053:【MERET】ガキが利口すぎるから
前回までの「DYRA」----------
サルヴァトーレがRAAZか。タヌはド直球でそれを聞く。サルヴァトーレは笑ってはぐらかす。だが、ガキと見くびっていた少年の利発さに、サルヴァトーレ、もとい、RAAZは危機感とも不快感とも何とも言えぬ感情を抱き始めた。
男は、タヌを送り届けてから姿を見せていなかったロゼッタを呼んだ。そこにいるのはわかっていると言わんばかりだ。
「はい」
どこからともなく姿を現したロゼッタは、男の後ろ、バルコニーに出られる窓際のカーテンの陰で跪いていた。冴えない中年女性のメイド姿ではない。鍛え抜かれた身体のラインがハッキリ見えるボディスーツ姿で、美貌も隠していない。
「キミのことだ。抜かりなく調べてあるんだろ?」
笑いながら問いかけてきた男に、ロゼッタは跪いたまま頷いた。もちろん、男の視界の外なので見えることはない。
「はい」
「徹底的に調べ上げてヤツに達した、と見た」
「仰る通りでございます」
「何だっけ? ソフィアの、あの旦那」
男は、とっくの昔に知っていることをロゼッタに確認するような風だった。
「ピッポと呼ばれる男、フィリッポ・クラウディージョで?」
「ああ。そうだ。確かある筋から聞いた話じゃ、『夏の初め、カミさんが姿を消して、慌てて出てきたところで奴らが捕まえようとしてしくじった』そうじゃないか」
男はロゼッタのいる部屋の方へ振り向くことさえせず、空を見つめながら話をする。
「はい」
「フィリッポ・クラウディージョは結局今、どこにいるんだ?」
「海に出た形跡はございません。ですが、アニェッリはもちろんのこと、フランチェスコやマロッタ、ピルロのいずれでも発見できておりません」
「要は行方知れず、か」
「不本意ですが、仰る通りです」
「続けろ」
「フィリッポ・クラウディージョの妻の名はソフィア・アレーラ。夫婦でレアリ村に身を隠しているのは表向きのことです」
核心に迫る話かと、男は楽しそうな笑顔を浮かべて聞いている。
「あの女はレアリ村に身を隠して以来、二重生活を送っていました」
ロゼッタの言葉で、男は言いたいことが何となく見えてきたのか、笑い出す。
「二重生活? 要するにあの女、ヤツに自分の身体を売り飛ばしているんだろう?」
「会長のお言葉を借りるなら、そうなります。被験体と言えば聞こえはいいですけど」
「何でそんなバカなことをするのか、私には皆目理解できないよ。女のお前なら、多少は理解できると思うが、どうなんだ?」
「『若さのためならすべてを捨てる』価値観は、残念ながら私には理解できかねます」
ロゼッタからの回答に、男は笑いをこらえるのが精一杯といった風の仕草をしてみせる。
「で、あの夫婦をたどって、ヤツまで調べ上げたんだろう? どこにいる?」
問うた男の瞳は一瞬前までとは別人のような鋭い輝きを放った。
「会長がお探しの方につきましては」
ロゼッタの答えを聞きながら、男はここで一瞬だけ振り返った。カーテンの陰に隠れているロゼッタの姿は見えないが、影は見える。男にはそれで十分だった。
「フランチェスコで目撃の情報が出ております」
「なぁ」
男は改めて振り返り、バルコニーの手すり壁に背を預けて部屋を見る。ロゼッタは敢えて正面に位置を取り直すことなく、カーテンの影から動かないままで話を続けた。
「地下水路の件だ」
「はい」
「あれは、お前の目に……連中の目的は何だったと映る?」
男からの質問に、ロゼッタは深呼吸をする程度の間を置いてから答える。
「正直に言えば、彼らが何を考えているかなどわかりません。ですが、会長の『お客様』に御用があったのは、会長の不利益のため……これだけは想像がつきます」
ロゼッタからの答えは、聞いている男にとって賢いの定義に対する模範解答とも言えた。踏み込みすぎず、知らない振りなどと白々しいこともしない。さりとて知りすぎを暴露する愚かさもない。自分の役目に必要な情報を理解、把握できている旨を正確に伝えたものだ。
「ロゼッタ。これからすぐに動け。明日の夕方までにやってのけろ」
男はおもむろに切り出す。
「私は正直、レアリ村の二人はどうでもいい。だが、ヤツを始末するコストとして必要なら引きずり出すし、殺る。それだけだ」
「はい」
「……ターゲットはわかっているな」
男が目をつけている人物が誰か、ロゼッタは話の流れで理解していた。レアリ村の二人のうち、一人は現時点で行方知れずなのだ。自ずから知れている。
「はい。会長」
「無傷で連れてこいよ。あの女は餌としては勝手が良いからな。こちらが動いていることと、目的を隠し通せるならどんな手を使っても構わない」
「かしこまりました」
「あと一つ。あのガキにも気づかれるなよ?」
「はい。それでは」
次の瞬間、ロゼッタの影はその場から音もなく消えた。
(茶番はそろそろ終わりだ。私のミレディアをあんな風にしておいてのうのうと生き残っているヤツも、私の可愛いDYRAを傷つけ辱めた愚民共も、皆絶望を味わって死ねばいい)
銀色の瞳は、いつしかギラギラと輝いていた。
再構成・改訂の上、掲載
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CHAPTER 59 毒2017/07/03 23:00