056:【MERET】タヌ、再会するなり質問攻め
前回までの「DYRA」----------
RAAZはDYRAを真っ白い部屋から連れ出し、別荘の寝室へと移す。目を覚ましたDYRAは自分が理解できない状況がずっと続いていることもあり、苛立ちを露わにした。だが、タヌがいることを知り……
「あれ。ボクいつの間に寝ていたんだろう」
メレトで二回目の朝を迎えたタヌは、ベッドから起き上がると、窓を開けて部屋の空気を入れ換えた。次に一風呂浴びて汗を流す。
風呂から上がり、ちょうど着替えを済ませたときだった。
部屋の扉をノックする音に気づくと、タヌは扉の前へと走った。
「おはよう。入るよ、タヌ君」
聞き慣れた声と共に扉が開いた。立っているのは、煉瓦色の髪とルビー色の瞳を持つ、背が高い、お洒落な男だった。
「サルヴァトーレさん」
昨日いきなり寝てしまった謝罪をタヌは開口一番告げるつもりだった。が、サルヴァトーレが一瞬早く切り出す。
「いい話を持ってきた」
顔に満面の笑みを浮かべるサルヴァトーレを見たタヌは、もしかして、と期待する。
「昨日の夜遅くなんだけど、シニョーラが着いたよ」
聞いた途端、タヌの表情がパッと明るくなった。
「え! DYRA、今、もう来ているんですか!」
「うん。ただね、着いたときにはもう相当お疲れだったみたい。キミと同じように、倒れるように眠ってしまったんだ」
サルヴァトーレが告げるや、タヌは矢継ぎ早に質問する。
「今、どこ!?」
「もう、テラスにいて、タヌ君のこと待っているよ」
「良かった!」
タヌは、サルヴァトーレの言葉を聞くなり勢い良く部屋を飛び出した。
「DYRA」
「タヌ……」
タヌはテラスのテーブル席にいる人物を見るとすぐに駆け寄った。
「DYRA!」
傍らに着くなり、タヌは少しだけ肩で息をしながらも安堵の表情を浮かべた。心なしか、うっすらと涙を浮かべている。
「良かった! 本当に良かった。フランチェスコでいなくなっちゃったとき、どうなるかと思った。でも、でもDYRAが無事で、良かった!」
「すまない。お前にも随分心配を掛けた。許せ」
どこか素っ気ない口調で告げるDYRAの姿を見ながら、タヌは改めて、彼女が本当に戻ってきたと実感した。
そこへ、頃合いを見計らったような絶妙なタイミングで、サルヴァトーレが姿を現した。朝食を運んできた二人のメイドも一緒だ。
「おはよう。タヌ君。積もる話もあると思うけど、まずは食事にしようよ」
朝食のメニューは野菜スープとグリーンサラダ、鴨肉のローストとライ麦パンだ。飲み物は発泡水とオレンジジュース。とてもおいしそうだと、タヌの顔が明るくなる。
「怪我、大丈夫? ご飯、食べられる?」
タヌはパンを手に千切りながら切り出した。野菜スープをゆっくり、味わうように口にするDYRAは、スプーンを置いてから答える。
「怪我はない。だが、何の話だ?」
タヌはDYRAの答えに、怪訝な表情をした。
「え?」
人間とは思えぬ回復能力を持ったDYRAへは愚問だったかも知れない。それでも、まさか質問にそんな質問で答えが返ってくるとは。タヌは一瞬、自分の目と耳を疑った。
「あんなひどい目に遭ったのに?」
「ひどい目? そうなのか?」
サルヴァトーレが心配そうな表情で二人のやりとりに耳を傾ける。
DYRAはタヌが何を言っているのかわからないと言いたげに見つめる。タヌは彼女にどこからどう話せばいいのか考える。
「すまない。タヌ。けれど、実のところ、本当に何も覚えていない」
DYRAは彼女なりに、心底から申し訳ないという感情を込めた。
「ボク、あのときDYRAを助けたかった」
何も覚えていないと告げてきたDYRAへ、タヌはフランチェスコで朝食を食べ終わったところから話を始めた。
DYRAが会計のため席を立ってから姿が見えなくなったこと、彼女の代わりに鞄を受け取ったこと、錬金協会の図書館での出来事、クリストとの再会、ロゼッタとの出会い、そして地下水路にDYRAがいると知り、乗り込んだこと。
サルヴァトーレは聞き役に徹し、耳だけを貸す。パンにバターを軽く塗って野菜と鴨肉ローストをパンに挟みながら。
「水路から流れてくる青い花びらを逆にたどったら、そこにいたのがあの、乗合馬車で会った人だった。おまけに一緒にいた女の人がボクの名前を呼んだ。ビックリして、もう、何が何だかわからなくなって。そしたらそこへ、前にDYRAが『探している』って言ってた、RAAZが来た」
RAAZが来た。この一言にDYRAは表情を僅かに硬くする。
「その、名前を聞いたわけじゃないけど、でも、あの人が多分、RAAZだと思う」
「DYRA……?」
「シニョーラ?」
肉を挟んだパンをそれぞれの皿に置いたところで、サルヴァトーレはDYRAの表情をそっと覗き込んだ。
「すまない。やはり思い出せない」
タヌは気の利いた言葉が浮かばなかった。食事の時間なのに気まずい空気を充満させる原因となっていることもプレッシャーとなる。
「シニョーラ。タヌ君」
そんな空気の流れを変えようと、それまで聞き役だったサルヴァトーレが口を開く。
「逆にシニョーラが覚えていることを聞いてみる、ってどう?」
サルヴァトーレからの提案に、タヌはその手があったかと気づく。
「ほらほら。タヌ君。キミは食事をしないと。温かいものは温かいうちに食べなきゃ。作った人に失礼だからね」
笑顔で告げたサルヴァトーレの言葉にタヌはその通りだと思う。
「あ、はい」
タヌは出されたパンを食べ始めた。その様子を見たサルヴァトーレがここからは自分が質問役になるとばかりにDYRAへ声を掛ける。
「シニョーラ。貴女はピルロへ行くと言いながら行かなかったよね? どうしてかな」
DYRAは何も答えず、黙々とサラダを食べる。その様子に、タヌは彼女がサルヴァトーレを無視しているように見えた。
「キミたちはピルロ行きの乗合馬車に乗ってファビオで降りた」
(どうして、知っているの!?)
サルヴァトーレにそこまで話していない。タヌは内心、心臓が飛び出しそうになる。
言いたいことはわかっているとばかりにサルヴァトーレがタヌをちらっと見た。
「ピルロに来なかった時点で、キミたちがフランチェスコへ行ったことは簡単に想像が付く。一度はピルロ方面へ動いたなら、ファビオ経由で、ともね。まともな道を通るなら、このルートしかない」
ズバリ言い切ったサルヴァトーレを前にして、DYRAは黙々とスープを口にする。
(サルヴァトーレさん……すごい)
正確に言い当てられたことに、ぐうの音も出ないと言いたげな表情のタヌと、何事もなかったように食事を続けるDYRA。なおもサルヴァトーレは続ける。
「そして、キミたちは乗合馬車を乗り継いでフランチェスコへ入った。違うかな?」
サルヴァトーレはわざとらしいくらいの笑みを浮かべ、DYRAの皿に載せた鴨肉ローストのパンを手に取る。そして手で半分に割って野菜スープを食べ終えたDYRAへ差し出した。
「肉を食べないと、身体に悪いよ?」
この様子に、タヌはサルヴァトーレが笑顔で詰め寄っているようだと感じた。
「……余計な、お世話だ」
DYRAの切り返しも、サルヴァトーレは意に介さない。
「あんなにお疲れで、何を言っているの? 身体はたくさん栄養を必要としているはずだよ」
DYRAはサルヴァトーレを冷たい目で見ながら、差し出されたパンを受け取った。
(そういえば、DYRAって野菜以外、仕方がないから食べている?)
ペッレで食事をしているときもそうだった。DYRAは最小限の食事以外したくないのだろうか。タヌは心配と懸念半々で彼女を見つめた。
「シニョーラ。自分はこれでも、お友だちがたくさんいるつもりだ。だから、キミたちがどこへ行き何をし、どうなったかを多少は聞いている。でも、シニョーラが覚えていることは、シニョーラ自身の口から話して欲しいな」
DYRAはサルヴァトーレの言葉に、特に何も言い返さない。それでもあれこれと考える。
(まったく。RAAZめ!)
DYRAはサルヴァトーレの言い分に腹立たしさを抱く。だが、それを口に出せば最後、秘密保持を理由にタヌがこの場で殺されかねない。ここに来て、DYRAは単に話すか否かだけでなく、記憶にある限りの行動とその意味とを思い返し、それをも踏まえた上でどうするべきかを考える。
(そもそも、何故私はRAAZを殺そうとしていた?)
「DYRA?」
何も返事をしないDYRAを見かねたタヌが声を掛ける。サルヴァトーレをいつまでも無視するのはいかがなものかと思ったからだ。
「……タヌ。サルヴァトーレ」
今は自分の振る舞いすべてを洗い直している場合ではなかったとDYRAは我に返る。聞かれたことに答えるか、沈黙を保つかを考える場面なのだ、とも。
「あのとき……」
結局、DYRAは重い口を開いた。
再構成・改訂の上、掲載
056:【MERET】タヌ、再会するなり質問攻め2024/07/27 21:50
056:【MERET】タヌ、再会するなり質問攻め2023/01/07 14:54
056:【MERET】そして再会(6)2018/09/09 15:38
CHAPTER 61 再会の茶番2017/07/10 22:00