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DYRA ~村を焼かれて帰る場所をなくした少年が、「死神」と呼ばれた美女と両親捜しの旅を始めた話~  作者: 姫月彩良ブリュンヒルデ
IV 高級別荘街メレト

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54/333

054:【MERET】タゲられた錬金協会のあの女だけど……

前回までの「DYRA」----------

RAAZが動き出す。ロゼッタを使い、「『ヤツ』を始末するために」必要なことをすぐにやるように命令した。それは何と、錬金協会の「彼女」の身柄確保だった。

 男とロゼッタがやりとりをしていた頃。

 メレトの街の入口近くにある小さな家で、二人の男女が密会していた。家は周囲の邸宅と比べても明らかに小さく、事情を知らぬ人間が見たら、門番がいる詰め所か、乗合馬車の待合所か何かと誤解しそうな程度の大きさだ。部屋も一つだけで、調度品がそれなりに良いものでなかったら、使用人の部屋と言われても信じてしまうだろう。

「あの地下水路で、貴女にいらない負担を掛けてしまったね」

「いえ……大丈夫ですのよ。イスラ様がご無事だったなら何よりで」

 女は錬金協会の幹部ソフィア。副会長やディミトリと行動を共にしていた美女だ。もう一人は、不思議な色合いをした長髪の一箇所を細長い三つ編みに結っている男だった。

 笑顔で話すソフィアに、長髪の男は自らが着ている黒いロングコートのポケットに入れていたものを取り出すと、彼女に差し出した。

「お詫びのしるし。あげる」

 それは薬などの小さなものを入れられるケースだった。

「丁寧に、ありがとうございます」

 ソフィアは中身を確認する。粉薬とおぼしきものが三包ほど入っている。

「ただね。言いにくいけれど、そろそろ勝負しないとダメな場面になってしまったかも」

 長髪の男は天井を仰ぎ見ながら話す。ソフィアはそれを心配そうに見つめた。

「正直、貴女たちが『会長』と呼んでいる人物を倒す準備は現時点でまだ完全にはできていません。せっかく理解ある貴女たち皆の力を借りているというのに」

 長髪の男が言い終わる前に、ソフィアが言葉を被せる。

「いえ。そんな弱気にならないで下さいませ!」

 ソフィアは、弱気か自嘲かわからないような笑みを浮かべる長髪の男を抱きしめると、背中に手を回した。

「イスラ様は勝ちます。大丈夫です。わたくしが、勝たせます。どんなことをしても」

 ソフィアの言葉を聞いた男は困ったなと言いたげな笑顔で、彼女のうなじのあたりをそっと撫でる。

「お気持ちは嬉しいけれど、それを受け取ってしまったら俺は『悪党』になってしまいます」

 長髪の男が告げた言葉の裏に込められた意味をソフィアはすぐに理解した。

「イスラ様に勝っていただくためなら、わたくしは何でもしますわ。どんなひどいことでも。あなたが『表の世界を全部裏切れ』と言うなら、わたくしは裏切りますとも」

 ソフィアの言葉を聞きながら、長髪の男は彼女のうなじを撫でるのを止めた。

「貴女はもう、俺のために色んなものを裏切って下さっているじゃないですか。何より……」

 長髪の男はソフィアから少しだけ離れ、彼女の両肩に自分の両手をそっと乗せる。

「地下水路に来たあの男の子。本当は貴女が知っている子なんじゃないですか?」

 聞いた途端、ソフィアの表情がこわばった。気まずい沈黙が部屋に広がる。だが、そんな空気を断ち切るように、ソフィアは気持ち大きめに頭を振った。

「いえ。人違いでございます。無力なあの子(・・・)があの場に来られるはずなんてございませんわ。もう、|この世からいなくなっている《・・・・・・・・・・・・・》はずですから」

 ソフィアの言葉に、長髪の男は柔和な笑顔のまま、少しだけ驚いた素振りをする。

「貴女は今、あの少年を良く知っているって、言っちゃいましたね?」

 ソフィアの顔色が青ざめた。

「その選択で、貴女は本当にいいのですね?」

 質問の口調はまるで、念押しをするようなそれだった。ソフィアは長髪の男へ即答する。

「はい。わたくしはただただ、『自分の時間を返して欲しい』という一念からイスラ様のお役に立とうと決めたのでございます。その一念、今になってどうして揺るぎましょう?」

 微塵の迷いも揺るぎも感じられないソフィアの口調に、長髪の男は目を見開く。

「俺のために貴女は何て恐ろしいことを」

 長髪の男の反応を困惑と解釈したソフィアは畳みかけるかのように言葉を返す。

「いえ。あなたと、わたくしのためです」

「え?」

 ソフィアの口から飛び出した言葉は、彼女の選択以上に長髪の男を驚かせた。長髪の男は、彼女をじっと見つめることしかできなかった。

「だから、わたくしはその……」

 詰まったのか、ソフィアの言葉がここで切れてしまう。長髪の男は言葉を選びながら彼女を宥める。

「安心して下さい。貴女が望んだもの(・・・・・)は、お渡しします。どうか気持ちを落ち着けて下さい」

 長髪の男はソフィアの考えていることを見抜いていると言わんばかりに、彼女の両肩から手を離し、今度は両手で彼女の両頬を包み込むように触れる。

「これ以上、ひどいことを頼むのは、心苦しいです」

「いえ。頼んで下さって良いのです。やらせて下さい。イスラ様のお役に、立たせて下さい」

 ソフィアの口調はもはや懇願するそれだった。

「貴女がそんなことを言うと、俺は本当に貴女を傷つけた上、人でなしにしてしまいますよ?」

「言いましたでしょ? わたくしは、イスラ様のためにどんなことでも、どんなひどいことでもすると。当然、人でなしにだってなりますとも」

 この後、しばらくの間、沈黙の時間が流れた。

「本当に、いいんですね?」

 やがて長髪の男は意を決したように、ソフィアに頼みたいことを伝え始めた。


 男女が密会をしている小屋の裏で、長身の人物が夜陰に紛れて耳をそばだてる。盗み聞きともいうやつだ。

(貧しい愛を取るよねぇ。まぁ、こっちとしてはそういうヤツは利用しやすいから助かるけど)

 不思議な色合いの長髪を後ろでポニーテールにまとめた男だ。彼は左側の耳元あたりから結ってある三つ編みを撫でて嘲笑を浮かべた。

(それにしても、あの彼女はアイツの手の中だし、面倒だな)

 ポニーテール男は乗合馬車の中で出会った女性のことを思い出しながら腕を組み、夜空を仰ぎ見た。

(俺は世界をどうとか、この文明世界をどうしたいとか、そんな御大層な野心はない。ただ、一人ぼっちと、死ぬのは懲り懲り。それだけだ)

 建物の中から漏れ聞こえる会話はいつしか、男女の情事の声に変わっていた。

(あーあ。仕事でないならあんな整形サイボーグの若作り女を抱くなんて絶対無理。身体に伝わる電気信号ってだけだし、情のないナントカってヤツだなぁ)

 ポニーテール男は、どこか楽しそうに情事の嬌声を聞き流す。

(どちらにしろ、今は俺一人じゃ何もできない。あの彼女や一緒にいたあの子が探し出してくれるのを待つか、いっそ仕掛けるか。でも、それまでどこに隠れていればいいんだか)

 表だって動けぬ我が身の振る舞い方を考えつつ、ポニーテール男は夜の闇に溶け込むようにその場から立ち去った。


再構成・改訂の上、掲載

054:【MERET】タゲられた錬金協会のあの女だけど……2024/07/27 21:48

054:【MERET】タゲられた錬金協会のあの女だけど……2023/01/07 14:30

054:【MERET】そして再会(4)2018/09/09 15:20

CHAPTER 59 毒2017/07/03 23:00


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