041:【FRANCESCO】タヌ、街を脱出する!
前回までの「DYRA」----------
諸刃の大剣を手に乱入してきた男は、三つ編みの男と面識があるようだが、あっという間に決着をつけてしまった。だが、タヌが注目したのは仮面の下から感じ取れる、視線だけで人を殺せそうな迫力に注目し、この人物こそがRAAZではと察知する。
フランチェスコの門を出たところで改めて、タヌはこれからどうすればいいのか考える。幸い、少しずつではあるが、背中の痛みも引き始めていた。
(そうだ……)
ここでようやく、タヌは恐ろしく喉が渇いていることに気づいた。となると、まずは井戸がある場所、一番近い町なり村なりへ行くしかない。
『そのままお前が頼れる者のところへ行け』
RAAZであろう、銀髪の男からの忠告に従うなら、行き先は一つしかない。サルヴァトーレのいる場所だ。
(ああっ! そういえば!)
ロゼッタとも離れてしまった。彼女はどこにいるのだろうか。捜したい気持ちもあるが、今はそれどころではない。一刻も早く街を出ろと言われているのだ。タヌは、彼女の無事を祈る以外できなかった。では、サルヴァトーレと会うにはどうすればいいのか。
空が明るくなり始めたのがハッキリわかるようになったときだった。遠くの方から鳴き声とも吠え声とも何とも言えぬ恐ろしい声が聞こえてきた。しかも、その声は方々から聞こえてくるではないか。
(そ……そんなっ)
嫌というほどよく知っている生き物の声だった。タヌは信じたくなかった。一刻も早くフランチェスコを出るよう言われたのに、出たらこれか、と。
道の脇にちらりと目をやると、アオオオカミが森の間を駆けていく姿が飛び込んできた。人を捕食する生き物だ。タヌは目が合ったらおしまいだと恐怖を感じ、足もすくむ。だが、アオオオカミの動きを見るうちに、あることに気づいた。
(えっ?)
人喰いの習性がある生き物だと言うのに、自分には目もくれずに通りすぎていくではないか。おまけに今まで見たアオオオカミよりも一回り小さい。子どもなのだろうか。子どもなら人間を捕食したりしないのだろうか。
だが、そんな考えは甘すぎた。
しばらくして、タヌの背中からずっと遠く、街中の方から大勢の人々の阿鼻叫喚にも似た叫び声が聞こえてきた。そして、足元には僅かながら地響きのようなものすら感じられた。
タヌが街を出た頃。錬金協会の建物の屋根の上に、二人の男女の姿があった。目元以外を完全に覆う白いマスクを外した銀髪の男が意識のないDYRAを抱きしめていた。無惨な姿になった彼女の身体は赤い外套でくるまれている。男の、銀色の瞳が射るような鋭い視線で眼下に広がるフランチェスコの街を捉える。
「……DYRA。キミを傷つけ辱めようとした者とそれに与した愚民共は皆まとめて、報いを受ければいいんだ」
男の脳裏に、遙かな昔に出会った、怯えきった若い女性の姿がよぎる。
「そのためにキミは、今のキミになる道を選んだのだろう。……そう。愚民共を絶望に突き落とすために」
DYRAの身体を抱きしめる腕に、男は少しだけ力を込める。
「一〇〇年前か。ネスタ山の界隈をぶっ潰したとき以来か」
DYRAが意識を戻す気配はまったくない。
「もっとも、今は私一人だ。この地を砂にまではできない。ごめんよ。でも、愚民共にキミの痛みを思い知らせるくらいのことはできるし、キッチリさせてもらうさ」
銀髪の男の周囲に赤い花びらが舞い上がる。それが小さな赤い嵐へ変わっていくのに時間はいらなかった。
花びらの嵐が続く中、男は顕現した大剣を右手で握りしめると、そのルビー色に輝く刃の切っ先を眼下の街へと向けた。
「人を喰らう化け物共……好きなだけ、喰らえ」
やがて、遠くの方から唸り声や吼える声が聞こえ始めると、少しずつ、フランチェスコへと近づいてきた。
フランチェスコの街に人々の悲鳴が広がった頃、二人の姿はもうそこにはなかった──。
再構成・改訂の上、掲載
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