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005:【PJACA】「妻を助けて」と泣きつくダンナさん

前回までの「DYRA」----------

帰る場所を失ったタヌは、彼を救った美女DYRAと共に初めて外の世界へ出た。半日掛けて隣町へ行き、初めての宿屋滞在体験をする。夕食を取っていたとき、近場の席にいたふたり組や、錬金協会に属する謎の夫婦から声を掛けられるのだった。

「──お客さま」

 聞いたことのない男の声だった。しかも、声が固い。

「──お客さま。宿の主でございます」

 夜遅くに扉を気持ち乱暴に叩いてやって来る存在が本当に宿の主なのか。DYRAは疑念を抱き、扉を開けなかった。その間にタヌは急いで服を着た。

「用は、何だ」

 DYRAが鋭い声で尋ねる。すると、扉の向こうから宿の主を名乗る男がもごもごと何かを言ってから、一転、ハッキリした声で話す。

「──別のお部屋のお客さまなのですが、『奥様が戻ってこない』とのこと。お休み前のところ申し訳ございませんが、どうか捜すのを手伝っていただけないでしょうか」

 青天の霹靂だった。DYRAにもタヌにも助ける義理などない。何故見ず知らずの人間のために、赤の他人である自分たちがそんなことをしなければならないのか。バカバカしい。

 DYRAが断りを入れようとするが、一瞬早く、扉の向こうから声がした。

「──『先ほど食堂で会ったお二人の手を借りたい』と、お一人で戻ってきたご主人が」

 そこから先はDYRAもタヌも主の話を聞いていなかった。誰がいなくなったのかわかった二人は、顔を見合わせる。

「あの、お揃いの鍵のペンダントをしていた連中か」

 DYRAは食堂で会った錬金術学校の生徒と名乗っていた二人組を思い出す。タヌは、あの人たちは夫婦だったのかと合点がいった。

「ボク、あのペンダントを見たとき、父さんのこと知っているか聞きたかったんだ」

 タヌが言っているのは食事をしていたときの話だとDYRAは理解した。

「そう、か」

 DYRAとしては、思い出した内容に納得がいったという独り言のつもりだった。しかし、タヌは彼女が助けようという気持ちになったのだと勘違いする。

「ありがとう。ボクも行く。一緒に捜しに行こう」

 あの二人がアオオオカミ探しに出かけたなら、戻ってこない片方が無事だとは到底思えない。考えようによっては、片方を見捨てて戻ってきた可能性も捨てきれない。なのに、捜しに行こうとはどういうつもりなのか。DYRAは、タヌが相当なお人好しか、そうでなければ自分にできることの限度を理解していないのではと呆れた。

「止めておけ」

 話の腰を折る一言にタヌは瞬きする。だが、DYRAの言葉には続きがあった。

「こんな時間だ。私だけでいい」

 ここで再び扉をノックする音が響く。先ほどと同様、やや強め、しかも何回も叩くそれだ。

「──た、助けてくれっ」

 扉の向こうから、今度は宿の主を名乗る声とは違う、懇願するような男の声が聞こえてくる。先ほど出会った夫婦の、夫のものだ。

「──お願いだ。つ、妻を捜すのを手伝ってくれっ。アオオオカミに襲われちまったらぁ」

 DYRAはほんの僅かだが、眉間に皺を寄せた。その声音が言葉で説明しずらい、だが、どこか人の神経を逆撫でするものだったからだ。敢えて言うなら、助けてくれて当たり前、助けないなら人でなしと言わんばかりの、間接的に圧を掛けるようなそれだ。

「タヌ。私の戻りが遅かったら、財布のカネを使って良い。食事代と服代くらいはある」

「え、う、うん」

「あともう一つ」

「何?」

「あの夫婦、『アオオオカミを調べる』とか言っていた。食事中に居合わせた別の連中が話したことも含めて考えれば、火をつける奴が現れないとも限らない。気をつけろ」

 アオオオカミが現れ、ラ・モルテが現れ、人が住む集落に火が放たれる。順番はどうあれ、そのことだとわかると、タヌは大きく頷いた。最後に、DYRAはスタンドの外套を指差した。タヌは新しい外套が掛かっていることに気づくと、取ってきて手渡した。外套に身を包むと、DYRAは扉を少しだけ開いた。廊下には青ざめた顔をした小柄な年寄りと、先ほど食堂で見た男が立っていた。外套に身を包んだまま、顔面蒼白で唇を振るわせている。

「よ、夜中に申し訳ございません」

「まったくだ」

 小柄な年寄りが深々と何度も頭を下げた。態度からして、宿の主というのはどうやら嘘ではなさそうだ。扉越しのやりとりに、宿のこの階に泊まっているすべての部屋の者たちが扉を僅かに開けて覗き見、耳をそばだてていた。中には食堂で声を掛けてきた二人連れの男たちの姿もあった。階段に近い廊下には、この宿屋と縁を持つきっかけとなった妙齢の女性の姿もある。DYRAは周辺のどこかざわつく気配に気づいてはいるものの、無視を決め込んだ。

「頼みたいことが二、三ある」

 宿の主がすぐさまDYRAに「何でもどうぞ」と言って何度も頷く。一方、頼みに来た夫も小さくではあるが、同じように頷いた。

「連れは着替えを持っていない。用意してやってくれ」

 そんなことならお安い御用だと、宿の主は階段近くの方を見て「おい!」と声を掛ける。妙齢の女性は内容が聞こえていたのか二度、頷いた。

「それから灯りを」

「は、はい! すぐに!」

 DYRAはタヌの方を見て、「さっき言ったことを忘れるな」と言い残し、部屋を出た。

 宿の主に先導されて階段を下りようとしたときだった。

「お姉ちゃん」

「おいおい」

 声を掛けてきたのは、先ほど食堂で会った二人連れの男たちだった。

「アオオオカミに気をつけろ。あいつは灯りや火じゃ逃げない」

「気配を感じたらすぐ逃げるんだぞ」

 その言葉に、DYRAに泣きつく形になった夫が反論する。

「妻を残して、何を言うんだ‼」

 二人連れの男たちはこの言い分に対し、すぐさま切り返す。

「お前が言うか!? 自分のカミさんを町の外に残して一人で逃げ出して、助けを求めるのは通りすがりの女! みっともないぞ!」

「宿にいる男全部に声を掛けて回るじゃなく、いきなり女を指名して泣きつくとか、どう考えてもアタマおかしいだろ⁉」

 この言い分は筋が通っている。他の部屋から覗いていた面々は皆、一様に頷いた。このやりとりを聞いたタヌもまた、話がおかしいと思い始める。

(男の人には誰も声を掛けないで、いきなり少し話しただけのDYRAへお願い?)

 一方、助けを求めた夫は、彼らの冷ややかな視線と辛辣な言葉に対し、無視が一番と耳を貸さなかった。それどころか、彼らの相手は時間の無駄という態度を隠しもしない。

 とはいえ、宿に泊まる男たちの誰も「じゃあ自分が行く」とは言い出さなかった。アオオオカミの相手など、誰だって御免被りたい。

 宿の主と夫、そしてDYRAの順で三人は階段を下りた。階下に、先ほどまで廊下にいた妙齢の女性がランタンを手に立っていた。

「本当に、気をつけて下さい。お連れ様の男の子には困ることがないように致します」

 ランタンを受け取ったDYRAは小さく頷いた。宿の主は、宿の外まで見送った。

「じゃ、妻をお願いします」

 そう言って、夫がさも当たり前のように宿の主の隣に立つと、頭をほんの少しだけ下げる程度に会釈した。他人事のようなこの振る舞いに、宿の主は唖然とする。

 DYRAは夫を一瞥して、告げた。

「お前は、来い」

「い、いやいやっ。ご、ご冗談を」

 夫は即答し首を横に振った。見かねた宿の主が口を開く。

「アンタ、奥さん見捨てるのか」

「な、何を言っているんですか⁉ 妻を見捨てたくないから、頼んだんじゃないですか! ここで待ってこそです。『戻ってきたら夫がいなかった』なんて、あってはいけない」

 裏を返せば、妻のためなら他の人間は犠牲になろうが構わないということか。宿の主は軽蔑の眼差しで夫を見つめた。

「一緒に捜すでなく、自分だけ逃げるなんて、恥ずかしくないのかね」

 二人の男のやりとりに、DYRAは時間が惜しいとばかりに切り出す。

「その男、見張っておいてくれ」

 素っ気なく告げてから、DYRAは出かけた。宿屋の二階、それぞれの部屋の窓から、タヌと、二人連れの男たちとが彼女の後ろ姿を見送った。

 DYRAの姿が町の僅かな灯りで捕捉できなくなったところで、夫が宿の主に声を掛けた。

「や、やっぱり、自分、様子を見てきます」

 夫は言うなり、駆け足で宿へと戻った。ほどなくしてランタンとペッパーボックス式ピストルを手に再び出てくると、DYRAが町を出るときと同じ道を一人、追うように走った。

 宿の主は、そんな夫の後ろ姿をただ黙って見送るだけだった。


改訂の上、再掲


005:【PJACA】「妻を助けて」と泣きつくダンナさん2024/07/23 22:17

005:【PJACA】「妻を助けて」と泣きつくダンナさん2023/01/04 00:09

005:【PJACA】DYRAを名指しで、助けを求める夫婦、現る2020/11/06 00:30

005:【PJACA】鍵とカネと罠と(3)2018/09/09 11:50

CHAPTER 07 挙動不審の夫婦2016/12/26 23:26

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