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049:【MERET】タヌ、まずい会話を聞いてしまう

前回までの「DYRA」----------

DYRAが意識を戻していた頃のこと。タヌは錬金協会副会長の馬車に相乗りする形で、南の高級別荘街へ到着した。しかも、今晩は泊まっていって良い、とまで。厚意に甘えることになった。ときを同じくして、ロゼッタもタヌを探してメレト入りしていた。

 副会長の屋敷で風呂と夕食の時間を過ごした後、タヌは割り当てられた部屋で、窓を開いて夜空を見ながらぼんやりと過ごした。部屋は奇しくも、一階の東側、馬車の繋ぎ場から比較的近い場所だった。

「あれ?」

 タヌがそろそろ窓を閉めようかと思ったとき、人影が通りかかるのが目に入った。

(さっきの御者さんかな?)

 人影が裏口の方へと去ったのを見てから、タヌは窓を閉めた。

 施錠し、カーテンを閉じたときだった。

「起きてっかー?」

 扉を叩く音と共に、ディミトリの声が聞こえた。

「はい」

 タヌは扉を少しだけ開いて顔を出した。

「おう。今、御者のオッサンが戻ってきてな。サルヴァトーレのアトリエの連中、来ているって。んで、昼前くらいに何人か、川の近くに集まるんだってさ。明日、ここ出たら行ってみたらどうだ?」

 ディミトリからの報告に、タヌは笑顔を見せた。

「何から何まで本当に、ありがとうございます」

「おう。じゃ、もう夜も遅いし、休んどけよ」

「はい」

「じゃあ、また明日なー」

 ディミトリが去るのを見たところで、タヌは扉を閉じ、鍵を掛けた。

 そろそろ寝なければ、と思ったとき、ふとあることに気づく。

「ん?」

 扉の向こうの廊下で、誰かが会話をしている。最初は挨拶程度だろうと思っていたが、そうではないようだ。

(廊下で長話なんて、何を話しているんだろう?)

 人の会話を盗み聞きするなど、悪趣味だし、失礼極まりないことだと頭ではわかっている。だが、気になって仕方がない言葉が聞こえたことで、扉越しに、タヌは耳をそばだてた。


『……え? マジで?』

『……ええ。あの子、見たことある気がするのよねぇ』


 聞こえてきた会話に、ディミトリとあの美女が話しているのだとわかった。だが、問題なのは内容だ。タヌは嫌な予感を抱く。


『……けど、別に面倒なアレじゃないんだろ?』

『……何とも言えないわ』

『……それ、どういうことだよ?』

 ディミトリの声が一段落ち着いた、真剣なものに変わる。

『……それは』

『……何、言わないんだよ』

『……アンタには言うだけ無駄ってね。ただ』

『……ただ何だよ?』

『……あの子、会長を知っている気がするのよ』

『……マジか』


(やっぱりあの女の人!)

 彼女は地下水路にいた女性だった。そう、自分を「タヌ」と呼んだ彼女だ。下手なことを言われてしまえばここから出られないかも知れない。いや、やりとり次第では何が起こるかわからない。タヌは心臓をどきどきさせながら、息を殺して耳をそばだてる。


『……あのガキに直接聞いたらどうだ?』

『……できるわけないじゃない?』

『……その歯切れの悪さってこたぁ、あっちのイスラ絡みってことか』

 会話はここで少しの間、途切れた。

『……あー、そういや、クリストが白い鞄を持っていった奴を追跡しろって言われていたな』


 クリストの話題に、タヌはえっと驚くと再び耳をそばだてる。


『……ああ。ええ、そうね』

『……あれ、どうなったんだ?』

『……とんでもない邪魔が入ったそうよ。聞いた限りじゃただ者じゃないって』

『……ただ者じゃない?』

『……メイドの服を着ていたけれど、実は密偵じゃないかってね』

『……それ、会長の手先ってことかよ? とっつかまえた方が良くねぇか?』

『……さぁ。でもあの子にここで手荒な真似をしない方がいいんじゃないかしら?』


 ここで会話は途切れ、足音が遠くなっていった。

 会話を盗み聞いたタヌは、それまで知らなかった情報をいくつか得た。

(今の話でいくと)

 クリストは会長に近くない。ロゼッタの方が会長に近い人物ということになる。しかし、タヌの中で違和感が拭えない。

(そういえば、クリストはサルヴァトーレさんの弟って言っていたけど)

 サルヴァトーレは錬金協会、とりわけ副会長を嫌っていた。対してクリストは副会長に近く、実兄サルヴァトーレは殺されたと言っていた。

 話が合わない気がする。何より、あの温厚な老人がサルヴァトーレに嫌がらせをするとはタヌには想像もできない。

 もし、クリストの話が正しいなら、タヌが知るサルヴァトーレは一体何者なのだ。サルヴァトーレとクリストは兄弟ではないのか。タヌがサルヴァトーレだと認識して会っている男と、クリストの言う兄は、本当に同一人物なのか。

 気になるのはそれだけではない。ロゼッタとクリストが争っていたとき、彼女は「イスラに心を絡め取られた分際で、何を言う?」と罵っていた。イスラといえば、タヌにとっては図書館で出会い、今、こうして助けてくれたあの老人だ。少なくともタヌには彼が悪人だとは思えない。むしろ、地下水路でRAAZらしき人物から最初に『イスラ』と呼ばれたアレーシが『そう』だと言われた方がよっぽど納得できる。それならクリストが騙されているだけの話だ。しかし、本当のことはまだ何もわからない。

(あれ? そうなると?)

 イスラ繋がりで、タヌはもう一人、別の人物も思い出した。

(あの人も?)

 地下水路で出会った男と同じ姿の、乗合馬車の中で話したあの人物のことだ。

(あの人ももしかして『イスラ』って名前じゃ? あれ? イスラは二人? まさか三……)

 タヌは物音を立てないよう、四つんばいの体勢で扉からそっと離れた。色々考えるべきことが出てきて、頭の中がこんがらがった状態でタヌはベッドへ倒れ込んだ。

 明日サルヴァトーレに会えたら全部聞こう。タヌはそんなことを思いながら眠りに落ちた。


改訂の上、再掲

049:【MERET】タヌ、まずい会話を聞いてしまう2024/07/27 21:43

049:【MERET】タヌ、まずい会話を聞いてしまう2023/01/07 00:33

049:【MERET】親切と悪意(2)2018/09/09 15:04


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