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045:【?????】悪夢にうなされ、DYRAは目を覚ます

前回までの「DYRA」----------

水を飲んで喉の渇きを癒やしてから、タヌは改めてサルヴァトーレと再会するにはどこへ行けば良いのだろうと考える。あれこれ悩みながら街道を歩き始めると、突然、馬車が止まった。中から出てきたのは、錬金協会が運営する図書館で出会った老人だった。

(ここは……どこだ?)

 目を覚ましたDYRAは、全裸で全身が液体に浸かっていることに気づいた。

(水の、中? いや)

 水の中なのに、息ができる。魚にでもなったような、不思議な気持ちだった。

 視線だけを動かして、見える範囲でながらあたりを見る。限りなく真っ白に近い空間だった。周囲が磨りガラスに包まれているようでハッキリと見ることはできない。正面の一角だけが視界が明瞭なようだが、やはり真っ白だ。DYRAは自分が壁や天井がすべて白い部屋にいるのだと理解した。

(……一体、何が起きたんだ?)

 DYRAは自分がどうしてここにいるのか記憶の糸をたどるが、思い出せなかった。激しい疲れが思考を遮る。

(もう少し、休みたい)

 再び目を閉じると、意識がすっと遠のいた。

 眠りについたDYRAは、決して広いとは言えない部屋の一角に置かれた円筒形の容器の中にいた。人間の背丈の倍近くの長さがあり、顔のあたり以外がすべて半透明の材質でできている。隣には同じ容器がもう一つあった。そちらは容器の開閉部がアームで支えられる形で開いており、中には銀髪と銀眼の男が入っている。DYRA同様、肌着を含めて何も身につけていない。

(今のこの姿、失いたくないな。この見た目は大事だからな。私も、キミも)

 ゆっくりと身体を起こして半透明の容器から外へ出ると、男は全裸のまま、白い部屋の片隅にある扉の方へと歩き、部屋を出た。

(キミは眠っているとき、どんな夢を見ている?)

 隣にあった容器で眠るDYRAの寝顔は、男の目に心なしか苦しげに見えた。



 DYRAの意識は、真っ黒な空間の中に落ちていた。立っているのか、寝そべっているのか、感覚がハッキリしないためそれさえわからない。

(私は、死んだのか?)

 ぼんやりと考え始めたときだった。

「──あの小娘を抱いたら、金持ちになれるって本当かい」

 突然、どこからともなく下卑た笑い混じりの男の声が聞こえてきた。

「──エラい綺麗どころじゃねぇか」

 別の男の声も聞こえる。真っ暗で何も見えない空間だが、そこに人がいる気配だけはハッキリわかる。それだけではない。見られているような気がする。しかも、舐めるような視線で。

「あれが噂の、ヤレた男は必ず成功するって女神サマかよ」

 目が慣れてきたからか、DYRAは少しずつ周囲が見えるようになる。

 数え切れないほどの男たちが、一人の少女ににじり寄っていた。色白の肌と金色の瞳、そして黒髪とも藍色とも言える、不思議な色の長い髪を持つ少女だった。

(あれは)

 DYRAは少女が何者かわかると、これ以上ないほどの不快感、いや、怒りにも似た感情を露わにした。

 舐めるような視線で見られていた少女は、はるかな昔の、自分自身だ。

(下劣なヤツらめ)

 少女は男たちに囲まれ、逃げ場を失っていた。DYRAは見ていられないと、助けるべく、剣を取ろうとした。

(なっ)

 身体が動かない。理由はわからないが、指先すら動かせない。困惑するDYRAの目の前で、少女は男たちの手で両手両足を押さえられ、服を破られていった。

「──メチャクチャ綺麗じゃねぇか!」

「──肌もすべっすべだ!」

 男たちが瞳を輝かせて嬉しそうな声を上げるのと、少女の表情が恐怖で引きつっていく様子はあまりにも対照的だ。

「──おっぱいもかわいいよ」

 男たちが少女の身体に群がる様子をDYRAは正視できなかった。そして、目の前で、少女を肴にした狂乱の宴が始まった。

 少女が嬲られ、穢されていく様子を目の当たりにしたDYRAは、激しい怒りとは裏腹に何もできない。それこそ、瞬きも、視線を逸らすことも、そして少女の悲鳴とも嬌声とも取れる声に耳を塞ぐことすらもできなかった。

 心にわき上がっていた怒りは、少女を助けることができない自分への怒りと無力感、絶望感へと変わり、DYRAの心を容赦なく焼いた。

(止めろ……!)

 少女が餌食にされていく間。何もできない自分への感情が激しく増幅していった。

 ハゲタカかハイエナの如く群がった男たちによって絶望的な結末に陥った少女を目の当たりにしたDYRAは、全身が強ばり、息をすることもままならなかった。瞬きすらできぬ目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 そのとき、DYRAは背中のあたりに人の気配を感じた。耳元に微かな息づかいも伝わってくる。

「何もできないのは、悔しいね」

 RAAZの声だった。

「キミは愚民共に良いように嬲られて、穢されて。仕返しできないままでいいの?」

 良いわけがない。DYRAは叫びたかったが、声になることはなかった。

「殺さないの? あの獣共を。壊さないの? 獣共が住まう世界を」

 少女を嬲りものにして群がる男たちを許すことなど決してできない。だが、世界を壊すほどなのか。DYRAは自分自身に問いかける。そこへ、RAAZが畳みかけるように囁く。

「何故気遣う? あの獣共は、自分の欲望のために『キミの世界』をそっくり壊していったんだ」

 世界を滅ぼす誘惑。

 RAAZへ、DYRAは『別の答えがある』と言いたかった。しかし、声が出ないため、伝えることができない。

「キミは優しすぎる。一方的に嬲られて、それでもすべての世界を傷つけたくないとでも? キミがそこにいるのに、何故『キミの世界』を犠牲にする?」

 それは事実上、DYRAが心に抱く『別の答え』を封じる言葉だった。

「獣たちは死んでは生まれを繰り返すけど、私やキミは死ねない。死なない。『キミの世界』が滅びたままで良いなんて、理不尽そのものだ」

 うるさい。黙れ。DYRAは言い返したかったが、声が出ないため、伝える方法がなかった。

「だから、こんな獣が住まう世界なんて壊すくらいでちょうど良い。今のキミは、そのために存在するんだから」

 違う! DYRAはRAAZの囁きを振り切り、この真っ暗の空間から逃れたいと思うが、何もできない。

「簡単なことだ。世界を滅ぼして作り直せば良いよ。そうすれば、もう嫌なことも思い出さないで済む」

 動かない身体に、DYRAは必死になって動けと念じる。

 いつしか、鋭い棘と葉のついた蔓が現れ、DYRAの両手の周りから二の腕の方へと伸びていく。棘がところどころDYRAの肌に食いこむが、彼女の意識がそちらに向くことはなかった。

 DYRAの周囲にどこか鋭い、青い花びらが舞い上がる。そして、剣弁高芯咲きの、見たこともない青い花が蔓のそこかしこに咲き始めた。乱れ咲くと言っても良いほどの数だ。舞い上がる無数の花びらと、美しくどこか鋭い青い花。そして言葉にできない美しい香り。それらが周囲に広がる。

 そのときだった。

 DYRAの目の前の光景が一変した。

 それまで少女に群がって欲望を満たしていた男たちが一斉に苦悶の表情を浮かべ始めた。変わったのは表情だけではない。みるみるうちにその全身が老化、いや、干からびていくではないか。恐怖と絶望の断末魔を上げ、男たちがバタバタと倒れる。やがて、すっかり萎れた薄黒く乾いた骸へと変わり果てた。

 足の間から血を流し、白い肌のそこかしこに無数の小さな痣ができた、無残な姿となった少女は、自分の周りの風景──ほんの一瞬前までとはまったく違う恐怖──を前に、悲鳴を上げ、泣き叫んだ。



「……!」

 呼吸ができる液体で満たされた容器の中で眠り続けていたDYRAが突然、手足をばたつかせた。

 ちょうどそこへ、銀髪の男が黒のアンダーシャツとスキニーパンツ姿で部屋へ戻ってきた。手には大判のタオル何枚かと着替え一式を持っている。

「DYRA?」

 異変に気づいた男は、すぐさま駆け寄った。

 容器の中で暴れるDYRAを見るなり、男は反射的に容器の蓋を開くスイッチを入れた。アームに支えられ、四五度ほど蓋の部分が上へあがる。同時に容器の内側から液体が半分ほど抜けていく。男はDYRAの上半身を起こすと、彼女の身体を持ってきたタオルで包んでから抱きしめた。

「止め……止め……」

 DYRAのうわごとで、男は彼女が悪夢にうなされていると理解した。

(大丈夫。大丈夫だ)

 男はDYRAを抱きしめたまま、頭を、髪を、優しく撫で続けた。それからしばらく経った後、DYRAは少しずつ大人しくなっていき、やがて、静かな寝息を立てるだけになった。その様子はまるで、親がすぐそばにいるとわかって安心して眠る幼い子ども同然だった。

(キミはまだ、昔の弱く無力な自分に縛られたまま、か)

 男は眠るDYRAの頬に、自分の頬をそっと重ねた。濡れた感触と共に、肌の温もりが伝わってくる。

(キミは誰よりも強い。世界だって滅ぼせるほどに強い)

 男はDYRAを抱きしめるその腕に、僅かではあるが、力を込めた。それはまるで、この世で一番大切なものを守るかのようだった。

 しばらくして、男は、DYRAが暴れ出す様子がないのを見極めると、容器の中に彼女をそっと寝かせ、蓋を閉じた。容器の中は再び液体で満たされていった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。眠り続けていたDYRAはようやく目を覚ました。一度目を覚まし、まだ休みたいと再び目を閉じてから深い眠りに落ちてしまったらしいが、時間の感覚がない白い光景のせいか、どうにもピンと来なかった。

(ここは、どこだ?)

 DYRAの視界にぼんやりと見えるのは白い壁だった。

(知っているような……気がする)

 うっすらと記憶にある。そんなことを思いながら手を上に伸ばし、円筒形の容器の蓋を持ち上げるように開く。アームがついているためか、ずらしても蓋が落ちることはない。蓋が四五度ほど上に傾いたときだった。

「やぁ。ようやくお目覚めか」

 聞こえてきたのはDYRAが最も良く知る、そして一番聞きたくない男の声だった。

「着替えを持ってきた。服を着ておけ。話はその後だ」

 DYRAの視界からちょうど死角になる位置の壁に寄りかかって立っている、銀髪の大柄な男が苦笑しながら円筒形の容器の脇に置かれた大判のバスタオルと着替えを指差した。DYRAは声が聞こえた方に一瞬だけ視線をやってから、男の指先が示した方向を見た。

 それから黙って身体を起こし、バスタオルを手に容器から出ると、身体に巻いて着替え始める。自分以外の人間がそこにいても、タオルで身体を包んでから着替えるのは慣れていると言った風だ。男の方も、女の着替えなど興味もないとばかりに真っ白い部屋の片隅に視線をやるだけだった。

 着替えを済ませたDYRAの出で立ちは、それまでのフリルブラウスのような洒落た格好ではなかった。上下ともグレーの木綿地で、時代が時代なら検査着のように見える格好だ。

 改めてDYRAは周囲を見回した。部屋は床、壁、天井のすべてが真っ白な、人工的な空間だった。今まで歩いてきた村や町などが持っている文明とは似ても似つかない。

(これは、確か……)

 DYRAは記憶に微かに残っている痕跡をたどった。今よりはるかな昔、一三四〇年前、そこにいる男──RAAZ──に出会ったばかりの頃から何度かは見た気がした。

 部屋には横倒しに置かれた二台の円筒形の大型容器以外、目に付くものは何もない。照明についても、部屋全体がほんのり明るいが、ランタンのような、灯りを照らす道具は見当たらない。どうやって部屋を明るくしているのか。それ以上に、どうしてこんな部屋が存在しているのか。DYRAには皆目見当もつかなかった。取り敢えず目の前の男を排除しなければなどと考えそうになったときだった。

「ここは我々専用のメンテナンス空間だ」

 DYRAが剣を顕現させようと右手をかざすより一瞬早く、男が切り出した。

「それ故、武器は一切使えないぞ?」

 武器は使えない。この言葉に、DYRAは困惑する。

「せっかくの『文明の遺産』だが、こんな形で頼らなきゃならない状態は良くない。キミの不老不死とその能力を支えるナノマシンの稼働率も五%ほど落ちていた。地下水路でか、その直前か知らんが、大した技術もないのに無理矢理冷やせばセーフティを作動させられるとでも思ったのか。ったく、どこのどいつがやったんだ」

 男はDYRAの表情を見ながら苦笑交じりに言うと、彼女の方へ近寄った。

「ここは私とキミだけしか入れない。そして誰にも見つからない」

 男が言った一連の言葉の意味をDYRAはまったく理解できなかった。


改訂の上、再掲

045:【?????】悪夢にうなされ、DYRAは目を覚ます2024/07/25 22:36

045:【?????】悪夢にうなされ、DYRAは目を覚ます2023/01/06 22:55

045:【?????】真っ白な悪夢(1)2018/09/09 14:58


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