058:【MERET】錬金協会の会長は、幹部より怖い
前回までの「DYRA」----------
DYRAがタヌとサルヴァトーレへ重い口を開き始めた。ピルロへ行こうとし、途中で変更してフランチェスコへ出向いた経緯。だが、その翌日からのことは本当に何も覚えていないので話せない。だが、そんなDYRAの様子をサルヴァトーレはそれで良いとばかりに見つめた。
サルヴァトーレは邸宅に戻ると、ポケットに入れたメモにもう一度目を通した。
(ロゼッタ。さすがだな。キッチリと仕事をしてきたわけか)
煉瓦色の髪とルビー色の瞳を持った「サルヴァトーレ」から、銀髪と銀眼の姿へ戻った男は満足げな笑みを浮かべた。メモから目を離すと、男は周囲に人の姿がないのを確認し、壁の一角にある隠し扉を開くとその向こうへ消えた。
男がたどり着いた部屋は地下室だった。窓がないことを除けば一見、安い宿屋の一人用部屋を思わせる簡素な部屋だった。それでも、サイドレールのついたベッドや、テーブルと椅子が置いてある。
部屋には、大きな木箱と、身体のラインがハッキリわかるボディスーツに身を包んだロゼッタの姿があった。木箱は蓋が開いており、中には人間が一人、収まっていた。目隠しと猿轡をかまされ、両手両足を麻紐で縛られたバイオレット色の長髪が印象的な女だった。服は裾が乱れており、半裸も同然だった。外傷などは見えないもののぐったりとしている。
「連れてきたか」
男は満足そうな表情で告げた。
「はい」
「ロゼッタ。次の頼みだ」
「何なりと」
「……」
男はロゼッタに依頼内容を小声で伝えた。
「かしこまりました」
ロゼッタは一瞬、拍子抜けした。子どものお遣いのようなささやかな頼まれごとだったからだ。もちろん、それでも油断しない。
「で、渡す相手だが、|どっちのイスラでもいい《・・・・・・・・・・・》。『欲しいものをくれてやるから、フランチェスコの西端広場に深夜、取りに来い』とでも言っておけ」
聞いていたロゼッタは内心、そんな漠然とした伝言でいいのかと訝る。それでも、そこを気にするのは自分の仕事ではない。相手側もそれでわかるのだろう。そう理解し、丁寧に一礼した。
「かしこまりました。それでは」
ロゼッタは早々に部屋から出て行った。彼女の気配が完全になくなると、男は女を箱から引っ張り出して、ベッドへ寝かせた。女の両手と両足首をそれぞれまとめて縛っていた麻紐を解くと、そのまま四肢をそれぞれ左右のサイドレールに縛り付け、目隠しと猿轡を外す。女の顔が露わになった。目鼻立ちのハッキリした美女だ。整いすぎた顔立ちが、まるで作り物のようにも見える。男は最後に、テーブルの上に置いてあるランタンに布を被せ、灯りをギリギリまで暗くした。
「いい加減、目を覚ました方がいいんじゃないかな?」
男はそう言うと、寝かせた女の頬を何度か、軽く叩いた。
「あっ」
女は頬への痛みで意識を取り戻し、あたりをキョロキョロと見回した。目が慣れてくるに連れ、微かに周囲が見えてくる。
「やぁ、ソフィア。目を覚ました?」
彼女の正体は、錬金協会の女性幹部だ。突然聞こえてきた声にソフィアはハッとした。
「ここ……どこ? ……って、だ……れ……?」
うっすらと見える人影。ソフィアの目が暗さに慣れてくるに連れて、そこにいる人物が何者か、だんだんとわかってくる。
「か、かい……ちょ……」
ソフィアは錬金協会でも高位の立場故、素顔こそまじまじと見ていないものの、会長と言われる人物の声や雰囲気は知っていた。
「ど、どうして……?」
ここでソフィアは、自分の両手両足が動かないことに気づいた。ほどなくして、自分が置かれた状況を理解すると顔色を変えた。同時に、どうして自分がここにいるのか、慌てて記憶をたどる。
(イスラ様に言われて……)
メレトの外れにある小屋で密会を終えた後、イスラが先にその場を去った。しばらくして、夜陰に紛れて小屋を出た。高級別荘街の性質上、夜、移動しても誰にも見つかるまいと思い、普通に歩いて帰ろうとした。その矢先、突然、頭部への激痛が走り、目の前が真っ暗になった。
(まさか!)
ソフィアはここで記憶が切れていることに気づくと、誰かに襲われて連れてこられたに違いないと推測する。このとき、かねてより自分が会長に呼び出されていたことも思い出す。
(確かに呼ばれたわ。でもこれって!)
常識的に考えて、これは呼び出しではない。人攫い同然だ。よもやこんな形で会長と一対一で会うことになろうとは。内心、憤った。
「やぁ」
笑みを浮かべた顔で男は告げた。
ソフィアは目の前の人物へ、強い視線で怒りをぶつける。一体どういう神経をしているのか、これが「呼び出し」なら常軌を逸している、などと思いながら。
「いくら会長でも、わたくしへの無礼は……」
許さない。その意思表明をしようとするが、四肢を拘束された状態故か、その言葉には説得力が爪の垢ほどもなかった。
「無礼は、何かな?」
布が裂ける音と、ほぼ同時に太腿あたりに感じた空気の冷たさに、ソフィアは恐怖を感じると思わず息を呑んだ。スカートがスリットから上に向かって引き裂かれた。ほぼ真っ暗な空間で受けるとんでもない辱めに、彼女は内心、戦慄した。そこへ追い打ちよろしく冷たい男の手の感触が太腿の内側に伝わる。
「ひっ!」
「ふうん」
触られる感触が脚の付け根あたりまで達すると、ソフィアは引きつった声を上げた。
「お手入れが行き届いているみたいで。イスラはそういう趣味なのか?」
それまでとは一転、男は棒読み調で言った。逆に、その言い方故、自分がこれからどういう目に遭うのかソフィアは漠然と想像できた。
「別に怖がることはない。聞きたいことがあるだけだ」
男はごく普通の日常会話のように告げた。しかし、振る舞いとのギャップの大きさがソフィアをより一層恐怖へと引きずり込む。
「簡単な質問だけだ。そりゃあ、キミ自身のためにもイスラと別れることを推奨するけど。もっとも。キミが選ぶ運命だから? 特に無理強いもしないしね」
男が言わんとすることを理解したソフィアはすぐさま反論したい気持ちに駆られるが、行動にも言葉にもならなかった。男の指が、触れられて欲しくないところにまともに触れているからだ。痛いとか不快な類ならどれほど良かったかと思うほどに、優しく。
「ふぁっ!」
男は女の身体をあまりにも優しく、だが、精神的に最も厳しく責め始めた。
「初対面だったはずのガキの名前を、何で知っていたのかな?」
我を失いそうになるほど優しく心地良い感触を前に、ソフィアは男からの質問内容を把握できない。
「な、何の話? ……って!」
「難しいことは聞いていないよ? イスラとどんなプレイしているかより、簡単に答えられると思うけど?」
この後、ひたすらソフィアは優しく責められ、弄ばれた。悲鳴なのか嬌声なのかわからない声を上げながら、いつの間にか、涙がこぼれる。
ソフィアの中で時間の感覚が完全に失われ、頭の中が真っ白になりかけた。
「いい表情だね。これはイスラに見せてやりたいな」
羞恥心が吹っ飛びそうになりかけたソフィアの意識を、男が引き戻す。
「やめっ……それだけは……やめっ……」
「キミの身体は、そんなこと少しも言っていないよ?」
優しいようで、どこか冷たく突き放す男の口調も、ソフィアの心を容赦なく責めた。嬌声が一層大きくなる。
「止めない……で……」
男は、ソフィアが完全に堕ちているとわかっていたが、気づいていないフリをして、責めるのを止めた。そして、わざとらしくクスクスと笑った。
「あっ」
自分の言った言葉にソフィアはハッとした。彼女の表情を見ていた男はわざとらしく「困った」ような顔を作る。
「じゃあ、こうしようか。キミが何でイスラについていったか正直に話すならさっきの質問には答えなくていいよ。別にこんなつまらないことで脅す気もない。バカバカしい。表だってキミと会う機会もないし。ああ、せっかくだ。次の機会にイスラへ会長の椅子を渡す」
快楽の責め苦に必死に耐えるソフィアの耳元に、あまりにも甘い申し出が届く。
「キミがずっとイスラのために尽くしてきたなら、話して損はないんじゃない?」
会長の椅子を渡すの一言は、ソフィアの心をぐらぐらと揺らす。
「それとも、キミがイスラへ近づくきっかけになった、不老不死の秘訣もお望みかな?」
私が負けたんじゃない。自分の性的な魅力たっぷりの身体に会長が負けたんだ。男の囁きに、ソフィアは必死に自身に言い聞かせることしかできなかった。
「わたくしの……時間を……」
「うんうん」
うわごとのような声を親身に聞くフリをしつつ、男はソフィアの服を脱がせ、柔肌に指を滑らせた。
「時間を……若さを……」
ソフィアは快楽に流されるまま、時折嬌声を上げながら、男の質問に答え始めた。
再構成・改訂の上、掲載
058:【MERET】錬金協会の会長は、幹部より怖い2024/07/27 21:52
058:【MERET】錬金協会の会長は、幹部より怖い2023/01/07 15:29
058:【MERET】手のひらの上の花びら(2)2018/09/09 15:46
CHAPTER 60 吉報と薔薇2017/07/06 23:00
CHAPTER 35 DYRAの決断、タヌの疑問2017/04/10 23:0