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044:【en-route】タヌに、意外な救いの手!

前回までの「DYRA」----------

命からがらアオオオカミの襲撃を受けたフランチェスコの街を脱出し、ほうほうの体で隣村のネトにたどりついたタヌ。だが、そこでは井戸のまわりに逃げてきた人々が集まって我先にと水を求め、子どもひとり助ける余裕がない大人たちの醜悪な、だが、生存本能通りの光景が繰り広げられていた。

 タヌのほど近くで止まった馬車のキャビンの扉が開いた。

「君」

 人影が身を乗り出した。声を掛けられるなど夢にも思わなかったタヌは、何だろうと思いながら、馬車の方へゆっくりとした足取りで近づく。

「何日か前、図書館で勉強していた子だね?」

 発せられたこの一言を聞いたタヌは、キャビンの前まで駆け寄った。そして、声の主が誰か理解した。

「あ、あなたは……!」

 DYRAが行方不明になった日の夜、フランチェスコの図書館へ立ち寄ったときに出会った、「副会長」「イスラ様」などと呼ばれていた老人だった。

「どうも、こんにちは。えっと、副会長さん」

 タヌはぺこりと頭を下げた。

「君も、逃げてきたのかい?」

 フランチェスコで起こった出来事のことを言っているのは明らかだった。自分は錬金協会に追われる身だ。けれど少なくとも目の前の老人が敵とは思えない。タヌは角の立たない範囲で正直に答えることにした。

「はい。そ、そうです」

 小声で答えたタヌに、老人は乗り出していた身体を座席の方へと戻しながら告げる。

「良かったら、乗りなさい。夜明け前からずっと歩き通しじゃないのかい?」

 タヌの中で錬金協会の人間に対する印象が少しずつ変わっていた。村に火を放ったりしたひどい人ばかりではなく、目の前にいる老人やペッレで出会ったクリストのように優しい人もいる。同時に、錬金協会とは一体どんなところかとも疑問が浮かぶ。それでも今は素直に厚意に甘えようとタヌは思った。

「はい」

 馬車に乗せてもらえば、都へ行く移動時間を少しでも縮めることができるだろう。タヌはそんな期待を抱いた。

「さ、乗りなさい。ちょっと狭いかも知れないが、何、すぐに着くから安心しなさい」

 着席している老人に代わって、奥に座っていた金髪の若い男が身を乗り出して、タヌに手を差し伸べた。

「ほれ」

 男の顔を見たとき、この人はどこかで会ったことがあると記憶が刺激される。

「本当に、ありがとうございます」

 金髪の男の見た目は、グラファイトグレーの瞳と目元まで垂れてくる一部の前髪が印象的だった。タヌが男の手を掴んだところで、キャビンに引き上げられた。

 タヌがキャビン内を見ると、馬車に老人とこの金髪の若い男の他、もう一人、美女が乗っていた。

(あっ!)

 彼女には見覚えがあった。タヌの中で芋づる式に記憶が蘇る。


「また、縁があるといいね。……ある気がするけどね」

 男はそう言い残して、馬車を下りた。下りた側には男を迎えに来たとおぼしき二人の男女が立っていた。男の方は金髪の若者で、女の方はスリットの入ったロングスカートを履いた美女だ。


(そうだ! あのときの!)

 美女だけではない。金髪の男のこともタヌは思い出した。この二人は、ファビオからの乗合馬車で出会った男を、フランチェスコの停留所に出迎えに来ていた男女だ。

 タヌはさらに思い出す。目の前にいる美女は、DYRAが捕らわれた地下水路のあの部屋にいた人物で、あのとき、「タヌ」と呼んできた相手ではないか。

 美女はタヌをちらりと見ると、小さく会釈しただけで、特に関心を示さなかった。

 タヌは、美女に声を掛けるべきかどうか考えたが、控えた。彼女がこちらへ興味を示していないのだ。自分から話をややこしくする必要もない。何より今は、無事にサルヴァトーレのもとへたどり着くことが優先だ。馬車に乗せてもらえるだけでもありがたい。

「何、ボーッとしてンだよ。馬車、出せねーだろ?」

 金髪の男が発した言葉にタヌはハッとした。慌てて「すみません」と謝って、彼の隣の席に腰を下ろす。老人がキャビンの戸を閉めると、馬車はゆっくりと動き出した。

 移動の間、タヌは彼らとどういう距離感で接すればいいのかわからないため、自分から話しかけなかった。

「君、図書館で勉強していた子だったね」

 少し経って、老人が切り出した。

「はい」

「そうだ。君の、名前を聞いていなかったね」

 老人の言葉に、タヌは本当の名前を言うべきかどうか悩む。この老人に嘘をつく理由はまったくない。が、老人の隣に座っている美女のこともある。

(でも)

 タヌの目には、美女が相変わらず、こちらへ無関心なように見えた。金髪の男も特に気にしている風に見えない。

「タヌです」

 老人はにっこりと笑った。

「タヌ君、だね」

「はい」

「これから、どこか、行く当てはあるのかい?」

 老人からの質問に、タヌは彼なりに言葉を選びながら答える。

「『どこ』っていうのは、ないです。ただ、その……」

 老人は察しがいいのか、タヌの言葉が意味するところをすぐに呑んだ。

「お知り合いのところ、かな? 錬金協会は大抵の人の大まかな住まいなら把握している。言ってご覧なさい」

 優しい口ぶりで告げる老人に、タヌは頷いた。

「あ、あの、都の、サルヴァトーレさん、服を作っている……その」

 タヌの言葉は最後まで続かなかった。

「ああン?」

 タヌの言葉を遮ったのは、会話に入っていなかったはずの、金髪の男だった。

「あの、都でガチホモだの、ガキ喰ったのって噂が流れた洋服屋か? 赤毛のあの、すげぇ背の高ぇ」

 都で云々の部分はそもそも言葉の意味がわからない。だが、赤毛で背が高いは、その通りだ。タヌは思わず小さく二度三度、頷いてしまう。

「ディミトリ」

 老人だった。

「人様のお知り合いを、そんな風に言うのは良くない」

 老人からの指摘に、金髪の男はハッとすると、「すんません」と謝った。タヌはこのとき、金髪の男の名前がディミトリだと知った。

「失礼したね」

 老人が丁寧にタヌに謝り、続ける。

「サルヴァトーレ……確か彼は、都にはいないはずじゃ」

 老人の言葉に、タヌの顔が一瞬だけ、紙のように白くなる。

「今までの経験から、お披露目会をやるとき以外はだいたい、メレトに引き籠もっていると」

「メレト?」

 タヌにとって、メレトは地図で書いてある街の名前として以外、どんなところかも含めて、まったく知らない場所だ。

 タヌの言葉に老人が頷くと、ディミトリが説明をする。

「ああ。住宅街だ。金持ちの別荘街とも言うけどな」

「別荘?」

 タヌとディミトリのやりとりを聞いていた老人はここで、決めたとばかりに声を出す。

「メレトへ向かおう。会長もいらっしゃるだろうしね」

 タヌは老人が何を言うのか、そしてディミトリと美女がどういう反応を見せるか、さりげなく注目する。

「イスラ様。メレトへ行くのはいいとして」

 ディミトリが言いにくそうに告げる。

「この子を、メレトに連れて行っていいンすか?」

 タヌは知らないが、メレトは高級別荘街の性質上、素性のハッキリしない人物をみだりに入れることを非常に嫌がる街である。

「大丈夫。それにね。この子は良く勉強している子だ。図書館の奥の歴史書を懸命に読んでいた。錬金協会はそういう子を失ってはいけない」

「へぇ。言われてみれば、昔の俺もそんなだったかな」

 ディミトリは老人の言葉に、タヌが将来の錬金協会の構成員になることを暗に期待しているのだろうと察した。そして、タヌを見ながら、昔のことを思い出す。


 生まれたときから孤児院で暮らしていたディミトリは、幼い頃から好奇心旺盛で勉強好きだった。ある日、読み聞かせ会のために孤児院を訪ねてきたイスラから、子ども離れした賢さを気に入られ、そのまま引き取られた。

 それがディミトリと錬金協会との縁の始まりだった。


「俺もだけど、お前も、運が良かったってことか」

 ディミトリは視界を遮る金髪に息を吹きかけながら、笑顔を見せた。

 タヌは小さく頷いた。そして、これ以上目立つのはどうかと思うと、万が一にも悪目立ちしないよう、一層小さくなった。

「メレトへ頼むよ」

 老人が小窓を開いて御者に告げた。

「はい」

 深い被りで顔が見えぬ御者が返事をすると、馬に鞭を打った。

 馬車は丘を上がっていき、一路、南西へと進んでいく。

(イスラたちは何を考えているんだろうな)

 深い被りの下で、御者はクスッと笑っていた。

(それにしてもタヌさんが無事で良かった。いつものこととは言え、会長は私に無理難題を言って下さる)

 この御者の正体を知る者は、馬車の中には誰一人いなかった。


再構成・改訂の上、掲載

044:【en-route】タヌに、意外な救いの手!2024/07/25 22:35

044:【en-route】タヌに、意外な救いの手!2023/01/06 22:41

044:【en-route】意外な救いの手2018/09/09 14:57

CHAPTER 55 道中2017/06/19 23:00

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