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048:【MERET】タヌ、人様の善意でお屋敷へ

前回までの「DYRA」----------

DYRAからフランチェスコの街で何が起こったのかを聞いたRAAZは状況を概ね把握する。「タヌを切り捨てれば情で動けなくなる」ことはなくなると思い、それを提案するが、DYRAを怒らせてしまい、裏目に出る。

 夕方。

 タヌを乗せた馬車は、川にかかる大きな橋を渡ると、高い壁に囲まれた街へと入った。

「ここが……」

 メレトと呼ばれる高級住宅街だった。どの家も白い壁に濃い屋根の色の洒落た作りで、おまけにどれもがタヌが暮らしていたレアリ村にある一番大きな家よりも大きい。

「うわあ。お屋敷? ばっかり?」

 タヌの言葉を聞いたディミトリは我が耳を疑うような仕草をしてみせた。

「ちょ。お前、本気で言っている?」

 ディミトリは何度かメレトへ出入りしたことがあった。彼にしてみれば、今馬車が通っているあたりの家々は、狭くて小さい方だ。小高い丘に作られたこの街は、丘を上がるに連れて家の数は減り、一軒当たりの敷地が広くなる。要するに、住まいのある丘の高さがそのまま経済的な階層を示しているのだ。

 馬車はそのまま丘の中腹にある小洒落た屋敷の敷地へと入った。しばらく進んだ後、大きな噴水と建物との間の場所で止まる。

「君」

 老人に呼ばれたタヌはハッとした。

「は、はい」

「着いたよ」

 タヌは老人の言葉を聞くと、慣れない手つきでキャビンの扉を開き、馬車を降りた。続いてディミトリが降りる。その後ディミトリが手を差し伸べ、老人と女性が順番に降りた。

「ひろ……」

 タヌはぐるりとあたりを見回した。庭はきちんと手入れされており、大きな噴水の周りには花壇が美しく飾られている。屋敷は明るい色合いと赤い屋根が印象的だ。

「おっきぃなぁ」

 レアリ村にある住居の向こう三軒両隣を足したよりまだ大きい。それがタヌが抱いたこの屋敷への感想だった。

「ああ、君ね」

 老人が御者を呼んだ。

「馬車を中に入れたら、例のあの、サルヴァトーレ君がこの街に来ているかちょっとご近所、聞いてきてくれないかね」

 老人からの指示に、御者は丁寧に頭を下げた。

「かしこまりました。では早速」

 御者は返事をしてから、馬車を屋根付きの繋ぎ場へ移動させ始めた。

「あの、本当に、ありがとうございました」

 タヌは丁寧に頭を下げる。

「君はサルヴァトーレ君のアトリエの人がご友人にいるのかな?」

 先ほど馬車の中でタヌから聞きそびれたことを改めて老人は尋ねた。質問されたタヌは、サルヴァトーレから言われた言葉を思い出す。


「自分はその人、苦手。昔、自分の仕立てた服の、都でのお披露目会を潰しにきたこともあったくらいだし」


 タヌの印象では、目の前の老人がサルヴァトーレのお披露目会を潰すような人物に見えなかった。それでも、サルヴァトーレが錬金協会の人間を疎んでいたことを思い出すと、彼に迷惑を掛けないよう、注意しなければいけないと思い直す。

「あ、はい。そうです」

 タヌは小さな嘘をつくしかなかった。

「何だ」

 ディミトリがクスリと笑った。

「じゃ、メレトにいるなら、下の方に集まってお針子やっている連中の中にいるといいな」

「はい」

「御者のオッサンにアイツの屋敷の様子も見ておいてもらおう。いるんだったら新しい服作りの追い込みとか何とかで、お針子全員連れてきているはずだし」

「タヌ君。見ての通り、今日はもうそろそろ陽が暮れる」

 老人の言葉で、タヌは改めて空を見る。確かに、空の色はアメジスト色が広がり始めており、カーネリアン色ももう小さくなりつつある。

「今晩はこの家の部屋を一つ貸してあげよう、休んで、明日の朝、出かけなさい」

 老人の申し出を断る理由はなかった。だいたい、今になって断ったらかえって怪しまれてしまうからだ。

「いいんですか?」

「いいんだよ。君みたいな賢い子は将来の協会の宝になってくれる子だからね」

 老人からすると、近い将来錬金協会へ入会することが既定路線になっているのか。タヌは内心、少々戸惑いながらも、厚意に甘えることにした。

「ありがとうございます。お言葉に、甘えます」

 老人はタヌの背中を押して、「ささ、中へ入りなさい」と言って、屋敷の中へ入れてしまった。

 その背中を見送ったディミトリは、二人の姿がなくなったところで、その場にずっと立って噴水を見つめている美女に声を掛ける。

「なぁ。フランチェスコを出てからこの方ずっと黙り込んでいるけど、何かあったのかよ?」

 ディミトリの問いかけに、美女は難しそうな顔をしてみせる。

「ん? あっちの(・・・・)イスラのことか?」

「イスラ様、よ。自分の立場くらい、弁えなさい」

 難しそうな顔をする彼女から返された言葉。図星だったんだろうなと、ディミトリは思う。だが、それを茶化すようなことを言えば最後、彼女は口をきいてくれなくなるだろう。

「取り敢えず、こっちの(・・・・)イスラ様に尽くすのが俺たちの仕事。ヤツは何考えているか、わっかんねーからな」

 ディミトリの言葉を聞いた途端、美女の(まなじり)が上がった。

「アンタはホント、何にも知らないのね。賢い者に仕えなさい」

 美女は冷たくそう言い放つと、一人、足早に屋敷へと入った。

 ディミトリと美女のやりとりが終わるのとちょうど同じ頃、先ほどの御者が屋敷の敷地の外へ出て、丘の上の方へと走っていった。




「まったく……こんなことになるとは」

 丘の方へと上がった人物は、人目につかないところで足を止めると、外套を脱いだ。ブルネットの髪をアップにした女性の姿が現れる。鍛え抜かれているのが一目瞭然の筋肉質な身体つきが美しい。錬金協会の会長の密偵役、ロゼッタだった。

(タヌさんをどうやって会長のところへお連れするか。イスラのことだ。明日、会長に挨拶するとか何とか言い出しかねない)

 タヌと会長と副会長の鉢合わせを避けるために、急いで動かなければならない。ロゼッタは人目を避けつつ全力で丘を駆け上がり、メレトで一番大きな邸宅の敷地前までたどり着いた。

(着いたはいいが、入ることはお許しを得ていない……)

 だが、知らせるだけだし、知らせなければならない。何とかできるはずと信じるロゼッタは、周囲を確かめながら勝手口のある裏側へと回り込んだ。目立たぬ木の扉が設置された裏口のほど近くに、ランタンの灯りが届かない場所を見つけると、扉を叩く。次に、懐に入れてあった光る石を敷地内に投げ込む。石は、空高く上がり、屋敷の窓ガラスの近くでキラリと何度か反射すると、庭先へと落ちた。

 それからしばらく待っていると、屋敷の裏手から気配がした。人影から大柄の男だと確認すると、ロゼッタはすぐさま先ほど確認した灯りの当たらぬ箇所へと移動、身を潜めた。ここの家人が誰かと接触している場面を万が一にも見られないようにするためだ。

 屋敷から出てきた大柄の男は、人の気配を察知する。敷地の一角にある壁の向こう、暗い場所にいるのが誰か理解すると、溜息交じりに切り出した。

「『監視をしろ』と言ったはずだが、どうしてここに来た?」

 ロゼッタが聞き覚えのある男の声だった。

「申し訳ございません。緊急のご報告です」

 二人の会話は壁越しで行われた。

「キミがそんな風に言うなら、よほどのことなんだろうな。言え」

「はい」

 ロゼッタは再三、周囲を見回し、人影がないのを今一度確認してから報告を始める。

「今、例の『お客様』と一緒にいた少年と合流しております」

 それは聞いている男にとって、思わぬ報告だった。

「一体どういう流れだ?」

 男は興味深そうに耳を傾ける。

「ネト村に逃れたところを、イスラが拾い、馬車にて移動。メレト入りしております」

「ガキがこの街にいるということか?」

 男がクスクス笑いながら質問すると、ロゼッタは「仰る通りでございます」と答えてからそのまま報告を続ける。

「あの少年、『サルヴァトーレ様にお会いしたい』と。如何致しますか? 少年は恐らく、明日の朝、イスラたちと別れることになります」

 ここまで聞いたところで、男はロゼッタが急いでこの報告を持ってきた理由に納得した。

「ではガキに伝えろ」

「はい」

「『メレトの別荘でサルヴァトーレが待っている』と。『連れのことも探しているから心配ない』、ともな」

「かしこまりました。それでは」

 ロゼッタはあたりを警戒しながら、夜陰に紛れてすぐに来た道を戻って行き、途中で外套をまとって冴えない御者姿になると、何食わぬ顔をして、副会長の屋敷の敷地へと入っていった。

改訂の上、再掲

048:【MERET】タヌ、人様の善意でお屋敷へ2024/07/27 21:42

048:【MERET】タヌ、人様の善意でお屋敷へ2023/01/07 00:23

048:【MERET】親切と悪意(1)2018/09/09 15:04


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