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042:【FRANCESCO】顛末を見つめる男が、いた

前回までの「DYRA」----------

タヌはRAAZと初めて対峙した。そのとき、今すぐ街を脱出して頼れる者のところへ行くようにと言われる。タヌはそれに従い、まずは街を脱出しようと走る。脱出する自分と入れ違うように街へ雪崩れ込むアオオオカミが自分に見向きもしなかったことに、少しだけ驚いた。

(RAAZは本気ってこと? まったく。寂しいだけの俺とは大違い)

 フランチェスコ市内にある、錬金協会が運営する図書館の地下。ほぼ闇に包まれた蔵書庫の片隅に一人の男が立っていた。青紫にも似た濃紺の外套をボタンも留めずに着こなした、青とも金髪ともつかぬ色の長髪と細長い三つ編みとが印象的な、背の高い男だった。年齢は二〇代半ばくらいだろうか。整った顔立ちと、洗練された雰囲気を持ち合わせている。

 彼は古びた本を読む仕草をしつつ、時折顔を上げ、視線を周囲へと動かした。普通の人間なら本を読むどころか棚の位置すら把握できないほど真っ暗だが、彼は意にも介さない。

アイツ(・・・)が上手いことRAAZの目を引いてくれたおかげで、見つからずにここへ忍び込めたのになぁ。そういえば、今何時?)

 彼は上着のポケットから懐中時計を取り出すと、ちらりと目をやり、またすぐに仕舞った。

(もう、こんな時間か)

 時刻は、ほぼほぼ夜明け前と言うべきそれだった。

(それにしても、あの彼女。ドクター・ミレディアにそっくりだったな。本当に驚いた)

 男の脳裏にふと、数日前の、フランチェスコへの道中で起こった出来事が掠めた。



 男は、何日も掛けてとある場所から海を渡り、山を越えてやってきた。ある事情から、決して人目につかぬよう、隠密に移動した。それでも、それなりの規模の街へ向かうのだ。歩いて入ればかえって目立つ。そこで、主要街道との合流地点の一つ、ファビオなる停留所から乗合馬車を使うことにした。

 男は、自分がこの界隈では目立つ外見であることを自覚していた。怪しい者扱いされるのではないか。男は一瞬だけ危惧するが、犯罪者としてお尋ね者になったわけではない。堂々と、何食わぬ顔で過ごせば不審がられることはないだろうと思い直した。

 乗合馬車の待合所へ着くと、しばらく物陰に隠れ、何台かの乗合馬車が通っていくのを見つめた。その後、誰もいないのを確かめてから待合所の前に立ったとき、ちょうど別の馬車が到着した。すると、馬車から二人の男女が降りてきた。一人は一四、五歳くらいの素直そうな少年だった。だが、男の目、いや、心を強く引いたのは、この少年ではない。もう一人、二十歳前後とおぼしき若い女の方だった。

(ドクター・ミレディア……!?)

 はるかな昔、戦場で深い傷を負った自分を助けてくれた女性と瓜二つではないか。その姿を見るや、男はほんの一瞬ながらも動揺した。ほどなくして、瞳の色から人違いであることに気づいたが、彼女がとにかく気になった。

 話しかけてはみたものの、女性はほぼ無反応で、結局彼女とは話せなかった。それでも、一緒にいた少年と打ち解け合った。次に繋ぐことはできたと言えよう。


「また、縁があるといいね。……ある気がするけどね」


 必ず再会できる。根拠はないが、男は確信した。理屈ではない。理由を説明しろ、などと言われたらそれこそ、「それが運命」とでも言えばいい。それだけだ。



(彼女、確か、DYRAって呼ばれていたな)

 男は閉じた本を棚に戻すと、暗闇に紛れて、出入口の方へと忍び足で移動した。扉の前までたどり着き、外に出ようと取っ手に手を近づけた。そのときだった。

(何だ?)

 微かにだが、建物の外から音、いや、声が聞こえてくるではないか。外で何が起こっているのか。男は情報を得ようと聴覚に意識を集中し、神経を研ぎ澄ます。

(叫び声?)

 声は、悲鳴とも怒号とも、阿鼻叫喚とも表現できそうだ。

(こんな時間に何事? 酔っ払いのケンカか何か?)

 音や声の大きさから、扉のすぐ向こうで何かが起きたわけではなさそうだ。男はゆっくり、静かに取っ手を引いて扉を開くと、蔵書庫を出た。

 廊下を、照明と呼ぶにはあまりにもお粗末なろうそくの灯りが照らしている。男は人影がないのを確認すると、建物の出入口まで気持ち早足で歩いた。その間、耳に入ってくる音や声が少しずつ、だが一層ハッキリしたものになる。

(え?)

 驚いて一度立ち止まる。聞こえてくる音の中に、動物の咆哮や唸り声が混じっているではないか。それも、一頭や二頭ではない。男は外で何が起きているか理解した。

(六つ目のオオカミさんご登場、か)

 獰猛なアオオオカミが街を、人々を襲っているのだ。男はこのままでは外へ出られないと悟る。しばらく建物の中にいてやり過ごせばどうにかなるなら、ここで待つだけだ。しかし、男が持つ知識の範囲で知る限り、相手はこんな木の扉など簡単に破壊する。つまり、隠れていることは座して死を待つに等しい。

(どうやって逃げるかな)

 男は自分の長い髪を、細長い三つ編みを残して後ろでまとめ、高めの位置で結んだ。

 幸い、吼える声や唸り声は扉のすぐ外から聞こえない。男は警戒しつつ、ゆっくりと扉を開き、そっと建物の外へ出た。




 アメジスト色から微かに白み始めた空の下に広がる光景は、地獄絵図だった。アオオオカミの群れが寝間着姿で逃げ惑う人々を容赦なく襲う。とりわけひどいのは、なすすべもなく殺戮される子どもたちの姿だ。四肢を食いちぎられていく様子が視界に飛び込んだときは、血に慣れている男ですら嘔吐感に襲われた。

(くそっ!)

 それでも、男の中に、食い殺されていく人々への同情心がわき上がることは微塵もない。今はただ生きて、いや、無傷でこの街から退散しなければならない。胸にあるのはそんな気持ちだけだった。

(そっと逃げるって選択肢は、ナシ、か)

 金色と銀色、左右で異なる色を持つ男の瞳が獣を捉えるのと、一頭の獣が男に気づいたのはほぼ同じタイミングだった。男が両手を広げると、その周囲に黒い花びらが激しく舞い上がる。突然現れた黒い壁にアオオオカミが一瞬だけ怯んだ。ほどなくして無数の花びらが消えていくと、男の両手には、黒曜石のような輝きを放つ諸刃の剣身と、柄頭に剣舞などで使われる長い穂のついた細身の双剣があった。

 男は、自分を目掛けて飛び掛かってきた獣を踊るような仕草で避けた。それから流れるように滑らかな動きで体勢を切り替え、斬りかかる。

 首を撫でるように斬られたアオオオカミは、短い唸り声を上げて男の足下で死骸となった。

(やれやれ)

 男は骸となった獣を見ながら考える。今この街を襲っている獣を片っ端から相手にするのは得策ではない。群れのおおよその数がわからないからだ。

(ここで全力を出したくはないな。考えるべきは、『どっちへ逃げるか』、だね)

 男は剣を手にしたまま、アオオオカミの気配をいち早く察知できるよう自らの気配を消した。産毛の一本一本が立っているのが自分でもわかるくらいに意識を集中させる。

(手近な門からさっさと退散で)

 男は、フランチェスコから立ち去るべく、走り出した。

 と、そのときだった。

 視界のはるか先に人影を捉えた。いくつもの建物の向こうにある大きな時計塔、もしくはそれに準じる高い建物の屋根の上だ。男は、いったん物陰に入ってから目を凝らす。

 白んできた空が人影の正体を微かに照らす。一人、いや、二人だ。一人は遠目に見ても相当体格がいい。赤い外套に身を包んだ男だった。その人物がもう一人、女性を抱きかかえている。

 男が興味深そうに件の男女を見つめるうち、その二人の姿がふっと消えた。屋根から降りたのではない。ふわりと周囲に小さな何かが舞うと共に姿を消したのだ。

(そういう展開?)

 何が起こったかわかった男は、クスリと笑みを漏らした。そして、見るものは見たとばかりに、再び走り出した。この後、男は誰にも何にも遭遇せず、フランチェスコを後にした。

 夜明けの光から、男は自分がフランチェスコの南側の門から街の外へ出たのだと察した。

 もう、アオオオカミの咆哮も聞こえないし、気配もない。男は自身の周囲に黒い花びらを舞わせると、手にしていた剣を霧散した。そして今し方の出来事を反芻する。

(アレは、確かにRAAZだった)

 女を抱きかかえて、建物の上にいた人物のことだ。

(お互いに関心なく、静かに過ごせればいいんだけど、そんなことは有り得ない、か)

 男は足を止めると、溜息のような息を吐いた。続いて、ポニーテールのように結んでいた髪を解くと、南へ続く道を歩き出した。


改訂の上、再掲

042:【FRANCESCO】顛末を見つめる男が、いた2024/07/25 22:31

042:【FRANCESCO】顛末を見つめる男が、いた2023/01/06 22:25

042:【FRANCESCO】見つめる男2018/09/09 14:52


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