしろ、お前に余計な心配を掛けて本当にすまなかった」

「あの鞄、そういえばサルヴァトーレさんも持っていたよね?」

 それはDYRAにとって思わぬ切り出しだった。タヌがまさかそこまで見ていたとは。

「DYRAとサルヴァトーレさんのこと、色々考えたりした。これは質問じゃなくて、独り言くらいで聞いて」

「ああ」

「鞄の中に入っていた服のこと。知らない人から受け取った鞄の中の服と、サルヴァトーレさんがくれた服。パッと見で、同じ服だったけど、ボクが見てもサルヴァトーレさんが持ってきた服の方がいいってわかる。だって、まるで最初からDYRAのために全部用意してあるって感じだし。今着ている服も、サルヴァトーレさんが作った服でしょう?」

「それは仕立屋だからだろう」

 DYRAはタヌに、次を話せと視線で促す。

「あと、地下水路でのこと」

 タヌはDYRAに、RAAZが入ってきたときの様子を話し始めた。

「あのときの人、まるで、ここにいるって最初からわかっているような感じでゆったりと入ってきたんだ」

「待て」

 DYRAがすぐに話を止める。

「結局、その地下水路とやらにいたのは、誰と誰だったんだ?」

 DYRAからの質問に対し、タヌが言いにくそうに答える。

「例の、乗合馬車で出会った人そっくりな人と、フランチェスコであの人が降りたとき、迎えに来ていたすごい綺麗な女の人。あとは黒い服の人が何人か。それで、途中からRAAZさん(・・)らしい人が入ってきた。あの人を、イスラだかアレーシとか呼んでいた。女の人はここで逃げた」

 タヌはカップに注いだ紅茶を一気に飲み干してから、DYRAの反応をじっと見る。

「それで、そのときにあの、そっくりな人だけど、気になることを言っていた」

「何て?」

「『DYRAの心は俺が握っている。もう、お前なんか、殺す対象でしかない』って」

 聞いているDYRAは、再び視線だけで続きを促す。

「そうしたら、RAAZさん(・・)はいきなり笑い出して、『すべて茶番だと気づかないのか』って言い返したんだ。そのあと、DYRAを傷つけたから仕返しに来たみたいに言っていた」

 表情や顔色にこそまったく出さないものの、DYRAは内心、激しく動揺した。殺そうと追っている自分をRAAZが何故守るのか。

(いや、そうじゃない)

 本当のところ、何がどうなっているのか。DYRAは自らが置かれた状況に対し、理解が追いつかない。

 それだけではない。知る限り、RAAZは自身をRAAZと認識した者に対し、容赦なく死を与えているはずだ。『錬金協会の会長=RAAZ』という話も、本人が肯定も否定もしないので、周囲も敢えて追求しないだけのはずではなかったか。タヌが無事であることに、DYRAは驚くと同時に困惑する。よほどRAAZの道楽心が働いたか、思うところがあるのか。

「ボク、RAAZさん(・・)が一体何を言っているのか、何を話しているのか、全然わからなかった。わかったのは、ボクがDYRAを庇ったから調子狂ったって。それで、ボクに街から逃げるようにって。『可愛いDYRAを悲しませる気はない』って」

「そんなことまで言ったのか」

 DYRAは普段通りに話したつもりだった。が、タヌの目には彼女が耳を疑っている風に見えた。

「うん。ボクはその言葉を信じて水路っていうか、フランチェスコから逃げた」

 タヌは、入れ違うようにアオオオカミの群れがフランチェスコに雪崩れ込んできたこと、その際、群れがタヌに目もくれなかったことも話した。

 ひとしきり話を聞いたところで、DYRAはしばし、考え込んだ。救いは、タヌがあくまでも「独り言」というスタンスで話したことだ。もし、一々回答やら解説が必要だとしたら、とても話せない。特にRAAZまわりについては。

「DYRA。ボク、あそこでRAAZさんと別れてから一つ、気になるっていうか、引っ掛かっていたことがあって」

「気になる?」

「こんなこと言っても信じてもらえないと思うけど」

 タヌは少し間を置いてから続ける。

「RAAZさん(・・)って、実はサルヴァトーレさんなんじゃないかって」

 DYRAとRAAZとの間で、サルヴァトーレの正体をタヌに明かさない約束となっている。タヌが他言すれば最後、末路は一つしかない。DYRAはすぐにそのことを思い出した。

「逃げたときからずっと、引っ掛かっていたんだけど、ようやくわかった。地下水路ですれ違ったとき、サルヴァトーレさんと同じ匂い(・・・・)がしたんだ。花の香りみたいな」

 DYRAの表情がひときわ険しくなった。タヌは彼女の鋭い視線に気圧された。

「タヌ。良く聞け」

「う、うん」

「RAAZを詮索して、生きて帰った人間はいまだかつて存在しない」

 DYRAは言葉を選びながら、さらに念押しをするように加える。

「一歩間違えたら、サルヴァトーレも望まない形で面倒に巻き込むぞ?」

 サルヴァトーレは現時点でDYRAと同じくらいに自分の味方であり、理解者だ。些末な疑念で彼を失うなど不本意そのものだ。タヌは、DYRAからの言葉を警告として心に刻んだ。このとき二人の間に流れた空気に、タヌは息苦しささえ感じた。DYRAは意識を逸らすように空を仰ぎ見た。


再構成・改訂の上、掲載

059:【MERET】サルヴァトーレさんの正体は2024/07/27 21:53

059:【MERET】サルヴァトーレさんの正体は2023/01/07 15:40

059:【MERET】サルヴァトーレ a.k.a.……(1)2018/09/09 15:58

CHAPTER 62 あの日、あのとき2017/07/13 23:00


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