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052:【MERET】サルヴァトーレさんが、RAAZですか?

前回までの「DYRA」----------

錬金協会副会長たちと別れ、近くの河原で無事にロゼッタと再会したタヌ。これでようやくDYRAのことを含め、色々話を進めることもできる。タヌは安堵の気持ちで丘の上にある大邸宅へ案内された。ロゼッタはサルヴァトーレの屋敷と言っていたが、そこは錬金協会会長の家と聞いていた場所だった。

「会長がRAAZかなんて、それは自分も知らないよ」

 それまでとは打って変わって、鋭い、かつ真剣な視線だった。

「でも、シニョーラの身にそんなことが起こったときに現れた、か」

 ひょっとしたら、可能性はゼロではないのでは。タヌには、サルヴァトーレの言葉にそのニュアンスが含まれているような気がしてならない。

「それでも、自分から会長に対してそんな恐ろしいこと、正面切って聞けないよ」

「でも、せめて」

 タヌは遮り、懇願する。

「DYRAが……DYRAが無事なのか、それだけでも知りたい」

 真剣に訴えるタヌに、サルヴァトーレはどうしたものかと言いたげな顔をしてから小さく頷いた。

「一応、方々に連絡をしてはいるけど……。わかった。すぐに言うよ」

 そう言うと、テーブルに置いてある小さなベルを鳴らした。

「はい」

 メイドの一人が姿を見せる。ロゼッタではない。サルヴァトーレが何やら耳打ちすると、メイドは一礼してそそくさと去って行った。

「そういえば……」

 タヌが思い出したように切り出す。

「ロゼッタさんは」

 サルヴァトーレはタヌの顔を見てから、それも聞きたいのかと言いたげに苦笑すると、頷いた。

「服装はともかく、彼女はメイドじゃないよ。自分の、連絡係だね」

 意外な言葉にタヌは興味をひかれる。

「前にも言ったと思うけど、自分、錬金協会が好きじゃない。とは言っても、仕事をいただけるから割り切っているけどね。それで、用があるときの連絡係で彼女を使うんだ」

 この答えにタヌはちょっと納得できなかった。彼女が錬金協会側の事情も少なからず知っている様子だったからだ。

「それにしても、ロゼッタさんは色々知っていますよね」

 タヌの中でもう一つ、どうしても聞きたいことの核心を口にする。

「そうだ。あの。……サルヴァトーレさんはクリストのお兄さんだって、前、言いましたよね?」

「うん」

「クリストはボクに言いました。『兄は錬金協会に殺された』って。で、ロゼッタさんが反論して、すごい剣幕でのやりとりになって」

 タヌは先ほどは伏せておいた、フランチェスコでのあのときの顛末についても話した。

「それね……」

 サルヴァトーレは少しだけ悲しそうな目をしてみせる。

「今まで、伏せていたんだけど」

 タヌはサルヴァトーレほどの人物でもこんな表情をするのかと困惑する。

「彼を、連れ戻したいんだよ、本当はね」

「連れ戻す?」

 そんな言葉が出るとは思わなかったタヌは、意外だと言いたげな表情をしてみせた。

「うん。協会に出入りすること自体を止めたりはしない。勉強したいと思うのもいいことだよ。けどね、あそこの副会長派ってのはちょっとね」

 溜息を漏らすサルヴァトーレを前に、タヌは、本当に悩みの種になっているのだなと思う。

「自分、ホントひどい言われようだよ。あそこのディミトリってガキがロクでもないこと言ったりして、都、そう、アニェッリで裁判まで起こす羽目になったくらいだしね」

 サルヴァトーレが言うには、度を越した中傷誹謗に対する名誉棄損だと言う。

「ディミトリ……って」

 朝食のときに話した相手ではないのか。タヌは思い出す。

「もしかして、金髪の、前髪長い人ですか?」

「ああ」

 奇しくもサルヴァトーレが頷いたのと同じタイミングでメイドが新しい紅茶ポットと三段のケーキスタンドを置いていき、空になったポットやスタンドを下げていく。

「それ、ボクが話した人だ」

「あれは信じない方がいい。まったく困ったガキだから。一度は自分、本当に死んだことにされそうになったりもしたよ」

 もう一度ここで息をついてから、サルヴァトーレは気を取り直すようにティーカップに紅茶を注いだ。

「そうだ。さっきのメイドに、ロゼッタを通してシニョーラの件を会長に伝えて欲しいとは言っておいた」

 ここで、タヌの表情がパッと明るくなる。

「ありがとうございます!」

「多分、明日までには何か連絡が来ると思うよ」

 良かった! タヌが嬉しさを全身で表現しそうな勢いで立ち上がったときだった。

「……っ、あ? あれ?」

 タヌはテラスでそのまま膝から崩れてしまう。

「タヌ君!」

 反射的に倒れそうになったタヌの身体を、サルヴァトーレが慌てて席を立って支える。

「……」

 サルヴァトーレへの疑惑のいくつかが晴れてきたことに加え、DYRAと再会できるかもという安堵の気持ちが芽生えたことで、それまでの緊張の糸が切れたのだろうか。タヌはそのまま意識を失ってしまった。

「あっちゃー」

 サルヴァトーレがタヌを介抱した。そのときだった。

「……トーレさ……んが……」

 タヌのうわごとだった。

「……んです……か?」

 それはほどなく、聞こえなくなる。

「タヌ君?」

 完全に意識がなくなったのを確認すると、サルヴァトーレはテラスから邸宅内へと入り、二階の奥の寝室へタヌを運んだ。

(……『確証』を持ってはいけないよ? 今、それを持てば、キミは死ぬしかなくなる)

 ベッドで寝かせてからタヌを見つめるサルヴァトーレのルビー色の瞳は、誰も見たことがないであろう、冷たい輝きを放っていた。

 サルヴァトーレは、タヌの首に填めてあるチョーカーをそっと外した。

(もう二度と見つけることはできないと諦めかけていたのに、キミはこんなところにいたんだ)

 サルヴァトーレは鍵型のペンダントヘッドに改めて目を留める。水晶のように透明な部分が虹色の輝きを淡く放っている。

(ミレディア……)

 男は、本当の持ち主(・・・・・・)のことを思い出しながら、まじまじと見つめた後、目を細めた。いつしか、男の姿も煉瓦色の髪とルビー色の瞳から、銀髪と銀眼に変わっていた。そこにいるのはもはやサルヴァトーレではない。

 男は一瞬だけ、このまま『返してもらおうか』とも考えたが、行動に移すのは思い留まった。自分にとっては正しい行動でも、眠っている少年から見れば泥棒行為に他ならないからだ。もちろん、男は「良心」などというものを微塵も持ち合わせていない。単に、DYRAが気に掛けている存在を悲しませることで、彼女に嫌われるような振る舞いは何の得にもならない。ただ、それだけだった。

(返してもらうのは、いつでもできる、か)

 男は、ベッドサイドのテーブルにある小物入れに鍵型のペンダントヘッドをつけたチョーカーを無造作に置いた。続いて、小物入れの隣に置いてある真鍮の香炉に目をやる。ベッドサイドのテーブルには引き出しがあり、そこを開けると、いくつかの小さな箱とマッチが顔を出した。男はそこから箱の一つを取り出した。箱の中身は粉だった。香炉に粉を少量入れ、マッチを使って香炉に火を点ける。

 ゆっくりと、甘い香りの煙が部屋に広がっていく。

(悪いね。しばらく眠っていてもらうよ)

 男は引き出しを閉じてから寝室を出て、扉をそっと閉めた。廊下へ出ると、階段を上って、邸宅の最上階のバルコニーへ足を運んだ。そして、難しい表情で空を見上げる。

(さて。そろそろ邪魔なものを一気にまとめて始末する、か。……上手く食いついてくれる(・・・・・・・・)といいんだがな)

 男の中で、これからやろうとしていることの絵が少しずつ、確実に描かれつつあった。それは男にとっては既定路線とでも言うべき絵ではあるが、男以外のすべての人間にとっては、およそ想像することさえできない絵とも言えた。

 空は太陽が西にすっかり傾いており、まだ明るいながらも、星の輝きも見え始めている。だが、男の目にそんなものはあってもなくてもどうでも良かった。

「ロゼッタ。……そこにいるんだろう?」


再構成・改訂の上、掲載

052:【MERET】サルヴァトーレさんが、RAAZですか?2024/07/27 21:46

052:【MERET】サルヴァトーレさんが、RAAZですか?2023/01/07 14:05

052:【MERET】そして再会(2)2018/09/09 15:15

CHAPTER 58 闇への入口


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