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043:【NETO】避難先では水を飲むのも命がけ

前回までの「DYRA」----------

タヌが地下水路から地上へ出て街を脱出した頃。DYRAを抱きかかえたRAAZは街が地獄絵図に変わっていく様子を高い建物から見下していた。そしてそんな様子を、三つ編みを結ったあの人物が街の片隅で冷徹な瞳で見つめていた。

 フランチェスコを出たタヌはひたすら走った。何度もふらつく足取りになりながらも、助かりたい一心で、とにかく足を止めなかった。

 一体どれくらい走っただろう。空がアクアマリン色に染まり、すっかり明るくなった頃、タヌの目の前に『NETO』と書かれた粗末な標識が目に飛び込んだ。

(ネト村!)

 フランチェスコのすぐ西にある小さな村にたどり着いたタヌは、あたりを見回した。レアリ村同様に過疎化しているのか、人の姿はほとんど見えない。建物の影に小さな井戸らしきものが見えた。

 タヌは井戸へ行くと、水を汲み、何度も手ですくって飲んだ。

 喉を潤し、呼吸を整え直したところで、タヌはハッとした。

(この家の人に、悪いことしちゃった)

 他人の家の井戸を勝手に使ったのだ。タヌは家人が出てきたらすぐに謝ろうと、しばし待った。しかし、朝の働き始めの時間だというのに、村の家々から誰も出てくることはなかった。

(皆、留守なのかな? それとも、住んでいないのかな?)

 こんな様子を村人などに見られたら泥棒と間違われるかも知れない。タヌは人の気配がないうちにそっと井戸の傍を立ち去った。そして、疲れた足を労りつつ、村の中心部の方へと歩き始めた。

 道すがら、タヌはフランチェスコでの嵐のような三日間を思い返す。

 フランチェスコへの道中、乗合馬車で出会った男。姿を消したDYRA。錬金協会に何故か追われる身となった自分。クリストとの思わぬ再会。ロゼッタとの出会い。そして、地下水路での出来事。

 地下水路で遭遇したあの男は、確か「アレーシ」と呼ばれていた。彼は本当に乗合馬車で話したあの紳士的で気さくな人物と別人なのか。

 気になる人物と言えば、あと二人いる。

 一人は、アレーシと呼ばれた男の傍らにいた美女だ。タヌの記憶に間違いがなければ、乗合馬車で出会い、フランチェスコで先に降りたあの人物を待っていたはずだ。あのときは乗合馬車越しにちらりと顔を見て、綺麗だなと思ったくらいだった。どこかで出会った覚えなどない。なのに、美女が地下水路で遭遇するなり名前を呼んできて、直後、よそよそしい態度に変わった。多分、出会ったことがあるのを誤魔化しているのだと思う。

(父さんや母さんの知り合いにもあんな美人、いなかったし)

 タヌは、レアリ村の家に両親を訪ねてきた客の顔をそれなりにでも覚えているつもりだった。そしてタヌの知る限り、来訪者の中にあんな美人はいなかった。無理矢理にでも彼女に似ている存在を挙げろと言われれば、母親、としか言い様がない。しかし、タヌの母親はああまで若くない。

 そして、彼ら以上に気になる人物。それは顔を隠していた銀髪の、背が高い男だ。

(多分あの人が、DYRAが探している、RAAZって人……)

 DYRAが青い花びらを舞わせながら剣を振るうように、あの人物は赤い花びらを舞わせて大剣を振るい、圧倒的な強さを見せつけた。だが、タヌが驚いたのは、その強さだけではない。

(ボクを逃がしてくれた。それに)

 フランチェスコから早々に立ち去れとの忠告に、タヌがDYRAに会えなくなるなら嫌だと言ったときのことだ。


「……可愛いDYRAを悲しませる気はない。早くしろ」


 間接的に再会の約束を匂わせた。だからこそタヌは彼の言葉を信じて退避した。結果、フランチェスコで起こった惨劇に巻き込まれずに済んだ。今、タヌが無事でいるのはRAAZであろう人物のおかげだと言っても何ら過言ではない。

(RAAZ、さん……)

 本当のところ、彼が敵か味方かはわからない。それでも今はただ、感謝あるのみだ。そんなことを思ったとき、タヌの脳裏を、地下水路の片隅の部屋から出たときのことが駆け抜けた。

(あれ?)

 あのとき、あの瞬間自体にそんな特別な出来事があっただろうか。

(何だろう)

 部屋を出るとき、タヌは確かにRAAZらしき人物とすれ違った。特別なことは何もなかった。なのに、そこでの『何か』がタヌに訴えかけてくる。それは目に見えたり、耳に聞こえたりするものでもない。まして、形に残るものでもない。それでもタヌの中に残った強烈な『何か』。それは──。

(花?)

 確かに、DYRAと同様、色こそ異なるが花びらを舞い上がらせて剣を振るっていた。

(何か、違う)

 赤い花びらも印象的だった。しかし、今思い出すべきはそこではない。タヌはいつしか真剣に記憶の糸をたぐり寄せ始めた。

(花……確かに、そうなんだけど)

 あと少しで思い出せそうだと意識を集中させる。しかし、タヌの思考は思わぬ形で途切れてしまった。

「どけぇ!」

「俺が先だ」

「何だと、この野郎!」

 突然、耳に飛び込んできた怒号。タヌはハッとした。すぐさま顔を上げ、声がした方に目をやる。

(えっ……)

 タヌはこのとき、周囲の空気がそれまでとはまったく違うことに気づいた。村の中心部にある大きな井戸の周囲に一体いつからか、たくさんの人が集まって、いや、押し寄せているではないか。しかも、日常的に水を汲みに来た人々ではない。タヌの目に、集まっている人々は老若男女を問わず、皆一様に殺気立っているように見える。

 そのとき、井戸のすぐ近くにいた幼い少女が水を飲もうと桶に手を伸ばした。

「ガキは後だ!」

 井戸をめがけて突進してきた大人たちの大波がその少女の背中に覆い被さった。少女は大人たちの大津波に、押し潰されるように頭から地面に転んでしまった。

「あ!」

 タヌが転んだ少女のもとへ駆け寄ろうとするが、そこへさらなる不幸が重なり、動けなかった。水を求める大人たちが次から次へと雪崩れ込むように井戸へ押し寄せ、倒れた少女をことごとく踏みつけたのだ。もちろん、誰一人、少女を踏んでいることに気づく様子はない。彼らは皆、命からがら逃げてきたのか、水を飲み終えると、安堵の深い息を漏らして井戸から数歩離れた。そして、次々と地面にしゃがみ込んだり、膝を落としてへたり込んだ。脂肪の塊のような体型の大男は水を飲み終えると、倒れた少女に気づくこともなく、その小さな尻の上にしゃがみ込むと、地面が柔らかくて良かったとばかりに嬉しそうな顔をしてみせた。

 ネトの村の中心部にある井戸の前に集まる人々の様子に、タヌは何が起こっているのかようやく理解した。

(この人たちは皆、逃げてきたんだ!!)

 殺気立った人たちは、アオオオカミの群れに襲われたフランチェスコを出て、命からがらここまでたどり着いたに違いない。だからこそ、我が子でもない子どもを気にする余裕すらないのだ。

 逃げてきた人々。結果的に彼らに殺された少女。

 どうしようもない、無力感にも似た気持ちに押し潰されそうになりながら、タヌは深い溜息を漏らした。

 そのうち、タヌの足は村外れの方へと向かった。少女を助けられなかった件はいつの間にか頭の中から消えていた。気がつくと、フランチェスコから一番遠い側のネト村の入口に立っていた。周囲に人の姿はない。

 時間が経つにつれ、逃げてきた人々の異様な雰囲気に覆い尽くされていく小さな村の中で、ここが最も静かな場所となっていた。

(これから、どうしよう)

 タヌは改めて今後の身の振り方を考える。

 まずはDYRAと再会しなければ。現実問題、フランチェスコでDYRAがいなくなる寸前に彼女の鞄を受け取ったことで、荷物や少なくないお金を預かる形となっている。トランクは持ってこられなかったが、今自分が肩に掛けている鞄に、できる限りのものは詰め込んできたのだ。そんな建前話などなしにしても、彼女と一緒に両親を捜す旅を続けたい。タヌはそう考えると、DYRAと再会するためには何をすれば良いのか思案する。

(サルヴァトーレさんがいたら、っていうか、もし、あの人が今のボクの立場だったらどうしただろう)

 タヌがそんな風に考えたときだった。


 『そのままお前が頼れる者のところへ行け』


 タヌの記憶に蘇る地下水路でのRAAZらしき人物の言葉。それはまさに次に取るべき行動そのものだった。

(サルヴァトーレさんに会う!)

 では、どこへ行けばいいのか。

(確か、サルヴァトーレさんは都の人だって)

 西の都で有名な服飾仕立師ファッションデザイナーだと言う。西の都へ行けばいいのか。タヌはたすき掛けにして持っている鞄から地図を取り出すと、早速広げて目をやった。

(今、多分このあたりだから)

 フランチェスコからほとんど離れていない場所のはずだ。

(この道、このまま行っちゃうともう一つの都市に行っちゃうのか!)

 道が示す先は、都であることを意味する金色のマークではなかった。良く似ているが、都ではない方の街へ繋がっている。

(えっと、そうしたら)

 まずは都へ繋がる道がある村の出入口へ行こう。タヌは思い立つと、殺気立った村の中心部を避けるように移動して、フランチェスコから来たときに通った出入口へと向かった。


 タヌが最初に村に入った出入口まで戻った頃、すでに昼下がりだった。

(そういえば、今何時なんだろう)

 時計を持っていないため、タヌは正確な時間がわからなかった。それだけではない。フランチェスコからネトまでの所要時間も計れない。わかることはただ一つ。このままでは夜が来ることだけだ。

(早くしないと)

 地図を見ながらあたりを見回し、タヌは地図と今いる場所とを突合する。そのときだった。どこからか、蹄の音が聞こえてくる。音は少しずつ、だんだん大きくなって近づいてきた。

(馬車かな? 乗合馬車とか?)

 この辺に乗り場らしきものは見当たらない。あったとしても、フランチェスコで起こった出来事を考えれば、運行しているとは思えない。タヌは、誰かの馬車だろうと思いつつも、辻馬車だったら、などと淡い期待を込めて音のする方へ目をやった。

 近づいてきたのは四頭立ての大型馬車だった。見るからに金持ちなどが使っていそうなものだ。タヌは少し残念そうな顔をして、通り過ぎるのを待った。

 しかし、馬車はタヌから少しだけ離れた場所で止まった。


再構成・改訂の上、掲載

043:【NETO】避難先では水を飲むのも命がけ2024/07/25 22:35

043:【NETO】避難先では水を飲むのも命がけ2023/01/06 22:33

043:【NETO】井戸水は命の水だった2018/09/09 14:54

CHAPTER 53 混乱と再会2017/06/12 23:00


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