表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/330

037:【FRANCESCO】タヌはメイドと街を奔走する

前回までの「DYRA」----------

聞けば聞くほど奇怪な話だ。しかし、身体は一つしかない。そしてDYRA発見のためにはどちらへついていけば良いか。タヌが今一番頼りたいのはサルヴァトーレ。となれば、答えは自ずから──。

 タヌはロゼッタと共に宿屋を後にした。大きな通りの雑踏に紛れつつ、フランチェスコの街をあちこちぐるぐる回り、追っ手が来ないのを確認した。そんな最中のこと。

「ロゼッタさん。あの人、もしかして」

 タヌが指し示したのは、自分を捜しているとおぼしき黒い外套姿の人物だった。幸い、一人だけだった。

「そうですね」

「あの、もしできれば、ついて行っていいですか?、誰がボクを捜せって言ったのか、調べてみたいかも。もしかしたら、DYRAがいなくなったことも、絡んでいるかも知れないし」

「わかりました。ですが、危ないことはなしで」

「はい」

 二人は尾行を始めた。相手を追っていくと、ある場所で姿を消した。そこはフランチェスコの西門からほど近い煉瓦小屋だった。それはまるで風景に溶け込んでしまっており、意識しなければ気づかず、やり過ごしてしまいそうな場所だった。

「私、ちょっと様子を見てきます。タヌさん、待っていてくれますか」

 そう言われても、一体どこで待てばいいか。タヌは考えこんでしまう。

「すぐ先にフランチェスコの外へ出られる門がございます。その門の脇、二軒ほど隣に馬車馬用の飼料小屋が。ですが、そこはもう誰も使わなくなってずいぶん経っていますし、安全です。居心地が悪いかも知れませんが、少しの間だけです。そちらで待っていて下さいますか」

 誰も使っていない場所故、捜索の手が伸びにくいのだろうとタヌにも理解できた。

「とはいえ、もしものことがあってはいけません。物陰にいて下さい。私が迎えに来るときは、扉を三、一、二回の順で叩きます。絶対に、私が来るまでは外へ出ないで下さい」

 今は彼女の言うことを聞くしかない。不本意だが、錬金協会に追われているとわかったのだから。タヌは頷いた。

「それから、これを戻ってくるまで、お守り代わりに」

 ロゼッタは、サルヴァトーレから預かっているペンダントヘッドをタヌに渡した。

「大丈夫ですよ。必ず、サルヴァトーレ様のもとへ」

 静かな口調ながらも力強く告げたロゼッタの言葉で、タヌはようやく、それまでの不安が吹き飛んだ。間接的ながら、サルヴァトーレが手助けしてくれているのと同じかも知れない。それならきっとDYRAを捜し出せる。DYRAと再会できたらすぐにサルヴァトーレのところへ一緒に行こう。そんな希望がタヌの心に広がっていた。タヌは笑顔で頷いた。

「では、ちょっと見て参りますね」


 ロゼッタは人目につかないようにタヌを飼料小屋に連れて行くことに成功した後、門からほど近くにある目立たない煉瓦小屋へ踏み込んだ。幸い、鍵は掛かっていなかった。

 中へ入ると、すぐ、小さな螺旋階段が一つあるだけだった。足元の、扉を開閉したときにちょうど死角にあたる位置に、鎖で固定された古ぼけた箱が置かれていた。南京錠がつけられていて開けることはできない。

(古い地下水路へ行くための入口?)

 ロゼッタは扉をそっと閉めると、螺旋階段の下方に視線を送り、耳を澄ませる。人が来る気配がないのを確認したところで、そっと下へと移動した。壁にいくばくか生えているヒカリゴケの明かりでさえ頼りになるほど、視界は暗い。下へ進むにつれ、少しずつ湿気が強くなる苔も増えている。

 階下までたどり着くと、すぐ足元に地下水路が広がっていた。水路の両端は人一人が通れる程度の石畳の通路がある。通路の壁には一定の距離毎にいくつもランタンが掛けられ、視界も確保されている。そして、視界の向こう側には水路の途中に反対側の端へ渡るための簡素な橋が架かっているのも見える。

(わざわざランタンまで掛けてある。最近、誰か、それもそれなりの人数が結構な頻度で出入りしているか。……ん?)

 ロゼッタの目に留まったのは、石畳に濡れたままくっついている一枚の青い花びらだった。

(何だ?)

 ロゼッタは身を屈めてそれを拾った。見回すと、ところどころに落ちていた。その痕跡を追いかけて進むにつれ、目に留まる枚数も増えていく。その先へ視線をやると、少なくない数の花びらが排水口の格子に引っ掛かっている。そのすぐそばに、上へと続く階段の入口があった。

(何故、花びらが?)

 もしかして、これは例の、会長の『お客様』に関わる手掛かりではないのか。だいたいこんなところに花びらが落ちているはずがない。

(この花びらをずっとたどって行けば……)

 重要な手掛かりだ。ロゼッタは濡れた花びらを数枚拾った。手掛かりを得たなら長居は無用だ。今し方見つけた階段から地上へと戻った。

 ロゼッタは、タヌを待たせている飼料小屋ではなく、夕暮れの繁華街の方へと人混みに紛れ、素早く移動した。寂れて取り壊し寸前といった風采の古びた屋敷の前に立ち止まると、誰も見ていないのを確認してから中へ入る。

 埃まみれの廊下を駆け抜け、大きな階段の下にある隠しクローゼットへたどり着く。そこで冴えない小間使い服一式と厚底眼鏡を取り出してから、奥の部屋へと消えた。

 ほどなくして、ロゼッタが冴えない小間使い姿で屋敷の廊下に姿を現した。奥の廊下を通り抜けて厨房の脇の扉から外へ出る。そこは屋敷の裏口だった。

 再び街へ出ると、市場に寄って、顔が隠れそうなほど大きなキャベツを二つ買った。次に、市場の一角にある乗合馬車乗り場から、中央広場へ行く馬車に乗り込んだ。

 乗合馬車はほどなく、中央広場へ向かう途中にある、市内西側の錬金協会別館近くに停まった。空がアメジスト色に変わる様子を見ながらロゼッタは馬車から降りる。何食わぬ顔で敷地内に入ると、小間使いや職員の通用口をくぐった。

 すれ違う職員や他の小間使いたちは、キャベツのせいで前方の視界すら困難といった風の冴えない小間使いを助ける素振りも見せなかった。ロゼッタはわざとらしくふらふらして階段を上がると、小間使い控え室へ入った。そこで荷物を全部置くと、さらに冴えない風采にとばかりに髪の毛を一度ぼさぼさにして、そこからひっつめて後ろでまとめて縛ってシニヨンヘアーにする。その上で、人目につかないよう貴賓室の方へと向かった。

 貴賓室の扉を叩くと、「ああ」という男の声が聞こえた。ロゼッタは扉を開いて中へと入った。

「失礼致します」

「ロゼッタか」

 ロゼッタは施錠を済ませた。部屋にある大きなソファに腰を下ろす銀髪の男の後ろ姿が見える。

「明日はもう、表の仕事なんてまっぴらだ」

 もううんざりだと言いたげに告げた男に、ロゼッタは一礼してから近寄ると、男の横で膝を落とした。

「少年の身柄は確保いたしました。近くに隠しています。誰もいない、安全な場所です。ご安心を」

「連れては来られない……か」

「目立つのです。何せ朝、クリストから奪い返したばかりで追撃をかわしながらでしたので」

 報告に、男はそれなら無理もないかと納得してみせる。

「少年は『サルヴァトーレ様』を信じておられるのですね。頼まれてきたと言ったところ、すべて信じましたし。ただ、気になることもありましたが」

 そう言って、クリストが言い放った言葉をタヌが聞いてしまったことも明かす。

「その件はわかった。こっちで適当に何とか言っておく。……他には」

「もう一つ、大切なご報告を」

 言いながら、地下水路で拾ってきた数枚の花びらを差し出した。男の視線が動く。

「どこで見つけた?」

「西の地下水路です」

 男は、意外な場所だなと言いたげな表情をしつつ、続きを促す。

「追撃する者たちがどこから来るのか逆に尾行したときに、この花びらが落ちておりました。たどっていくと、水路の奥の方で協会本館の地下に繋がるあたりまで落ちておりました」

 男は視線だけでさらに続きを促した。

「流れてきた数と、階段に落ちていた枚数から、何らかの形で拉致、あの地下水路を通って移動したのかと」

 男は聞くことを聞いたとばかりに、一呼吸置いてから切り出す。

「ロゼッタ。地下水路で余興だ」

 男の言葉に、ロゼッタは一瞬、耳を疑った。

「余興の後で使える、サルヴァトーレが使えそうな適当な家はあるか?」

「フランチェスコにはございません。馬車での移動が必要となりますが、メレトでしたらお屋敷がございます。今は誰も使っておりません。鍵はお持ちの鍵箱の、ダイヤを二つつけたものになります」

「わかった。それからあと一つ」

 男は口角を僅かに上げた。

「ガキを地下水路へ放り込んでおけ。お前は長居無用。次に備えてイスラたちの監視を続けろ。目を離すな」

「かしこまりました。では、早速」

 丁寧に一礼して、ロゼッタは部屋を去った。

 男は一人になると、ピアノのある奥の部屋へと戻っていく。

(それにしてもDYRAをどうやって攫ったんだ? ともあれ、久し振りに面倒極まりないことになったのは間違いない、か)

 気になることがないと言えば嘘になる。それでも、男はいったん、そこは割り切った。

(愚民共め。私のDYRAを傷つけ穢そうと言うのなら、消えてもらうだけだ)

 男の瞳が、ぎらりと鋭い光を放った。

 男は、動き出す前に心を静めようとピアノを弾き始めた。

(こんなに私の心をざわつかせてくれるのは、今となってはもうキミだけだ)

 普通に考えれば、自分の周囲が勝手に面倒を起こしただけの出来事だ。しかし、その舞台装置にDYRAが組み込まれていることで、男は心を高鳴らせた。

(キミを失うくらいなら、私はもう一度、私からキミを奪おうとする世界に絶望をもたらす。それだけだ)

 悲しいピアノの旋律が部屋に響き渡る。


再構成・改訂の上、掲載

037:【FRANCESCO】タヌはメイドと街を奔走する2024/07/23 23:21

037:【FRANCESCO】タヌはメイドと街を奔走する2023/01/05 21:48

037:【FRANCESCO】騒々しき時間(4)2018/09/09 14:41

CHAPTER 49 決断前夜2017/05/29 23:00


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ