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051:【MERET】ようやくサルヴァトーレと再会できたけど

前回までの「DYRA」----------

朝起きて、タヌはディミトリからサルヴァトーレ評を聞く。ひどいことばかりだ。タヌは何だか悲しいとも失望とも言える思いを抱えつつ、錬金協会副会長たちと別れる。話に聞いていた近くの河原へ行くと……。

「タヌさん」

 突然、聞き覚えのある女性の声がタヌの耳に飛び込んだ。タヌは反射的に声の聞こえた方へ振り返った。

 一本の大木の陰に、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛けた、冴えないメイドの姿があった。

「あ……」

 タヌは誰かわかると目を見開き、喜びを露わにした。

「ロゼッタさん!」

 フランチェスコでタヌを助けたメイド姿の女性だった。サルヴァトーレからの遣いと聞いていることもあり、タヌは心底から安堵の息を漏らした。これで、サルヴァトーレに会うことができると確信できたからだ。

 タヌはすぐさまロゼッタのもとへ駆け寄った。

「ロゼッタさん! 無事だったんですね! フランチェスコの水路で別れちゃったからどうなったかと心配していました!」

 タヌの言葉に、ロゼッタは笑いながら頭を振った。

「いぃえぇ。こんなオバチャンをオオカミさんも襲う気、なかったみたいですよ」

 コロコロと笑いながらロゼッタは告げると、タヌに一緒に来るように仕草で伝える。タヌはロゼッタの後を歩き始めた。

「フランチェスコのサルヴァトーレ様のお店から飛脚が来ましてね。サルヴァトーレ様も、タヌさんのこと、ご自分のことのように心配しておられました。何せフランチェスコの西側は大変な有り様で……」

 ロゼッタの言葉を聞いて、サルヴァトーレはフランチェスコでのあの惨劇に巻き込まれなかったのだと改めてホッとした。ロゼッタの話によれば、フランチェスコ市内の西側の一角に被害は集中、中心部から東は難を免れた。そして、サルヴァトーレの店も東側にあり、アオオオカミの襲撃はなかったという。

「あの」

 タヌがDYRAの話題を切り出そうとするが、ロゼッタの方が一瞬早く口を開く。

「そうそうタヌさん。例の、ご一緒だったってお話をして下さった女性の方」

 ロゼッタの話というのが奇しくもDYRAのことで、タヌは驚きつつも耳を傾ける。

「飛脚の方が連絡を下さったこともあって、サルヴァトーレ様も八方手を尽くして探して下さっております。きっと、すぐに連絡が入ると思いますよ」

 ロゼッタの話を聞いたところで、タヌはDYRAの件についてもサルヴァトーレが助けてくれていると知って安心する一方、素朴な疑問が浮かんできた。

「あの、サルヴァトーレさん、今どこにいるんですか?」

「ああ、サルヴァトーレ様でしたら、今はメレトのこの、丘の一番上の大邸宅でございます。ご案内致します」

 それを聞いて、タヌはぎくりとする。


「ああ。丘の上の一番いいところに会長もいるらしいから、顔を出しておかないとイスラ様も立場上まずいんだよ」


 まさか。

 タヌの中で信じられない疑惑が浮上した瞬間だった。

 錬金協会の人間に助けてもらってメレトにたどり着いたタヌは、きな臭い、とでも言えばいいのか、物々しい話を聞いてしまっている。中でも、サルヴァトーレ絡みの話などは、信じたくないのが本心だ。そこへ来て、サルヴァトーレのいる場所がどうやら錬金協会の会長がいる場所と同じとなると、RAAZの話題も聞かされているだけに、心中、穏やかではなかった。

「あの……」

 タヌはそれまでとは一転、蚊の鳴くような声で尋ねる。

「ロゼッタさん」

「何でしょう?」

 タヌの声のトーンで穏やかならぬことを言いたいのだろうと察したロゼッタは足を止めた。

「あの、ボク実は錬金協会の人の馬車に乗せてもらって、この街に来たんです。それで、協会の人が、丘の上のうちには、『会長がいる』って言っていました。あの、それで、その、ボクはサルヴァトーレさんに会いたいから来ただけで……」

 直球で質問することはさすがにできない。タヌは何と言えばいいか上手くまとめることができず、口ごもってしまった。

「すべて、サルヴァトーレ様にぶつけてみるのがよろしいかと」

 ロゼッタは再び歩き出すと、タヌに、道から外れるように指差した。タヌとロゼッタが丘を回り込むように歩いていくと、丘の一番上にある、城ではないかと思わせる、三階建ての大邸宅が見えてくる。ロゼッタはタヌを、敷地の裏側へと案内した。

「本当は正面玄関からご案内したいのですが、タヌさんのお話ですと、錬金協会の方と鉢合わせにならない方がよろしいでしょうから」

 ロゼッタについていき、タヌは裏側にある勝手口のような小さな入口から敷地内へ入った。しばらく生い茂る木々の間を歩くうち、見覚えのある馬車が見えた。錬金協会の一行が使っていた、タヌがメレトまで乗せてもらったときの馬車だった。

「あ……」

「こちらへ」

 ロゼッタがタヌを物陰に招く。入れ替わるように人の足音が聞こえてきた。足音から二人いるのがわかる。ロゼッタはタヌに、人差し指を口元にやる仕草を見せ、静粛を求めた。タヌは頷くだけだった。

「……イスラ様には悪いことをしたと思っている」

 それはタヌに聞き覚えのある若い男の声だった。

「……あの子でしょ」

 もう一人の声も聞き覚えがあった。あの美女の声だ。

「……ああ。朝、話をしていて、かなり身構えていた。アイツ、多分クロだ」

「……クロ、ねぇ。それより、そろそろイスラ様がお発ちになるわ」

「……あー。うん。戻ろーぜ。取り敢えず、今後どうするかだ」

「……それなんだけど、会長から私、呼び出されたのよ。それも『一人で来るように』って」

「……マジかよ。何考えてンだ。あの死神女だけじゃ満足できねーのかよ」

「……あっちからの呼び出しで一人ってね」

「……断ったのかよ?」

「……時期を見て、ってはぐらかしたわ」

 そのまま足音と声は馬車の止まっている方へ消えていった。

 聞こえてきた会話に、タヌは少しだけ青くなった。同時に、何もしゃべらなくて良かったと、心底から思った。

「さ。サルヴァトーレ様がお待ちです。参りましょう」

 ロゼッタはそのまま、タヌを車止めから見えることのない、大邸宅の中庭の方へ案内し、テラスへと連れて行った。タヌをテラスの一角にあるテーブル席に案内すると、ロゼッタは「少々お待ちを」と言って、邸宅の中へと消えていった。

 ほどなくして、銀のトレイに何やら色々乗せて、ロゼッタが再び姿を見せた。

「タヌさん。どうぞお召し上がりになってお待ち下さい。すぐにサルヴァトーレ様がいらっしゃいます。それでは、私はこれで失礼致します」

 ロゼッタは、テーブルに紅茶の入ったポットと二人分のカップ、それにスコーン、サンドイッチ、そしてケーキが盛り付けられた三段のケーキスタンドを慣れた手つきでセットしていった。用意し終えたところで、ロゼッタは恭しく頭を下げ、風のように姿を消した。

 タヌがスコーンを食べ、紅茶を半分ほど飲んだときだった。

「タヌ君」

 聞き覚えのある声と同時に、邸宅から中庭へ姿を見せたのは、絹の黒いシャツとワイン色のジャケット、黒のパンツに身を包んだ、赤毛の背の高い男だった。

「サルヴァトーレさん……!」

 再会できた嬉しさよりも、何と言葉に言い表していいかわからない、複雑な思いがタヌの声に乗ってしまう。

「心配したよ。本当に、無事で良かった」

 優しい口調で声を掛けてきたサルヴァトーレを前に、タヌは言葉を探した。聞きたいことがたくさんありすぎるからか、はたまた今まで聞いてきた話のせいで混乱している頭の整理が追いつかないからか、良い言葉が浮かばなかった。

「サルヴァトーレさん」

 どこから、何から話したらいいのかわからない。タヌはそんな思いを前面に出してしまう。サルヴァトーレはタヌの表情を読み取って、お見通しとばかりに笑顔を見せる。

「タヌ君。少し硬い顔をしているね。無理もないか。これだけの騒ぎの後じゃ、ね」

 サルヴァトーレは自分の分の紅茶を注いで、一口飲んでからおもむろに切り出す。

「そうそう。ここなんだけど、自分の家じゃないんだよ」

 聞いた瞬間、タヌはやはり、と言いたげな表情を浮かべる。

「先に言っておくと、ここは錬金協会の会長さんの持ち物だ」

 聞いた途端、タヌの表情が一層引きつる。

「そんな怖い顔をしなくてもいいよ。会長さんは、自分の顧客リストでも上位の御方だ。ご贔屓様ってヤツだね」

「え?」

 飛び出したのは意外な言葉だった。

「会長さんの服は自分が作っているんだ。気に入ってくれてね。今回のあのフランチェスコの騒ぎで、『しばらくここを使っていい』って言ってくれて」

 まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。タヌは拍子抜けした。

「うん。本当は守秘義務があるから話してはいけないことになっているんだけど、タヌ君に変に誤解されたくない」

 言いながら、サルヴァトーレはスコーンを美味しそうに食べ始める。

「『聞きたいことがいっぱいある』って顔をしているね?」

 笑いながら話すサルヴァトーレと複雑な表情のタヌは対照的だった。

「良いよ。可能な限り、答えてあげる」

 サルヴァトーレが逃げも隠れもしないとばかりに言い切ったことに、タヌは心のどこかで安心している自分がいることに気づく。

「あの。会長さんは……会長さんはRAAZなんですか?」

「あはははは。初っ端からすごい質問だなあ」

 サルヴァトーレは一瞬だけ目を丸くしながらも、楽しそうに笑う。

「またどうしてそんな質問を」

 笑顔のまま尋ねてくるサルヴァトーレに、タヌは地下水路での出来事や、DYRAの状況、そしてネトへ逃げたこと、錬金協会の年老いた副会長に助けられてメレトに着き、一晩世話になったこと、朝食のときに一緒にいた若い男と話したことを見たまま聞いたままに明かした。

「……なるほど。それでRAAZ、と」

 話の流れがだいたいわかったと言いたげに頷くと、「結論から言おう」と告げてから紅茶を一口含んだ。

 その「間」というべき短いひととき、タヌは息を呑んでしまう。


再構成・改訂の上、掲載

051:【MERET】ようやくサルヴァトーレと再会できたけど2024/07/27 21:45

051:【MERET】ようやくサルヴァトーレと再会できたけど2023/01/07 13:55

051:【MERET】そして再会(1)2018/09/09 15:12

CHAPTER 57 沼2017/06/26 23:16

CHAPTER 56 彼の、闇2017/06/22 23:00


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