047:【?????】問題の九割を解決させる方法?
前回までの「DYRA」----------
RAAZは何が起こったのか顛末を聞かせろとDYRAへ詰め寄る。DYRAは話すことを渋るが、助けられたことは事実だ。DYRAは重い口を開いた。
「ふはははは」
唐突に笑い出す男に、DYRAは目を丸くして驚く。
「な、何だお前」
バカにしているのか、そうでないなら嘲笑しているのか。DYRAは勘ぐった。
「いや、失礼」
男は言いながら、膝を少しだけ落としてDYRAと視線の高さを合わせると、彼女の後頭部に手を回して抱き寄せる。すぐさま抵抗しようとするが、それより早く、男が額と額をコツンと軽く触れさせた。
「ただの茶番だったつもりだが、演目にないことがいくつも起こってしまった。おかげでこっちはかなり脚本を書き換えなきゃならない」
男が言った言葉をまたしても理解できぬDYRAは苛立つ。
「可愛いDYRA。そう、いきり立つなって」
男は笑顔でDYRAの後頭部を撫でた。
「ふざけているのか」
自分は話すだけ話をさせられた。それなのに実際のところ自分に何が起こったのかまったくわからない。情報収集に体良く利用されただけと感じたDYRAは憤りの感情を言葉にし、男の手を振り解くと間合いを取るべく後ろに下がろうとした。
「ったく」
だが、男の力の方が圧倒的に強かった。DYRAが男の手を振り解きざま、すぐに彼女の肩を軽く掴んで間合いを取らせない。そのまま足払いを掛けて相手のバランスを崩す。結局男は一気にDYRAを押し倒し、仰向けに倒れた身体に馬乗りになって、両手で彼女の両肘を床に押し当てるように押さえて身動きを取れなくする。
「少しは落ち着け」
離せと言って離す相手ではない。DYRAはわかりきっているとばかりに言葉ではなく、行動で逃れようとするが、太腿部あたりから馬乗りされ、両肘を押さえられているため、四肢を動かすことがまったくできない。
「大切な兵器であるキミを、どうして私が守らないとでも思っている?」
ただでさえ男が何を言っているのかわからないのに、いよいよDYRAは男の言葉についていけない。そもそも、目の前の男は殺す対象のはずだ。それなのに、自分を助けた上、『兵器』扱いしてきた。DYRAは男が何を話しているのかはもちろん、何を考えているのかさえも想像できなかった。頭の中で情報を整理したいと思うが、前提の情報が絶対的に足りないので、それもできない。
「だいたいキミはレアリ村で何であんなガキを拾った? キミが私以外の男に目を向けたのは、本当に気に入らない」
DYRAはこのとき、金色の瞳を覗き込むように見つめる男の銀色の瞳の輝きに異変が起こり始めていることに気づいた。
「言っただろう? キミは私だけのものだ。笑顔や涙はもちろん、恨みや憎しみすらも含めて、すべて」
DYRAは異変の正体を察知した。男の銀色の瞳がどこか狂気じみた輝きを宿しているではないか。だが、その視線から逃れる術をDYRAは持ち合わせていなかった。すくみ上がるほどの恐怖がDYRAの中に広がる。それを表に出さないようにするのが今できる精一杯の抵抗だった。
「DYRA。私の茶番劇をぶち壊してくれるなよ?」
執着にも似た異様な輝きを瞳に宿しつつ、満面に笑みを浮かべて男は言った。
「それともう一つ」
これ以上、まだ何かあると言うのか。DYRAは男が何を言い出すのかもはや想像することもできなかった。
「ガキを殺したくないだろう?」
いきなりタヌについて何を言い出すのか。DYRAは内心、必死になって構え直す。
「私の茶番をブチ壊すあのガキを切り捨てろ。それで問題の九割は解決できる」
男からの提案に、それまで恐怖と戦うばかりだったDYRAが一転、眦を僅かだが上げた。せっかく縁あった少年と築き始めた人間関係なのだ。どうしてこの男が干渉してくる? DYRAは不服、かつ、不承の気持ちを金の瞳に宿し、銀の瞳にぶつけた。DYRAの反応に、男はさらに鋭い視線で切り返す。
「今、キミがガキを切り捨てると決断するなら、キミを守ろうと身を挺したことに免じて命は取らないでおいてやる」
それはDYRAにとって、思いもよらぬ言葉だった。金の瞳は銀の瞳に感情をぶつけるのを止め、眦を下げると、何度か瞬きをする。
「私を、守っただと?」
DYRAからの問いかけに、男は彼女の両肘を押さえる力を少しだけ緩めてから頷いた。
「ああ。一秒も耐えられないとわかっていても、キミの楯になって守ろうとしたよ。おかげでこっちはすっかり興が醒めた」
DYRAは目を見開いた。その反応を男は見逃さなかった。
「……何故あのガキに肩入れする? まったく理解できない」
「それを言うなら、私もお前をまったく理解できない。何故私を助ける?」
自分は目の前の男を殺すために追っていた。なのに、男の方は何度も自分を助ける。しかも、気まぐれから助けている風にはとても見えない。
「どうして」
DYRAは肝心なことがまったくわからない理由に一つ、思い当たる節があった。
「答えろ」
「ん?」
「私の記憶は……」
記憶がないから何もわからない。DYRAは目の前の男が自分の記憶に何かをしているに違いないと思いながら、問いかけた。根拠は一つ。再会したとき、男はDYRAの記憶がない、または極めてあやふやであることを知っていたからだ。
DYRAの質問に、男は彼女の身体に馬乗りになるのを止めて立ち上がった。手を掴んで、起き上がろうとする彼女を手助けする。二人が白い床に立って並んだところで、男はそっとDYRAを抱きしめた。
「誰も、キミから記憶を奪ってはいない。ただ、いくつかの記憶はキミをキミ自身から守るために、今は敢えて思い出せないようにしている。ただ、それだけだ」
目の前の男がやはり自分の記憶を──。DYRAは言い返そうとするが、機先を制されるように顎を掴まれたことでそれができなくなる。
「もう一つ言っておくと、ヤツは相手の意識を書き換えていく。女相手なら得にね。溺れてしまったら、気がついたときにはもう言いなりになるしかない。面倒くさい相手だ」
「お前、何を……」
DYRAは男が何を言っているのか、誰のことを言っているのかわからないと質問しようとしたが、できなかった。話題を強引に変えられたからだ。
「そうだ。キミがあのガキを切らないなら、私が切ることにしよう。もちろん、キミを守ってくれたお礼にガキの望みを叶えてやる」
突然の男からの提案に、DYRAは即時に拒否する。
「お前が決めることなのか?」
「キミが悩むことでもないだろう?」
「今、タヌはどこにいる?」
DYRAの問いかけから、ここまで話をまともに聞いていないことは明らかだった。男は力ずくで切り捨てを迫ることは彼女との関係を難しくしてしまうことになりかねないと判断し、考えを改める。
「わかったわかった」
それはまるで、娘のワガママを聞き入れる父親のような言い回しだった。
「では一つ、こちらの頼みを聞いてくれるかな」
男はにっこり笑った。DYRAは男の微笑みの裏側に邪悪な何かが宿っていると機敏に察知する。しかし察知はしたものの、それ以上どうすることもできなかった。突然、DYRAの全身が硬直し、視界は真っ暗に、意識はそのままブラックアウトしてしまったからだ。
その一瞬前、DYRAの唇に男の唇が触れて、舌が絡んだ。
男は、自分の腕の中で糸の切れた人形のようになったDYRAを愛おしげというより、勝ち誇ったような瞳で見つめる。
(可愛いDYRA。ここに来たことはいったん忘れていいよ。記憶のことも、キミがすべての力を自分の意思で使えるようになってからゆっくり思い出せばいい)
男はDYRAを横抱きしてから話の内容を思い返す。
(ヤツはDYRAの記憶を遮断する方法を使ってきた、か)
それはまさにたった今、自分も使ったこれだ。つまり、同じことをやられた──。
(出来損ないの分際で、DYRAに触れた! お前というヤツは……!!)
思い出したくもない相手の顔が脳裏にちらつく。それを振り切るように男はDYRAをそっと容器の中へと戻した。
改訂の上、再掲
047:【?????】問題の九割を解決させる方法?2024/07/27 21:41
047:【?????】問題の九割を解決させる方法?2023/01/06 23:18
047:【?????】真っ白な悪夢(3)2018/09/09 15:03